後半戦は、阿知賀の和了からスタートした。
突然、千里山を強襲する一撃だった。再び両者の順位が変動する。
――対局室。
「阿知賀、高鴨穏乃の和了が決まったー!」
「やっぱりまくってきたかー」
咏が、すこしだけ楽しそうに扇子を叩いた。風をきる音と、気の抜けた鼓動が聞こえてくる。
「やはり……ですか?」
「そうそう、あの阿知賀の子だけどね、ああやって他家をまくるような打ち方が巧いみたいなんだよね」
他家を圧倒するほどのチカラはないが、自身が逆境に立たされた時に、絶対に諦めない精神力と、度胸を有する。
そして、それに見合う――打牌を見せる!
「前半戦で千里山の連荘を止めた時もそうだけどさ、ねばりっこいというか、なんというか」
「連荘を止めた、というと副将戦の――」
「あれとはちょっと違うかなー、あっちはどんな時も揺らがないクソ度胸、こっちはそう言うんじゃなくて……」
――ここで、再び阿知賀が千里山から直撃を受ける、先ほど取り返した点数を、また奪われたのだ。
ニヤリと不敵に咏は笑みを深める。
「逆境で、一番頭の回転が早くなるタイプだね」
そして次局、千里山があの捨て牌からリーチをかけるものの、穏乃はそれを完璧に止めてみせた。
「ほら、多分本人は深く考えず、状況を頭に入れて即結論を出してるんだろうけど、――即断即決、あの頭を使う上手さは、一流さ」
結局ツモられたものの、振込を避け、東四局、自身の親番で挽回してみせた。
これこそが、穏乃の強さ、最後の最後まであきらめないどころか、自身の負けをすべて挽回してみせるほどの、強烈な逆境への対応能力。
決して特別な雀士ではない、焦りもするし負けもする。しかし、勝ちをあきらめないことに関しては、世界を見ても、コレほどの雀士はいないのではないか。
円依とも少しだけ違う、とても真っ直ぐな雀士、それが、阿知賀の大将を任された、高鴨穏乃という少女だった。
――それから、
二校の攻防に、劔谷も意地を見せ、ここまでの点差では、四位の越谷を除けば、全員が準決勝への出場を望める、そんなポジションにいた。
三位は変わらないものの、若干ながら点差を縮め、118700点と検討する劔谷。
ほとんど点差はないものの、共に十三満点台で拮抗する阿知賀と千里山。
三校の表情に、一抹の緊張が宿っていた。
――南三局、親莉子、ドラ表示牌「⑧」――
(――ドラ。……八筒が)
円依/打④
配牌を終えながら、円依はそんな事を思っていた。別に何がしかの意味はあったわけではないだろう。ただ、そこに在ることが、円依にとっては惜しく思えた。ドラに意味があるわけではない。ただ、あそこには手が伸ばせない、そう思ったのだ。
そして、埋牌を終え、手牌をのぞきみた時だった。
――円依手牌―ー
①②②③④⑤⑥⑦⑧東南白發
(え、――)
配牌に、あまりあるチカラを感じた、わけではない。ただ、その配牌を伴って、全く別の場所から、円依は大きく息を呑んだ。
円依はそれを知っていた。
それをよくよくしっていた。
とても――ワルイモノだと、知っていた。
「い、」
その表情が、ゆっくりと歪みに歪んでいく、あまりに平常ではない状態、そこには、人のものとは思えない、恐怖に歪んだモノがあった。
人の浮かべられる感情ではない、ただ生きているだけで、浮かべられる表情ではない。
苦しみ、もがき、苦しみ続け、抗うことも出来ずに全身に浴び続けて、そして最後には“こわれて”しまったものが、浮かべる表情。
「いや、いやぁ、やめ、や、やめて……」
ほとんど聞こえないほどに、ほとんど悟られないほどに、円依の声は小さかった。絶叫することも出来ないほど、恐怖に声がすくんでいた。
――少女の瞳に光はない、そこで少女は生きていない、ただ真っ暗闇の箱のなか、誰も手を伸ばせない絶望と言うなのがけっぷち、少女はそこで、一人かれた涙ですすり泣いた。
時間が、無為に過ぎていく、コレではダメだ、コレではダメだ。
(やめて、何で何で何でなの! なんで私にばっかり寄ってくるの、私は悪くない、私は何も悪くない)
自分が何者かもわからなくなって、ただ怯え続けるだけの少女になって、円依の顔が、ふと沈んだ。
穏乃がちらりとこちらを垣間見る。
円依は、それを気づくこともない。ただ、そこにあるだけだ。
(私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない)
穏乃/打西
莉子/打8
景子/打南
「だってそうじゃない、私がこんな目にあわなくちゃならない理由って何? 私だけが理不尽に見舞われなくちゃいけない理由は何? 私が他の人間と違う理由は何?」
もはや、円依の思考はせき止めるものがなかった。声はほとんど音にならずに消えていく、ただ、その異様さだけは、誰にでも分かった。
「なんで私は他と違うの? なんで私はずっと不幸なの? なんで誰も助けてくれないの? なんで私が、なんで、なんでなんでなんでなんで」
怨嗟。
人の生きていくかで、生まれては淀みつづける、ただひたすらに噴き出し続ける吹き出物。ただあるだけならばいいだろう、ただ見舞うだけならいいだろう。
だが、円依はそれを是としない。
逃げているのではない、避けているのではない、ただ、振り払っているのだ。
あまりにも、それは理不尽、自分を襲う、逃れ得ない幾つもの理不尽。
「――なんでわたしが、こんなめに」
――対局室。
「は、はったぁ! 聴牌だ!」
それは、一人の少女の手牌が、答えだった。
――景子手牌――
①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨(ドラ)⑨(ドラ)⑨(ドラ)
「越谷女子、ここにきてとんでもない手を聴牌! 沈黙を続けていた少女が、最後にこの手を、和了ってみせるか!」
「あたったら事故だね、ただでさえ筒子は出ないはずがないのに――これだもの」
その次の、円依のツモ、六筒、すぐさま東が切り出される。
「もし千里山の手牌がすべて筒子になれば、でますね」
「みりゃ解るさ。……でも、もしこの卓に神が降りているなら、ひっでぇくらい残酷な神だよ」
悪魔みたいな、ね。
咏は、笑みも浮かべずそんな事を言った。
一巡回って、円依のツモは、また筒子。もはや、どうしようもないくらい、歯車は止められずにいた。
――千里山控え室。
「うそやろ!」
セーラの絶叫が、室内に響いた。ありえないこと、ただ振り込むのならばまだいい、単なる事故だ。しかしこれは、あまりにも悪意があった。
だれがそんなことを望んだのかは知らないが、これはあまりにも、円依に対してつらすぎる。
「円依……!」
怜が、珍しく搾り出すような声で、少女の名を呼んだ。
知っている。怜はあの円依を知っている。
「やめてや、やめたげてや、もう、もう円依にそんなツライこと、せんとってやぁ」
うわ言のように、言葉は繰り返し吹き出して、怜を、冒していく。
竜華の膝から抜けだした、少女は目に涙を溜めながらも、必至にモニターへと、その先で闘う少女へと向かっていく。
怜はあの円依を知っている。
怜は、あの円依が、どれだけ過酷な眼に在ってきたか、しっている。
だから、だから涙をこらえてでも、ただ円依へ訴えた。
「――円依、うちがいる、泉が居る、皆が居る。だから、だからお願いや、ちょっとだけでいい、泣いて、泣いてええんや」
「……くそ! なんも、何も出来ないんか、俺らは!」
セーラが、そんな怜の様子を、苦々しげに見送った。
その場にいるものの中で、円依の過去を知るのは園城寺怜唯一人、竜華もセーラも浩子も、なにも円依の事を、知ってはいない。
「こんなんで、負けても、だれも後悔すらできませんよ、――理由も、原因もない負けなんて!」
理不尽だ。
それも理不尽の中でも最悪クラスの、訳もない理不尽、だれも悪くない、ただ人を不幸にするだけの、理不尽だ。
浩子は、歯噛みするように、そのモニターから目をそらす。
竜華はそんなチームメイト達を眺め、ふと在ることに気がつく。
「……泉は?」
「え?」
浩子がそれに反応し、ふと竜華を見て、当たりを見渡すそれに気づいた。
「泉は、どこ言ったんや?」
「――あっ」
気がついた。そうだ、泉がいない。円依の親友、同じ同学年レギュラーが、いま、そこにはいない。控え室、どこを探しても、泉はそこにいなかった。
♪
――ずっと、負け続けてきた。
――麻雀が好きで、ずっと麻雀を続けてきた。だけど、その到達点は、敗北だった。
――少女は、だれよりも強くない、人よりちょっとだけ麻雀が出来るだけ、超越したチカラはない。
少女は願った。負けてもいい、自分が納得できる麻雀を打ちたい。
少女は思った。勝ちなんて最後でいい、いまは自分が打てる麻雀を打ちたい。
(――私は)
少女は――八木原景子は、
(――私は、負けるために、ここにきてるわけじゃない!)
そっと、胸の芯に向かって、吠えた。
♪
(あ、……は)
もう、だめだ。
もう、おしまいだった。
四枚あった字牌もつきて、残されたのは筒子だけ。これを捨てれば、恐らくは下家、越谷の手に振り込むこととなる。
(なんで、出来ないんだよもう)
思わず歯噛みする。力いっぱい込めて、円依は自分のツモを恨めしく思った。
――円依手牌――
②②③④④⑤⑥⑥⑥⑦⑦⑧⑨(ドラ) ⑤(ツモ)
「あ……は、あは、あは、あはは」
ふらふらと、それでも手は動いた。これは、麻雀だ、麻雀は、自分の執念だ。一度それを目の前で失った後も、ずっと自分はコレにすがりついてきた。
“コレ”から逃げることなんて出来ない。
死んでも、反則などごめんだ。
だから、手は動く、どれだけの理不尽だろうと、円依はそれを、受け入れるのだ。
円依/打⑨
――控え室。
「円依!」
怜が思わず絶叫する。その光景を眼にした千里山の少女たちは、違わずその場で目を伏せた。
――実況室。
「これは……」
「あんまりっちゃ、あんまりかもね、……ったくさぁ」
咏は、とても気だるげな声を、隠そうともしない。
「越谷も、千里山も、どっちが悪いってわけじゃないよねぇ。でも――」
それ以上は、彼女が解説をしているからだろうか、けっして言葉にすることはなかった。それでも、誰もがそう思っていた。
――でも、これはあまりにも、ひどすぎる。
言葉にするものは、いなかった。
――対局室
「……ロン」
万感の思いを込めて、景子がゆっくり牌を倒していく。
「32000」
同時に、何かが勢い良く削れる音がした。
ハッとして穏乃が視線を円依へ向けた。
血が――垂れていた。口元から、思い切り唇を切ったのだろう、赤い血が、流れていた。
鮮烈だった。
とてもとても綺麗な、紅色だった。
涙を枯らした少女が流せる、最後の涙だった。
「だ、大丈夫ですか?」
覗きこむように、穏乃は円依へ問いかけた。莉子も、穏乃のように言葉をかけてこそいないが、心配そうに円依を見た。
越谷の少女は、顔を青白く染め、差し出された点棒を受け取りながらも、目をそらす。
「アァ、ウン」
円依は、そんな穏乃へ頷いて返した。
光の灯らない顔を向けて、懐から取り出した、ハンカチでもって血液を拭って、虚ろな笑みを、浮かべていた。
人とは思えない、人形のような笑みだった。
――一人の人間が立っていた、あまりにも狂おしく、あまりにも美しい、鬼のような人間だった。
人は、その人間のことをなんと呼んだだろう。
狂人? あってはいるが少し違う。
悪魔? そいつはまごうことなき人間だ。
ならば、なんと呼んだ?
決まっている。狂ったほどの心と、それを補って余りある、血気じみた闘争本能、もはや理性の欠片もなく暴れ回り、力を振るうもの。
そいつはひとえに――
「ダイジョウブ、ダよ」
――英雄と、呼ばれているんだ。
♪
泉は一人、そこにいた。
すこしだけ優しげに微笑んで、大切な物を、抱きしめるように、そこにいた。
――泉の顔は、何の憂いもない、何かを待ち焦がれている顔だった
なんというか、こういうのってやるせないっていうか、解らなくはないんですけどね。
でも、やっぱり目指すからにはトップを取りたいわけでして、自分としては認めたくないわけでして。
追い詰められた千里山、次回、果たして。
・追記
和了れる状況で和了れないのは不憫なので修正。
とりあえず大車輪聴牌ではなく、大車輪一向聴なら問題はないようです。
物語の展開的にも、こちらのほうが好ましいため、とりあえずはこれに修正。
自分の未熟を恥じる形に。精進精進……
・追記追記
一巡短くしなければならないのと、ややこしくなるようなので修正。
さすがにコレ以上ミスはないことを願いたい。