咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『全国の舞台①』第二回戦先鋒戦

 全国高校生麻雀選手権、インターハイはAブロックの第二回戦。

 日本中が注目する少女たちの戦いが、次なるステージへと向かおうとしていた。対局室へと向かう少女が四人、それぞれの高校、その思いを背負って決戦の舞台へと向かっていた。

 

『さぁ、いよいよ始まります、夏の全国高校生麻雀選手権、Aブロック第二回戦。注目カードの激突となります』

 

 その中に、一人の少女の姿があった。

 短く切りそろえた髪に、少しだけ気だるそうな表情、しかしそのオーラは本物で、怪物と評するにふさわしい、まさしく強者の風格だ。

 

『北大阪代表、二回戦から登場の第四シード、千里山女子、今年は悲願の優勝を胸に、最強メンバーで大会へ臨みます』

 

 千里山が誇る先鋒は、絶対的なエースでもある。全国優勝、それを求めるに値する、最強の千里山を冠する雀士、その名は――

 

『先鋒は園城寺怜、前年の秋季大会、彗星のごとく現れ、エースとして千里山の先鋒を務めました、今年もその力をいかんなく発揮するか』

 

 その中に、一人の少女姿があった。

 特徴的なドレッドヘアに、難く結んだ口は、緊張にあふれている。肝の座った顔つきで、ゆっくりとその足を前へ前へと向けていた。

 

『埼玉代表、悲願の二回戦出場を決めた越谷女子、一回戦での屈辱を今年は原動力と変え、さらなる躍進はなるか』

 

 少女の名は新井ソフィア、越谷において特にその名を知られる雀士であり、また最も強い雀士でもあった。

 

『兵庫代表、強豪として名高い、劔谷高校は、今年も激戦区である兵庫の代表として、その実力を全国に誇示するか』

 

 その中に、一人の少女の姿があった。

 緊張と、弛緩、相容れないようで、しかし重なりあうものがないからこそ、すり抜けあい存在している、人の感情とは何たる不思議なものか、少女の顔はありありとそれを語っていた。

 

 少女の名前は椿野美幸、劔谷高校の先鋒を務める三年であり、この大舞台でもその力を発揮されることが期待されていた。

 

 そして――

 

『奈良県代表、ここまで圧倒的な強さで勝ち上がってきた阿知賀女子、その実力はこの強豪集う二回戦においても通用するのでしょうか』

 

 三人の少女が対局室へ、自身のすべてを賭して戦う戦場へと、足を踏み入れた。牌をめくり、そして最後の一人を増す。

 

 

 その少女は、あまりにも幻想が過ぎた。

 

 

 虚ろとも、現ともつかない、人にそれを掴ませない少女。ただ在って、ただそこにいる、それを人はなんと呼ぶのだろうか。

 ――その顔には、穏やかな笑みがあった。

 自然の中に生まれる、川のせせらぎのような、静かな無色の世界に、光を灯す音の群れを、彷彿させた。

 

 ――美しい少女だと、怜は思った。

 

『全国常連の魔物、千里山と強豪劔谷、上を狙う越谷、そして、鮮烈な幕開けを飾った阿知賀、勝つのは果たして、新進気鋭の高校か、はたまた古来の強豪か!』

 

 四人が、その場へと並ぶ。

 戦いを開く、鐘を鳴らす。

 

 

『Aブロック第二回戦第二試合、まもなく先鋒戦、スタートです!』

 

 

 ♪

 

 

 インターハイ第二回戦、先鋒戦の親はそれぞれ、

 東家が松実玄、南家が椿、西家がソフィア、そして北家が園城寺怜という結果になった。

 

 

 ――東一局、親玄、ドラ表示牌『⑧』――

 

 

 開局直後、越谷女子の新井ソフィアが大きく動く。

 

「立直!」

 

 ソフィア/打⑦

 

 ここまでに六巡、その中にヤオチュー牌はたったの二枚、手出しの連打からスムーズなツモが予見された。

 

(次巡、そのまま一発ツモか、走ってんなぁ)

 

 怜/打中

 

 鳴きを期待してのその打牌、しかしそれに反応するものはない。

 

「ツモ メンタンピン一発ツモ、2000、4000!」

 

『決まった! 越谷女子、新井ソフィア、先制! だれよりも最初に前へ出たのは越谷女子。幸先の良いスタートです』

 

 静かながらも激しい海の、揺らぐような波の群れ。

 鮮烈をます戦場が、焔を伴い現出する――

 

 

 ――東二局、親椿、ドラ表示牌『西』

 

 

 ――実況。

 

「おおっと、越谷女子、前局に引き続き、今度は倍満手を聴牌、七巡目の清一色は、素晴らしい速度ですね」

 

 実況を務めるアナウンサー、針生えりは少しだけ驚きをもたせた声音に、問いかけを込めて放り出す。

 ほとんど確かめるような言葉に、解説を務める三尋木咏はからからと笑った。

 

「色々来てるっぽいねー、しらんけど」

 

「と、いいますと、やっぱりバカヅキというやつでしょうか」

 

「いやしらんし」

 

 咏は楽しげに、しかしとても胡散臭い笑みで笑った。えりは思わず漏れそうになる嘆息をこらえるのに必死だ。

 向かい合う視線が再び卓上へと吸い込まれる。

 

「おや? これは、……千里山、園城寺怜も聴牌です」

 

 ――控え室。

 

 少しだけ面倒そうに円依が嘆息する。その視線は控え室に備えられた大きなモニターへと向けられていた。

 

「これは……どう取るかな」

 

「どうって?」

 

 竜華が至極意外そうに問いかける。

 聴牌に取るか取らないか、という事ではない、どういった待ちを選ぶか、という点で、円依は少し思考しているのだ。

 ――怜手牌――

 二三四五五五②②⑥⑦244 ⑧(ツモ)

 

 この手牌、嵌張に取れば両面の変化が望めるが、サブロー索はどちらも既に河へ三枚出てしまっている。高めを狙うにしても、怜がツモれるかどうかは運次第。

 もし聴牌気配を察知しているなら、生牌で待ちの広いシャンポン待ちに取るのがベターだろう。

 しかし円依は首を傾げた、この状況、怜がその待ちを選ぶように思えなかった。

 

「……園城寺先輩の平均打牌時間って、他人よりも少し長いんですよね。一巡先を見る動作が必要だから、当然ですけど」

 

「何が言いたいんや?」

 

 セーラが、興味を示し、先を促すように声をかけた。円依はそちらへ視線をやってうなずいてから、少しだけ重苦しく口を開く。

 

「そんな園城寺先輩の、一巡先を変える――考えた場合の平均打牌速度は、だいたい八秒、でしたよね?」

 

「えぇ、そうやけど……もしかして今は一巡先を考えとるっちゅうことか?」

 

 話を振られた浩子は、合点が行ったと確認する。円依はそれを、素直にそのとおりと肯定した。

 

「じゃあ、何に迷っとるんや? って、怜、なんでそっちを切るねん!」

 

 怜/打4

 

 ここで怜は嵌張待ちを選択した。狭いなどという話ではない、恐ろしいまでの過酷な門、態々怜は、それを選んだ。

 

「――多分、鳴かせたかったんじゃないですかね」

 

 円依はそれにストレートな回答を示した。言ってみれば最ものこと、怜が考えるのは“必要があるとき”だけだ。

 そしてそれは、例えば誰かが――この場合越谷が、何もしなければツモアガリすることが決定的な場合などだ。

 

「たしかに、二索は二枚でとるし、待ちも狭い、その点生牌の上に要張の四索はもしかしたら誰かの急所になっているかもっちゅうことか」

 

 思い返してみれば、怜の打牌はいつもそういった打ち方によって構成されていた。不可解と思えることも、非効率だと思えることも、すべては一巡先という存在があるがゆえ。

 怜という少女は、その一巡先を持つという前提の上で、当然の麻雀を打っているのだ。

 

「円依には、それが見えてるんやな……」

 

 自分には見えないもの、オカルトという土俵、少しだけ高く思えてしまうそんな場所に、セーラはひとつ、嘆息を込めた。

 

 

 ――対局室。

 

(――鳴かれへんかった。せやけど“本来の未来”と“今の未来”は別モンや、せやから、ここで当たり牌が出れば――!)

 

 後は野となれ山となれ。

 怜は天運に身を任せるほかなかった。できることはした。できないことはやらなかった。最善、これが最善なのだ。

 

 しかし、それ故だろうか、続く玄の打牌への迷いのなさに、怜は大いに首を傾げることに成る。

 

 玄/打3

 

(――差し込んだ?)

 

「ロン! 1300」

 

 当然それはノータイムで和了り宣言だ。

 しかし、と怜は考える、先ほどの未来で玄はそのまま牌をツモ切りしていたはずだ。

 

「はい」

 

 だというのに玄はあまりにも迷いなく怜の当たり牌を選んだ。

 地獄単騎を確り自摸っているのもそうだが、この玄のあまりにも穏やかな顔は、一片の曇りも、迷いもないように思える。

 

(何が間違ってるんや? 何が正しいんや? わからへん、せやけど……やっぱりそうや、こいつは――阿知賀のエースはバケモンや、円依とは別系統やけど、とんでもないシロモンや――ッ!)

 

 点棒を受け取り、視線を交わす。

 怜は睨みつけるように鋭く、玄は跳ね返すように強固に、それぞれの意思が、決して引き合うこと無く激突した。

 

 ――控え室。

 

「……これは、越谷女子はもうダメかな?」

 

 ふと、東二局の終わり際、円依がそんなことを呟いた。隣の泉に聞こえるか聞こえないかという程度のひとりごとで会ったのだが、耳聡くそれを聞いた泉が不思議そうに問いかける。

 

「なんでや? 調子良さそうやし、なんとかなるんちゃうの?」

 

「いや、そうも言ってられないよ。そもそも越谷女子は典型的な地方の強豪だし、二回戦では狩られる側の高校なんだ。やもすれば快進撃もあるかも知れないけれど、今年の牌譜を見る限りそれもない」

 

 つまり越谷は、常人のままバケモノ二校と堅実な強豪一校を相手にしなければならないのだ。

 もちろんどんなバケモノとて、いつでもトップを取れるわけではない。今回のように調子がいい状態ならば、常人でもバケモノに対抗しうるのだ。

 けれども、それが失くなってしまえば、あとはもう転落する他にない。

 

「越谷女子が第二回戦を突破するには、この偶然を利用して先鋒戦で他校を圧倒、その後はひたすら速攻に賭けて逃げの麻雀を展開する他になかったんだ。でも、今それが消えた。流れが園城寺先輩に移ったんだ」

 

「解るもんなん?」

 

 泉のもっともな質問に、円依は然りと頷いた。そして神妙な面持ちで画面へと視線を注視させる。

 

「正確には、移された……先輩は利用されてるんだ。見てみなよ、東一局の越谷とほとんど同じ配牌だ、アレを、まるでさも当然であるかのようにやってのけるバケモノが、あの卓にはいるんだよ……!」

 

 ハッとしたように泉が、そして話を聞いていた浩子が自身のタブレットへと意識を向ける。

 録画された映像、その最初の場面へと戻り、今の怜と見比べる。

 数牌の種類こそ違う、しかし今の怜はタンピンに高め三色一盃口が付く手、それは先程のソフィアの手牌と、全く同じ手役構成だったのだ。

 

(――気をつけて園城寺さん。そこには――こんな馬鹿げたことをやってのける魔物がいる……っ!)

 

 

 ――東三局、親ソフィア、ドラ表示牌『9』――

 

 

 そして、越谷のソフィアが親番である。

 しかし前局、玄と怜の連携により倍満手を流されたソフィアは、その手牌が酷く聴牌の遠いものであることを自覚しなければならなかった。

 

(――配牌五向聴、これ、どう和了れっていうんだ……!)

 

 ――ソフィア手牌――

 一二五六②⑥44579北白

 

 先ほどまで快速と言って良い速度での聴牌を続けていたソフィアは、ここで急ブレーキを余儀なくされた。

 以降、ソフィアがトップに踊り出ることはなく、越谷女子も、少しずつ沈んでいくことになる。

 

 数巡後。

 ソフィア、なんとか平和手を聴牌。親であるためダマを選択する。

 

 ――怜捨て牌――

 一九白3四北

 白①7

 

(二筒切りで聴牌、千里山は押している気配はあるが……)

 

 ――椿手牌――

 中中東北西南

 29⑧

 

(劔谷は多分中切りで裏目って、後は手が伸びていない見たいだ。八筒切りは自摸切りだし、筋にもなるから気にしなくていい。問題は……)

 

 ――玄捨て牌――

 4488⑧四

 六北東

 

(なんだこいつは……国士かとも思ったが、最後の北を態々自分から切ってるからそれもない、純チャンにしては八を切りすぎだろ……)

 

 チートイツに関しても同様だ、これらの牌はすべて手出し、態々対子を二つも崩す必要はない。

 

(こんな捨て牌は、千里山の大将だけで十分だ。……おかしい、第一回戦までの阿知賀には、こんな牌譜はなかったのに!)

 

 ――もし、越谷が、個人戦の牌譜にまで検証の要素を伸ばしていれば、こんなことはなかったのかもしれない。

 特に阿知賀は今年が初出場で牌譜が少ない、個人戦に出場している松実玄、松実宥、新子憧の三人分の牌譜を、しっかりとチェックしておくべきだったのだ。

 けれども越谷はそれを怠った。

 よってこの意味を、理解することができず、また他家への意識も薄れてしまった。

 

 それが、この打牌を呼んだ。

 

 ソフィア/打②

 

 

「――ロン! 8000や」

 

 

 無慈悲なまでの死刑宣告を告げられたかのような、意識を射抜く鋭い言葉、上がり宣言が、下家、園城寺怜から飛び出した。

 

「っく……!」

 

 ソフィアの顔が、精神的な痛みに歪んでいった。

 

 

 ――東四局、親怜、ドラ表示牌『6』

 

 

 そして、流れを掴んだ園城寺怜が、ここに来て一気に吹いた。自身におけるインターハイ最初の立直を、高らかに宣言する。

 

「――立直」

 

 直立するリーチ棒、イナズマのような光が鋭く当たりへ奔って消えて、そして周囲の者がごくりとつばを飲み込んだ。

 

 ――控え室。

 

「来ましたね」

 

「やな、これは上がれるやろ」

 

 浩子とセーラが、わかりきったように頷き合う。

 園城寺怜は、彼女たちにとっての絶対で、千里山にとっての最強だった。――そしてそれが、この状況で爆発する!

 

 ――対局室。

 

 

「――ツモ! 4000オール!」

 

 炸裂する打牌。

 きっちり三翻で作られた手牌は、一発ツモで親満にまで昇華する。劇的な一打、園城寺怜が他家を一気に突き放す。

 

 

 ――東四局一本場、親怜、ドラ表示牌『北』――

 

 

 連荘の一本場、ここでも怜の親満ツモが炸裂、他家を猛烈な勢いで突き放す。

 

 ――控え室。

 

『園城寺怜――一巡先を見るもの!』

 

 解説、三尋木咏のその声が、モニター越しにそこへ響く。竜華が感慨深げに笑みを浮かべて、セーラが楽しそうに手を叩いた。

 

「……すごいな、三尋木プロ、さすがにトッププロなだけはある」

 

「ん? どういうことや?」

 

 円依のつぶやきを聞き取った浩子が、疑問を隠さず問いかける。

 

「牌譜の情報だけで、一巡先を見ているなんて普通わかりませんよ、端から見れば、園城寺先輩の打牌は、単なる“不可解の塊”なんですから」

 

「あぁ、なるほど」

 

 言わんとしていることは解らなくもない。浩子とて、ある程度の仮説は立てていたものの、それが正解だとは、実際に聞くまで思っても見なかったのだ。

 それをあのプロは断言している。

 普通ではできないことだと、なるほど浩子は頷いた。

 

(――そんな園城寺さんが今、全国の舞台で戦っている)

 

 円依は、モニターに映る園城寺怜の事を思った。

 少しだけ疲れが見えているものの、凛とした目付きは、いつものムードメイカーで面白いことには目がない怜とは思えない、あまりにも研ぎ澄まされたものだった。

 

(こうして、共に夢見た舞台で、私と園城寺さんは戦っているんだ。……園城寺さんはいま、誰を思って戦ってるのかな)

 

 親友であるセーラのこと、支えあった竜華のこと、慮ってくれたメンバーの事。その中で、円依は一体、怜にはどう映っていたのだろう。

 

(その中に、どれくらいの私が、居るんだろうね……)

 

 それは怜にしか、もしかしたら怜にすらわからないかもしれないもの。

 

 

 思いを馳せる円依に背を向けて、園城寺怜の対局は、いまだ続いている。




さて、まずは怜のターンです。
若干阿知賀さんは沈んでいますが、実力は確かな模様。

次回はついに書きたかった部分その一なので、早めに掲載する準備を整えたい所!
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