咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『全国の舞台②』第二回戦先鋒戦

 ――オーラス、親怜、ドラ表示牌「6」。

 

 

「――ポン!」 555(赤)

 

『先鋒戦前半は、ついにオーラス、園城寺怜二度目のオーラス、しかしここで動いたのは阿知賀、松実玄! ここまで振込こそ一回で済んでいるものの、現在まで上がれる焼き鳥状態、ここで挽回なるか!』

 

 怜の猛烈な三連続満貫から一転、対局はここ、オーラスに至る今まで、非常に地味な対局が続いていた。

 劔谷と越谷が共に安い手を叩き合い、地道な二位争いを続けている。

 道中、怜が劔谷を直撃、九万点台での地味な戦いは、怜のその一撃により大きく水を開けられてしまった。

 

 現在の成績は、

 一位千里山:136800

 二位劔谷:88700

 三位越谷:87900

 四位阿知賀:86600

 となっている。

 

 しかし、ここで不気味なのは四位に沈む阿知賀女子。肝は後半、劔谷と越谷の地味な二位争いに一度も割って入ることがなかったのだ。

 それを言えば怜とて一度しかこの争いを止めてはいないし、聴牌も三度以上はしていない。

 

 四位に沈みながらも、阿知賀と他校の違いは明白だった。

 阿知賀の松実玄は、穏やかな顔つきこそしているものの、それは対局から一度も揺らいだことがない不動のものだ。至って自然な顔つきで、自身の状態を苦にも思っていないのだ。

 劔谷と越谷は、三連続の満貫に心を折られ、速さのみを考えた打牌をしているというのに。

 ――速さと速さがかち合えば、後は運に頼ったものが勝つだけだ。

 天秤は左右にブレていて、いつまでもそのいびつな姿を晒し続ける。

 

 しかし、阿知賀のそれは全く違った。この状況を、まるで当然であるかのように享受している。

 そう、何か――得体のしれない答えを、待ち続けているかのように。

 

(――来たか!)

 

 園城寺怜は、それの正体を知っていた。

 

『これは……ドラも中張牌ですし、タンヤオ狙いでしょうか』

 

『にしてはちょっとヤオチュー牌残し過ぎじゃないかなー? 中張牌、五萬みたいなのしか残ってないよ? しらんけど』

 

(……まさか本当にそう来るとはな、わかっててもプレッシャーパないわ……ったく、なんでウチの親番やねん)

 

 劔谷も、越谷も、怜からみれば、その視線が玄へ向いているのがよく分かる。しかしそれはけっして玄という個人の手牌へ向けたものではない、彼女が作った跡へと向けられたものだ。

 捨て牌、そこには何もかもがあるようで、何もない。

 

(松実玄は……やもすれば円依に似てるタイプかもしれんな)

 

 そう、もしかしたら、今、越谷と劔谷は、玄の事を、円依のようだと思っているのかもしれない――

 

 

 ♪

 

 

 ――それは、数週間前のこと。県予選の牌譜をチェックしていた浩子が、素っ頓狂な声を上げたことから始まった。

 

「なんやこれ、なんで円依が奈良におるねん」

 

 そんな言葉に、反応したのは、

 

「呼びましたー?」

 

「なんやなんや、おもしろそうやん」

 

 名指しで声に出された円依本人と、面白そうなことを察知した、怜の二人だった。そもそも現在一軍の溜まり場にいるレギュラーは、この三人のみであるのだが。

 とかく、

 

「いえですね、ちょっと見てくださいな」

 

 そういいながら、資料として出された画面を映すタブレットを手渡して、浩子が二人にデータを示す。

 

「阿知賀の……松実玄? 個人戦のデータかいな、たしか前に言ってたドラが集まる子って話やったっけ?」

 

「そうですそうです、で、その子が県予選の個人戦にも出てたんで、ちょっとデータを見てたんですよ、そしたらちょっとおもしろいもんが見つかりまして」

 

 言いながら、出されたデータは松実玄の個人戦のある牌譜、そこには対局者の名前と、その牌譜も同時に書き込まれていた。

 

「え? これって――」

 

 マジマジと覗き込んだ円依の顔が、驚愕に染まるのも無理は無い。

 なにせその配牌は、まるで円依の生き写しであるかのように、異様な河を描いていたのだから。

 

「……ちなみに聞きます、円依はこの打牌からどんな手牌を和了りますか?」

 

 ――玄捨て牌――

 28②②八三

 91北西九

 

「……純チャン、いや、国士かな、もしくは索子で染める」

 

「ありえない答えをありがとう、まぁ円依がそうするとなると、コレは本格的にオカシイ、っちゅうことか」

 

「最初の五索ポンから始まって、何一つ迷いがない、最初からこれを和了ることだけを考えてるんだ。……多分、彼女のなかではこれが一種の作業になってるんじゃないかな?」

 

「作業……なんやそれ、ほんまに麻雀かいな」

 

 牌譜を見た円依の感想に、怜がうんざりとした声で返す。当然だ、目の前のそれは、単純な異様ではない。

 答えがあまりにも明白な、異様なのだ。

 

 そして、もう一つ、異様とも言える自体がある。

 

「それに問題はもうひとつ、対局者の中に、こんな名前がありました」

 

 そういって、浩子は対局者の欄をそっと示す。

 それは対局終了時の順位順に並べられ、その少女は上から二番目――有り体に言えば、二位の地位につけていた。

 得点は26700点、二位であることを加味すれば、決して良いとも、全く悪いともいえない点数。

 しかし、話は少しだけ変わってくる。

 松実玄とその少女は、+に収まっているが、残りの二人は果たしてどうか。

 

 ――飛んでいた、跡形もなく消し飛んで、逆にマイナスを晒しているのだ。

 

 その少女の名は、他家を二名同時に飛ばしたバケモノ相手に、+の収支を残した少女の、名前は――

 

 

「――小走やえ」

 

 

 ――関西地方は、特に全国でも激戦区とされる地区である。北大阪は千里山、南大阪は姫松、そして兵庫にも劔谷という高校が、全国へその名を残している。

 奈良県も例外ではない。

 晩成高校は、そんな奈良で四十年近く全国へその名を知らしめている強豪校だ。

 あらゆる意味で、晩成に奈良での敵は全くいない。全国を舞台に戦う一流校、最強クラスの高校なのだ。

 

 あまりにも長い間、晩成以外の高校は、単なる塵芥に過ぎなかった。かと言って奈良が全国でも弱いわけでは決して無い。

 中には“地方の強豪”と呼べる高校も、いくつか存在している。中には――この時は知る由もなかったが――千里山が全国で戦う事になる越谷と同レベルの相手も存在している。

 

 しかしそれでも晩成を打破することはできずにいた。

 ただ二度の機会をのそいては。

 

 ――最強の晩成を、十年越しに、二度も打ち破った高校があった。

 阿知賀女子。それがその高校の名で、先鋒を務めるエースの名は、松実玄、現在彼女たちが覗き込んでいる牌譜の持ち主だ。

 

 そしてその対戦相手が、晩成の先鋒にして奈良最強とも謳われるエース、小走やえというわけだ。

 

 奈良の小走やえ、北大阪のセーラに、南大阪の愛宕洋恵。

 前年度の個人戦において、特に輝かしい成績を残し、関西地方を賑わせた者たちの名だ。

 

 晩成のエースを務める小走は、ここ数年、躍進する晩成の集大成とも言える選手だ。強豪のエースとして様々な雑誌でも名前が上がるし、関西地方ではファンも多い。

 もし今年の晩成が二回戦であたり、そこに劔谷や新道寺のような他の強豪がかち合えば、千里山は第二回戦からそうそうに、苦戦が必至となっていた。

 

 それだけ小走やえという少女は強かった。怜も円依も、その名前くらいなら知っている。本物の強者、その一人である。

 ――はずだった。

 

 いや、実際には過去形ではない。

 しかし事ここにいたっては、最強の名は返上するほかないだろう。

 

 そんな晩成を、阿知賀下したのだ。見るべきところは、加えて個人戦であるということ。松実玄の手牌は非常に狭い、ドラが固まりそれに縛られるのだ。

 小走やえならば、それを正確に見きる事は恐らく可能だろう。事実序盤はやえが玄から直撃を奪う展開になっている。

 

 しかし、最終的には圧倒的な収支で玄がトップ。

 ――阿知賀はそれだけ強いのだ。

 

 現状、シード校を除けば阿知賀は姫松、風越とならんで最も最初に当たることを警戒すべき相手。

 波乱は起こるだろうと、その場にいた三人は予想していた……

 

 

 ♪

 

 

 風越と姫松は、Bブロックに並んだ。注意すべきは阿知賀のエース。

 

(……わかってはいるものの、やっぱ威圧感ぱないわ)

 

 怜/ツモ五

 

(……最悪の引き)

 

 これでせっかくの二向聴が振り出しに戻った。手が進まない、一向に和了りが見えない。

 

(全部何とかなっちゃえばええのに)

 

 しかし、五索がポンされてしまった以上、もう止まることはないだろう。この五萬によって、自分は鎖につながれてしまったのだ。

 

 松実玄が。真っ向から怜を捉える。

 鎖につながれた猛獣、知恵を持つ獣が、それを存分に生かしきり、園城寺怜という魔物を完ぺきに抑えてしまったのだ。

 

 余りある松実玄の圧倒的な気配が、怜の体を底までつつむ。

 それは、もはや凶器という他になかった。いや、はたまた脅威か、それとも暴威か、玄は怜へと、一瞬にして肉薄したのだ。

 

 打牌がひたすらむやみに続いていく。

 動きゆく盤上、流れ行く気配、それが形を表すのは、一時を有した。

 

(――阿知賀の気配が変わった? いや、そんなこと私には言えへんけど、でも阿知賀の手出しに、変化があった)

 

 六巡目、怜の手牌は再び巡って二向聴。しかしその待ちは五萬七萬嵌張の構え、先ほどは両面で街を広げていた分、その進みはむしろ後退といえる。

 しかし、玄の手牌はその真反対。先ほどまで続けていた中張牌の打牌をヤオチュー牌の安牌へ切り替えた。

 

(――間違いなく、ここまでで阿知賀の手は大きく動いた。一刻の猶予もない……やっちゅうのに)

 

 怜/ツモ⑤

 

(手が止まってもうた……アカン、やられたわ)

 

 ここに来て、怜は再び二向聴を三向聴に戻された。この牌は絶対に切れない。それだけで手は大きく遅れてしまうのだ。

 ――これが阿知賀の強さ、止められない阿知賀の全力。

 

 そして、そこから放たれる阿知賀の強みは、たった一つではなかった。

 

 

「……カン!」  7「77」7(ドラ)

 

 

 ――新ドラ表示牌「二」

 

 もはやそれを止められるものは誰もいない。

 越谷も劔谷も、そのカンの意味に気付いてはいない。ドラ爆を得意とする松実玄が、それを利用しこの状況を打開しに来た、そうとしか考えていない。

 

 それは決して間違いではない。玄は最下位、しかも焼き鳥状態で、ここで上がらなければ、阿知賀はとてつもなく苦しい状況に置かれることとなる。

 当然それは彼女だけでなく、その後の味方まで苦に晒すこととなる、ここで無茶をしない訳にはいかない。

 ――それが普通なのだ。恐らく、常識にとってしてみれば。

 

 だから、玄の様子に気づかない。

 玄の顔が、あまりにも好戦的な笑みを浮べていることに。――おっとりとしたような外見にはとことん似つかわしくないそれは、まさしく彼女の強さを指し示していた。

 

 それから、数巡の打牌が続く。

 怜の手はまるで悪い、まったくもって進む気配も見せていない。

 

 だが、その間にも“その瞬間”は迫っていた。

 

(――本当に、やっかいなもんや)

 

 手が止まらない。

 玄の捨て牌はほぼ手出し、玄の手牌は配牌と比べても、恐ろしいほどの変化を見せているだろう。

 それこそ、円依のような変わり身だ。

 問題は、その変わり身が、決まった形を保っているということか。

 

 ――そして、

 

 

「ツモ!」

 

 

 ――例えばの話だ。

 松実玄の手牌には、多くのドラが集まる。例えば単純なドラ、合計四枚のドラが、手を作るうちに集まることになる。

 それを利用するならどうなるか。

 最終的には、玄の手牌はすべてドラで埋まることになる。だがそこで邪魔になるのが赤五だ。

 

 五筒二枚にその他一枚、これが玄の手を大きく狭める。だが、それも極まってしまえば話は別だ。

 

 ――そこで話は戻り、例えばの話。

 玄の手牌は最終的には、ドラの槓材がひとつと、五筒の対子が二つ。

 ここに五索、五萬が一枚ずつ。それが対子になれば、更に槓材を使う事によって増えるドラの暗刻――これで対子以上の手は五つ、そう、もう一枚自摸るか鳴くことが出来れば聴牌が完成するのだ。

 

 ――玄手牌――

 三三三(ドラ)⑤(赤)⑤(赤)55(赤) 5(和了り牌)  五五五(赤) 7「77」7(ドラ)

 

「タンヤオ、対々和、三暗刻、ドラ――十一」

 

 玄は勢い任せに牌を自摸ってそれを叩いた。まるでひとつの弾丸が発射されたかのように、薄っすらと、彼女を覆う煙が周囲へ広がる。

 そう、それは――

 

「8000、16000です」

 

 松実玄という、少女が垣間見せた、“本物”だった。




というわけで、自分が書きたかったものその一。クロチャー大爆発!
ついでにもう一つ、小走先輩マジパネェッス。

詳しくは次回以降。小走先輩マジ王者の打ち筋。
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