咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『千里山の向かう先』/『麗しき水面をゆらせ』

 千里山女子、夏の強化合宿、その本来の目的、最もたる強化方法は、合宿先のプロとの練習試合だった。

 別にこれはおかしなことでは決して無い。過去幾度もの全国出場経験を持つ各県の、特に準決勝以上での勝利を目標としている全国クラスの強豪校には、それ相応の伝手がある。

 それは監督やコーチのものであったり、過去何度か行われた学校そのものへの伝手であったりする。

 この場合、千里山はその両方を差す、監督の愛宕雅恵は業界に名を響かせる有名人であるし、千里山は十一年連続の全国出場を決める超強豪校だ。

 

 レギュラーメンバーのレベルの高さは折り紙つき、下手な実業団のチームよりもよっぽど強いのは明白なのだ。

 調整を行いたいプロチームとしても、そういった高校の存在は非常にありがたい。

 

「――というわけで、今日は佐久フェレッターズの方々に来てもろた。もともとここに合宿先を決めたのは、丁度合宿当日に遠征を行なっている、フェレッターズのレギュラーに予定を合わせたからや、長野の強豪、その実力しっかりと感じ取るように!」

 

 佐久フェレッターズ、それが今回千里山が相手に頼んだプロ団体の一つだ。長野はここ最近、インターハイでは地方ながらも台頭し、全国でも優秀な成績を収める県だ。

 前年度インターミドルでの象徴的な成績も、長野に強豪が多いことの証明である。

 特に今年は前年度全国出場を逃した風越が歴代最強と言えるメンバーで全国に殴りこみを駆けることが決定している。優勝候補の筆頭とも言われ、シードこそ逃したものの、同じくシードをのがした名門姫松とともに、一回戦の注目校となっていた。

 

「あー、佐久フェレッターズの藤田靖子だ、今日はこちらとしても若い風に影響を受けられることを光栄に思う、今日は宜しく頼む」

 

 佐久フェレッターズはそんな長野を代表するチームだ。若く有望な選手が多く、今現在挨拶を行なっている藤田靖子も、その最もたる一人だ。

 若干二十五ながら、団体レギュラー、特に大将を任せられることが多く、その実力は団体の中でも高く評価されている。

 さすがに三尋木、小鍛治といった日本を代表するトップクラスには並ばないものの、今後そういった成長が期待されるプロでもある。

 新進気鋭という言葉が、彼女にはよく似合うだろう。

 

「それじゃ、メンバーはそれぞれ指定の卓に入るように、指定は今から発表する。……準備をお願いします」

 

 監督が軽く会釈をすると、フェレッターズの面々は恭しく礼をしてそれにならった。セーラや竜華が、なるほどとそれを見て頷いた。

 

 その監督の指示に従い、それぞれが卓へとつく、円依は四つん這いで卓へと向かい、席につく、偶然にも、対面は挨拶をしたプロ、靖子であった。

 

 

 対局はつつがなく進行した。とはいえ相手はプロ、その中でも中の虫から上の中をしめる猛者たちだ。

 千里山のレギュラーは当然その成績を落とさざるをえない、泉などは特に顕著で、トップ率を数えるどころか、そもそもトップすら取れないという有様だった。

 一巡先を読む怜ですら改変の隙を突かれ、狙い撃ちされ沈むこともあった。総合的な成績でいつも以上の好成績を残せるものは皆無という他はない。

 

 そんな中で、落ちた成績を、ほとんど最小限、平均よりも若干下程度で収めたメンバーが二人いた。

 一人はセーラ、もう一人は円依である。

 

 セーラは中学時代から強敵といくども激突し、格上の相手との対局経験も豊富に備わっている。

 他のメンバーと比べて、そのアドバンテージが比ではなかったのだ。

 

 もう一人、円依は長野の出身、端的に言えばプロの一人、藤田靖子と面識があった。

 円依いわく、

 

「靖子さんは私の通ってた雀荘の常連で、何度も対局したことがあるの、昔から靖子さんって強かったから、こういうプロとの対局も割と慣れてるんだ」

 

 だそうで、この二人と他のレギュラーの差は、有り体に言えば場数の差、経験の差であった。どれだけ強敵と戦ってきたか、どれだけ格上の相手に勝利してきたか、それが二人と他のレギュラーを分けた。

 

 ちなみに余談であるが、総合的な成績のトップは監督であった。他者を寄せ付けない圧倒的な強さで、収支がマイナスになることは、絶対になかったのだ。

 そんな訳で対局も一段落し、現在は藤田を始めとした後進の育成に熱心なプロが残り、先ほどの対局で得た経験を元に、更に深い特打ちを続けていた。

 

 現在は靖子が卓に入り、直接円依とセーラ以外の面々を指導している。

 

「いや、円依はすごいなぁ、まさかここまで格上相手に戦えるんが他にいるとは思わへんかったわ」

 

「あはは、昔から格上と知り合う機会が多かったですから、後輩にもとんでもないのがいましたし、自然と私って、上を見上げる立場にいたんですよね……今もですけど」

 

「まけへんで? そういえば団体戦ときも荒川憩に挨拶しとったなぁ、怜とも知り合いみたいやし」

 

 円依とセーラはそれぞれそんな仲間たちの様子を遠巻きに見ながら、会話を繰り広げていた。楽しそうなセーラに、円依もくすりと微笑んでいる。

 

「江口せんぱ~い、次、打ちませんかぁ?」

 

「えぇで! ……泉は、多分これからもっと強くなる、竜華みたいに、少しずつ少しずつ強くなっていく、せやけど今はあかん、コレ以上は、多分打ち止めやろ」

 

 ふと唐突に泉から成された声掛け、それに応じると、こちらでも、とばかりにセーラは円依へ泉の事を上げた。

 

「……一朝一夕で、デジタルは強くなれませんからね」

 

「竜華と泉は――特に泉は――どれだけ格上の相手にでも最善を尽くせるような打ち方ができるようにせなあかんな」

 

「泉はすごいんですから、それくらい十分できますって」

 

「なんや上げるなぁ……まぁ、安定性っちゅう面やと、二年前の俺以上の人材であることは認めるけどな」

 

 二年前、確かセーラがレギュラーを張ることになったのは二年前の秋季大会からだったか、千里山のインターハイ一年レギュラー、それを実力で手にするというのは、やはりそれだけの才能があるということだ。

 そしてそれを、伸ばす事を知っているということだ。

 

「……終わったみたいですよ?」

 

「泉のやつやるなぁ、面子のうち二人はこっち側やけど、プロ相手にトップかいな」

 

「本調子ってやつでしょうね。……次、私も入っていいですか?」

 

「ん? 円依か、あぁいいぞ、折角だ軽く思い出話でも……」

 

 やいのやいの、なんやかんやと、円依達はプロを相手に善戦した。もともと麻雀は年齢差が出にくい競技だ。経験という面を考慮しなければ――例えばネット麻雀のたぐいならば、プロもアマも関係なしに勝敗を決められる、そんな中で勝率が高いものが、特にプロと呼ばれ、最強とよばれるのだ。

 円依達は、そんな相手に、全力を持って戦っている――

 

 

 ♪

 

 

 夜、一日の予定をすべて終え、麻雀をするほどの体力も残らず、あとは泥のように眠るだけ、という程に今日という日が斜を過ぎた頃。

 泉は夕涼みを兼ねて、一人旅館の中を歩き回っていた。

 円依は既に布団の中にこもっているため、そもそもいそいそと急ぎ足で、軽い散歩を兼ねたようなそれは、円依にはついてこれない代物だった。

 上級生を誘うことはなく、結局泉は一人で旅館の中を探検している。

 

 周囲にはまだ明かりがあった。

 消灯には少し早いし、宿の中は非常に賑やかだ。宴もたけなわといったところだろう。

 

 泉はそんな様子を襖越しに感じながら歩いて行く、目的地はないし目標もない、ただいつもと違う場所を、歩いて回るだけでなんとなく旅の気分を満喫できるからだ。

 ふと、そんな泉の視界に映るものがあった。

 二階から街並みを眺められる眺望台というやつだ。そちらに足を運んで、丁度風呂あがりの体を休めるのもいいだろう、と泉は決めて足を向けた。

 

 人と人が行き交う分にはそれでもいいのだろうが、少し窮屈さを感じられた旅館の廊下から一転、そこは何もかもが広がる世界だった。

 入口側には自販機の光が漏れ、奥には丁度いい高さから、座って外を眺められるようベンチが幾つか並べられていた。

 外の景色はとても綺麗で、この宿の売りなのだろうと、少しばかり考えた。

 ここには様々な人が行き来して、この宿に立ち寄った感慨にふけるのだ。

 

「すっごいなぁー」

 

 そうやって言葉を漏らす泉もその一人、隣に誰かがいるわけではない、いつもは居るはずの円依も、今日ばかりはそうも行かない。

 明日は彼女を連れてこよう、まずそんな思考が先に出て、そしてその意識は、眼下の景色へと移っていった。

 

 灯火があった。人が人を照らすための明かりであり、人としての存在証明だ。暗い暗い夜の中、明かりがあるから人は人を知ることができる。

 これはその証なのだ。

 思わず漏れてくる笑み、泉は、そんな様子をとても楽しげに眺めていた。

 

 

「――人の営みは、どうも人を感傷的にさせるな」

 

 

 ふと、そんな声がした。

 後ろから、今日知ったばかりの人間の声がする。泉はそれを知りながら、振り返ることはしなかった。少しばかり詩的な声に、耳を傾けたくなったからだ。

 

「あぁして人が暮らしている時、私達は自分の暮らしを思い返す、遠い遠い異郷の地で、私達は自分の暮らしを思うわけだ。その地が、故郷でないならなおさらな」

 

「……円依のことを言っとるんですか?」

 

「まぁ、そういうことになるかな?」

 

 その声の主は、――藤田靖子は、気軽な声音で泉へと挨拶をした。泉も軽く会釈をして靖子の同席に同意する。

 

「喫煙できる場所を探してきたんだが……ここで喫煙はできるのか?」

 

「できるんであれば、灰皿の一つでも置いてあると思いますけど」

 

 泉の答えに、それもそうか、と言って靖子はくつくつと笑った。この会話が楽しくてしょうがない、といった風だ。

 

「円依とは親しいんですか?」

 

「あぁ、三年前に偶然雀荘でな、それから何度も打たせてもらったが、なかなか面白いやつだよ、円依は」

 

 そんな風に会話が始まり、二人の話題はその殆どが円依の昔話に終始していた。何かと不憫な子で、姉妹喧嘩やら、夫婦間の不和に何故か巻き込まれ、他人ごとながらそれを解決した、だとか、泉はそんな靖子の昔話を、楽しんで聞いていた。

 

 そして、話題は円依の麻雀を始めた切欠から派生し、泉が麻雀を始めた切欠へと移った。

 

「――私が麻雀を始めた切欠、ですか」

 

 少しだけ考えるようにして泉は腕組みをする。

 別に話しては行けない内容ではない、特に靖子にはこれを話しても何ら問題にはならないだろう。

 

「四年前、全中の対局を生で見たんです」

 

 当時、泉は小学六年で、まだ麻雀を名前しか知らなかった。切欠は東京にいる親戚に、家庭の事情から数日間東京に預けられる事になったからだ。

 その親戚の父親が大の麻雀好きで、泉に麻雀を知ってもらおうと、手近な全中の対局へ連れて行ったのだ。

 

 その親戚の目論見通り、泉はその対局から麻雀にドハマりして、今では名門千里山で全国優勝を目指すほどになっている。

 

「その時やってたのは団体戦だったんですけど、その時の中堅戦が忘れられなかったんです」

 

 当時、全中はインターハイやプロリーグと比べても非常に知名度が低く、全国中継はおろか、精々優勝した中学がその県の地方紙で取り上げられるのが精々といった程度だったのだ。

 中継が成されるようになったのはここ一、二年の事で泉は貴重な四年前の全中を生で体験しているのだ。

 

「中堅戦……か」

 

「えぇ、中堅戦です」

 

 二人にとって、その言葉は記憶に触るものがあったらしい。

 二人は少しだけ厳しい顔で頷き合って、

 

「それは――」

 

「大丈夫ですよ、大丈夫です」

 

 靖子の言葉を泉はなだめるように遮るのだった。




露骨な伏線回こと遠征合宿編。
今回は長野の旧交、藤田プロとの邂逅でした。円依って立場的には天才に挑む秀才ポジです、二番手ポジとも。

ちなみに団体ごとにルールが違うように、場所を変えればプロの特色も変わるとの判断です。
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