『セーラと泉』
オーラス、その卓についていた全員の点差には、明確な差が生まれていた。
一位はセーラ、ここまで順調な和了りで他者を突き放し独走状態にはいっていた。
二位の二年生は目立った振込も親被りもなく、ここまでは二位につけていた。しかし円依と泉はそれぞれ一度ずつ上がっているので焼き鳥状態である。
三位の円依は一度セーラから直撃を取ったものの、二度の親被りで転落、その後は上がれず三位から上を狙う状態だ。
四位の泉は現在絶不調、一人だけ四桁の点数で、ここまで飛ばなかったことが幸運と言えた。
そしてこのオーラス、泉はクズ手をなんとか国士三向聴へ持ってきてはいたものの、流局間際、二位は既にベタオリ、逆転手を張っているのは、高め三倍満も見える円依のみ。
とはいえ、それも上がれる見込みはないもので――
「ツモ、1000、2000!」
セーラの豪快な打牌音、牌の倒れるその音が、対局終了の合図となった。
「あー、負けた!」
円依は悔しさこそあるものの、最後までスリルのある勝負を展開していた。ここで負けたのならば、それが結果、次へ向かおうという気力もある。
二位で終わった二年生は、息苦しさを覚えていたのかしきりに深呼吸を繰り返している。安堵という意味が、恐らくもっとも大きいだろう。
「……はぁー」
対照的に、泉は沈みきった目線で、なんとも言えない表情をしている。実際言葉が出ないのか、どうにもすっきりしない目が、地へ向いていた。
「勝てない」
というのも、どうやら泉は今日、あまり勝ち越せていないようで、精神状態がよろしくないのだ。
波が一番来ていない時期といえる。
「まぁ、心の持ちようやん? 勝とう勝とう思っとれば、泉はタイミング計るの巧いし、すぐに勝てるようになるはずやけど」
「いやぁ、泉の場合そんな単純じゃあ無いんだなぁ、見てるこっちがめんどくさいですよ」
円依が割って入る用にセーラに声をかける。どういうことかと視線で問うと、円依はすぐに解説を入れた。
なんでも泉の場合、一位は取れるが取った後すぐにもう一度かとうとするとボロ負けし、数回負けが込むとまた一位が取れる、後はまたボロ負けしての繰り返しなのだ。
「あぁ、あれか、ギャンブルで次こそは次こそはって思って、漸く勝ったはええけど負けが混んでてまた挑むと負けていく、負の連鎖って奴」
「……すごくわかりやすい例えですね、心理的にはまさしくそんな感じです」
そうやって、負けが込むのは珍しくはない。この例えの場合人生終了まっしぐらではあるものの、そんなこと、珍しくもないのだ。
とはいえ、セーラはそんな泉を少しだけ不満そうに見ている。胡座をかいていては行けない、泉とて解っていることだ。
「まぁ、ちょっと何時ものような精彩さはあらへんかったけどな」
「そう……ですか?」
よくわからない、自分のことである以上、他人にしかわからないこともある。自分の顔は、自分には見えないのだ。
「そうやなぁ……簡単に言うと、たとえ攻め時でも、満貫程度じゃ俺からトップは取れへんで?」
「…………あ! なるほど、そういうことですかぁ」
簡潔に言うなら、波のない泉には、緩急というものが足りなかった。端的に言ってしまえば、ぬるいのだ。攻めも守りも中途半端、そんなものだと、セーラは笑うが。
「まだまだですか……」
泉はそう、嘆息する他にない。
「やるべきことが解ってるなら、今すぐ試せばいいじゃない、今なら勝てるって、そう思わないと先に進むことはできないよ?」
「せやなぁ……」
円依は今、とそれを表す。
今それをどうにかすれば、きっと泉は強くなる。単純なことだ、一回一回を何の意味もない凡庸まみれたものにするよりも、無理をしてでも、無茶をしてでも、自分に残すほうがずっといい。
“今”とはそうやって、前へ進むための時間なのだから。
「でも、それだけやない。泉の役割は失点をしないこと、うちらのリードを守ること。けどそれは俺らが正しく麻雀を打てた場合のことや」
対するセーラは、先を表す。
「もし、うちらがとんでもない失点をしてしまったら? もう勝てないと思わされるくらい、凹まされてしまったら? そういう時、泉は自分の打てる以上の麻雀が必要になる」
風越ならば、それもありえないことではない。
強者とは、常に最善であるべきだが、絶対に最善で、いられるはずもないのだ。千里山は白糸台や、去年のあのバケモノのように、圧倒的でいられるチカラはどこにもない。
「……先輩」
泉は、飲み込むように言葉をもらした。
目の前にいる人が、とても大きく感じられる。円依や二年生の先輩と一緒にいるはずというのに、そこには自分とセーラしかいないように感じられる。
ありえないことではあった。
けれどもそれほどまでに、セーラという少女は大きく大地に立っていた。
「それにや、泉や円依が、ウチらを追い越そうとしてくれたほうが、怜も俺も、それに竜華も、練習に精が出るっちゅうもんや」
セーラは、超えられる存在でなければならない。泉たちにとって、セーラは紛れも無い強敵で、強大な壁だ。
だからこそセーラは強くあらねばならない。勝ちたいと思えるほどに、勝って超えたいと、思えるように。
「さぁ、もう一回うとか! 賽は投げられた――決してそれに、取り残されんようになぁ!」
セーラの言葉には、誰もが頷いた。
泉だけではない、円依も、その場に居る皆すべてが。
ただ、今と未来を、向いていた。
♪
『お礼』
あれから――プレゼントを受け取ってから――円依と泉はだいぶ長い間話し込んでいた。
その内容は他愛もないことの集まりではあったが、時間を忘れるほどに二人は語り合っていた。
それこそ気づいた時には夕暮れで、外は少し暗くなっていた。
泉がそろそろ帰ろうか、という所になって、いきなり円依のお腹が鳴いた。あまりにも盛大で、そのあと鳴った泉のものと併せて、二人はひとしきり笑いあった。
腹が減ってはなんとやら。
「……夕飯、食べてく?」
プレゼントのお礼だという、そんな円依の提案は、当然泉にとっては渡りに船だった。
♪
コトコトと、鍋が煮られる音がする。テンポの良い音が、カウンターのようになっているキッチンの背面を間に挟んで聞こえてくる。
泉はそれを、心臓の音であるかのように感じていた。
円依の家は一般家庭としては十分裕福な部類に入るらしい、円依の住む家はさほど広くはないとはいえ一軒家であり、加えてある程度のリフォームにより、円依が食事を作れるような工夫も成されていた。
おいてある丁度品も相当なものにぱっと見で感じ取れるし、中流家庭の泉からしてれば羨ましい限りではあるが、
まぁ実際だからどうしたという分もある、泉からしても、円依がいいところのお嬢様だからといって、さほど驚きもしないのだ。
どちらかと言うのなら、泉はなんとも言えない表情で、所在なさげにしていた。
有り体に言うとうずうずしていた。
なにせ円依の手料理である。泉は普段から非常に真面目な少女である。蛮行もないし奇行もない、至って清廉潔白な性分なのだが、一度だけその感情を暴走させたことがある。
例の円依異端審問事件である。半分は怜の悪ノリであるが、そもそも円依のサンドイッチを発見し怜に助力を求めたのは泉である。
円依の食べ物は人類、ひいては泉を狂わせる。純粋無垢な少女が、理性を狂わせてしまうのだ。
そんなわけで現在泉はとてもそわそわしている。視線があらぬ方向を向き、それが何の意味もなく浮遊するように宙をさまよう。
更には時折起立しては、お辞儀までし始める始末。時折円依の視線が刺さっても、お構いなしのようだった。今は座って硬直している。
「ま、まだかいなー」
ぽつりと、こそりと、ほとんど聞こえないようなひとりごとで、少しだけ照れくさそうに円依へ問いかける泉。別に答えを求めてではなく、これも所在無さげな故の奇行であったのだが円依には聞かれていたようで。
「もう少しです……うひゃああ!」
答えを返されている最中に、何かが倒れる重低音が響いた。泉がすぐさま立ち上がり、勢い良く円依の元へとかけ出す。
声と音から推測される事象はひとつ、円依が床に倒れたのだ。
「大丈夫か!?」
慌てて駆けつけた先には、円依が少し涙目になりながら立ち上がり、ぶつけたらしい尻に目をやっているところだった。
壁に手をついて、尻を突き出すようなその格好はいうなれば――とかく、円依の豊満な肉体は、当然そのような格好では程よく強調されるわけで、
「……あ――」
後に泉は述懐する。桃源郷が、そこにあったと。
「あ、あはは、ごめんね? 心配させちゃった?」
泉に答えはない。
なんとか体を動かして、円依はいつも使っているらしい手すりに腰を落ち着けて体重を預ける。どうやら火の様子を見ているようだ。
粗方の調理は終わったようで、包丁や何やらは流し台へと押し込められている。
匂いから察するに、今日はシチューのようだ。
「い、や。無事ならそれでええんやけど、もしかしていつもそんな感じに?」
「半年に一回くらいはやっちゃうかな、まさか今日やらかすとは思わなかったけどさ」
漸く再起動した泉の言葉に、円依は慣れた様子で答える。まぁ確かに、合宿の時も円依は器用に体を動かし、料理をしていたが、運良く無事だったものの、今回のように転んでしまいそうなときもあった。
毎日繰り返していれば、確かに半年に一回くらいはやらかすようなものではあったが。
「怪我人をいたわるという意味で、出来ればお皿を二つ、運んで欲しいかな」
「それはいつものものぐさとちゃうん? まぁ今日は、家がお客さんやしそれくらいはやりますけれども」
「ありがとねー」
手をひらひらと、泉に気のないエールを送る。ついでに片手で戸棚の場所を示しながら、本人はどうやら火の番らしい。
「っしょっと、これでええですかぁ?」
「おっけー、机の好きな所に置いていいよー」
揺らしていた手にスナップを聞かせて円を描く。丁度すれ違う瞬間に、華のような笑顔で円依がニカリと微笑んだ。
泉が気恥ずかしさ故に駆け足気味にその場を去って行くと、円依も笑みを若干照れくさそうなものへと変えた。
二人が笑みを交わし合い、ようやく円依は自分の中から、不和と呼べる感情が、楽しさに変わっていることへ、気づいたのだった。
「……お礼、のはずだったんだけどなぁ。ま、いっか!」
――それからシチューが完成したのは、数分後のことだった。
ここから若干巻きで行ってます。
次回六月県予選、ちなみに団体戦はキンクリです。
もう一つ予定してましたが、小話二つの形式は気力が消えて行くので次回県予選という形に。