『か、――数え役満! 前半戦、ここまで大きく沈んでいた、阿知賀の松実玄選手、爆発! 今までの失点を帳消しにする役満和了で、前半戦を折り返しました!』
『決まったかー、何時かやるんじゃないかとは思ってたけど、まさかそのとおりにやり切っちゃうなんてね』
『……わかっていたのですか?』
『いやしらんけど、まぁ、後半戦が始まる前に、そこら辺のことは軽く触れておこうかな』
全国の舞台に、熱狂が訪れた。あまりにも圧倒的な玄の打牌、この対局、前半における怜の和了におけるそれの非ではない。
ドラ十一、未だかつて見たこともない数字に、観客たちは興奮しきっていた。
「――お疲れ様でした!」
勢い良く、玄が席から立ち上がる。怜も同じように立ち上がり、ぺこりと軽くお辞儀をした。
楽しげな、しかしありありと見て取れる自信を含ませた笑みを浮かべる少女に、整然とした顔つきで、大きく深呼吸を繰り返す少女。
二人の勝者は、どっしりとした面持ちで、対局室から離れていった。
あとに残ったのは越谷と劔谷の二校だ。信じられないほどの展開に、ぜいぜいと肩で息をしながら卓へ突っ伏してしまっている。
強者が二人、得体のしれない力に触れて、精神を大きく消費してしまったこともあるだろう。
――対局室。
実況のアナウンサー、針生えりは少しだけ感情を織り交ぜた声で、前半戦の事実を明確にする。
「ここまで、トップは千里山の園城寺怜、しかし二位の阿知賀女子、松実玄による役満和了により、現在両者の差は殆ど無いものになっています」
「親被りが痛かったかなー?」
「二度にわたっての親満で稼いだ点数を、半分以上持って行きましたからね」
「それでもトップなのは、さすが千里山か、それとも千里山健闘す、か……まぁしらんけど」
それにしても、と針生は話を玄の役満へと戻す。
「まぁ、やったことは、多分ドラが引けるとわかっていればできて当然のものじゃないかな?」
そして解説、三尋木咏はそのメカニズムを明確にしていく。
まず、ドラが集まるということは、赤五が重なって対子になり、そこに通常ドラが二つ暗刻になれば、五つの面子候補が出来上がる事を説明。
そしてそのためにまず五筒以外をポンして最初のドラをカン、そしてその次のドラを引いて聴牌、そして引く、という業を説明した。
「……そんなこと、人間にできるものなのですか?」
説明を聞いたえりの第一声は、そんな言葉だった。――ただしそれは、咏の解説を聞いたすべての人間が思ったことの代弁に過ぎなかったが。
「できるよ、実際彼女は、県予選の個人戦とあわせて二度、役満を上がってる。それが何よりの証拠さ。まぁ……」
胡乱げな目線で、咏はモニターの先に映る、移動中の四人、特に玄へと視線を向けた。
「それでも疑問は残るんだけどね、最後の五を引けるかどうかは完全に賭けなわけだし、そもそも他家に流されたらそこまでだ。……まぁそれでも、千里山や他校の強敵相手に上がれるのなら……」
鳥が羽を広げるような、叩いて響くような音が辺りに散らばる。気がつけば、咏が手持ちの扇子を広げ、口元を意味有りげに抑えていた。
誰が見ているわけでもないが、えりはなんとなくそれが、笑みを隠すものだと思えた。
強いものをみて喜ぶ、そんな気持ちを押し隠すような。
「そうとう“巧い”ってことなんだろうね、あらゆる意味で」
そんな目線の先の玄は今、仲間たちと邂逅しようとしていた。
――第二回戦先鋒戦前半終了時点数――
一位千里山:120200
二位阿知賀:118600
三位劔谷:80700
四位越谷:79900
♪
「お疲れ様! 玄!」
阿知賀を支える麻雀部、その仲間たちが、玄を嬉しそうに出迎えていた。赤土晴絵も今は、姿を見せている。
憧の笑顔が、まず最初に玄を出迎えた。
「大検討ですよ、玄さん!」
穏乃が嬉しそうに玄へ駆け寄る。喜びと誇らしげな視線を、玄は笑って受け止めた。
「ありがとね、穏乃ちゃん。でもやっぱり園城寺さんはすごいよ、“トップを取ってくる”つもりだったのに、二位どまり、まだまだなのかな」
そんな玄は、少しだけ残念そうに頬をかいた。まるで余裕でありながら、それでもまだ上がいるのだと、その表情はしっかり認識していた。
「まぁ、園城寺怜は速さに優れる打ち手だし、玄とは本来なら最悪クラスで相性の悪い相手、何満点も削られなかっただけ儲けものさ」
晴絵はそうやって何度か玄の頭をはたいて、張った気を振り落としていく。誰かのために一生懸命になるのは玄のいいところではあるが、無茶をするのはいただけない。
「それにしても、ちゃんとアレが成功してよかった」
ふと、灼がそんな風に玄へ声をかける。
「あ、そういえばそうだよね、ヒヤヒヤしたよ、最初に失敗したときは」
「あれは園城寺さんに流れがきてたから、きっとできてもツモれなかったよ、やっとオーラスで園城寺さんから流れが離れてくれたから、和了れたけどね」
「流れ、かぁ。ほんとにあるのかな、そんなの」
憧はふぅんと少しだけ息を漏らした。
わけがわからないといっているのではない、興味があると示しているのだ。
「でも、次は通用するのかな……」
「大丈夫だよ、私の“これ”は、誰にも止められないから」
――玄がこの和了り方を練習する際、手牌をすべてオープンにして、他家三人が敵に回るという麻雀を、玄たちはしたことがある。
牌が見えている以上鳴き放題鳴かせ放題、玄は相当厳しい状況での打牌だったのだが――
結局、半荘を何度繰り返しても、止められるものはほとんどいなかった。
止められる組み合わせは、宥と晴絵――つまり、阿知賀のもう一人の柱と、プロクラスの実力を持つ元実業団選手の二人がかりで漸く止まるレベルなのだ。
こんな所で、止められようものがない。
玄は、そうやって笑ってみせた。
「――もうすぐだね」
晴絵が、時計を軽く見ながら、玄へ向けて声をかける。
みれば開始もうすぐ五分前、位置的に、今から行けばちょうどいいレベルだろう。
「解りました。……次は、必ず勝ってくるからね?」
それは、きっと勝利宣言。
松実玄が、圧倒的なまでの実力を、他校へ直線的に叩きつける、その一歩。
あまりにもそれは絶対的で、彼女の足によどみはなくて、
阿知賀女子のメンバーは、そんな彼女を、当たり前のように、笑顔で見送っていくのだった。
♪
『後半戦、始まりました! 起親は劔谷高校、椿野美幸、ここまで細い和了を何度も刻み、三位を維持しています』
アナウンサーの声が、観客席へと響き渡る。
後半戦、東一局が始まった。
ラス親――北家になった玄は、四人の中で、最後に自摸る。
(――全国、一万人の頂きに行くと、いろんな人が居る。園城寺さんは、やっぱり強い)
勢い良く牌を手に取り、玄はそれを選択する。
(……でも、それでも私は負けないよ。和ちゃんと遊ぶためにも――)
玄/打九
(全国で、優勝するためにも!)
――数ヶ月前。
まだその頃は、赤土晴絵が監督に就任しておらず、阿知賀女子のメンバーも、成長といえる成長が見えないでいた。
自分たちは強いかもしれない、しかし強くなった気はしない。だから自分の強さがわからない。そんな中で、無我夢中に練習を続けている――そんな時期の話だった。
「……ねぇ、その、原村和さん……本当にインターハイに出られるのかな」
事の起こりは、灼のそんな一言だった。
和やかだった部室の中に、しんと静まり返った。
「――え?」
反応を、最初に見せたのは憧だった。それも、決して確りとした返答とは言えないものではあったが。
「和さんは全中で活躍した。……でも結果的に、彼女は“全中二位”だった」
「……それって」
「全中一位は、確か長野だったよね、もしそんなふたりが別々の高校に行ったら、和さん……勝てるかな」
それはある意味、もっともな話だった。
和が全国へ行けるのか、それは個人戦でも、団体戦でも同じことが言えた。これがもし、全中一位――圧倒的な名目があるのなら、話は別かもしれない。
結局のところ、灼も、それに反応した憧も、和を信じきる事ができなかったのかもしれない。
いやむしろ、それを提示することで、自分たちの力不足を、感じているのかもしれないが。
「すべてがうまくいくとは限らない、だったら、もしすべてが上手く行かなかったら? 私達が手を伸ばせない場所で、私達へ理不尽が襲いかかったら?」
灼は、そんな風に言葉を並べた。自分たちの事を決しておくびにも出さず、そんな風に全員を見渡した。
「……そういうのって、誰も悪くないけど、一番自分を傷つけるよね。自分たちが持っていたものを揺らがされて、そんなの、耐え切れるはずないもんね」
ままならないこと、どうしようもないこと、それは人を傷つけない、ただ自分だけを痛めつけて消えていく。憧はそんな風に同意した。
そしてその傷は、きっと癒され無いままだ。
「……そんなの嫌だよ、絶対に」
穏乃が、だまりきっていた三人の一人が、声を上げる。当たり前だ。穏乃はそんな理不尽を、真っ向から対峙して、切り払う。一度諦めてしまったとしても、結局はふたたび立ち上がる。
そうして穏乃は、そうして阿知賀女子の麻雀部は、再出発を遂げたのだ。
「だったら、……どうする?」
灼は、そんな穏乃に問いかけた。
すっと、直線的な目付きで持って、鋭利な刃物を構えるように、穏乃へと、まっすぐひたむきに、突きつけた。
「…………」
穏乃は、沈黙した。
答えがないわけではない、ただ答える必要がないのだ。――知っている、解っている、やっている。
これからも、これまでも、彼女が目指してきたものが、あるからだ。
それを、穏乃は言葉にしなかった。
ただ、誰かの言葉を待っていた。――それは、きっと自分でも理解のできない直感めいたものだったのだろう。
「――――優勝しよう」
その言葉は、思ってもみない人物から飛び出した。
「皆で優勝しよう? レジェンドさんでもできなかったことを、私達で、しよう?」
――それは、松実宥、この場における唯一の三年生、玄の姉、その人の言葉だった。
「……宥姉」
「……宥さん」
憧と、穏乃、二人が声をつまらせる。少しだけ顔を沈めて、それから黙りこくる。その真意を測りかねているのだろう。
「――そうだよ」
頷いたのは、玄だった。
「私達が強くなって、優勝すればいい、――優勝すること、それだけは絶対で、揺らがない、その目的は、絶対に変わらないんだから」
優勝は、絶対に変わらない不変の事実だ。
誰もが目指し、誰もが手を伸ばすことのできるもの、故に、それを願うことは、阿知賀の少女たちにも許されていた。
「……優勝しよう!」
穏乃が、それを受けて大きく頷く。
もとより最初から、否はない、灼も憧も、宥も玄も、躊躇いなく頷いた。ただ前向きに、ただ実直に。
もし、彼女たちが“絶対”ということを信じていたら、和にある絶対性を感じていたら、こうして奮起することはなかったかもしれない。
ただ、和にも壁があった。それを彼女たちは知っている。
故に――変わった。
強くなろうと、前向きで、目的を果たそうと、ひたむきで、それはきっと、和が絶対的な目標であろうと、変わらないことなのだろう。
ただそれでも、変わった。
ただ在るが故に、それは姿を変えたのだ。
一人の少女が、歴史を変えた。
これはその、最初の転換点となる――
♪
「……ねぇ、お姉ちゃん」
少しばかりの薄暗さ、淡く感じられる夕闇色の空は、大きく真上に広がっていた。宥も玄も、道を行き交う細々とした人々も、その空に包み込まれ、曝された。
二人は、麻雀部の三人と別れ、帰路についていた。
冬のまっただ中に立たされた時間は、まだ本来の夜へ、数刻が残されているというのに薄暗い。それもあっての早期解散、明日へ練習は持ち越されることとなった。
これでも、いつもよりは幾分か遅い時間なのだが。
田舎の夜は薄暗い、人の済まない場所であるなら、あっという間に光すら消えてしまう。
そんな場所は、動きまわりたいとも思えない様相だ。
「なぁに? 玄ちゃん」
宥は、そんな冬の赤闇を、とても人とは思えないような格好で歩いていた。これが夏や室内ならともかく、寒さに晒された野外では、そうも言ってはいられない。
現在の宥は、もはやだるまとしか言い用のないほどに服を着込んで、顔もマフラーでグルグル巻にされていた。
見えている部分は、メガネで覆われた目しか無い。
よくコレで移動ができるものだと、玄は感心しきりだ。
そして、その声は、大きな布越しにも、響いて聞こえた。
「もしかして、お姉ちゃんって……寂しいの」
そんな宥に、玄は覗きこみながら問いかけた。
唯一望める宥の視線、それを確かめるように、前のめりに声をかけたのだ。
「…………えっと、その、うん」
宥は、少しだけ答え倦ねたように視線を回し、それから追いかけてくる玄へ嘆息をして、頷いた。
「私……ね、皆と違って三年生で、和ちゃんとも接点ないし、赤土さんのこともよく知らないし……」
皆においてかれている気がする、と宥はつぶやく。ほとんどマフラーに阻まれて消えていく。
けれども玄は、そんな声をきっちりしっかり聞き取った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは私達の大切な仲間なんだから……一緒に麻雀してくれて、私、とっても嬉しかったんだよ?」
振り返りながら、玄は大きく手を広げる。宥を受け止めるように、真正面から見つめ合う。
「でも、私は……」
「……一緒に優勝しよ? 一緒に麻雀、しよ? ずっとずっと一緒に、楽しんでいこうよ!」
両手を広げた玄はそれを抱えるように、さきゆこうとする宥を抱きとめる。
「私達には時間があるよ? もっともっといろんなことができるんだよ、だからきっと、そうやって麻雀を続けていけば、もっともっと楽しいよ!」
「……玄ちゃん」
「私ね? お姉ちゃんと麻雀が出来て、とっても楽しい、すっごく嬉しい。だからね、お姉ちゃんと一緒に全国を目指して、優勝できるなら、それはとってもすごいことだって思うんだ」
思いっきり、確かめるように宥を抱きしめた玄は、それをそっと話して、両手を宥の手ヘと持っていく。
そこに収まっていた宥は、けれども大きく“そこ”にあり、グルグル巻のマフラー越しに、笑みに似た吐息が、漏れてきた。
「今はおっきな願いだけれど、何時かは手のひらに載せられるくらい、私達が大きくなることだってできる。だから、そのためにも……」
掴んだ両手をそっと引いて、玄はその身を翻す。
防寒具を伴った淡いピンク色のマフラーが、くるりと併せて回り踊る。宥に背を向け、二人で歩く。
「このことは、皆にはないしょだよ? 皆と一緒に強くなって、皆よりもっと強くなって、皆をびっくりさせちゃうんだ」
手を引き先行する玄に、宥はひとつ頷いて、その足を大きく前へ漕ぐ。二人の肩が、少しずつ近づき寄り添いあった。
ニコリと、とても分厚いマフラー越しに、宥が優しく微笑んだのを、玄はしっかり感じ取っていた。
ハニカムように、それに返して、
「――行こう、二人で全国に! 優勝しよう、麻雀部のみんなで!」
玄の笑顔と元気な声を、優しげな紅い空が、とてもとても大きな空が、包むように見守っていた。
♪
あれから、阿知賀の松実玄は、もっともっと強くなった。赤土晴絵のちからを借りて、ただ強くなるだけでも、十分全国で戦えただろう。
しかし、今の彼女はもっと強い。
「――立直」
それは、園城寺怜の立直宣言、ずらさなければ一発で和了られる。しかし玄にはわかっていたことだ。
――ただ強くなることはできない。玄と宥はそう考えた。故に自分の長所を伸ばすことにしたのだ。
幸い、玄にも宥にも、それを伸ばしうる土台があった。
そしてその土台を使って、彼女たちは飛躍的に成長した。
(――やっぱり、園城寺さんはすごいな、ただでさえ役満親被りで流れがきてないのに、この気配、間違いなく倍満手だよ)
彼女には、対局の流れ、一般的な感覚のオカルトを身に着けていた。原理は簡単だ。ドラを手牌に加えること、それの応用にすぎない、典型的な場の支配である。
(対する私も、前局に“アレ”を失敗したせいで、今は手牌が悪い、だからここは、利用されてあげる!)
玄/打白
「ポ、ポン!」 白「白」白
玄の打牌により、劔谷が動いた。ほとんど偶然的な流れに見えて、しかし怜の顔が歪む。この白は、怜が数巡前に、未来を変えなければ切られていた牌だった。
(たしかに園城寺さんの一巡先はすごいけど、でも一巡先が見えるってことは、前巡に打った牌には明確な意味があるって事だよね)
わかりきったように、玄は手牌の中から牌を切り出す。
(それに園城寺さんは一巡先を見てから考える必要があるから、手が進んだっていう合図はすごくわかりやすい。だからもし、そこに急所があるのなら、私はその牌を残す選択をすればいい)
玄/打中
「ロ、ロン! 2000!」
「はい」
(幸い園城寺さんは、こういった流れの支配に対抗する類のチカラは無いみたいだから、私の感覚が赴くままに、タイミングを見計らえば、こんな事だって出来るんだよ)
少しだけ嬉しそうに、安堵の笑みを見せる劔谷の美幸に、玄は穏やかな顔で予め取り出していた点棒を差し出す。
そのまま、その顔を獰猛で鋭い物に変え、一気に怜へと向き直る。
対面の少女は、それに答えるように目を尖らせた。
(さぁ、このまま勝っていくよ――!)
玄の顔が、笑みとともに、稲妻をほとばしらせた。
玄が強くなったから、相対的に周りもそれに追いつこうとしたため、阿知賀全体が強くなっています。
そんな改変部分。
和が、……これって?