合宿最後の夜。
円依達は少しだけ肌に来る冷たさを感じながら、布団に包まり声を寄せ合っていた。
既に消灯時間を過ぎた夜ではあるものの、今日は最後の一日ということもあって六人の様子は少しそわそわとしたものであった。
若干の惜し気と、膨大な達成感、この合宿は、彼女たちをとてもとても強くした。経験が、調整が、そして研磨が、彼女たちへと与えられた。
あまりにも大きな成長が、あまりにも濃いこの合宿期間が、少女たちの興奮となり、彼女たちを夜に閉じ込めていた。
「それにしても、長野、長野なぁ。……せや、みんなは海と山、どっちが好きなん?」
話の音頭をとるのは竜華だ、面倒見がよくまとめ役、そして自分も輪に加わって楽しめる彼女の性格は、隣にいて心地良い。
優しくなでる風のような、そんなように、少女たちは感じていた。
「私は山! っていうか田舎です」
「あー、うちも夏は森の方でゆっくりしたいわー」
円依と怜が勢い良く手を挙げる。ニカリと笑い、暗がりを照らして、一列に行儀よく並んだ布団から、二人が丁度顔を出した。
「ウチは山や! なんか、色々、あれやん? あれやん」
「何いうてはるんです、海に決まっとるやないですか、先輩の恥ずかしがる姿が激写ですよ?」
布団の上を軽く転がりながら、セーラが興奮した様子でいう。逆に冷静なのは浩子だ。ただしこの二人の場合、燃える情熱の在り処が、少し違うだけなのだろうが。
竜華はそんなふたりの様子を微笑ましげに眺めてから
「ウチも海やわ、なんちゅーか、波の音をな、聞いてるとな? ぐわってなるんよ、夕方の海に、たった一人で立ってみたいわ」
「あぁ、それはいいですね! ロマンチックっていうか、部長らしいです」
うつ伏せになっていた体をくるりと回し、端に眠る竜華へと、円依は体勢を整えた。丁度端と端が向かい合うような形で、二人は離れながらも向かい合う。
「そっか、竜華は海か、なら私もちょっと頑張ってみようかな。竜華の柔肌に、パラソル越しの熱い太陽、なんか素敵やん」
「なぁ怜、ちょっと言い方がやらしいで?」
ふへ、と怪しげな笑みを怜が浮かべて、セーラがそれに反応した。辺りが薄暗い分、隣にいるセーラには、怜がとても真っ黒に見えたらしい。
「ふへへ、フナQなら解るんとちゃうか? 激しい運動して、びっちょびちょに体濡らして、アツさで体火照らせるんや、なんちゅうか……えぇやん?」
「えぇ、ばっちし」
「こら!」
竜華が少しだけ大きな声を上げると、ビクリと一部が驚いたように反応する。円依とセーラがなんだか口惜し気に顔をしかめた。
「うぅ、あんなに純情だった園城寺先輩、あの頃の病弱美少女はもういないんだ……」
「昔は竜華に膝枕するのも恥ずかしがっとったのに、なんでや、なんでこうなったんや……」
一年前、丁度前年度のインハイ前後まで、怜はどことなくはかなげで、少しだけ物静かな少女だったのだ。しかし生死の境をさまよった影響か、彼女の性分は随分と図太くなってたのだ。
今ではいまだ病弱でこそあるものの、前向きで、タフで、なんだかおっさんのような怜へと変貌してしまった。
その変化の過程を知る円依、昔の怜をよく知るセーラ、共に親友として、今の怜を嘆いてしまうのだ。
竜華の場合は、今の怜も昔のトォも変わらず好きであるためあまりそういうことは言わない。円依達もなんだかんだで今の怜を歓迎してはいるのだが、どうにも違和感が先行するのだ。
「なんやかんや、どっちも楽しそうやなぁ、ちょっと避暑地でテニスとか、ウチもやってみたいわ」
「……というか、泉はどうなん? さっきから黙ってるけど」
「っむは!」
ふとした事で思い至ったのか、浩子がひとつ挟んだ泉へ声を投げかける。ボーっとした様子で会話に混ざって来なかった泉が、はっと気付いて体を起こす。
少しだけ瞼をこすりながら、それでも話は聞いていたのだろう、再び布団にこもって答える。
「あ、えっと……なんて言えばいいんでしょう。こう、円依と……それに皆さんと一緒に行くなら、どっちでもいいっちゅうか、むしろ皆でなら、どこにでも行きたいといいますか」
「……あぁ!」
合点が行ったと、円依が頷く。
自分の中にある感情を明確にし、少しだけ嬉しそうに円依が微笑んだ。
「皆で、なぁ、ええんとちゃう? このメンバーも、割とおなじみ感あるし」
怜が少し考えてそれを肯定した。楽しいこと好き、嬉しい事好き、あまりこういった根本は、今も昔も、怜の中にはあったのだろう、極々自然な笑みを浮かべていた。
「面白そうやん、ただ話をしてるだけやつまらへん、いっそ出かけたほうがってのは、そのとおりや」
「セーラの言うとおり。やっぱそういうのって、実際に楽しまなくちゃ損するもんや」
三年生組が、ひとしきりそれを笑いあって確かめる。
怜のこともあってだろうか、三人とも、仲間との遠出など、ほとんど考えても見なかったのだ。笑みには喜びと、少しの驚き、それをシリ目に浩子も楽しそうに声を上げた。
「せやったら色々考えな空きませんな、場所や日程、引率者や両親への許可、園城寺先輩のこともありますし、色々多すぎて大変ですわ」
「でも、考えるだけでも楽しい! ですよね?」
「わかっとるやん、さすが泉」
口を挟んだ泉にそうやって声をかけて、楽しげに布団へこもる浩子、ある程度の構想をまとめて見ているのかもしれない。
「そうそうそうそう、そうなんですよ、私達が皆で出かける! いい、すっごくいい!」
満を持してといったところか、円依の声が部屋中に響く。夜の暗闇に、ほどよく広がる円依の声が彼女たちを表すようにこだました。
「ん? なんやノリ気やな、あれか? なんか当てでもあるん?」
「えぇえぇありますとも、行く先は固定ですが、完璧な当てがあるんです。故に、聞きます。……マジで行きますか?」
少しだけタメた、感情を込めに込めた言葉を、少しだけ早口で円依は皆へと向けた。部屋中の賑やかな雰囲気が、しん、と一気に静まり返る。
「……ウチは行きたい。皆で思い出を作るんって、皆と楽しい思い出を作るんって、実はちょっぴり憧れてたんや」
最初に声を上げたのは、怜だった。誰かに向けた目線を、今だけは自分に向けて、怜が確かに微笑んだ。それからは、我先にと残りの四人もそれに賛同した。もとより提案者である泉を始め、誰もがそれを最高だと笑っていった。
「……なぁなぁ、どんな場所なん?」
代表するように、竜華が円依へ問いかける。円依はそれを察してうなずき、ぽつり、と言葉を漏れだした。
「えっと、私の出身が長野だって居るのは、さっきの話でしましたよね」
全員が頷く。
それはそうだ、そもそもこの話は、円依の故郷である長野の自然を竜華が思い浮かべたことで派生したのだ。数分前のことで、誰もがやはり記憶している。
円依は少しだけの明かりが宿った、広がるような暗闇に、火を灯すように人差し指を立てる。
「それで、私の家って、まぁ要するに言えば“イイトコ”ってやつなんですよ、態々引っ越す時に一軒家を買い取って、リフォームしちゃえるくらいには」
「しかも家具や飾ってある調度品に相当よさそうなもの使ってるんですよ、まさしく金持ち」
補足するように泉が言った。
彼女はこの中で唯一、円依の家を知っている。そしてその事情も知っていた。
「そういうわけで、有名な避暑地の方にも別荘があるんです。私の実家からもさほど遠くないですし、送迎を母や父に頼めば、低コスト旅行の成功です」
別荘というか、そちらでも何がしか仕事のある父が、別邸として建てたのが実際らしいが、ともかく、こうして時折避暑地としても使われるのだ。
「ええんか? 迷惑かけちゃう気がするんやけど」
「知り合いを招いたことは一度じゃないし、そもそも優勝したらっていう約束を取り付ければ文句なんて出ないしね!」
そうやって円依が説明すると、くつくつとセーラが笑い出した。
「優勝したら、か。ええなぁ、それ、ええわ、優勝すれば旅行に行けて、優勝できなければいけない、それくらいきっぱりしたほうが、楽しいし燃えるわ」
「優勝すれば、なんてシチュエーション、素敵やん。なんか少し遠い舞台みたいやけど、皆で一緒に行きたいなぁ。な? 怜?」
せやなぁ、と竜華の言葉に怜も肯定し、泉も浩子も、面白そうだと頷いた。
「えへへー、じゃあ頑張って優勝しましょう、絶対に! 絶対に優勝するんですよ!」
「おう!」
「当然やでー!」
年長者、竜華とセーラがそれぞれ真っ先にうなずいて、まるで円陣を組むかのように、それぞれが気合を入れあった。
「……なんか、眠くなって来ましたね」
「明日が楽しみすぎて、百八十度眠気が回転しすぎたとか」
「あはー、なにそれ」
隣の泉に少しじゃれつきながら、それでも円依がうとうとと船を漕ぐのを、泉はそっと見て取った。
あくび一つを混じらせながら、円依の頭を一つなで、落ち着かせてから自分も布団へ潜り込む。
そこで何をしたか気づいたのだろう、顔を赤くしながら、円依から背を向け布団をかぶった。
――少しずつ、部屋から寝息がちらほらと聞こえてきた。
怜はそれを確認すると、少しだけ楽しそうに笑った。
「どうしたん?」
隣の竜華はまだ起きているらしい。
「いや、こういうのって楽しいな、思て」
「せやね、ウチもこんな楽しいの、初めてかも知れへん」
怜がいて、セーラがいて、それだけではないのだから、楽しいどころの話ではないのだろう。
笑って竜華はそう語る。
「……それに」
「うん?」
「円依が楽しそうで何よりです」
少しだけ情緒を持たせて語る怜、竜華は満足そうに、そうかとひとつ頷いた。
円依が楽しそうで何よりです。
というわけで今回で合宿終了です。
次回から全国大会! 円依の影響がちらほらと……