『円依対セーラ 手にしたもの①』
北大阪地区予選。
全国の中でも特に激戦区とされる北大阪、当然出場校は他県を優に超え、その頂きに手を掛ける権利を許される高校はごくわずか。
しかし、ここ十年、その圧倒的なまでの板垣に、絶対的な王者として君臨するものがいた。
千里山女子。
県内屈指の強豪校にして、全国区クラスのバケモノ、その強さは全国でも二位に数えられ、今年もインターハイへの出場が望まれていた。
立ちはだかるは前年度全国個人戦第二位の成績を残す荒川憩要する三箇牧高校、それぞれトーナメントの正反対に名を連ね、決勝での激突となった。
序盤、先鋒戦、次鋒戦においては総合力を欠いた三箇牧高校が苦戦、数万点のビハインドを残すものの、中堅において遂に三箇牧高校エース、荒川憩が出陣、千里山の元エース、江口セーラを相手に獅子奮迅の大暴れ、失点をすべて取り返し、三万点以上の点差をつけて中堅戦を終えた。
しかし副将戦に入ってからは話が変わる。千里山を含め、三高から同時に狙われる形になった三箇牧は失点、三高の中でも傑出した千里山、二条泉が猛追、副将戦終了までに、点差を一万五千点へ縮める。
そして満を持して登場した千里山一年の大将、瀬野円依によって情勢は逆転、前半戦のみで一気に三箇牧をまくると、最終的な収支においては、なんとラス目の他校から五万点以上の差をつけての快勝となった。
千里山は遂に十一年連続での全国インターハイへの出場を決めた。最低限の仕事を終え、選手たちはひとごこちだ。
とはいえそこで休憩といっていられるレギュラーメンバーは体調の問題で個人戦に出場できない園城寺怜のみ、来週には県予選個人戦が迫っていた――
♪
一次予選、千里山レギュラーからの脱落者が出るはずもなく、控えメンバーである船久保浩子を含め、全員が好成績で二次予選へと駒を進めた。
そして、予選に与えられた切符は三つ、ある種団体戦よりも圧倒的に狭き門であるこの頂きに、手をかけることを許されたのは、メンバーの中でも二人しかいなかった――
「やっほー、泉、終わったかいな」
千里山の部長――清水谷竜華の声が同じチームメイトである一年、二条泉へとかけられた。
現在、二人は個人戦を行なっている卓を移すモニター会場の中にいた。既にそこへはいっていた泉の元へ、後からやってきた竜華が並んだ。
隣には浩子も居る。
怜はといえば、竜華の方へ行っていたようで、隣にちょこんと並んだ姿が見えた。
ここにいるのは、県予選個人戦すべての対局が終了し、全国出場の目が絶たれた者たちである。
「あ、部長、こっちはダメでしたわ、全然稼げませんし、円依と当たっちゃいまして、ボコボコにされましたわ」
「ウチもや~、セーラにあたってもうてな? 酷いんよ? セーラってば」
互いに負けを伝える言葉ではあるが、その声音は明るい。互いに、後悔の色はあるだろうが、それをかざすことはなかった。
「ウチなんかは荒川憩に当たりましてね、飛ばされましたわ、きっちり」
「……ほんまかいな、フナQが飛ばされるて相当やで?」
浩子がそれに加わるように報告する。
反応したのは竜華とともに泉達と並んで腰掛けた怜だ。浩子はレギュラーこそ逃したものの千里山でもトップクラスのプレーヤーだ。
セーラ相手に完勝し、そして浩子までも飛ばしせしめる、よっぽどだと、泉たちは嘆息した。
「他の二人はどうなってるん? そろそろ終わることやと思うけど」
「一位は荒川憩、今対局中ですけど、間違いなくこのまま全国行き確実ですわ、二位の江口先輩との成績が圧倒的に開きすぎてます」
竜華の問いに、浩子がタブレットを操作しながら答える。
現在対局が終わっておらず、かつ県予選代表への切符が許されているのは総勢四人、一人はほぼ確実と見られている荒川憩、もう一人は二位、大分さが付けられているものの、この最終戦で大きな失点をしない限りは代表入りが鉄板である江口セーラ。
少し離れて、三位に瀬野円依がつけていた。しかし四位との点差はほとんど鳴く、事実――
「最終戦、さっき終わった結果、四位の生徒がプラス収支で円依を逆転、三位に返り咲くためには、28000点の点数が必要となります」
けして難しい話ではないだろう。
円依であれば、むしろそのくらいの点数、低すぎるくらいだ。しかし今回は少し話が違ってくる。
「――セーラと円依、ここに来て直接対決かいな」
感慨深げな怜の言葉、その言葉通り、円依とセーラはこの最終戦で激突することが決まっていた。
あまりにあまりな対決だ。
もし四位と円依の対決であれば、円依は勝利していただろう。
しかし、今回対決すのは円依とセーラ、間違いなく、円依が簡単に勝てる相手ではない。
「どっちが勝つんでしょうね」
――当然の帰結として、泉のそんな言葉が、吐き出されてきた。
誰もが、その場で思い続けていることだ。どちらが勝つか、どちらもが勝つか。
「現状、部内での対戦成績は、トップ率を計算することになりますから、円依の方が上ですけど――個人戦で対戦することを想定して出した総合成績でのデータ的には、勝っているのは、江口先輩なんですよ」
事実を、淡々と、ではない。言葉を持ってはっきりと伝える浩子、わからないと言いたいのではない、セーラが強いと言いたいのだ。
否定するのは竜華だ。
けして円依が弱いわけではない、ならば、決着を付けるのは時の運、すべては結果次第なのだ。
「せやけどそれは、部内での成績やん、あそこでセーラと円依相手に同卓するんは、他校の相手やん」
「――解らない、という他無いなぁ、麻雀は運の競技、一回の勝負を結果だけで語ることは出来ないわけやし、結局ん所……」
怜が言葉をモニターへと向ける、その先には、会場入りした円依が、ゆっくりと卓の上の牌に手を伸ばすところだった。
「――始まるで」
竜華が、遮るように声をかける。
手を伸ばした牌を、円依は後ろから現れたセーラによって、掠め取られた。円依は少しだけセーラを睨みつけると、新たに牌をめくる。
それぞれセーラが東、円依が南だ。
「――結局ん所、その勝敗を決めるのは」
浩子が、モニターへと意識を映しながら、漏らすようにつぶやく。
それはすべての総意でもあり、誰もが知っていることだった。
「自身の望むように“結果”を円依が書き換えるのか」
泉が、更に受け継いで、言葉を漏らす。
――後から、対局者である他の二人も会場へ入ってきた。
「そんな円依のチカラすらも、セーラの結果が打ち出す“強さ”でねじ伏せるんか、ちゅうことや」
最後は、竜華が言葉を閉めた。
――モニターの先で、すべての席が決められた。若干の間を持って、対局室の明かりが落ちる。
県予選個人戦、泣いても笑っても最後の勝負、その戦いが、今始まる――!
♪
最終戦、起親、東家は他校の少女――ポニーテールが特徴的だ――。
南家は円依、西家がセーラ、そして北家はこれまた他校の少女――こちらはツインドリルが特徴だ――。
――東一局、親ポニーテール、ドラ表示牌「7」――
開局そうそう、飛び出したのはツインドリルの北家、自分のツモ番を待たずにドラを含んだ鳴きを見せると、そのまま怒涛の三副露。
他家に止める術もなく、東一局は――
「ツモ! 1000、2000」
――五巡目にして、ツインドリルがツモ上がり。続く東二局でも、ポニーテールから2000の直撃をとり、幸先の良いスタートを飾る。
しかし追撃するようにポニーテールが動く。
ツインドリルはどうやら速攻を得意とするようだが、ポニーテールはその真逆、重い手作りからの高打点が彼女の志向だった。
東三局にて、ポニーテールが、ツインドリルの足に火がつくよりも速く手を作り上げ、満貫手を和了る。
これで互いに点数は2900点、ここまで一度も動きを見せない円依とセーラを約7000点差で突き放す。
この時、どちらにも、ある思いがよぎっていた。
(――千里山のレギュラーに、自分が勝てるかもしれない)
それも相手は二人、セーラは三箇牧の荒川憩に敗北したものの、どちらも今年度の千里山において特に派手な成績を残す者だ。
そんな千里山のバケモノ相手に、自分が勝てるかもしれない。そんなことを彼女たちは考えたのだ。
しかし、
――円依の目が揺らめいた、それはまるで陽炎ともいえ、炎を纏った意思の現れだった。
それが甘い考えだということを、彼女たちはすぐに知ることとなる。
――セーラの口が笑みに歪んだ。それは獰猛ともいえ、鋭牙を、見定めた敵へ向けるものだった。
――東四局、親ツインドリル、ドラ表示牌「⑧」――
前半戦折り返し、セーラの打牌が唸る。
ここ、東四局では序盤、先ほどまで快調であったツインドリルとポニーテールは今局においてもその勢いを衰えさせはしなかった。
両者ともに跳満手を面前で聴牌、ツインドリルは他家の威嚇に、ポニーテールはそれの追っかけに、それぞれリーチを仕掛けた。
この時オリを選択したのは円依のみ、セーラは押し、攻めを苛烈に選び続けた。
(……はは、リーチ、かけたなぁ)
二家のリーチから三巡後、セーラも漸く聴牌、しかし明らかな高打点に突っ張るような手ではない、たかだか5200の安手。
けれどもセーラは押した、リーチはかけず、ダマで直撃を狙う。
(アカン、それはアカンわ、あんさんら、さっきまで随分と調子えかったみたいやけど、見てる分には随分杜撰なもんやで?)
辺り牌はすぐに出た、セーラの対面、ポニーテールが牌を切ったのだ。
(さっきまでは、速さという武器と、偶然という利器があったからそれでもええ――せやけど、速さも偶然もかなぐり捨てた、その欲まみれのリーチ棒は――)
「ロン――! 5200や!」
(――ただの木偶の坊にしか、みえへんで!)
ポニーテールの顔が苦しげに歪んだ。対するように、ツインドリルは安堵のため息を、気取られること無くもらした。
対面――円依を除いては。
――南一局、親ポニーテール、ドラ表示牌「八」――
(な――)
“なんだ、これは”。
ポニーテールにツインドリル、他家の思考はそのひとつに一致した。例外はセーラ、当然知識があるからだ。
――円依捨て牌――
九九23⑦⑤(赤)
北①①①8
張っているのか、といえば、そうでもない。少なくとも十一巡目までに置いて、円依の捨て牌はすべて手出し。
つまり円依はここまでほぼすべての手を入れ替えていることになる。
そんな馬鹿げたことが、ポニーテールとツインドリルを苦しめていた。
ただ、この捨て牌は円依からしてみればまだ優しい方で、手配の不気味さはともかく、そこに見える威圧感はない。
精々が満貫程度だろう、というのはセーラの読みだ。
しかし、どこをきれば良いのか解らない。
ポニーテールの捨て牌は聴牌濃厚で、攻めるのであれば切らなければいけない牌を円依はあまりにも切りすぎていた。
(――私はラス親だ、ここで攻めなくとも、最後の親番でいくらでも取り返せる――噂通り、千里山の大将は頭がオカシイ、こんな相手と直接戦えるものか……!)
考えるのは現在の北家、ツインドリルだ。
彼女にとって、異能にもにたバケモノを相手にするのは、これがハジメテのこと、相手にするのも気後れするし、正面切って戦いたいなど、決して思いもしなかった。
親だから、と突っ張っているポニーテールは余程のものだと、ツインドリルは心のそこから思った。
(現物は、使い果たした。捨て牌を視る限り、危なそうなのは萬子だ。役牌を重ねているかも知れないが、ここまでのこちらの切り出しに手を出さない辺り、既に暗刻っているか、そもそも必要としていないかのどちらか)
そういう意味では、安牌もすべて吐き出したことになる。現在彼女の手に残っているのは一九牌を含めた数牌のみ。
ここから手を進めるには明らかに速度が足りない。
オリてはいるが、ノーチャンスもなく、切るとすれば筋を切る他にないだろう。
――セーラ捨て牌――
一白東北南2
⑨⑧九⑨6
――ポニーテール捨て牌――
白中發發北6
⑤(赤)2③4白
――ツインドリル手配――
一二五五六七八9③⑥⑥⑨
(――萬子はまず切れない、ここまで一枚しか見えていないというのが不気味すぎる、染めているとは言わないだろうが、一通くらいは見ておくべきか)
それぞれ、セーラとポニーテールの捨て牌を見比べる。
(九索は切れない、直前の手牌の裏筋、となれば切るのは筒子の四枚のウチどれか、ひとつでも通れば四巡は安牌が期待できる、ここは必ず通さないと)
ツインドリルの思考はこうだ。
円依の手牌構成は、萬子が二つか三つ、恐らく三つで間違いはなく、索子の面子が恐らく一つ。
筒子が待ちであることはありえないと考えた。でなければ一筒を切り出す理由がない。態々暗刻を落としてまで狙う手となれば、例えば一気通貫のような、その数牌が絶対に必要ではないと言える手役を作っているのだ。
となると筒子で使える待ちは精々が六索の嵌張、これも態々赤を落としている以上否定される。
筒子は現状、円依の手には必要のない牌なのだ。
(私の思考が、間違ったことは殆ど無い、今日はここまでずっと快調に続けてきた、今回もそれがまかり通るはずなんだ。私はこの千里山のバケモノ相手に、勝利をつかめるはずなんだ!)
よって、ツインドリルに迷いはなかった。したたかに牌を叩きつけ、自身の宣言とした。
ツインドリル/打⑨
九筒は二枚切れ、切り出す理由は十分な牌。
だが、それを叩きつけた瞬間、風が吹いた。――それは、まるで人を切り裂くツルギの風切り音。
空気をまるごと両断し、己が意思を貫き通る、純粋な一本の鋭い刃。
――剣士のようだと、ツインドリルは対面への印象を改めた。あれは、バケモノではなくきっと、もっと純粋な狂気に満ちた――
鋭い一閃が振るわれる、少女が出した一手を、制するように、御するように、消し飛ばしてもみくちゃにしてしまうかのように。
そして幾重の先へ、消えてゆくかのように。
「ロン! 7700」
――円依手牌――
九(ドラ)九(ドラ)5(赤)67789②③④⑦⑧ ⑨(和了り牌)
ツインドリルは、その時始めて気づいた。
円依の強さ、円依の姿。
幻惑し、察知し、独創する。
圧倒的なまでの傍若無人、まさしく狂気の申し子、牌をその手で、希望をその手でもぎ取ってゆく者。
上がりを宣言する少女の瞳、揺らめく黒髪の隙間から覗く、焔にもにた灼熱の輝き、まさしく破壊、まさしく救済。
すべてのチカラは紙一重、無造作、無遠慮、無頓着。
心を排し、律した一撃。
――そう、さながらそれは覇者のようだと、伝説を作る勇者のようだと、誰かが言った。
次回以降は少し遅くなるかと思われます。
別に何かあるというわけではなく、単純に次回以降は全国大会の書き溜めなので尺が長く連続更新が不可能だからです。
闘牌メインは次回から!