咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『千里山に咲く桜』プロローグ②

 千里山女子、春季大会(スプリング)敗退。

 四月最初のニュースは、そんな内容だった。年に二度開催される全国での舞台だが、残念なことにその一つを千里山はのがした。

 もちろん順当に勝ち上がり、決勝にまで駒を進めたその上で。

 

「なんや、悔しいなぁ、最終目標はあくまでインターハイ、わかっとるけど、でもやっぱりここで負けるのは悔しいよ」

 

 ――全国最強を誇る、白糸台に敗北した。

 そのことをこぼすのは千里山にて部長を務める三年生の清水谷竜華その人である。現在は麻雀部の自動卓を一つ貸切、仲間たち――レギュラーメンバーで半荘を行なっていた。

 

「んなこといってもなー、怜も全力尽くしたし、俺も竜華も、フナQも、文句なしの戦いはしたで?」

 

「それでも宮永照の牙城は越えられない、ってことですか?」

 

 丁度卓の巡目を回すのと同じように、言葉をつないで会話を続ける。一人は千里山の前年度エース、現在も中堅で得点ゲッターを務める、江口セーラだ。

 それを受け継いだのがセーラのいうフナQ、船久保浩子である。

 

「どーやろなぁ、竜華は内の誇る大将やけど、派手さがないんよ、もしまたあたったら、モブにしかならんとちゃうかな」

 

「あ、ひどーい。そういう怜も病弱じゃなければ聖人じゃない」

 

「あれか、やんでさえいなければっちゅー奴か」

 

「……あの、どういう意味です? それ」

 

 小気味良い会話の中に、叩くように牌の音が響いていく。人の団欒であるかのように、明るく前向きに、牌は叩いた。

 現在一位は件の竜華、怜が二位を確保し、ラス目はセーラが甘んじていた。

 

「おっしゃ! 立直や!」

 

 勢い良く、セーラが牌を切り出した。ここまで序盤の些細な振込と、親被りによる沈みを見せていたセーラであったが、事ここにいたって、再び他三人の前に浮上したようだ。

 ふむ、とそれに合わせて浩子が現物を処理、竜華は少し悩んで筋を切った。

 

「む……」

 

 怜は少しばかり悩んでいた。竜華は牌をツモ切りしている。前巡にテンパったのだろうが、セーラの立直に押してきた。

 

(自摸は……三萬、竜華の当たり牌は四、七筒、けどこのタイミングやと、セーラに振り込んでまう……まずいで)

 

 片手で顎を押さえて、小動物のようにウムムと唸る。

 怜が長考の海に沈んだ所で、両手を伸ばして方をほぐしたセーラがゆっくり口火を切る。

 

「にしても、インターハイはきっついなぁ、白糸台にはあの子が入ったんやろ? 意外やけど」

 

「ですねぇ、インターハイの白糸台は春季大会より強い……うちらが成長するか、一年生に頑張ってもらわへんと」

 

「でも……」

 

 竜華が視線を時に移して、続けざまに周りへ移す。なんとも言えない気怠さを含んだ、憂いの目付きが少し厭らしい。

 

「んー、これや!」

 

「悪いな怜、それや、24000」

 ――セーラ手配――

 一一七八九⑦⑧789(裏)9(裏)9(裏)9(裏) ⑨(和了り牌)

 

「ちょま、飛んでもーた!」

 

 ハッとしたように怜が身を乗り出す、あまりにもあまりな結末に、そのまま思わず頭を抱えた。

 

「り、理不尽や! おーぼーや!」

 

 いつになく凶暴になった怜はペシペシとか細い手を卓に叩きつける。音すらならない程の小さなものだが、それだけに怜の憤慨が見て取れた。

 

「安牌がないからってヤオチュー牌を出せばええってわけじゃないで、セーラの手配に極端に789がない時点で気付かんと」

 

「竜華の当たり牌はわかっとるんやから、攻めて当たらない中張牌(※1)を選ぶべきやったなぁ」

 

 口をとがらせてブーイングをする怜に笑いかけながら、セーラはそうして点棒を受け取る。賑やかな場面、それを巻き戻したのは浩子だった。

 

 

「ちょっと、いいですか?」

 

 

 その鋭い眼差しに、自然と三人は意識を“それ”に引き戻された。

 

 

 ――

 

 

「円ねぇって遠くからきたんよね?」

 

「そだよー」

 

「じゃあ、一体どこからきたん?」

 

「長野、山奥の方から遠路はるばるね」

 

 レギュラーメンバーが何やら会議のようなものを展開している同時刻。円依は同じ麻棟の一室で、ここ数日で出来た友人との歓談を楽しんでいた。

 それぞれ光枝と弥栄子という二人の少女で、同じ麻雀部の同士、また同級生である。

 円ねぇとは二人が円依を呼ぶ愛称、何故こうなったのかと円依は頭を抱えるほかない。

 

 ここ数日、円依は麻雀部の部員達を、ひたすら翻弄するような闘牌を続けてきた。オカルト、もしくはバケモノといったものに触れたことのない麻雀部員は心が折られたと、後に泉へ語っている。

 

 故に円依としてはこの二人が円依を親しみ、円ねぇと呼ぶのか、不思議でならなかった。

 しかし後の観察によれば、二人は被虐趣味だったのだ。いわゆるマゾである。

 しかも片割れはバイであることも判明している。なんでもありか。

 

 現在は件の二人に泉を加えた四人で持って、麻雀棟の一室にある休憩室に集まっていた。

 ここまで半荘連続十数回、さすがに精神的な疲労もたまる。

 特に円依は、最後の最後で事故に見舞われ参っている状態だ。

 

「なんでまた、千里山に接点でもあったん?」

 

 泉がぼんやりと思考をとかしたまま質問に加わる。円依からしてみれば、去年転校してきた中学での視線攻めを思わる状態だ。

 不安定な精神に、あまりよろしくない兆候といえる。

 

「んーとね、ここの近くに千里山病院っていうのがあるんだけど、そこのお医者さんがこーいう怪我のスペシャリストでさ、荒川先生って、聞いたことない?」

 

「知らへんけど」

 

「まぁ、そーだよね、私も長野の病院で初めて聞いたし。もし骨が折れたら紹介するよ?」

 

「んー……んー?」

 

 泉はそれに答えず、他の二人は声をあわせて笑いあった。円依は大きく呼吸を入れ替えて、さてそろそろかと立ち上がろうとする。

 ――その時だった。

 

 

「二条泉さんと、瀬野円依さん、でええかな?」

 

 

 四人の中の泉と円依、二人の名を呼ぶ声がした。

 顔を動かし見てみれば、そこにはえらい美人が立っていた。

 

 

 ♪

 

 

 “面白い一年生が、いるらしいんです”。

 フナQこと浩子がそんなふうにいったのが、そもそもの事の始まりだった。浩子は続けざまに、期待の持てる新人がいると、説明した。

 興味を持ったのはセーラだ、一年の頃から一軍の補欠としてレギュラーに加わり前年度はエース、今年はオーダーの中心を支えるポイントゲッターである。そういった有望な一年というのに彼女はそれはもう敏感だった。

 それこそ部長であるはずの竜華を差し置いて、半荘一回をその新人に申込む程度には。

 

 浩子の話を聞いた三人のうち、セーラはすぐに対局を申し込むべく飛び出していった。

 続いて興味が湧いたのだろう竜華もまた、のんびりとした様子で席をたった。

 唯一、対局に疲れを感じていたらしい怜だけが、浩子と並んでそのまま残った。

 

「で、どんな子なん?」

 

「一人は安定感のある打ち手で、根っからのデジタル雀士っぽいです」

 

 泉のことだ。攻め時引き時をわきまえた打ち筋は、自身の暴走を抑え冷静な判断をもたらす。泉の特徴は、周囲をじっくりと観察し太極の流れを“分析する”ことだ。

 それが泉の強さであり、彼女のデジタルたる所以出会った。

 

「もう一人は、なんというか、よくわかりません。得体のしれないっていうのが、一番しっくりきますね」

 

「いわゆるオカルトかいな、せやけどフナQだったら美味しく研究資材にするやろ?」

 

「ええまぁ、興味深い素材ですし、何より腕もいい、私と同じくらいか、やもすればそれ以上……」

 

 円依は今年の県予選のルールでは、特に有利な選手であると浩子は考えている。安定感はないものの、三割を越える驚異的なトップ率、さすがに2.8割台へ落ち込んできた泉のトップ率と違い、むしろ円依はその戦績をさらに上へと伸ばしていた。

 

「まぁ実際にやって負けるつもりはありませんが、一年とは思えないような強さがありますよ、彼女には」

 

「ふぅん」

 

 そんな話をしていると、セーラが勢い良く教室へと戻ってきた。落胆した様子と周りに人が見えないことから、どうやら捜索は失敗したらしい。

 

「あーもー、みつからへん! まだ部活中やし、返ってないって監督も言うてたし、どこかにいるはずやねん、どこいったんや!」

 

 そう言いながらも、もう一人外へ出ていった、竜華の方を待つらしい。

 生憎面子は困らない、セーラがもし入れ違いにでもなれば、卓につけない可能性は十分有り得る。

 そうしていると、少したって竜華が帰ってきた。セーラに勢い良く閉められた扉越しに、軽やかな声が聞こえてくる。

 

「おやぶーん! みつけたでー!」

 

 言いながら四人の女子生徒を伴って竜華が部屋に入場した。ちなみに光枝と弥栄子は観客である。

 怜が円依へ視線を回し、お互い軽く会釈を済ます。

 それからムダにゲスい笑みを浮かべて、微妙にくぐもった声を出した。

 

「へっへっへ、よーやったで竜華。さて、そこの二人、逃げ場はない、ゆっくりしてってーや」

 

「あ、は、はい!」

 

 泉が緊張のあまり、何度も声をつっかえながら返事をする。松葉杖に体を預けた円依は、物珍しそうにしながらも、軽く会釈を泉につけて加えた。

 

「今日、集まってもらったのはほかでもない」

 

 竜華が、少し間をおいてからわざわざ仰々しく声を低くする。もともとあまり冗談の通じないたちなのか、泉が思わず息を呑んだ。

 

「竜華がネタにはしるから俺から説明させてもらうとな? ウチと怜二人あいてに、半荘うって欲しいねん」

 

「あちょ、部長の役割とらんでやー!」

 

「今はシリアスやねん」

 

 睨みつけるようなセーラに、横から『それ口に出したらあかんでー』という怜の野次を交えつつ、浩子が座っていた席を立ち上がる。

 

「そういうわけやから、よろしく」

 

 唐突に話が進みながらも、意図は分かった、やるべきことも円依と泉は理解した。

 ――期待されている。

 思わず感じたその雰囲気に、生真面目さを持つ泉のみならず、円依までも背筋を正す。さすがにそこは千里山女子麻雀部の頂点、レギュラーメンバーの集まりである。

 

 ――空気が、違った。

 

 円依も泉も、いままで自分が打ってきた麻雀の延長線上にいた。それは全中のような晴れ舞台であったり、地味ではあるが気楽なネット麻雀の世界であったり。

 

 けれどここは違う。ここは千里山だ、ここは彼女たちのフィールドなのだ。インターハイ優勝を目指して琢磨しあう、頂点に近い少女たちの居場所なのだ。

 

「ヤエ! ねぇヤエ! すごいよ!」

 

「そうだねミッチー! 二人が千里山のトップとうてるんだよ!?」

 

「円ねぇすごーい!」

 

「いーちゃんすごーい!」

 

 囃し立てるように後ろの二人が声を上げる。

 それが契機になったのか、セーラ達の方もがやがやとしていた雰囲気が消え去る。何故かセーラに泣きついていた竜華がセーラから離れ、鬱陶しそうなセーラの目付きが、すぐさま睨みつけるような挑発的なものへと変わった。

 

「知ってるかもしれへんけど、俺はセーラ、こっちは、」

 

「怜や」

 

「俺たちふたりとも、一応千里山のレギュラーをしてるんや。当然、レギュラーとして、一雀士として二人をつぶしにかかる、せやけど二人は、こっちを倒すくらいのつもりでかかってこいや!」

 

「よろしくお願いします」

 

 席に座ったまま、ぺこりと怜はお辞儀して、セーラはニヤリと笑みを浮かべた。

 そんなふたりの様子に、円依は自然と返すような笑みを浮かべて、泉は決意に満ちた鋭い目線をセーラ達に返した。

 

 こうして、円依にとっても泉にとっても“始めて”の半荘が行われる。

 けれど、二人の胸には同じ思いが浮かんでいた。

 

 

 この場所は、心地が良い――思わず、混ざりたくなるくらいには。

 

 

 ♪

 

 

席ぎめの結果、東家は怜、南家は円依、西家が泉で北家がセーラとなった。

 

 ――東一局、親怜、ドラ表示はい『③』――

 

 

「立直や!」

 

 先制は前年度エース江口セーラ、八巡目に勢い良く立直宣言をした。

 

 ――セーラ手配――

 二三四五五③④(ドラ)⑤45678

 

(さて、いい手をハッた、手代わりもないし立直もかけた、後は天運次第やな)

 

 呑気にそんなことを考えながら、それでいて視線は注意深く周囲へ向いている。

 

 怜/打③

 

(怜、それ危険牌や……当たらんけど)

 

 ――セーラ捨て牌――

 一2東西西⑦

 九②(立直)

 

 ドラ側でしかも裏筋(※2)、特上級の危険牌である。

 それでも切ったということは、怜には和了り牌がバレているとみていいだろう。

 

 円依/打⑦

 

 泉/打2

 

(一年生は現物(※3)の処理か、かといって、これでオリ(※4)かはわからへんけどな)

 

 それから数巡、特に動きもなく打牌が続く。

 しかしそれでも周囲の動きが明確になってきた。

 

(怜は相変わらず突っ張ってる(※5)んかオリてるんか解らへんけど、他の二人はわっかりやすいなー、瀬野は押して、二条はベタオリか……)

 

 泉の手はヤオチュー牌がボロボロと重なっている酷い手と、セーラは見て取った。恐らくオリの時点で三向聴まで行っていたかどうか……

 問題は、

 

(瀬野の方やな、なんやこれ……やっぱオカルトかいな)

 

 ――円依捨て牌――

 一5688西

 ⑨⑦四一八

 

(五索、六索は手出し、逆に八索は自摸切り……チートイのような異様さも見れるし、染め手のような偏りも見れる……まぁチャンタ純チャン(※6)はありえへんけど)

 

 とすると七筒は現物ではなく聴牌か、

 だとすれば手牌はどのようなものだろう、河を見ながら、セーラは思考を巡らせる。

 

(……こんなかんじか?)

 ――円依手配(セーラ視点)――

 ①①③③④(ドラ)⑤⑤⑧⑧南南北北

 

 北と南はションパイ、他の牌も、セーラの視点から見て一枚以上見えているのは③④⑤のみだ。

 

(自摸れば倍満の手……いやまだはってへんか? ともかく――)

 

 若干の焦燥とも取れる思考。

 しかしセーラの顔は笑に歪んだ、勝利宣言、まさしくそれだ。

 

「――ツモや! 2000、4000!」

 

(それに意味は――ないけどな!)

 

 牌を叩いて勢いそのまま、手牌を押し倒す。裏は乗らない、けれども満貫は高得点だ。

 泉が息をつき、怜がアチャーと額を抑える間、円依は一人、嘆息していた。

 

「……やれやれ、そーなったか」

 

 そうやって手牌を隠すようにそっと倒す。円依の様子を垣間見えたのは、後ろでそれを見守る、竜華達一部の部員のみだった。

 

 

 ――円依手配――

 一一二二三三1223399(※7)

 

 

 ――東二局、親円依、ドラ表示牌『4』――

 

 

 セーラが怜の親を流したものの、次に流れを引き込んだのは、親被りを受けた怜本人だった。

 

(――はった! 都合よく次が一発や、ながれっちゅうんかな、ウチもまだ負けてへんで)

 ――怜手配――

 二二三三四四④⑤(赤)⑥2688 4(ツモ)

 

 しかもツモはドラの五索、限りなく最高に近い手だ。

 

「――立直」

 

 宣言とともに、イナズマの如き鋭さを持って、リーチ棒が直立する。言わばそれは怜の代名詞、勝利宣言とも言えた。

 しかし、それよりも速く――

 

 

「チー!」 「2」34

 

 

 円依/打二

 

 

「――なっ」

 

 怜が思わず声を上げる。直立するはずだったリーチ棒はチカラを失いその場に倒れ、怜が感じていた流れのようなものが消え失せた。

 一巡先を見た時点で、円依が鳴くことはありえない、けれど立直が入った時点で、鳴きを入れることは可笑しくない。

 しかしこうも狙いすましたようにやられるとは、思いもよらない事だった。

 

 そして、泉とセーラはそれぞれベタオリ、怜も既に上がれないと解っている牌を盲牌だけして手放した。

 

 

「――ツモ! 3900オール」

 ――円依手配――

 三四五④④④⑥⑦⑧5(赤)(ドラ) 5(ドラ)(和了り牌) 「2」34

 

「――――ッッッ!?」

 

 怜の口から、声にならない絶叫がれる。ありえない状況。円依は怜の待ちを読みきっていた。

 

(その待ち変えは、ありえへん、偶然ってのはありうるかも知れへんけど、ドラ単騎を迷わず選択する時点で、明らかにそれは必然やないか――!)

 

 鳴かずに置けば、三索四索、そしてドラの赤五索という形になっていた。ノベタン(※8)の待ちを、わざわざ鳴いて単騎に変えるという方法を円依は取った。

 

「……どこまで、本気や」

 

「なんのことです?」

 

 すました顔で、怜から円依は点棒を受け取る。

 底が知れない――怜の中で、あっという間に円依への警戒度が、ましていった。

 

 

 ――東二局一本場、親円依、ドラ表示牌『白』――

 

 

(あの打ち筋、狙ってできるものじゃない。円依は私とは違う打ち手や。全中で戦ったバケモノみたいな、えも知れない感覚。……いや、思い出さないようにしよう)

 

 泉は思考をグルグルと回していたが、それでも対局は進む、調度良く、今まで入らなかった好形が、泉の手元に舞い込んだ。

 

(よし、上がれば5200……立直かけて自摸ればもっと高くなるけど……)

 

 暫く考えて、泉は結論を出す。

 

「立直!」

 

 セーラも怜もおとなしい、ここは攻め時一択だ。

 ――まぁ、その分析の中に、泉は円依の要素を一つも入れてはいなかったのだが。

 

 ――そして、

 

「ツモです、3100、6100」

 

 裏がうまく乗った、ここまでで最高の得点だ、トップの円依が親被り、結果として泉はここでトップに踊り出る。

 

 ――東三局、親泉、ドラ表示牌『1』――

 

 全局に大物手を上がった泉の親番。

 件の泉は思考の渦に溺れていた。

 ――泉手配――

 一二三四五六七八九④東東東 一(ツモ)

 

 この局を決定づけるほどの大物手、三面張は高め一通だ。

 けれど、

 

(……通るかな?)

 

 セーラには筋、怜はオリ、円依には現物……見る限り泉のあからさまな染めてに攻め込んできたのは、セーラただ一人に思える。

 押すか、押さないか。

 泉らしい判断の迷いであった。

 

(……えぇい、ここで止まるわけには行かへん、親番やし、東三局、ここは押していく――!)

 

 別に功を焦ったわけではない。

 当然の判断。通ることが予想できる牌、ならばここは攻めっけを選ぶ、悩むほうが焦りを見せているというものだ。

 

 勢い良く牌が卓を叩いた。軽快な小気味のいい音。泉の決意に満ちた顔に、しかし上家の円依は難色を示した。

 

 泉/打④

 

 

(――駄目だよ、泉、それは通らない。ここまで親に運の流れは来ていない。肝心な所で上がれないから、その運は、下家に持っていかれるんだ)

 

 ここまで、怜も円依も、親被りでのダメージが大きい、円依のツモは、けして運に頼ったものではないのだ。

 

「――悪いな二条、通らんへんで」

 

(オカルトは、決してないがしろにしていいものではない。生粋のデジタル派(※9)たるこの私だって、オカルトを卑下したことはない)

 

 円依が見守る状況で、牌が勢い良く倒される。

 

 セーラの和了り宣言、四筒五索シャンポン待ち。

 

「7700(チッチー)や」

 

 ここで再びセーラがトップを奪取。二転三転する状況。泉の顔が暗く沈んだ。

 

 

 再び今度は怜に流れるか、といった運気も、東四局、中盤に入ってからは混迷の状況を見せる。

 聴牌したセーラの聴牌をすくい取るように、円依が安手でそれを流した。

 

 続く南一局、流れをつかむべく上がった円依が、結果大物手を引き込む、しかしその手は園城寺怜を相手するにはあまりにも重かった。

 持ち前のチカラでもって、高速での聴牌を行うと、自摸切り立直、一発を引当て4000オール。

 更に連荘を続け、一本場を3900の4000オール。

 他家を一気に引き離した。

 

 しかしそれ以上の連荘はならず、泉をセーラが3200で打ち取り、連荘をストップさせた。

 

 ここまでの点数は

 トップ怜:37100

 二位セーラ:27700

 三位円依:23000

 四位泉:12200

 

 怜の圧倒的な連続ツモ、ゴミ手が高めに変わる一発、セーラの和了りもさえ、泉にも、未だ闘志は消えていない。

 円依は――静かな笑みを浮かべ、陽炎にも似た戦いの舞台を、ゆっくりと創りあげようとしていた。

 そうして終盤近い南二局、円依の親。大きく状況が、動こうとしていた。




1、456のこと、つまり一番真ん中の牌、通常ここが待ちになる可能性は高いので危険牌になる。

2、麻雀のメカニズムの一つ、リーチ時の牌や近くの牌の隣は当たりやすい危険牌である。(4の場合3と5、及びそれの筋の6と8)、またドラ側は打点をあげようと抱えることが多いので待ちである可能性も高くなる。

3、フリテンにより、一度捨てた牌は他家の河からロンできない、そのためテンパイした者の河にある牌ではその人はツモ上がりしか出来ず、絶対に上がれない牌である。

4、勝負を諦めること、この際現物などを切り流局まで巡目を流すことになる。

5、逆に勝負に出ること。

6、ヤオチュー牌から続く123及び789で構成された面子で手を作る役のこと。チャンタの場合そこに役牌が加わる。

7、純チャン手。二盃口と平和がつくので高めツモの場合倍満である。

8、擬似的な両面まち、単騎待ちの場合、その待ちを他の順子系面子に重なるようにすると単騎待ち+面子の構成が2つ出来、二つの待ちができる。

9、確率などを主に考慮して打っていく雀士のこと。この場合円依の言っていることは世迷言である、信用してはならない。
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