咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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――七月・合宿編――
『千里山の向かう先』


 当然といえば当然の話だが、飛行機を使って移動することになる千里山女子の強化合宿は、全部員が合宿へ行けるわけではない。

 控え室入りが決まっているメンバーのみを連れて行く。今回の強化合宿は全国大会へのレギュラー選抜を――ほとんどオーダーが変更されることはないが――兼ねている。

 選ばれた狭き門、定められた一本の指針を奪い合うべく、少女たちは合宿へ向かうのだ。

 

 今年はレギュラーが特に決定的であることも相まってか、控えの部員は怜が体調不良で倒れた場合の登用が見込まれる船久保浩子のみであった。

 強化合宿へ向かうのは、レギュラー五人に、この浩子と監督を加えた七名であった。

 

「つーいーたーでー!」

 

 先陣を切ったセーラが、空港の入り口へと振り返り、大声で端を発した。ひまわりのような明るみを帯びた笑みが、円依達を出迎えるように向けられていた。

 

「ちょっとセーラ、あんま周りに迷惑かけんといてな」

 

 竜華が嗜めるようにセーラへと言葉を向ける。

 隣には怜が、寄り添うようにして立っていた。少しだけ見上げるような視線で、竜華に一つ声をかける。

 

「とはいうものの、目の前の光景に興奮を隠せない竜華であった」

 

「う、いや怜もやん。しゃーないやん、楽しみやし」

 

「そりゃそうや」

 

 楽しげに二人して笑いながら、セーラの元へと向かっていく。円依と泉は、その少し後に続いていた。

 

「フナQ先輩は監督に付き添ってくるそうです、マイクロバスが来てるから、それ探して乗るんやっけ?」

 

「荷物のせなきゃねー、あーしんどい」

 

 背中に背負ったバックを揺らしながら、円依は松葉杖を漕いでいく、背中を覆うかという程のそれは、まるで登山家の装備だ。

 実際中学時に登山にしようした代物で、中身はさほど入っていない。

 

「急がないと置いてかれるやん、ただでさえ進みが遅いんやから、ほら、急がんと」

 

 泉の顔は少し心配そうだ、怜ほどではないが、あまり無茶ができる人間では円依はない。バックは確かに円依には最適だが、その分少し負担が多いのではないか?

 

「……んー、ここらへん涼しいから、大丈夫」

 

 季節柄エアコンがフル稼働する時期だ。円依からしてみればむしろ、荷物の重みよりもそちらのほうがきつい。

 涼しい長野の地でぬるま湯に浸かっていた体は、一年たってもこの熱さになれることはなかった。

 

「おーっす」

 

 そこに、既に荷物を開放し、手ぶらになっているらしいセーラが駆け足でやってきた。速く移動したいという気もあるのか、ダルそうな円依の荷物を肩代わりすることを提案してきた。

 一度は気後れし、断ったものの、セーラが構わないといい、泉に急かされたため、円依はしぶしぶ荷物を明け渡した。

 

「お、案外軽いやん」

 

「態々パンパンにするほど持ち物はありませんし、御土産も入れたいですしね」

 

 解説するような円依に、そうかそうかと頷きながら、セーラは軽快な足取りで再びその場を離れていった。

 この合宿で一番心を踊らせているのは、セーラなのだろうな、と円依は少し笑みを浮かべた。

 

 

 ♪

 

 

 これから数日間、寝泊まりをすることになる旅館について、円依達はまず荷解きをした。それから持ち込んだ麻雀卓を使って、しばらく半荘を回すことしたのだ。

 休憩も兼ねてではあったが、珍しく監督も卓に入り大暴れをしながらアドバイスを行った。

 

 楽しい時間というのは恐ろしいほど手早く過ぎ去っていくもので、二時間後、円依達は一度休憩ということになった。

 

「あー、つかれたわぁ」

 

 これまでずっと、強敵や円依を相手に一巡先で対抗していた怜は、特に疲労困憊だった。対局中はまったくそんな素振りは見せなかったのだが、終わってみてから本人も自分が疲れていることに気づいたらしい。

 足を伸ばしている竜華へむけて、勢い良く倒れこんだ。

 

「おわぁ! ちょっと怜、飛びつくんなら声かけてーな」

 

 驚きとともに、まんざらでもない様子で竜華がそんなことを言う。

 

「あぁぁあぁ、これやこれやんこの感じ! まるで自分の家に帰ってきたみたいや、これでホームシックもこわくないわぁ」

 

「……ほんの数日やん、ちゅうか怜、あんたどこに住んどるん」

 

 楽しげに膝の隙間から声を漏らす時に、少しだけくすぐったそうにしながら、竜華は嬉しそうに声をもらした。

 

 泉と円依はそんな様子を眺めながら肩を貸しあって一息ついている。監督は強敵だ、円依も泉も、精神的な消耗が激しかった。

 

「ん……肩、肌蹴てるやん、なおそか?」

 

「んーん、すこしひんやりして、きもちいいからこのまんまでいいよー」

 

 ほとんどチカラを込めてないような声で、円依はそんな風に返す。熱に浮かされたような顔が、むしろそっとしておいたほうがいいのかと泉は結論づけた。

 

「むはー、大変やね、まったく」

 

「監督つよいよねー、一度もマイナス収支にできなかったよ」

 

 精進し無くてはならない、それぞれ憂いのこもったため息をもらした。

 なんとなく、艷っぽさが混じっているのは、果たして気のせいだったのだろうか……

 

 そして、

 

「たっだいまー!」

 

「アイス、買って来ましたよ」

 

 その場にはいなかった、セーラと浩子が、買い物袋を引っさげて戻ってきた。疲れ気味に倒れ込んでいた面々が、わっと盛りたてるように飛び起きる。

 竜華が怜を抱き起こしながら、泉と円依が座ったままの態勢で、それぞれ光に誘われるかのように、その場所へとたどり着く。

 

「私ソーダバー」

 

「ウチはバニラです!」

 

 気怠さを抱えた円依の声と、勢いのいい泉の笑顔。

 

「ウチ、ソフトクリームや」

 

「雪見大福やで!」

 

 朗らかなリンとなる鈴を転がしたような竜華の声と、何故かキマリ顔の怜。

 

 かき氷のパッケージをにかりと見せるセーラと、それぞれの匙を手渡す浩子、最後に自身のアイスを取り出していた。

 

「いっただきまーす!」

 

 それぞれが、手に持ったアイスとスプーンを掲げ合って、楽しげな円依の声が音頭となった。

 透き通るような空が、窓のそこからちらちらと覗く、暖かな陽気と、窓から漏れてくる涼し気な風、円依たちの夏が、始まろうとしていた。

 

 

 ♪

 

 

「……と、ここまでがそれぞれの改善点です」

 

 アイスを食べながら、浩子は取り出したタブレットに、今日の対局で直接うった監督のアドバイスや、それぞれの意見などをまとめたものを表示していた。

 休憩時間、とはいえ今日は昼から複数のプロ雀士を呼んで、特打ちということになっているのだ。

 それまでに、まずは今日気に留めておくべき点をまとめておく必要があった。

 

 とはいえまとめられていたのは、セーラ、竜華、泉の三人で、残りの二人、怜と円依に対しては、さほど伝えておくべき言葉もなかった。

 この二人の場合怜は雀力が三年前から伸びる兆しを見せていないし、円依の場合さすがに事例が特殊すぎた。

 一応円依はデジタル的な打ち方へのアドバイスはあるのだが、すべて泉と統合されいてた。

 

 もし、こういった“チカラ”に精通した雀士ならばともかく、基本的にオカルトはワンオフなのだ、監督でもアドバイスは無理というものだ。

 そういうわけか、現在他三者のまとめが終わり、話題は浮きに浮きまくった怜と円依に向けられていた。

 

「……なんか、申し開きは?」

 

 泉が、円依に対して軽く問いかける。

 ここにきて、円依は自分と怜に、視線が向けられていることに気づいたらしい、ソーダバーに食って掛かっていた口を離して、他者へと一度目を向ける。

 なんだか怪訝そうな顔に、少し円依が嘆息をした。

 

「ないよー、デジタルは私も打ち止め、コレ以上は育たないしね」

 

 あまり才能はないのだという。それでも全国で戦う最低基準をみたいしているのは、もともと円依が多才なのだ。

 勉強は得意だし、何かをすれば、一定の成果をこなすのが、円依という人間である。

 

「そもそもこういうオカルトって育つんでしょうか、こうなんていうか、オカルトってファンタジーめいてるっていいますか」

 

 浩子が何ともいえない表現を繰り返し、あーだこーだ言葉を拡げる。

 要は単純だ、創作物で時折見られれる、能力で覚醒した途端に戦闘をこなせる、という奴だ。

 才能が有るのであれば、それを始めた瞬間から、その強さは始まっていて――そして完結しているのではないか、と浩子はそういいたいのだ。

 

 反応を見せたのはセーラと竜華だ、それぞれ頷きながら、口を開く。

 

「現実的やないっちゅう奴か、確かにそういうんはあるなぁ、打ち合ってても、そんなん嘘やん、ってことは多々あるし」

 

「えー、でもそんなん麻雀ならしょっちゅうやん、せやったら、そういう“しょっちゅう”を突き詰めてけば、オカルトはもっと強くなるとちゃう?」

 

 それぞれの意見は真向から割れた。

 とはいえ二人はオカルト雀士ではないし、そもそもツモの偏りも、牌への支配も、どちらかと言えば否定的だ。

 ――よくあることとして二人の目にそれは映る、麻雀とは単純なものではないのだ。

 

「……で? どうなん?」

 

 言葉を追って視線を回していた泉が隣の円依へと顔を動かし視線を回帰させていく。円依はうなずき咀嚼して、残った棒を口に加えた。

 

「んーっとね、言葉にしにくいなぁ。……園城寺先輩は?」

 

「無理やわ、あんなん成長やなくて覚醒やろ」

 

 両手を振って、怜が円依の言葉を受け流す。少し間をおいて、円依が棒を手放して軽く振る。

 

「無理ではない……と思うんですけどね」

 

 円依の答えは、是。

 オカルトとは成長するものだと、端的に告げた。

 

「多分ですけど、チカラっていうのは、違和感……ツモの偏りだとか、そういうのを感じ取る、感覚っていうか――察知能力みたいなものなんですよね」

 

 “ここでこの牌が来た、と言うことは次はこの牌ではないか”。“この牌は後々手がこうなる事を意味している”。そういう感覚に答えを持ち出す――そして感覚を現実にしてしまう、それがチカラの正体だと、円依は言った。

 

「まぁ、妄想力といいますか、自身の精神への肯定能力、自身へどれだけ“全肯定”ができるかどうか、これがオカルトが成長する鍵だと思います」

 

 当然、怜のような例外もあるだろうが、チカラとはそういったモノだと、円依は言った。

 そしてそれを考慮した上ならば、オカルトには成長の余地がある、円依はそう言っているのだ。

 

「なるほど、自己を肯定的に見れるかどうか……たしかに、オカルトらしいっちゃらしいきがするわ」

 

 セーラがうんうんと頷く、少しだけ大げさながらも、納得したとおおっぴろげに円依へ告げていた。

 泉も、竜華も、浩子も、それを肯定するように頷いて、そして

 

「――なら」

 

 ――怜が、それを割るように言葉を滑りこませた。

 

「なら、円依はどうなん? 自分を肯定できてるん?」

 

「――、」

 

 それに、円依は少しだけ沈黙した。

 答えを知っていないのか、答えることをしたくないのか、そしてすぐに、結果はしれた。

 

「肯定したい、とは思ってます、でないと、私は麻雀が打てませんから」

 

 円依はそれだけ返した。

 それ以上はなく、園城寺怜の名を、呼ぶでも決してなく、会話を終えた。そしてふと、思いついたように再び口を開く。

 

「そうだ――園城寺先輩は成長の余地がないって、フナQ先輩さっき断言してましたけど、こういうんはどうです?」

 

 

 ♪

 

 

「――なるほどなぁ、面白いとは思うわ」

 

 円依の提案を聞いた竜華が、肯定するように頷く。

 セーラも泉も、そして浩子も、浩子は興味深げにしていながらだが、それぞれ肯定のように頷いた。

 

「練習の必要はありますけど、試してみる価値はありますよ、うまく行けば、園城寺先輩の大幅な強化につながるかも――」

 

「だったらプロとの対戦まで形に――」

 

「えぇよ、せやったら一度打ってみよか、そういう感じでええんやろ?」

 

 千里山女子の合宿を行う一室に、少女たちの言葉が響いていた。

 夏の陽気に触発されたかのような熱い議論、メンバーたちの会話は、少しずつ花を咲かせようとしていた。




なんだか、大分筆が進んだので。
此処から先は合宿回というなの露骨な伏線回。

ちなみに自分はソーダバーが好きです。
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