咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『千里山を背負って②』泉対円居イベント

 校内合宿の団体戦模擬練習も終了し、これから夜までの間は校内であれば自由に行動することができる時間だ。

 麻雀卓も開放されている。ここで勝つことを目的としない談話主体の麻雀を行なっている物も多い。

 

 円依達レギュラー組もほぼ専用の部屋とかしているミーティングルームに腰を据えていた。とはいえセーラと浩子がそれぞれ同級生に請われ麻雀をしに出ているため、ここにいるのは怜と泉を合わせた三人のみなのだが。

 

 円依はその中で、何故か簀巻きにされて転がされていた。

 

「んー! んん゛―ーっ!」

 

 猿轡をかまされて声を出せない状況で、怒りに満ちた瞳と跳ねるような挙動で遺憾の意を表明している。

 そもそも何故こうして漫画のような状況に自分が晒されているのかもわかっていない様子だ。

 

「んっふっふっふっふ、それでは、異端審問をはじめる」

 

 それに答えるように、パンと一つ手を叩いたのは顔に異様な笑みを貼りつけた園城寺怜だ。額に態々マジックで『悪ノリ中』と書いてある。ちなみに自分で書いたようで左右が反転しているのと、筆跡が見ずに書いた分大分汚かった。

 

「検察側、準備は?」

 

「完了してます」

 

 泉が怜の言葉に苦もなく答えてみせる。互いの間で簡単な意思疎通ができているのかと思えば、何やら手元には小さな紙がある。

 声もどことなく棒読みだ、どうやらカンペを読みながら答えているらしい。

 

「弁護側、準備は?」

 

「……」

 

 それぞれ怜と泉は麻雀卓の椅子に座っている。それぞれ円依からみて対面には怜、上家が泉だ。下家には弁護士と書かれた紙が椅子に貼り付けられている。

 当然中の人などいない。

 

「よろしい、では開廷! や」

 

「んんんー!」

 

 弁護士不在、本人には口出しの権利なし、あからさまなまでにあからさまな状況に、円依は思わず抗議の唸りを上げる。

 当然スルーされるが。

 

「……あの、コレ何の意味があるんです?」

 

 横合いから泉が怜へ問いかける。既に渡されたカンペの中身は読みきっている、態々こんなものを用意したのに何の意味があるのだろうか。

 泉は訝しげな目付きを見せながら怜にせっつく。

 

「あれや、審問ちゅうたらこれやろ、まずは形からってやつやな」

 

「はぁ……」

 

 どうやら怜にとって審問とはいっても知識的には裁判のようだ。被疑者に人権が無いのはさほど変わらないが、どちらかと言うと怜のイメージは逆転する短期決戦仕様らしい。

 

「では検察、被疑者の容疑を説明してもらえるか?」

 

「あ、えっとはい、被疑者……? 円依は」「瀬野円依や」「え?」「フルネームでよべいフルネームで」「…………、」

 

 どうやら味方内部で多少の揉め事が発生したようだ。

 この隙に遠くへ高飛びしたい気も在るのだが、円依にはどうにもない……はずなのだが、ここで円依、ふと在ることに気がつく。

 

「えっと、瀬野円依は先程一人で昼食の残りに作ったらしいサンドイッチを隠し持っていることが解り、こうしているわけですが」

 

「ふむ、公的資金の横領やな、悪や、犯罪や、断固阻止せなあかんなぁ」

 

 もごもごと体を揺らしていた円依は、ふとその会話を軽く耳に入れた。

 はっとするように体を半分起こさせる。

 

(あの事かー!)

 

 円依は食事当番――と言うよりも、本格的な食事ができると判明したため、同じく料理のできる竜華と食事係――を任されていたのだ。

 竜華は主に怜シフトのための昼食や当番の監督などをしていたのだが、円依はシフトと関係のない部員の昼食のウチ、一品をまるごと任されていたのだ。

 その時二斤余った食パンを監督の了解を得てサンドイッチにして、おやつに食べようとしていたのだが、それを取り出すとところを見られていたらしい。

 

 ちなみに現在、サンドイッチは残り二つ、要するにこの二人の要求は飯をよこせということだろう。

 

「そんなのおーぼーですし! 私の正当報酬を横取りしようなんて、盗人たけだけしいことこのうえなし!」

 

 怒りのあまり、もとより貧弱な怜が簀巻きにしたせいでだいぶ緩くなっていた拘束から無理やり抜け出ると、円依は猿轡を拭い、続けざまに口火を切った。

 

「む、脱走犯か、泉、ひっとらえい」

 

「……えぇー?」

 

 わけがわからないと脱力気味に嘆息する泉、逆に円依は、怒りに燃えながらも割りとノリノリだ。

 こういう雰囲気の時に限って、円依の声音にいつもの気怠さはない。

 

「本性を表しましたね、悪徳裁判官!」

 

「ふっふっふ、ウチの事を見破るとは大したもんや、せやけどええのんか? ウチに逆らえば、円依のおやつも無事ではすまさんで?」

 

 両手を拡げてわざとらしい悪役のポーズを怜が取る。

 

「な! なんてことを!」

 

「ふふ、私からおやつを取り返したくば、麻雀で勝つことやな! ウチらが勝ったらこのおやつ、二つともいただくで」

 

「いいですよ! 構いませんとも!」

 

「なんという麻雀脳、ってか頼めばくれるんですね……ってウチら?」

 

 私もですかー!? と大声を上げる泉。

 当然だと、小芝居をしていた怜と円依から首肯が入る。

 

「なんでや。…………いや、えぇ、細かいことはえぇ、円依の、サンドイッチ、円依のふわふわ……!」

 

 と、その時だった。

 

 

「……何しとるんや?」

 

 

 ジト目の竜華が、教室の扉越しに立っていた。

 

「あ、こ、これはですね!」

 

 泉が慌てたように弁明する。何故かロープと布団、あと布のような者が散乱している部屋の中。

 『悪ノリ中』と額に書かれた怜。

 明らかに、ナニカおかしなことをしているとしか思えなかった。

 

「竜華、邪魔せんとってや、今ウチらは聖戦麻雀のまっただ中やねん、円依のふわふわをウチらの口におさめたいねん!」

 

「ふわふわて……あぁ、昼に円依が作っとったサンドイッチのことか、あれ、あといくつ残ってるん?」

 

「え? 二つですけど」

 

 何やら察しのいい竜華は、すぐに円依へサンドイッチの在庫を問う。何が目的なのかと竜華の顔を伺う。

 

「そか、そか。じゃあこうしよか、うちもその聖戦麻雀とやらに混ぜてもらおか、ウチと円依、怜と泉のタッグマッチや、もしウチが勝ったら、一つサンドイッチを分けてもらえるか?」

 

「え? いいですけど」

 

 面子が足りないのはわかりきっていることであるが、まさか竜華が参戦するとは思わなかった。

 基本的に真面目なたちである竜華が、こうした悪乗りに乗ってくるのは意外の極みだ。

 

「あ、泉、ちょっとええか?」

 

「む?」「む」

 

 竜華がふと、気づいたように泉を呼び寄せる。何事かという視線が、怜と円依両者から同時に飛び出した。

 

 

「……円依の手料理が食べたいんやろ」

 

「えっ!?」

 

 ひそひそと、小声で伝えられた内容に、泉が目を白黒させる。それからの反応は劇的だった。

 耳が蛸に鳴るかというくらいに真っ赤に染まり、なんとも言えない悲鳴を泉は上げた。

 

「~~~っっ! そ、そそそそしょれはでしゅへぶ!」

 

「あはは、噛み噛みやん、落ち着こーな?」

 

 宥めすかすように竜華が笑う。

 するとなにやらムッとしていた相方組が、急かすように声を上げる。

 

「竜華! はよう、はよう!」

 

「泉、なにしてるのさ!」

 

 賑やかな部屋、和やかな卓、今、プライドをかけた世紀の決戦が始まる――らしい。

 

 

 ♪

 

 

 コンビ打ちということで、順位の出し方など、通常とは違うルールが採用されることになった。

 持ち点は三万点、オカ(※1)はなし、終局時の合計点数を競う。

 どちらかが一位になれば良いというわけでもなく、コンビネーションを必要とした。

 

 東家は円依、南家に怜、西家に泉、そして北家に竜華の席順だ。

 

 ――東一局、親円依、ドラ表示牌『北』――

 

 コンビネーションを問われる今回のルールにおいても、結局円依のやることはさして変わっていないようだった。

 

 ――円依捨て牌――

 東東西西白中

 六七八九白北

 中北

 

 ダブ東の、しかもドラ対子を第一打で崩し、その後も五つの対子を――しかも字牌を、落としている。

 手に抱えていれば大七星などという馬鹿げた役満を上がることも視野に入れられるほどなのだが。

 

(……やば、手が震えとるわ)

 

 その威圧感は尋常ではなかった。円依を相手にするということにおいて、泉は割りと慣れているほうであるのだが、今回ばかりはこの異様な空気、耐えられそうにない。

 

 それもそのはず。

 

 ――円依手配(視点泉)

 □□□□ 一「二」三 「②」③④ 「5」55

 

 現在の円依の手配は三副露によって相当数晒されている。

 当然ながらその中にドラはなく、安手であることはまるわかりなのだが、円依の狙いが知れなかった。

 

(この手配から態々こんなクソ鳴きをして、円依の狙いはなんや? 在るはずや、この状況で意味を成すことが――ッ!! マサカっ!)

 

 泉はすぐさま河と自分の捨て牌を見比べる。

 そうだ、やはり泉の認識は正しかった。

 

(ここまで、赤五索が一枚も出とらへん、あの明刻――加槓できるんや!)

 

 だとすれば円依の狙いは単純だ、嶺上開花からのツモ上がり、それもドラを引っさげての1000オールでだ。

 恐らく、円依なら一発で和了り牌を引いてくるだろう。

 始めて怜達と打った時も、円依は同じように嶺上開花を決めている。

 だとすれば、

 

(ここで――なかへんと!)

 

 軽く怜に視線を送る。

 向こうもその視線を受けて、漸く円依の狙いを察することが出来たらしい。顔を見合わせ視界を合わせ、潰すための策を求める。

 

 今は怜のツモ番だ。

 ここで何を切るかによって恐らくは円依の和了りが変わってくることだろう。

 あの異様さを捨ててまで作り上げた三副露、まさか円依が仕損じるとは思わない。

 

 怜/打⑥

 

「――っ! カン!」 ⑥⑥⑥⑥

 

 それは、間違いなく円依にとって急所となりうる一打だった。怜は泉の鳴きに期待し牌を切った。結果は想定以上の出来だ。

 大明槓をすれば、さらに円依の和了り牌を手中に収めることができる。そしてそれは――

 

(九筒! やった、これで九筒は三枚目、六筒も槓した以上、これで和了り牌はほとんど消えた、ここで上がられることはない! 後はこいつを切り出せば――!)

 

 泉/打⑨

 

 

「――ロォン」

 

 

「……は!?」

 

 その和了りは、泉の予想をはるかに越えたものだった。

 いや、怜の予知すらも完全に騙した、完璧なものだった。

 

「――7700や」

 

 鋭いスパークが当たりに散った。火花が飛び出るかのような鋭い音が、当たりに漠然と広がった。

 上がったのは、清水谷竜華。

 そう、“そう”だったのだ。

 

 ここまで、円依は足並みを乱し独断専行、しかし無視するわけにも行かないレベルで、こちらを威圧してくる。

 泉と怜、二人にとって敵とは瀬野円依の事だった。

 

 しかし実際には違った。我が道を行っているはずだった円依は、その実このコンビ麻雀を匠に利用した。

 竜華の力を借りて、泉と怜をまるごと制してしまったのだ。

 

「あんまり、ウチを舐めんでもらおか?」

 

 ぐう、と二人の顔が、呻きとともに歪んだ。

 

 続く東二局、今度は円依が高速で聴牌、捨て牌に若干の異様さを漂わせながら他家を威圧、ツモ上がり。

 

「ツモ、1300、2600」

 

 それは静かな上がり出会ったが、ここまで円依・竜華チームの二連続和了。+は3900であると入っても、既に一万点以上の点差を泉達はつけられてしまった。

 

 しかし続く泉の親番、泉チームも漸く始動する。

 それぞれ泉が円依から2900の直撃、怜が竜華から7700の8000を直撮りした。そして、

 

 

 ――東四局、親竜華、ドラ表示牌『3』――

 

 

(前半戦最後の親番、なんとか上がって勢いづきたいところやけど、手が遅いなぁ……)

 

 竜華、親の手としてはあまり褒められない、倍満手、十巡目にして未だ二向聴、一向に聴牌の兆しすら見えなかった。

 

(円依は……こっちも微妙みたいやな、速度も出せず、異様にもならず、テンパイしてるなら、なんとか上がって欲しいもんやけど……)

 

 差し込みは出来ないし、わざと当たり牌を切っても、竜華の牌は泉、怜には警戒されてしまうだろう。

 無茶はできない状況下。

 加えて、先ほどの円依と竜華、両者直撃が、このチームへの結構な逆風となっているようだ。

 

「っぐ」

 

 加えて、少し呻いてしまうほどのツモの悪さ。竜華の対面、怜は五巡前から聴牌濃厚な自摸切り状態に入っている。

 上がれる役があるかはともかく、ここで怜に振り込むわけには行かなかった。

 

 竜華/打西

 

 思わず憤りすら思えるほどのツモ、恐らく円依もそれは変わらないのだろう、牌を少し確かめるだけで、すぐに自摸切りをした。

 

 円依/打一

 

 そして、

 

 

「――リーチ」

 

 

 直立不動。怜のリーチが突き刺さる。

 

(――不味い!)

 

 竜華と円依、両者の顔が大きく歪んだ。一様にして、この場においては両者は同類の雀士だった。

 

 泉/打北

 

 ここまで、ずっと持っていたのか、最後の四枚目、北を手出しする泉。

 当然、鳴けるはずもない。

 

 竜華のツモも、円依のツモも、誰かを鳴かせるには――至らない。

 

 

「ツモ、一発ツモにメンタンピン、ドラ一――3000、6000」

 

 

 声にならない絶叫が、二人の心中を駆け巡った。

 

 

 ――しかし、そこで話は終わらない。

 続く南一局、円依がこの親番で息を吹き返した。傾きすぎた天秤が、一回転してその立ち位置を反転させてしまったのだ。

 

 ここに来て、再び円依の手配が異様に染まった。

 三色の面子を態々崩し別の手に入れ替える。既にできていた三面子を捻じ曲げるように変化させ、牽制にしようした。

 

 今度は泉たちが苦心を強いられることになる。

 円依の手配に加えて、竜華までもが手早く手を進めてきたのだ。高そうな気配をに酔わせる、赤ドラ切りの聴牌濃厚。

 片や異様に片や強敵。

 どちらかに意識を囚われれば、どちらかに足元を掬われる。

 しかも円依は時限付きの爆弾だ。円依より速く上がらなければ、それは爆発し、致命傷となる。

 

 だが、そこに挑むには竜華の聴牌相手に押さなくてはならず、どうしても手が鈍る。どうしようもない、袋小路だと泉は思った。

 ――結果。

 

 

「ツモ、8000オール」

 

 

 泉達の手は間に合わず。

 円依の倍満ツモが、二人に深く突き刺さる。――どっちつかずでは、いられない。

 

 

 その後、竜華から怜が2900の直撃を取るなど、攻防が続く、そして

 

 

 ――南二局、親怜、ドラ表示牌『5(赤)』――

 

 

 親の怜、七巡目にして一向聴、そして。

 

(……一巡先!)

 

 (怜/打⑧

 

 『チー』⑥⑦⑧

 

 泉/打9

 

 竜華/打5

 

 円依/打東

 

 怜/ツモ1)

 

(泉が鳴いて次巡聴牌、となれば、ここは改変の必要はないな)

 

 怜の一巡先を視る力――対局はそのように進み、次巡、怜聴牌。しかし。

 

(――! 竜華がウチの浮いた牌で出和了り、12000は、さすがに振り込めへん!)

 

 怜/打1

 

 すぐさま選択を決めた怜が、牌を自摸切りして聴牌を崩す、竜華の待ちはリャンウーパーの筒子三面張。

 綺麗な形であるが、上がれないのでは意味が無い。

 

 泉/打1

 

 泉はもとより怜に合わせる形での自摸切り、上がりこそなかったものの、振り込む様子は見られない。

 

 竜華/打⑦

 

(――手出し)

 

 恐らくは、⑥と頭の二のシャンポン待ち。

 続く円依は自摸切り、怜の安牌、そして――

 

(よし、四索、引き直したどころかタンヤオがついて跳満や!)

 

 迷うこと無く、怜は牌を選択した。

 

 怜/打⑧

 

 

「――アカンで、怜」

 

 

 竜華の、なだめるような声が響いた。小さな子をあやすような声だった。

 

「今回のコレは偶然やけど、こんな偶然を当たり前のようにやる奴が居る……それだけは、覚えといてや」

 

 言い聞かせるように、伝えるように、教えるように。

 竜華はゆっくりと、はっきりと、しっかりと、声をのせて吐き出した。

 

「――ロンや、12000」

 

 ――竜華手配――

 五五(赤)⑦六七八③④⑤⑥678  ⑧(和了り牌)

 

「――あっ」

 

 ほとんどうっかり、声を怜は上げてしまった。こうして怜が直撃に討たれると、再び戦況は動き出す。

 

 

 南三局、親の泉が怒涛のに連続和了、しかも二回ともほぼ10000点とも言える点数を奪っていった。

 コレにより怜・泉チームが成績のトップに経つが、ここで終わらないのが円依と竜華だ。

 

 両者はこの時この場において、最もわかりやすい共通点を持っていた。

 

 

 絶対に諦めない魂。

 

 

 不屈の闘志と、誰かが読んだ。

 

 

 ――オーラス、親竜華、ドラ表示牌『一』――

 

 

 その後、連荘を続けようとする泉と、竜華が直撃でストップをかけた。

 ここまでの戦績は

 

 一位泉:36300

 二位円依:35000

 三位怜:24500

 四位竜華:24200

 

 全体の成績はトップが泉チーム。続き円依チームと接戦状況下での戦いだった。その点差、実に1600点。

 それぞれ円依チームは1000点以上の手を出和了りするか、4000点以上の手をツモアガリする必要があり、泉チームはどんな手でアレ勝利が決まる。

 

 オーラスはそれぞれのチームの上家が、下家にサポートや差し込みをする展開になった。

 和了りを目指すのは円依と泉。そしてオーラス六巡目。

 

「チー!」 三四五(赤)

 

 円依が動く。

 この鳴きにより、先ほどの鳴きでドラを晒したことにより、三翻以上の手が確定、上がれば勝利が確実となった。

 

 円依/打⑤(赤)

 

 更にドラ切り、迷いの鳴い切り方であることから、想定の範囲内、そして照準の射程内であることが解る。

 聴牌だ。

 

(泉は……まだテンパッてはおらんようやな)

 

 怜が牌をツモりながら周囲に思考を回す。

 ここまで泉の目立った切り出しはない。闇に服しているのか、はたまたまだそれをあらわにできていないのか。

 

(まぁ、ウチには解らへんから、どうしようもないけどな)

 

 当然怜にそんな判断もできず、一巡先は前巡改変した直後なので見えることはない。薄っすらながら見えるような気がしないでもないが、基本的にそれは気のせいなのだ。

 

(となると、どこを切るべきやろ)

 

 ――泉捨て牌――

 北東1二⑨8

 

(多分、えっと、二萬と八索が急所やな、九萬も鳴いた後の牌やし、ってことは……ウチの牌から有効そうな牌は……ここやな)

 

 怜/打④

 

 この時、怜はほとんど感覚で泉に牌を切っている。判断基準は泉が使用してそうな場所――捨て牌から見て浮いている位置にある四の牌。

 これは単純に、二三の片面を考慮した場合、そこが一番急所になりうるからだ。

 

 そして、この判断は正解ともいえ、そして同時に怜の感性がふんだんにつめ込まれた一打であった。

 

 

(よし、サンキューや先輩! これを鳴けば聴牌、サブロー索待ちの両面や!)

 

「チ――」

 

 泉の顔が、笑みに歪んで、その手が端の二牌にかかる。少しの遅れはあったものの、これで追いついた。

 後は――和了るだけでいい。

 

 

「ポン!」 「④」④④

 

 

 しかし、それを遮るように、竜華の声が響き渡った。

 

 

 ♪

 

 

(やっぱり、待っといて正解やったな)

 

 竜華はある種偶然ながらも、自信の読みが完全に正解であり、それが完璧に突き刺さったことに安堵した。

 

 竜華/打6

 

(……どうやら待ちは潰れたみたいやな)

 

 竜華のやったことは至極わかりやすいことであった。

 怜が差し込むのであればどの牌か、竜華はその牌を読み切っていたのだ。読みきった上で泉の鳴きを上書きし、急所の牌を河に切れている一枚と併せて封殺したのだ。

 

(それがウチの手配に対子ってたこと、実際に怜がその牌を持っていたこと、それらはほんの偶然やけど、この“読み”は違う)

 

 友は時として敵となる。そしてそれがこの時で、なおかつ竜華は、そのことを確り理解していたのだ。

 

(ウチは、アンタのことならなんでも知ってるで? それは――自負以上のものが、あるはずなんや)

 

 

「――ツモ! 1000、2000!」

 

 

 円依の勝利宣言、竜華の勝利確信。

 それらは泉達を圧倒し、かき消した。

 

 たった一つの事実が、この二つのチームの明暗を分けた。それは竜華が要し振るったもので、ひとつの言葉に表せるものだった。

 その言葉は――

 

 最終結果

 一位円依:39000

 二位泉:35300

 三位怜:23500

 四位竜華:22200

 

 チーム総合成績

 一位円依・竜華チーム:61200

 二位泉・怜チーム:58800

 

 “経験”と、呼ばれている――

 

 

 ♪

 

 

「あ、ありがとうございました、おかげさまで地球の平和は保たれました」

 

 円依の冗談めかした言葉と、深々と下げた会釈。竜華は照れくさそうに頬をかきながら、差し出されたサンドイッチを受け取った。

 

「こちらこそ、こんな美味しそうなもの頂いて、いやーほんと美味しそうやわ、こんなん食べられるんは幸せやな」

 

「えへへ、ありがとうございます、一応料理は全部自信作、美味しく頂いてくれるなら本望です。特に……」

 

 少し、視線を何かを促すように泳がせなら、円依は少し言葉を選ぶ。

 

「私の料理だから、食べたいって思ってくれる人が居てくれるのが、一番うれしいんです」

 

「あはは、そっか……――って――やね」

 

 少しだけ顔を伏せ、竜華は少し言葉を付け足す。ほとんどひとりごとのようなものだったが、目ざとく円依がそれに気づいた。

 

「え?」

 

「あ、なんでもあらへんよ? ……そや、泉、ちょっと来てくれるか?」

 

 あたかもたった今思いだしたかのように、竜華が泉の名を呼んだ。本気で落ち込んでいるのか、部屋のすみでわざとらしく膝を抱えて縮こまっている怜の隣で、体育座りと嘆息をしていた泉が、ふと顔を上げる。

 

「なんですかぁー?」

 

「いいからいいから」

 

 うふふー、と楽しそうな笑みを浮かべて、竜華は泉とサンドイッチを手に廊下へと抜けだしていく。

 円依の嬉しそうな笑みが、二人のそれを見送った。

 

 

 そして、

 

「あの、なんですか? こんな私に用なんて」

 

 口をとがらせたように、ほのかに影を宿した廊下の端で、泉が竜華を見上げていた。

 竜華は笑みを絶やさず、少しだけわざとらしく声を張り上げた。

 

「いやなー、ここにちょっと貰いもんなんやけど、一つサンドイッチがあるねん。すんっっっごく美味しいんやけどな、ウチ、もうお腹いっぱいで食べれへんのよ」

 

「……え?」

 

「それで、たまごサンドやし、このままにしとくわけにも行かないから、誰かにあげなアカンのや」

 

 泉の顔が、みるみると驚きに変わっていく。竜華の言葉を、一つ一つ噛みしめて理解していく。

 

「でなー? 犬にくわせい、ちゅうもんなんやけど、さすがにそれはもったいないし、だったら丁度泉もいるから、泉にあげようと思うんやけど、どうかな?」

 

 ――普段から、怜の悪ノリは今に始まったことではない。そんな時、竜華は自分が当事者でない場合、苦言を呈しはするものの、基本的には静観するのだ。

 態々それに自分から手を出すことはなく、自然の成り行きで、怜の好きなようにさせていた。

 

 しかし、今日は少し話が違う。

 いきなり自分から割り込んできたかと思うと、今回の悪ノリに参加してきた。他でもない泉のために。

 

 竜華は円依が自分の作ったサンドイッチを、他人にあげてもいいという気持ちと自分で食べたいという気持ちがせめぎあい、切欠があるのであれば上げてもいいという心情に気付いていた。

 故にそれを心から欲しがっていた泉が絶対にそれを手に入れられるよう、円依に交渉したのだ。

 

『私の料理だから、食べたいって思ってくれる人が居てくれるのが、一番うれしいんです』

 

 円依は、泉を見ながら、そんなことを行っていた。竜華の狙いを、看破していたのだ。

 

「……それって、ウチが犬みたいってことですか?」

 

「えー? ワンちゃんかわええやん、こう、人懐っこくて、モフッとしてて、包み込んでくれて、かわいくて!」

 

「……あ、えっと、ありがとうございます」

 

 竜華は、臆面もなく言葉を出して、少し赤面したのだろう、照れ隠し気味に泉はサンドイッチを受け取った。

 

「幸せにな~」

 

 なんとなく、そんなことを声に出しながら、竜華は泉を見送ったのだった。

 

 ――と、泉と別れて、体を反転させる。部屋に戻ろうとした、その時だった。

 

「…………なにしてんの? 怜」

 

「…………」

 

 何故か、四つん這いになり口を開けて舌を出し、腰を振りながら何かを請うようにしている怜が、そこにいた。

 沈黙が響く。

 

 そして、

 

 

「ワン!」

 

 

 と一声怜が鳴いた。

 

「…………」

 

 すこし腕を組んで竜華が考え、その意味を理解する。

 

「アホウ」

 

 手刀で軽くツッコミを入れる竜華の顔に、少し朱が指していたとかなんとか。まぁ、余談である。




※1、例えば、25000点スタートであれば30000点がその本来の持ち点となる。この時5000点は予め引いておき、トップを取った人が全員分の5000点、計20000点を得るということ。この場合だとトップを取った方がほぼ勝ち確定なので無いものとしています。

円依対泉と言いつつ、駆け引きの中心は怜と竜華。
泉の大物手が省略されたのが原因。

はようって言う女の子は可愛い(至言)。
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