咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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――八月・インターハイ第二回戦――
『全国高校生麻雀選手権』


『次鋒戦、終了―!』

 

 機械越しに聞こえてくる、ハキハキとした声を起点に、大きな歓声が屋内の観客席を支配した。

 そこは全国高校麻雀選手権第一回戦のある試合における観戦席である。

 時は夏、麻雀に賭ける学生たちの青春が、この時を持って始まっているのだ。

 

 そんな中でもこのインターハイ、団体戦第一回戦はあまり話題になることはない。なにせ全国でも有名な高校はそのほとんどがシード校であり、シードを逃した強豪校も、その圧倒的な強さ故に一回戦の勝利など確実視されていることが常識なのだ。

 話題になるとすれば、全国区でも名が知られる程度の強豪校――この場合は例えば劔谷高校や新道寺高校のような、全国の常連同士が激突したような場合だ。

 

 しかし、この対局はそんな常識をあまりにも逸脱していた。

 

『十一年ぶり出場、阿知賀女子、圧倒的な勝利で第一回戦を突破しました!』

 

 周囲の歓声も、そんな番狂わせを歓迎するものとなっていた。むしろ、あまりにも圧倒的な展開故か、賞賛以外の者が出せないというのが、きっと正しいのだろう。

 

『次鋒、松実宥が先鋒、阿知賀女子の“エース”、松実玄が作った“八万点もの”プラス収支を、守るどころか更に伸ばしきり、他校をトバしての一回戦終了です』

 

 画面には、過剰なまでに防寒対策を仕込んだマフラー少女が行儀よくおじぎをする場面が移された。

 他校はその圧倒的なまでの強さに、悔しさを覚えるどころか、若干放心したような様子でそれを眺め、見送っていた。

 

『いやー、地区大会でも一回戦を除いて全部次鋒で他校を飛ばしての終了だったわけだけど、まさか全国でもやってくれるなんてね』

 

 解説を務めているプロ、三尋木咏が胡乱げな言葉を嘆息とともに吐き出した。並び達、実況を行うアナウンサー、針生えりがそれに反応する。

 

『地区大会でも……ですか? それはすごい記録だと思いますが』

 

『すごいも何も、そんな事やってのけられるのは、超大火力選手を有する長野の龍門渕くらいなものなわけだよ、まぁ、他校を飛ばすくらいなら強豪校でもできるだろうけどねー』

 

『なるほど……しかしその分中堅以降の選手はその実力が未知数ですね』

 

 それもそうだ、地区大会で次鋒までに飛ばなかったのは一回戦だけ、地区は決勝を除き対局は半荘一回しか行われない。

 たった一回の牌譜で、強さなど図れるはずもないのだ。

 

『まぁそこら辺は心配いらないんじゃないかな? 一回戦の牌譜見る限り、全国を舞台に据えている晩成高校を相手に全員がプラス収支なわけだから』

 

 何にせよ、と咏は目の前で行われた圧倒的な対局の、その結果へ年線を移した。

 

『今年は……色々と面白いものが見れるはずだぜ?』

 

 そんな言葉は、もしかしたら、今年のインターハイ開始を、真に宣言するものだったのかもしれない。

 

 

 ♪

 

 

 全国の舞台には魔物が潜む。

 魔物とは、例えば二種類の存在を示す。

 

 一つは去年の龍門渕、去年の全中覇者、今年の阿知賀のような、新進気鋭の魔物たち。

 彼女たちは圧倒的な雀力を個々の事情、個々の努力から短期間のうちに爆発させたような、そんな存在だ。

 

 逆に、もうひとつはシードから漏れた強豪校の事を差す。

 シードの枠はたった四つだけ、当然全国クラスの強豪は、たった四つでは収まらない。例えば南大阪の名門姫松や、今年の優勝候補筆頭、長野の風越女子がコレに当たる。

 

 これらの魔物は、地区大会の激戦を勝ち抜いて、全国へと駒を進めた地方の強豪を、まとめて彼らの巣へと返すチカラを持っている。

 それはさながら暴風雨、もしくは無造作なバケモノの類であった。

 

 ここに、二人の女性が居る。彼女たちは実業団で活躍する実力派の雀士であり、今日はこのインターハイに、息抜きを兼ねた観戦へやってきていたのだ。

 

「やはり風越はすごかったな、今年の優勝候補なだけはある」

 

 黒髪の女性は、隣に座る茶髪の女性に、少し興奮気味に語りかけた。

 

「そうねぇー、すごいわよ、あの中堅、私達じゃ多分かなわないんじゃない?」

 

「いやいや、さすがに来年はプロでの活躍を目指す私達だぞ? 負けてるなんてそうそう考えられないさ」

 

「そう? でもとんでもないじゃない、“三校同時飛ばし”なんて、去年の天江衣もかくやよ?」

 

「まぁ、そうだけど」

 

 少しだけ不満気に口をとがらせる黒髪の女性に茶髪の女性はなだめすかすように笑いかけた。

 

「いいじゃない、プロになってから白黒つければ」

 

「……まぁ、そもそも風越は次鋒に大火力選手、先鋒と中堅に高い実力の選手を置く前半逃げ切り型だからね、風越自身の強さはあるか」

 

「そうそう、やってみなくちゃわからないわよ、私達と彼女たちなんて」

 

 二人はしきりに笑い合って、それからひとつわかりきったように嘆息した。

 

「まぁそれでも、私達のチームとあのチームが戦っても、多分勝てないんでしょうね」

 

「副将もだけど、あの大将、ほんと反則だよなぁ……」

 

 思いを馳せるような二人の言葉、そしてそれを境に、二人はインターハイの話題を切り上げ、別のことへと会話をスライドさせていくのだった。

 

 

 ♪

 

 

 今年のインターハイは波乱が起こる。誰かがそれを予見していた。いや、正確には波乱ではない、波打つように広がる静かな波紋では決して無い。

 今年のそれは、言わば波だ。人が作り出し、そして大きく広がっていく波の群れだ。

 

 三度目の全国制覇、だれも成し得なかった前人未到の舞台へと、手をかける高校があった。

 最強の高校、チーム虎姫要する白糸台高校だ。

 白糸台は激戦区たる東京における二校の代表のうちの一つ、そして全国に名を馳せる、日本を代表する高校の一つだ。

 

 今年の全国、優勝候補筆頭は白糸台と風越女子。二校はそれぞれ両サイドのブロックに別れ、相まみえるのは決勝である。

 つまり、この二校の対決は、望まれるべくして望まれているのだ。

 

 そして白糸台では今、第二回戦へと向けた最後のミーティングが行われようとしていた。

 

「……というわけで、二回戦の相手は強豪新道寺を含めた三校が相手だ。目標は当然一位通過だが、他校を見定め、また中堅以降の皆には経験を詰んでもらう必要がある、淡はともかく、他の二人は他校を飛ばすことはないように」

 

 はい、という元気の良い声と、凛とした二つの声がそれぞれ合計三つ響いた。

 

 取り仕切るのは白糸台レギュラーの三年、弘世菫だ。

 もとより人を積極的にまとめていくようなリーダーシップの持ち主であるが、事白糸台に関しては絶対的なカリスマの持ち主、宮永照が在籍している。

 そんなこともあってか、こういった細々とした作業は菫と照、二人が共同で行うことが多い。

 今回は単純にじゃんけんで負けた菫がすべてを任されているだけなのだが。

 

「……照、お前もだぞ、むしろお前はうちのエースなんだから、万が一にも暴れてくれるなよ?」

 

「解ってる、無理はしないし、完璧にやる」

 

 現在は白糸台の部室に用意された長椅子二つ使いの部屋に、ホワイトボードが用意され、菫がそれを背にしている。照はといえば最奥で何やらタブレット端末をいじっていた。

 メンバーたちの眼が一斉に照へと向けられる。

 

「そう言いつつ地区大会で他校を飛ばして帰ってきたのは誰だったかな?」

 

「あの時とは違う、加減して勝てる相手ではないけど、逆に全力を出してもやられない相手だから」

 

「……まぁ、そうだな、一応納得しておこう」

 

 他校の研究ならば十分だ、第二回戦で激突する相手は、どれもいわゆるオカルト的な、特徴を持つ打ち手はほとんどいない。

 精々新道寺の特徴的なオーダーを気に留めておく程度だろうか。

 

 そんな訳で、ミーティングは軽い意思統一が主な程度で、そうそうに解散と相成った。

 照は隣に並んでいたチームメイトの少女を伴ってそうそうにその場を退場し、残りの一人も軽くお辞儀をしてその場を去っていった。

 

「……むしろ問題は準決勝だな」

 

「勝てないとでも?」

 

「楽な勝負ではないだろう、もし順当に二回戦が進めば、準決で当たるのは、あの千里山だ」

 

 ――加えて阿知賀も。菫はそんなふうに言葉を重ねながら、未だ照によって操作されているタブレットを覗きこんだ。

 中身は阿知賀、千里山、劔谷、越谷。第二回戦でシード校の千里山が激突する、Aブロックもう一つの対戦カードである。

 

「松実玄に松実宥、阿知賀を支えるエース姉妹、か」

 

「ドラゴンロードにホットライン、たしかあの三尋木プロがそんな風に彼女たちを表していた」

 

 両者の見解は一致していた。

 波乱が起こるならば、先鋒次鋒のあいだだろう。

 

「千里山はエースと部長、成績的には恐らく一番手と三番手、もしここで何かが起こるのなら……これほど面白いことはない」

 

 決勝の舞台。

 そこで菫達白糸台と、共に風越へ挑むのは、果たしてどちらの高校か、言葉をしめた菫の言葉に、若干の好戦が、ありありと浮かんでいた。

 

 

 ♪

 

 

「んー! 東! 京! 観光地!」

 

「……暴れるのはいいけど、周りの目って、円依知っとる?」

 

「周囲の瞳は私にお任せ!」

 

「おだまりや!」

 

 そも、円依はただでさえ車椅子姿、東京の都会なんて場所に来れば、それこそ人の視線を集め放題だ。

 車椅子は事前である、東京でならば常時使えるだろうということで持ってきたのだ。

 

「あまり変に動かん解いてや~、はぐれたら一大事やからな!」

 

 少し先行する形出会った、泉と円依へ向けて、後ろから浩子が声をかける。すこし張りのある声は、いつもの活気に、すこしばかりいつも以上の喜色が浮かんでいた。

 

「……先輩もやで?」

 

「お? お、おう」

 

 そして、その瞳をジトッとしたものに変え、くるりとセーラへ振り向く。セーラは少し辺りに視線を向けすぎていたのか、浩子の少し後ろに回っていた。

 早足で浩子の隣へと戻ってくる。

 はぁ、と嘆息一つ、それから泉達へと視線を戻す。

 

「にしても、ほんまに人が多いわ、円依の移動速度で十分とか、どうなん?」

 

「……ある意味、ここまで来たってことかもなぁ、ここからは簡単な道や無いってことかも」

 

 返すセーラの言葉に、浩子は少しだけ首を傾げる。言っている意味はわかる、故に、その言葉自体に疑問を呈する。

 

「そんなもんですか?」

 

「まさか、全国優勝、できて当たり前なんて、考えてるんか? フナQは」

 

 セーラは少しだけ重い口振りで、そうやって問いかける。

 二人の足が、少しだけ鈍った。会話に集中し、少しだけ大きな人の波にぶつかったのだ。

 そして、そんな状況で、自分たちにある、枷を自覚した浩子は。

 

 

「え? そんなん当たり前ですやん」

 

 

 あっけからんと、言ってのけた。

 途端にセーラの顔が笑みでいっぱいになる。少しだけこらえるようにして、それからとても楽しそうに手を叩いて笑った。

 

「あっはは! ウチもや、俺もそうおもっとる。そうやな、問題なんか無いもんなぁ!」

 

 セーラがすいっと人の波を書き分ける。慌てて浩子がそれに続いた。

 目の前には壁があった、繋ぎ目のようにその隙間は狭いながらも広がっている。セーラは一気にそこをくぐり抜けると、それを手本に浩子が続く。

 快適と言う他無いものだった。あっという間にセーラは先行する円依達の元へとたどり着き、そして軽くVサインをしてみせる。

 

「よっし! 到着!」

 

 人の波をかき分けて、やってきたのは千里山のメンバーが宿泊するホテルだ。観光を終えての帰り、祭りの後といったところか。

 

 中に入り、スムーズに部屋へと戻っていく。正確には今はいないチームメイトの泊まる部屋へ。

 セーラがいの一番へ到着した部屋へと入り、泉が扉を支え円依を中へ迎え入れる。軽く礼を言って、四人の中へ泉を伴い加わった。

 それを見た竜華が穏やかな笑みを浮かべた。

 

「おかえりー」

 

 それから、少しセーラを中心に、会話を拡げ、終着させる。

 既にメンバー全員が、くつろぐ体勢に入っていた。

 

「阿知賀、白糸台、風越、今年は面白い面子が多いなぁ」

 

「でも、勝つのは私達ですよ」

 

 タブレットに落とされたセーラの視線、泉が円依の持つタブレットを覗き込みながら答えた。

 全員がそれに頷きあった。

 

「……ここまで来たんやなぁ」

 

 布団に包まって、竜華の膝に体を預けていた怜が、ふとこぼすように言葉を漏らした。

 竜華が少し笑ってそれに答える。

 

「何言ってるん? まだまだ終わりやないし、怜はもっとがんばらんと」

 

「せやなぁ。あぁ、なんや夢見てるみたいや……こんなん、夢じゃないほうが不思議やん」

 

 くねくねと、毛布がすこしだけ楽しそうに漏らす。

 その言葉にあるのは、憂いではなく、楽しみだった。

 

「この世に、不思議じゃないことがありますか。私はこういう不思議が、世の醍醐味だと思いますよ」

 

 タブレットをいじって、円依がその項目をトーナメント表へ変えた。言葉をたぐる彼女の視線は、自身が戦うAブロックとは反対の、一校へと向いていた。

 

「ほんと、不思議なもんだ」

 

 そうしてぽつりと漏らす彼女の声には、彼女のその瞳には、小さな歓喜と、静かな闘志が宿っていた。

 くるりとあたりを見渡して、全員がかるく笑い合う。

 

 ――遂に始まった全国高校生麻雀選手権。激しい戦いの渦中へ向けて、少女たちの想いに、相違は何一つ、無いようだった。




色々と意味深な全国大会前振り。
こういう、対戦相手はすっごく強いよ! 描写は大好きです。

敵が強すぎるけど千里山まじで大丈夫なんだろうか。
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