咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『千里山を背負って』/『怜を収めた視界』

 千里山に夜が来た。

 夕食時にはまだ外の様子が見れるほどであったが、シャワーを使える時間が過ぎ、制服を纏っていた少女たちがそれぞれジャージ姿に着替える頃には、既に夜は明かりに照らされた町並みへと変わっていた。

 

 千里山周辺の夜は割りと明るい。

 光が漏れ、人の営みが自分の手のひらにある。手を伸ばせば、そこには闇と光があった。

 決して、特別な幻想を身にまとっているわけではない。人を震わせる感動を身にまとっているわけではない、ただ、まるで自分の中に居場所を与えるかのような、そんな舞台がそこにはあった。

 

 円依は春の夜をぼんやりとした眼で眺めながら廊下を歩いていた。先ほどまで軽く泉達と半荘を打っていたのだが、一段落とともに用事を足しに行ったのだ。

 竜華に呼ばれ明日の朝食について軽く相談をした程度だが、思いの外時間がかかった。

 

 消灯時間は既に過ぎているし、何より円依自身眠気が体中を襲っていた。松葉杖でなければ今すぐにでも走り出したいほどだ。

 

「めんどくさー」

 

 足取りが重いのはいつものことだ。わかりきっていることでもあるし、諦めていることでもある。むしろまだこの方が円依にとっては、救いがあった。

 

「なんかなー、なんか、なんかなー」

 

 ひとりごと、誰かに効かせるようなものでもないし、中身もない。ただ自然と口をついて出て、円依の心を浸していった。

 

「こーいう、言葉にできないのって、なんか嫌だよ……すっきりさっぱりなんて心情が、私にもあればなぁ」

 

 泉なんかは、その点とてもわかり易いし円依からみて好印象だ。

 誰かに自慢できるくらい、麻雀が得意で、それに対する自負と円依という同級への対抗心。

 

「責任感もあって、私みたいに園城寺さんと面識があるわけでもないのに、シフトにも進んで参加して……私には、できないなぁ」

 

 泉は、円依にとっての始めての親友だ。友人関係は広く浅く、どちらかというと上級生や下級生との関わりが深く、あまり同年と交友を暖めたことが円依にはない。

 小学生の頃はとある事情から半分腫れ物のような扱いで、むしろこちらが気の毒になるくらいで、長野の中学でも、千里山第一でも、友人付き合いは、ずっと薄いほうだった。

 

「……なんだか、疲れちゃったなぁ」

 

 足が重い。

 いつものことだ。

 心が晴れない。

 ……いつもの、ことだ。

 

「……ん? 園城寺さんだ」

 

 そんな折だった。丁度通りかかった対局室から、光が漏れているのに円依は気づいた。見ればそれは園城寺怜で、卓について一人何かをしているようだ。

 

「――っえ? ……なに、してるの? 園城寺さん」

 

 円依の感覚に、電流のようなものが奔った。衝撃的な感覚に、思わずそちらへと足を向ける。

 急ぎ迎えるわけではない、怜の様子は、変わらない。

 

 “オカシイまま”だ。

 何かをしているのが解る。そしてその何かは麻雀に関わることで間違いない。そしてその上で、今の怜は“ナニカオカシイ”。

 怜が、怜でないかのような。

 

「……園城寺さん!」

 

 その時だった、円依の声が響く、無情なようで、意味を成さないもののようで、淡く小さく、産みに消えていく泡沫のように。

 ――怜が、倒れた。

 円依に、気づくこともなく。

 

 

 ♪

 

 

 少しして、どうやら怜は意識を取り戻したようだ。

 

「――ん? 膝枕?」

 

 ほっと胸を撫で下ろす円依をよそに、怜は仰向けになっていた体をうつ伏せに反転させる。

 

「くんくん、竜華や無い。んー、9点、竜華みたいに完成度は高いけど、なんか違和感あるなぁ」

 

「……園城寺先輩? …………園城寺さん?」

 

「お? おぉ、なんや円依か、納得。どうしたのん? そんなけったいな顔して」

 

 むくりと、喋りながら怜が起き上がる。すこしふらふらとしているのは、眠気に襲われているのか、はたまた何か不味いのだろうか。

 

「えっと、あの、園城寺さん倒れたんですよ、さっきまでそこの卓で何かしてて、それでえっと」

 

「あちゃー、見られとったんか」

 

 失敗失敗と、怜は頭を軽くコツンと叩く。

 

「これからどうします? もう遅いですし寝た方がいいとおもいますけど」

 

「あぁだいじょぶだいじょぶ、すぐに部屋に戻るから」

 

「……今の園城寺さんを、一人になんて出来ません」

 

 円依のむっとした表情が、怜にグサグサと突き刺さる。現在の怜は、言葉尻こそ平常そのものだ。しかし眼に生気がなく、見ててハラハラするほど調子が悪そうなのだ。

 

「部屋に戻るのであれば私が車椅子を持ってきます。さすがに押してくことはできませんけど、まだ部長も起きてるはずですから……」

 

 円依の言葉を遮るように怜が声を上げる。

 

「アカンわ、竜華は呼ばんといてや、ウチが何してたかバレると竜華にしこたま怒られるねん」

 

「私も怒りますよ! っていうか、何してたんです? いつもの園城寺さんじゃなかったし、明らかに何か変なことしようとしてましたよね」

 

 円依が、卓に置かれた麻雀牌へと視線を移す。一人で四人分の手配を晒した状態で打っている。それぞれ一巡だけ回した状態でストップしている。

 ここまでは怜が何かをするのに必要な“準備”なのだろう。

 

「――二巡先、ウチが見えへん二つ先の未来を、見ようおもたんよ」

 

 答えは至極わかりやすいものだった。

 一年前の夏、ある時を境に園城寺怜は一巡先を見れるようになった。これはまだ当時病院内でしか会話を交わすことのなかった円依が、怜に相談を持ちかけられたことから知っている。

 円依と怜は、失ってしまえるくらい気安い関係だ。それを踏まえた上で相談相手として、オカルトにも精通している円依は、ある意味で適任だった。

 

 だから、知っている。

 怜が感じている後ろめたさも、それが無いといけない、なければならない、と思っていることも。

 

「二巡先」

 

 繰り返すように円依はそれを呟いた。

 

「せや、昔二巡先が見えるんとちゃうかって、そんな話になったことがあるねん。そんときは見えなくて、倒れてしもて、竜華たちにすっご迷惑かけたんやけどな、……たまに、こうして練習しとるんよ、竜華には止められとるけどな」

 

「…………何で態々こんな所で練習したんですか、無理をすれば倒れるって、解ってるのに」

 

「できる気がしたんよ、無茶はしないって思って……成功すればバレんしな。でも無理やったからちょっとムキになってしもて」

 

「馬鹿ですね、ほんとに」

 

 淡々と、言葉に詰まりながらも円依はそれをつなげた。怜は卓に備えられた椅子に座り、倒れこむように背もたれに体を預けている。

 天上の光を、幾つかのライトから照らされる光の群れを、怜はずっと眺めていた。

 

「無理ですよ、できるわけ、ないじゃないですか、そんなの」

 

 浮かんでくる口舌は、そこまでだった。

 円依は怜に、言葉をかけることが出来なかった。

 

 もし、これが竜華たちのように、ずっと怜と寄り添ってきたのならば話は違うだろう。怜に対する感情が、あこがれではなく、心配であったら、もっと台詞も出てくるだろう。

 けれども、円依はそのどちらでもなかった。

 

 怜に無茶はしてほしくない、けれど、怜が前へ進むのを、応援したい気持ちも確かにある。

 円依は、竜華ではない。

 円依にとっての竜華が、円依にとっての泉で無いように。

 怜にとっての円依が、怜にとっての、竜華ではないのだ。

 

 円依は、言葉を探して、探して、探し続けて。

 

「なんで……そうしようと、思ったんですか」

 

 そんな問いに行き着いた、

 結局円依に、怜へ向けられる言葉はない。円依の思いは、あの保健室の夕暮れに、背を向けて語った本音以外にない。

 だが、それは言ってはならない願いなのだ。この場この時この状況で、語ることは許されない願いなのだ。

 

「……迷惑掛けたくなかったんや、みんなにいつも迷惑かけるから、少しでも役に立てないと、いかんやろ」

 

 ……違う、そんな訳がない。

 円依は声を大にして叫びたかった。怜の感情を、自分のことのように語ってしまいたかった。

 だが、出来なかった。

 嘘ではない、怜の言葉はどこまでも本当のことで、円依は嘘をつけなくて。

 

「なんでですか! なんで、ですか……っ!」

 

 円依は、それでも諦めたくはなかった。自分の感情を怜にぶつけてしまういたかった。

 ただきつく声を強めて、怜にもう一度繰り返す。

 怜と視線が重なった。どこまでも貫くような人の眼に、怜の何かを求めるような雲散霧消の瞳がぶつかる。

 霧になって溶けて消えるその瞬間が、円依には見えた。

 

 怜は、少しだけ沈黙した。それからハッとしたように――何かを理解したかのように――胸に手を当てて、そうか、そうかと頷いた。

 

「なんやなぁ、こうしてみると、ウチって、みんなの輪の中に、入れてもらいたかったんやなぁ」

 

 その言葉は、自分に言い聞かせるものでもあり、円依に語って聴かせるものでもあった。

 円依の顔が、少しだけ晴れ渡る。

 

「私が! 私が園城寺さんを始めてみたとき、不安定なこの場所で、一人だけ確り立っているように、思えました」

 

 人は、人の波に押されてすすむ、望もうと望むまいと、そこに立ち尽くすことは、ただ一人であることは出来ない。

 怜もそうだ、円依もそうだ。しかし怜は、そんな中においても、ただまっすぐ立っていた。

 ぐらぐらとぐらつく大地に、ただ一人、腰を据えて立っていた。

 

 そんな怜は、円依の憧れだったのだ。まるで誘蛾灯に誘われるかのように、円依は怜へと、惹き寄せられていったのだ。

 

「だから、もし望めるのなら、もし、望んでもいいのなら、園城寺さんは、今のままのあなたでいてください」

 

 円依の言葉はぐらついて、ゆらめいて、確かではない。心に突き刺さるものはない。突き刺すようなものもない。

 それだけのこと。

 そう、それだけのことだった。

 

「わかったわ、私が円依にできることは、それくらいやもんな」

 

 そうやって、怜は笑った。

 無茶をすることを否定して、けれどもただ前を向くことだけを望まれて。

 

 園城寺怜の表情は、円依の知るあの時のまま、そこにある。




今回で校内合宿編は終了になります。
県予選まで後一ヶ月、二話ほどイベントを挟んでから大会になります。

ちなみに、団体戦のメイン闘牌は第二回戦からです。
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