咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『阿知賀に寄り添う寒がり少女』第二回戦次鋒戦

 皆が楽しそうに麻雀をしている。

 自分がそれを見守っていて、晴絵が輪の中に入って指導にあたっている。いつもの光景だ。変わらないで欲しい、ずっとずっと此のままでいたい、そんな場所だ。

 

「ツモ!」

 

 憧が鋭い鳴きから速さで和了る。どうすればあんなに速く和了れるのだろう。一気に切り拓くようなそれは、なんだかとっても暖かい。

 

「ロン」

 

 灼が静かに和了る。灼は未だ未完成だ。成長途中で、これからどんどん強くなるだろう、隣に尊敬する人がいて、その笑顔は、こっちまで笑顔になるくらい暖かかった。

 

「ツモです!」

 

 穏乃が勢い任せに牌を叩く。穏乃はいつでも一直線だ。目的に向かってためらわない、後ろを振り向くことは、絶対にない。とってもとっても熱い子で、やっぱり自分にはポカポカだ。

 

「ロンだよ」

 

 そして、玄の和了りが決着を決めた。やっぱり玄はすごい、“例のアレ”も練習は順調なようで、トップとの三万点差をしっかりきっかりひっくり返していた。

 

「玄はすごいね! 止めようと思っているのに、一度も止められてないじゃない!」

 

 赤土晴絵が、笑顔で玄を褒める。わしゃわしゃと頭を撫でて、気持ちよさそう。すこしだけ羨ましかった。

 

「でも、これだけじゃあいつもの玄と変わらない、読まれたらきっと止められてしまう。補う方法は……そうだね」

 

 それから考えこむように晴絵は腕組みをして、そんな晴絵の手を、玄は少しだけ惜し気に眺めた。

 とっても温かい彼女たちの周りには、いつも晴絵がいた。

 

「そうだ! 宥さん、次、宥さんも入ろうよ」

 

「え? い、いいよ、私はもうちょっと皆のを見てるから……」

 

 寝耳に水であるかのように、穏乃の声掛けが自分に降りかかった。驚いたものの、すぐにそれを辞退する。

 穏乃は果たして、彼女のことだ、あきらめないかと思ったのだが宥の答えを聞くとすぐに引きだがった。

 少しだけ残念そうな穏乃の様子には、悪いとは思うものの、自分は大分疲れてしまった。宥はマフラー越しに、大きく嘆息を繰り返した。

 

 と、その時だった。

 再び開始した半荘をシリ目に、穏乃がくるりと体を翻す。

 

「じゃあ、次はいいですか?」

 

「え? う、うん」

 

 思いもかけない言葉がけに、思わず宥は頷いていた。はっとした時にはもう遅い、穏乃は顔に満面の笑みを貼り付けて、やったと一言漏らして戻る。

 見れば、卓に入った三人も、そうやってこちらへ笑いかけていた。

 

「あ……」

 

 嘘偽りのない笑顔。

 自分を包む、いつもより万倍の暖かい感情。思わず、宥の顔から、深い深い笑顔がこぼれた。

 この場に居ることに、とてもとても大きくそびえ立つ喜びを覚える。

 阿知賀の皆で居ることに、宥は確かな実感を感じていた。

 

 

 ――だれかが、暖かくなってくれればいいとおもった。

 だれかに、この暖かさを分けてあげたいと思った。

 そうしたら、自然と自分の中の感覚が、それに答えてくれるようになった。ただそっと寄ってくるだけではない、宥は、暖かさを分け与えるチカラを得た。

 

 そのチカラは、他人に赤い牌を分け与えることで、自分は赤く無い牌を得るというものだ。

 赤く無い牌は、それだけ宥の体を寒くするが、それもすべては致し方のないこと、誰かを温めるには、それだけのことが必要だった。

 

 自分の手のひらには、それを補うだけの暖かさがあって、自分はそれを、とても愛おしく思っている。

 そんな事が、宥にとっては一番だった。

 

 あの時、玄に勝ちたいと告げてから、宥はもっともっと強くなろうと思ってやってきた。

 皆がもっともっと強くなってくれるよう願ってきた。

 皆がとてもあったかく、皆がとてもまっすぐでいてくれればいいと思った。皆がいるから麻雀が出来て、皆がいるから自分はとても暖かい。

 

(――だから、頑張るよ)

 

 誰にと言わず、どこにと言わず、ただ宥はそう呟いた。

 そっと、マフラーに隠れるその笑みを絶やさず、

 

(……絶対に、勝ってくるから!)

 

 

 ♪

 

 

(やっぱ、この人強いわ)

 

 ――オーラス、親花子、ドラ表示牌「發」――

 

 竜華の顔に、一筋の汗が流れた。目の前にいる存在は強敵で、恐らく玄とは別の厄介さだ。

 とてもとても大きな壁、見上げるほどのそそり立つそれに、しかし竜華は破顔して見せる。

 

(ウチが相手できてよかったわ)

 

 どれほどの強敵であろうとも、闘志はけっしてゆるがない、むしろ敵が強いからこそ、自分の強さを信じて戦う。

 自分だからと、感じて戦う。

 

 ――竜華手牌――

 二二五六七①⑤⑥⑨126北 9(ツモ)

 

(難しい所や、せやけど、必要な目は揃っとる。ここまで、別にこれを使って和了れないわけやないことはわかっとる。あくまで松実宥のチカラは、赤い牌を支配するだけなんや)

 

 円依のオカルトは、たしか裏目を引きやすくなる作用があったか。詳しくは分からないが、そういった手を鈍らせる類ではなく、あくまで手を強制させるチカラ。

 

(それでも、そのチカラは完璧やない、当然や“赤い牌”の数は限られとる。せやからどうしたって、赤く無い牌はウチらも自摸ってこれるわけやん)

 

 おそらく、やろうと思えば手牌を赤一色にすることもできるのだろうが、それをしない。単純に支配力の問題ではなく、ルール上の問題、どうしたって赤い牌は足りなくなる。

 これが宥のチカラの、最大の弱点。

 何のチカラもない竜華が突ける、唯一の盲点。

 

(赤い牌が集まりやすいっちゅうことは、それだけ来る牌がわかりやすいっちゅうことや、染めてにはしるんならその分手牌が透けるけど、こうして多種多様な牌を織り交ぜるなら、話は違う――!)

 

 竜華/打北

 

 澄子/打白

 

 宥/打1

 

 花子/打⑧

 

(上家は連続で八筒落とし、ほかはまだ解らへんな)

 

 竜華/打①

 

 澄子/打東

 

 宥/打九

 

 花子/打③

 

(筒子おとし、まぁ後二巡まとか、阿知賀の萬子落としは、多分警戒やろうけど)

 

 ……

 …………

 ……………………

 

(よし、出来た)

 

 ――竜華手牌――

 二二五六七③⑤⑥⑦5(赤)679 ④

 

(高め三色、しかも四筒ツモれたから一番和了りやすい形になったわ)

 

 ここまでやってきて、わかったことがいくつか在る。

 宥の手牌はとにかく赤が廃されている、他家に赤を送ることで、自分がそれ以外の牌を独占する。あの緑一色が最もたるものだろう。

 それはつまり、手作りは早いが、守りが薄いということだ。赤い牌の種類は二十種類、対する赤く無い牌は十四種類。赤く無い牌には役牌も含まれるから、簡単に暗刻を作れるだろう。

 とにかく、守りは薄いのが宥の弱点……しかし、そうとは言えない部分もある。

 

 字牌を多く引きやすい宥の支配は、当然字牌の安牌も多く抱えることになる。ドラでもないオタ風など、そうそう鳴くものはいないのだ。

 加えて、宥は引きあいに強い。

 支配の矛先は自分にも向けることができるため、最適な待ちを選択することができる。他家が速くテンパイすれば、降りるための手は揃っているし、同時にテンパイすれば、十中八九自分が引き勝つ、とにかくムダのないチカラだ。

 

「――リーチ!」

 

 竜華/打9

 

(せやけど、それも完璧やない)

 

 穴がないわけではない、絶対など、この世にそれこそ絶対ない。それくらい、絶対とはあやふやだ。

 宥のそれも、同じ事。

 

(ウチらが赤い牌を分け合う状況で、だれかが突出すれば、他は誰かに流れてくるんや。つまり、萬子を越谷が独占する状況的に、他の牌はそれだけ他家へ流れていくっちゅうわけやな)

 

 これが、宥の盲点、赤い牌が来るなら、それだけ自分も赤い牌で手を作りやすい。聴牌速度では宥が上回っているため、あまり意味のない弱点ではあるが、

 

(今回みたいに、テンパッてんなら話は別や! 手が完成していれば、どっちが早かろうと遅かろうと、関係あらへん)

 

 よって、宥の能力は弱点となる。

 この状況で宥を討つ、それが可能だ。もう一つ、宥に対するカードはもうひとつある。

 

(この形、赤く無い牌を待ちに据えた形は、それだけ当たり牌が松実宥に集中する。しかももう片面は積もりやすい赤の牌、布陣がこれで完成する)

 

 澄子/打1

 

「……」

 

 宥は、少し沈黙していた。

 相対する竜華のリーチに、思うところがあるのだろう。

 

(さぁ、勝負や阿知賀、ここはこれで討たせてもらうで!)

 

 

 宥は、少しだけどうしたものかと思考を巡らせていた。

 

 対面、千里山の捨て牌はムダのない形、ほとんど有効牌を引いてテンパイしたのだろう、すべて手出しだ。一巡後の一発はさすがに避けられたようだが、予断を許さないのはそのままだ。

 ここから自分が和了ることは不可能ではない。

 この手で既に聴牌している。

 あとは、待ちをどこへ選ぶか。

 

 ――宥手牌――

 ②④⑤⑤⑤⑥東東東南南白白 南(ツモ)

 

 待ちとしては三筒が手広く見えるが、ここに来るまで三筒は二枚河に出ている。赤い牌である以上、誰かに持たれている可能性も高いし、ここは二筒切りがベターだろう。

 

(通る……かな)

 

 通れば、南を引き切ることもできるだろう、こちらに勢いがある以上、そう簡単に千里山が和了るとも思えない。

 つまり、ここを通せるかどうか。

 

(……ううん、迷っちゃダメ、三筒はもう二枚も引かれてるから、そう簡単にこれが急所になることはない……はず)

 

 点棒をとりだし、それをゆっくりと手にする。

 手元に映しだされた点数が変化し、宥はゆっくり深呼吸をした。

 

(……行きます)

 

「リーチ!」

 

 宥/打②

 

 しかし、そのリーチ棒が役目を果たすことはなく、

 

「――ロン! 12000や!」

 

 竜華の和了りが、宥を一息に一閃した。

 

 

 ♪

 

 

『――次鋒戦、終了ー!』

 

 長い戦いが終わって、四人を照らしていた明かりが切り替わる。柔らかい日差しを伴うその光は、竜華の微笑みを、空へすかした。

 

『次鋒戦、阿知賀のオヤッパネから始まった対局は、それぞれが跳満以上の手を一度ずつ直撃させ合う壮絶な削り合いとなりました。結果――』

 

 アナウンサーの声は、竜華達には届かない。

 しかし、四人の姿はそれを体現するかのように対照的だ。

 

『収支トップは千里山女子、後半戦は堅実な守りを見せ、他家からの和了りを封殺、若干ながら阿知賀との差を縮めました』

 

 ――二位:千里山女子。

 三年:清水谷竜華。

 111000――

 

 大きくお辞儀をして、竜華はその場を後にする。

 若干の安堵を吐息に乗せて、しかし自信と威信はだれよりも高く、そこにある。

 

『暫定三位で折り返すのは越谷女子、オーラスの直撃は、大きくこのプラスに影響を残しています』

 

 ――三位:越谷女子。

 三年:浅見花子。

 77000――

 

『現在四位と沈む劔谷、最後の直撃が痛かったか』

 

 ――四位:劔谷高校。

 二年:依藤澄子。

 54000―-

 

『そしてトップは変わらず阿知賀女子、若干のプラス収支で、その順位、その点差を死守、追いかける二位千里山以下、各校は食らいつくことができるのか!』

 

 ――一位:阿知賀女子。

 三年:松実宥

 158000――

 

 そして、松実宥は、少しだけ悔しげにその場を後にする。

 それぞれの思いは、ただトップへと向いていて、宥は、それを守りきった。

 だれがこの半荘の勝者であるか、それは語るまでもないだろう、しかし語りきれることでもないだろう。

 

 圧倒的なまでの阿知賀女子、エース不発の千里山。

 四校は、その思いを胸に、その意地を胸に、中堅へと、そのバトンを渡していく――




一応竜華の勝利で半荘を終了。
しかし逃げ切ったという表現は今回一番合うかと懐います。

中堅以降の阿知賀は、果たして千里山とどのような対局を見せるのか、というところで次回。中堅戦です。
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