咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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――八月・インターハイ準決勝――
『クロき薔薇を照らすもの』準決勝先鋒戦


 夏の陽気が思うがままに大地を照らし、人の熱気を否が応にも盛り上げる。待ち望んだ時が今、インターハイの会場に訪れたのだ。

 Aブロック準決勝、遂にシード校同士が対戦するときが来たのである。

 

 残念ながらBブロックはシード校同士の対決は見られないものの、そもそもBブロックには風越がいる。その風越相手に次鋒戦、副将戦と大きな活躍を見せた宮守女子、好カードであることには変わりない。

 

 そして、今日は準決勝第一試合、千里山と白糸台の激突である。期待されるのは、もちろん園城寺怜と宮永照、ここに松実玄というダークホースを加えた三つ巴である。新道寺の先鋒が、どこまで食らいつけるかといったところだ。

 現状、大方の予想は玄が照に封殺されることが予想され、一位白糸台、二位千里山という下馬評であるが、果たしてどうか。

 

 先鋒戦は、東一局、宮永照の親から始まる。

 

 

 ――東一局、親照、ドラ表示牌『北』――

 

 

(……東一局は、親のチャンピオンが動かへん、むしろ、どんな鳴きをしても役が確定している阿知賀の松実妹の方が危険、か)

 

 怜は自身の手を確かめながら、ゆっくり牌を選択する。

 埋牌を終えながら、改めて十三枚の手段を確認していく。

 

 ――怜手牌――

 二二四五八①②④345發中

 

 第一打が西であるから、手牌はそこまで悪くないといえる。泣いて速攻の形も悪くはないし、できることならタンピン一発ツモで満貫に仕上げたいところだ。

 

 玄程ではないが、怜も比較的に瞬間火力を増大させることができる打ち手だ。ダマであることが前提だが、むしろダマだからこその怜の闘牌と言える。

 

 怜/ツモ③

 

(絶好調やな、次は七萬、このまま六萬もひければええねんけど)

 

 怜/打發

 

 照/打北

 

 煌/打白

 

 玄/打⑧

 

(さっきは八索、まぁ確かに、宮永照の動かないこの東一局で、しかも親被りのチャンス、狙わないほうがオカシイわ)

 

 しかも、五だけでなく、その側も抱えておくことができる、最悪倍満ツモは考えておくべきだ。

 キーパーソンは、上家にあたる新道寺だろうか。

 

(ほとんどムダヅモ無しで一向聴や、今回は調子ええなぁ)

 

 とはいえ、玄の手役は遅いことが多い、こうして怜に流れが向いている今、有効牌はいくらつかめているだろう。

 そして――

 

「リーチ!」

 

 河の二列目を待たずして、怜が最速でこの局を動かした。

 

(ドラが無い今、三色を作るために手をこまねいとる時間はない、このまま最速でこのタンピン一発ツモを上がり切る!)

 

「――ツモ! 2000、4000!」

 

 ――怜手牌――

 二二四五六七八②③④345 三(ツモ)

 

 結局そのツモに妨害はなく、怜は危なげなく手をつくり上げることとなる。

 そして、

 

 

 体中を、ほとんど駆け抜けるようにいいえも知れない違和感が襲った。

 

 

 照魔鏡のようなもの、丁度今、健夜が解説しているが、人を見通す力は、まるで鏡を使って覗き見ているかのようで、少しばかり嫌な感覚だ。

 

(……視線ってやつか?)

 

 感覚的には、さほど差異はない。

 もっとも明確な反応を見せたのは、ほかでもない玄だった。明らかに後方へ振り返り、何かを気にするようにしている。

 “見られる”事に慣れていないのか、はたまたあまりにもオカルトへの感覚が敏感なのか。

 

 ともかく、それが消え、卓には静寂が戻ってくる。しかし、そこには一筋の風が流れた。その方角は――東家、宮永照の座る席。

 

 準決勝先鋒戦、東一局は、単なる前哨戦にすぎない。玄と怜の攻防も、そこに隠れる煌の闘牌も、単なる前座。

 そう、これより先鋒戦が始まるのだ。

 

 チャンピオンの闘牌が、炸裂する――ッ!

 

 

 ――東二局、親煌、ドラ表示牌「4」――

 

 

 未だ三巡目だというのに、煌は周囲の状況を恨めしく思っていた。

 

(全然手が進まない、というかチャンピオン、もう張ってるのでは? だとしたらすばらですが)

 

 ――煌手牌――

 一二四九九⑤⑥⑥46東北白

 

 ドラが五索であるため、四―六索の嵌張は完全に死んでいる、手変わりを待っても辺張にしかならないのだから、かなり頭を悩ませる状態だ。

 対子になるならともかく、今欲しいのはどちらかと言うと役牌の対子である。

 しかし

 

 ――玄手牌――

 28八

 

 ――怜手牌――

 東7南

 

 ――照手牌――

 一八2

 

(ドラローさんはアレ狙いだとしても、千里山と白糸台のお二方は完全に危ない、速さ勝負で、どちらが勝ちうるんでしょうか)

 

 煌/打1

 

 ほとんど自摸切り気味に、牌を切る。盲牌しかしていないのだから、確かめていないのと同じだ。

 それは何とか通ったものの、

 

 玄/打2

 

 玄が二枚目の二索を切ると、宮永照が突然動いた。

 

「ロン、1000」

 

 ――照手牌――

 一一七八九③④⑤34678 2(和了り牌)

 

 とてもシンプルな平和のみ手、玄の二索を見越していたのだろう、リーチなどの揺さぶりは不要だった。

 

(……完璧に四索と六索を使い切ってる。…………すばらです)

 

 がくりとうなだれながらも、煌はよどみない手つきで牌を卓の中へと納めていった。

 

 

 玄は沈黙し、手牌を眺めてからそれを伏せた。

 その手牌を知る者は、この四人の中でも玄のみだった。

 

 ――玄手牌――

 三五(赤)八八②③⑤(赤)25(ドラ)5(ドラ)8白發

 

 

 続く東二局。

 

「ロン、2000」

 

 煌が六巡目にリーチをかけるものの、次巡の牌をすくい取られ、そのまま直撃、三千点が奪われた。

 そして、

 

 

 ――東四局、親怜、ドラ表示牌「西」――

 

 

「リーチ!」

 

 親の園城寺怜が、五巡目にして動いた。

 

(うぅん、宮永さんが流れ無視して和了ってるけど、やっぱり今の流れは園城寺さんだ、ここは出来れば和了りたかったんだけど……)

 

 ――玄手牌――

 五五五九(赤)⑤(赤)⑤(赤)⑨155(赤)西西北北(ドラ)

 

(安牌あってよかったよ、まぁタンピン気配だし、全部当たらないけど)

 

 そもそも怜がリーチをかけた以上、一発ツモは確定的だ。ならばここでどうすべきか、何にせよ自分が動く段階ではないだろう。

 しかし、

 

 照/打⑤

 

「……っ!」

 

(……! 鳴けってこと? ……ここで鳴かないと、あの人の手がまた一からスタートになっちゃう、そうするとやっと満貫クラスまで手を“遅くさせた”のに、最初からになっちゃう、園城寺さんのツモも満貫以上だし、これ以上削られるわけには行かないよ)

 

「ポン!」 ⑤⑤「⑤」

 

「……っく!」

 

 怜/打5

 

(園城寺さんのツモ、でもこれは鳴けない、だって――)

 

「ロン、3900」

 

 ――照手牌――

 二二三三四四⑤⑥⑦3488 5(和了り牌)

 

(私に流れは、来ていないから)

 

 玄の表情が険しく歪む、照を睨みつけるその顔は、眼前の敵を壁と認めて、そして乗り越えようとするものだった。

 

 ――南一局、親照、ドラ表示牌「1」――

 

 

「ツモ、4000オール」

 

 遂に始まった宮永照の親番は、そうそうにその一局目を終えた。

 

(――四巡目! 追いつけない!)

 

 玄が歯噛みして手牌を眺める。

 ――手牌に来ている赤くない五は、一枚だけ、そもそも狙える手牌ではないし、あそこで和了れなかった分、流れは別方向に向いているのだ。

 

 いや、そもそもそんなもの、この卓に存在しているのだろうか、自分が感じ取ったこの感覚も、それを回転させるための打牌も、すべて宮永照に踏み潰されて。しまうのだ。

 これがインターハイチャンピオン、高校生の“現”頂点にして、誰もが目指す先に居るもの。コレほどまでに、相応しい強さを持つものも、そうはいないだろう。

 

(でも、だからこそ、勝ちたい! 宮永さんに――チャンピオンに、勝ちたい!)

 

 優勝という、もう一つの目標を掲げたからこそ、目の前に居るチャンピオンを“標的”として定めたからこそ、今の玄がここにいる。

 それだけは、絶対で、永遠で、不変の事実なのだ。――だから、

 

(私の、私達の麻雀が、インハイチャンプに通用することを証明する!)

 

 玄の眼に炎が宿る、それはあまりにも情熱的で、前方に佇む頂点の太陽が、すべてそこに集束させられているかのようだった。

 

 ――千里山控え室。

 

「……やっぱり宮永先輩、強いな」

 

 そんな対局の最中、ぽつりと円依がそんな事を漏らした。隣に座る泉が驚いたようにそちらを見る。

 

「知り合いなん?」

 

「長野にいた頃の先輩だよ、……泉がインターミドルで見たのって中堅戦だけだった? 先輩、大将やってたんだけど、同じ中学で」

 

 小声に切り替えながら、語る円依の言葉に、はっとした様子で泉が口をぽかんと開ける。

 

「マジで? でも宮永照は東京の……ってあぁそっか、そういえばそうやもんな」

 

 納得するのに思い当たる人物がいたのだろう、すぐに泉は頷くと、円依も

 

「一緒に麻雀したのは半年くらいだったけど、一度も勝てなかったのは、あの人くらいだなぁ」

 

「今の円依と、昔の円依は打ち方かなり違うやん、中一の頃一緒だったんやろ? だったら比べられへんはずや」

 

 加えて言えば、今の円依が強いのは、オカルト能力やそのうち筋だけでなく、必要と有らばデジタル打ちもできるからこそ、あの柔軟な打ち方が可能なのだ。

 

「ウチは、どの円依も好きやけどな、初めて見た円依も、いまここにいる円依も」

 

「あはは。あの頃みたいには、もうなりたくはない、かな、私としては」

 

 そうやって笑いあって、そしてふと、円依の口から吐息が漏れた。大きなあくびが、控え室に響いた。

 

「……さすがに疲れたやろ、もう少し寝ててもええんとちゃう?」

 

「ん……前半戦が終わるまで待ってる。園城寺先輩に、伝えなきゃいけないことがあるから……」

 

 機能の調整もあってのことか、すこしだけ疲れを隠せずに居る円依の姿に、泉は少し、優しげな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ――南一局一本場、親照、ドラ表示牌「8」――

 

 

(チャンピオンに連荘させたら、それだけで点棒が飛んで消えてまう、ここでウチらが止めるしか在らへん!)

 

 怜の感覚が、総立ちになって照へと一つになって向けられる。宮永照は危険だ。あの五筒切り、阿知賀に役満を和了らせても“和了りきる”という絶対の自信、すべてを見通しているかのような闘牌。

 ――何より危険なのはあの聴牌速度、四巡で満貫手――混一色ツモ――を作り上げるなど、普通ではない。

 

 故に、最強。

 故に、頂点。

 故に、目標。

 

(強いんや、宮永照は、――ウチや松実玄のような特別やない、底が見えない以上断言できへんけど、宮永照は、純粋に強いんや)

 

 ――玄を魔物と表現するならば、宮永照は、一の身でありながら、魔物の域に立ち、魔物すらも平伏させる――いうなれば、それは魔王とでも呼ぶべき存在なのだ。

 ただ、強い。理由など無いし、必要ない。ただ宮永照は自分たちを圧倒し、暴風雨のように駆け抜けていく。

 後には何も、残さずにして、

 

「――ポン!」 白白「白」

 

(新道寺は、こっちと同じ考えみたいや、ここで止めへんと宮永照はオヤッパネを和了する、ただでさえ点棒持ってかれてるのに――させへん)

 

 当然だ、そんな事、わかりきっていることじゃないか。

 煌の鳴きによって一度ではあるが照の手を止めた。どれだけ高い手を作ろうとしようとも、牌を自摸れないのでは聴牌すらできやしない。

 宮永照へ、にらめ突けるように集中する。まずは宮永照を止めなければならない。けれどもまだ終わらない。その上で、まだ敵はいる。

 

(問題は阿知賀のドラローや、攻めるつもりで、手を作っとる。宮永照が上がれば、6000オール、松実玄が上がれば8000点をウチは失う。どちらにせよ、私と新道寺は、ただ失うだけや)

 

 松実玄は、前局でリーチをかけた怜と同じように、宮永照へと勝負を挑んでいるのだ。

 魔王と、魔物の凌ぎ合い。まるで怜と煌は、そんな嵐の中に取り残された小舟だ。いつ沈むとも、いつ反転するとも解らずに、ただ波へ揉まれることしかできない。

 

(……それでも、ウチにできることは在るはずや、手は全く進まへんけど、ウチは誰よりも、差し込みが得意なはずなんやで!)

 

 すこしだけ、手牌を深く覗き見る。

 三向聴、手は全くできていないしまだ七巡目、作るにしても何か言えることはない。それでも、他家は違う。

 照はいつ、テンパイするともわからないし、玄はいつ、カンをするともわからない。

 だとすれば、自分だけができること――

 

 (怜/打8

 

 照/打西

 

 煌/打1)

 

(……アカン、鳴いてくれへん)

 

 少しだけ迷って、怜は打牌を選択する。

 

 怜/打4

 

 煌が選んだ手から、少し離れたところ、二―三索はつもッていないし、ツモっていても、ここで出すのははばかられる。

 順子を作ろうとしている場合、足枷になってしまう。

 とはいえ、結局この四索も鳴いてはくれなかったのだが。

 

 照/西

 

 怜が打牌を変えたがゆえに、それが未来を変える要因となる、たとえば、煌の打牌を変化させたり。

 

 煌/打二

 

 それが契機となった。

 ここに至るまで、ただ静かなままだった卓が、猛烈な勢いを持って噴出する。

 

「カン」 二二二二

 

 ――新ドラ表示牌「⑦」

 

 照が、動いた。

 

(――っぐぅ!)

 

 思わず、その威勢に怜は呻いて、顔を青く染め上げる。あまりにも圧倒的な気配に、気圧されてしまったのだ。

 もはや暴威どころか、獣に穿たれたとすら表現しても差し支えない、強大なものだった。

 形を伴わない、不定形の悪魔が、牙を形成し襲いかかったのだ!

 喉元をえぐるかのような、キリキリとした先端の気配、あまりにもリアルな感覚は、鋭利な刃物を、その牙を意識させた。

 

 煌も、それは感じ取れたのだろう。驚いた様子で、照に視線をチラチラと向けている。

 

(――にしても、カン)

 

 正気に戻ったのは、それから数秒後の事だった。回り始めた思考のルーチンを整えながら、怜は気にかかる照の様子へと、自身を向けた。

 

(面前を捨てて大明槓、三槓子でもつけるつもりやろか。――いや、多分狙いはそっちやないな)

 

 途中まで考えて、すぐさま打ち消す。意味のない考えだったから? そうではない、照の意図を読み取ったからだ。

 

(狙いは、槓ドラやな、カンをすればそれだけドラが増える。けどそのドラは阿知賀の松実玄まで向かうんや、彼女の“アレ”を鑑みても、ここでカンをすることで、チャンピオンは玄の手を抑えるつもりなんや)

 

 ――怜手牌――

 七九②③③④⑥⑦⑨2333 3(ツモ)

 

 本来であれば、怜の手元へ来ることのなかった牌、来る必要もなかった牌、しかし今は違う、照がカンをして、玄をその場に差し止める。

 そこへ、このカンをお見舞いすれば――

 

(松実玄は、手も足も出なくなる。ドラも増えるには手間がかかるし、この局に限っては、松実玄だけなら止められる!)

 

 それが照の手のひらの上だというのが気にかかるが、しかしそれでもやるべきことは変わらない、ただ、完遂すればそれでいい。

 

「――カン!」 3「33」3

 

 ――新ドラ表示牌「4」

 

 怜の振るう手が、牌を卓の端へと誘って、自摸った嶺上牌を、手牌に引き入れ、別の牌を切り出す。

 

 怜/ツモ八

 

(さぁ、態々チャンピオンが私にここまでさせたんや、私も確り、上がらんとなぁ!)

 

 怜/打2

 

「っ!」

 

「すばら!」

 

 玄と煌、二人の対局者がそれに反応する。突然のカンに、驚いているのか感心しているのか、反射的な反応だったようだ。

 

 照/打8

 

「チー!」 67「8」

 

 再び新道寺が動く、ゆっくり手を作っていく事もできるだろうに、ドラがない以上、その手は精々2000をこえることはないだろう。

 

 ――千里山控え室。

 

「園城寺先輩、大丈夫かな」

 

「……? なんや、健闘しとると思うけど」

 

 緊迫した対局室とは対照的に、重苦しくはあるものの、努めて平静を保つ控え室で、入口側の一人がけ椅子の隣に陣取る円依が、ぽつりと漏らした。

 

「健闘してるだけじゃキツイだろうな、ってこと、多分その内無理をする必要があるし、阿知賀の人が宮永先輩の連荘止めに協力してくれるとは限らない」

 

「……なまじ一人で戦える分、インハイチャンプと一騎打ちの形になりかねないってことか」

 

 それだけ玄が異常であるのだが、しかし今回はどうだろう、二度のカンで手が溢れてしまうため、もうオリるしか選択肢はないはずだ。

 泉は思考をまとめて、問いかける。

 

「でも今回は? 降りるしか無いはずやし、やろうと思えば……」

 

「そもそも、阿知賀の人は最初から支援するつもりじゃないと鳴きに有効な牌は残らないよ、――ほら、新道寺の捨て牌見れば解るけど」

 

 ――新道寺捨て牌――

 北西九6④一

 4中

 

 あっと、思わず声が泉から漏れる。たしかにそうだ、ヤオチュー牌を三枚はいた新道寺の先鋒は、その後五の周り、六索と四筒を切っている。はなから五周りは捨てているのだ。

 

「……でも、これって選択肢としては失敗じゃない? 実際に五を自摸ったときに厳しくなるんじゃ……」

 

「そんな事言ってられないでしょ、あの二人に囲まれたら、泉も多分、“五を引かない可能性”に賭けて勝負に出るはずだよ? 受け入れ枚数は、引かない事を前提にしたほうが圧倒的に高いはずだし」

 

 たった一種類の牌と、それ以外の牌を天秤にかけるのだ、その確率は推して知るべし。ただし、そんな状況で、一種類の方を引いてくるのも麻雀というゲームなのだが。

 

「それに……阿知賀はどうやら、この局をそうそうに終わらせるみたいだよ?」

 

 ふと、そんな談義、意味は無いとでも言わんばかりに、円依がその話題をムリヤリ玄そのものへと持っていく。

 

「え……?」

 

 周囲の雰囲気を感じ取ったのだろう、泉が辺りへ視線をはわせる。気がつけば、浩子が、セーラが、竜華が、目を見開いてモニターへと食いついている。

 すぐさま泉がそれに合わせたその瞬間、モニターの中、対局室ではありえないことが起きていた。

 

 

『――カン!』 9「99」9

 

 

 松実玄が、動いたのだ。

 

 ――対局室。

 

「――カン!」 9「99」9

 

 ――新ドラ表示牌「東」

 

(な――――)

 

 玄の倒した牌に眼をやって、思わず怜は絶句する。思考に理解が、追いつかないのだ。

 そして、風が玄の元から、その玄の手を伴って自身の元へ叩きつけるのを、怜は感じた。――プレッシャーである事は、容易にしれた。

 

(……なんや、これ、第二回戦で感じたことのなかった――今まで感じたことのないプレッシャー……なんやこれ、なんやこれ! こんなん……)

 

 一瞬、思考の底が真っ白になる。

 玄の暴威が、圧倒的なストレスが、自分の中から意識を消した。気を失っていたのだと、数瞬して気がついた。

 

 たった一瞬だけでも、玄のそれと、照のそれは、人を同じ土俵に立たせなかったのだ。

 これが、バケモノ、これが、本物。

 突然噴出した、ありえないほどの力。

 そう、そうだ、こんなの――

 

 

(――円依と同じやん!)

 

 

 そして、玄は更に牌を倒した。

 

「カン」 南「南南」南

 

 そこに来て、その流れがハッキリとする。

 玄の狙いは思いの外単純だった。

 

 ――四開槓流れ、というルールが麻雀には存在する。カンが複数の対局者から四回でた場合、そのカンで嶺上牌を自摸り、更に牌を切った時点で、流局が成立する。

 玄は、これを狙ったのだ。

 そして――

 

 玄/打中

 

 それを完璧に、やってのけたのだ。

 

 ――実況室。

 

「四開槓などによる流局は連荘、宮永照の連荘が続く! ……それにしても、珍しい状況ですよね」

 

 確かめるように、実況の恒子は、解説を務める健夜へ問いかける。

 

「そうですね、松実選手の手を止めるのに、二度のカンが有効であること、そしてカンをすることでドラが増え、結果的に松実選手の元へ槓材が集まってきたため行えたことですね」

 

「結果的にこれ、意味在ったんですか?」

 

 身も蓋もないことではあるが、結果的に四開槓での流局を許してしまった。態々大明槓をしてまで、それをする意味があっただろうか。

 させる意味が、在っただろうか。

 

「たしかに通常通りであれば、数巡で槓材は二つそろいますから、二度カンをしてもあまり意味はありません、ただ宮永選手の場合、聴牌速度が早いため、その数巡で十分和了は可能と考えたのでしょう」

 

 玄への対策、それは聴牌速度が異様なまでに速い、照ならではの対処法だ。更に他者の本質を見定めたがゆえの、正確な手牌の読みも、照ならではの強みといえるだろう。

 

「なるほどぉ、つまり二人してインフレバトルのまっただ中ってわけですね!」

 

「えっと……その例えはどうかとおもうけど」

 

 ――対局室。

 

 今までの対局で、怜はひとつ理解したことがある。

 いや、二つか。

 

 宮永照は、バケモノだ。自分など到底及ばないほどの、圧倒的な天才だ。

 そして、松実玄はその隣を行くものだ。ただ宮永照を眺めているだけの自分とは違う。その隣へ行き、その前をゆこうとするもの。

 次元が違う。

 あまりにも遠い存在は、あまりにも大きな存在は、怜の目から見て、違いを感じ取ることができなかった。

 

 強大。

 あまりにも強大。

 

 ――宮永照と、松実玄。

 二つの怪物が、準決勝先鋒戦のこの卓で、暴れまわる――




準決勝先鋒戦。阿知賀編のターニングポイントですね。
ちなみに基本的に特殊な流局は親の連荘、ダブロンは精算でトリロンは流局です。

さらっとなんか出てるけど、まぁ色々あるんスよ。
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