東家竜華、南家菫、西家美子、北家宥がそれぞれ決定。
若干の間をおいて、準決勝次鋒戦がスタートする――
――東一局、親竜華、ドラ表示牌「6」――
『なんや、なっさけないなぁ』
配牌を終え、打牌を終え、理牌を終え。竜華の心の片隅に、怜の言葉が浮かんでは消えてゆく。
『正直失望もんやわ、私が点稼げんやろうから、自分が稼ぐ、っちゅうたのはだれやったん?』
怜が投げかけたのは、そんな辛辣な言葉だった。近寄った竜華を制すこともなく、開口一番に竜華へ侮蔑を投げかけた。
『次鋒戦に宮永照は存在しない。せやけど、ここにいるのはウチやない。だったらだれや、だれがこんな風に負けてきたんや』
竜華は言葉が出なかった。怜の言葉が、あまりにも自分に突き刺さったから、まくし立てるような怜の早口に、口を挟む暇もなかったから。
――卓は進む。
八巡目、竜華はここに来てチートイツを聴牌。赤一が付き、リーチに裏が乗れば跳満だ。
「リーチ!」
迷わず竜華は牌を切る。一枚切れのオタ風、切ったのはその風牌の持ち主、松実宥、自摸れば出るであろう手に、竜華は一抹の望みをかける。
結果は、
「ロン! 3900です!」
ダマで張っていた対面、新道寺の安手が、竜華の四翻を流す。リー棒込みで持っていかれて、親も流されてしまった。
「……ふむ」
親の現物が直撃し、振り込んだ菫は少しだけ考えるようにしながら、牌を倒して卓を崩す。
竜華は悔しそうにしながらも、ようやく実り始めた自身の息吹に、ようやく調子始めた。
――東二局、親菫、ドラ表示牌「2」――
『竜華がそんなんやから、後ろの面子に迷惑かけるんやで? 栄えある千里山の三年レギュラーが、そんな事でどうするねん』
怜の言葉は、殆ど絶え間なく、マシンガンのように飛び出してきた。たじろぐ竜華、その表情は、果てしなく下向きで、後ろ向きだ。
『後ろには泉が居て円依が居る。どっちもおんなじ一年生やん、そんな一年生に迷惑かけて、恥ずかしないの? 悔しないの? なぁ竜華、わからんとは、言わせへんで?』
そうやってこちらを睨みつける怜。長丁場の長台詞、思わず途切れたその時にはもう、怜は肩で呼吸を続けていた。
『……怜』
ようやく絞り出した言葉は、そんな相手の名前を呼ぶという、単純なことだった。それしかできなかったのだ。あまりにも感情が発露して、あまりにも思考がスパークして、熱を帯びるほどに、頬を上気させてしまうのだから。
あまりにも、あまりにも、あまりにも。竜華の中に生まれた感情は激烈だった。一つではない、数多である。幾重にも重なり、そして弾けるのだ。
当然、彼女の思考は無事では済まされなかった。ゆえの言葉、ゆえに飛び出した思い。竜華は、それをせき止めることすらできなかった。
『――なんで、なんでそんな、辛そうな顔でウチをなじるん?』
親は流れたものの、今局も竜華の手牌は調子を取り戻していた。全局、25000点スタートでは失点で飛んでいたとは思えないほどの、好配牌。
何かが裏目に出ることもない、当然の手牌。
――竜華手牌――
二三四五(赤)五⑨⑨23(ドラ)6東發發
發ドラ2の手、面前で手が進めば、満貫程度は望めるだろうし、裏が乗れば更に跳ね上がる。
竜華/ツモ4
これで一向聴、今度は聴牌ではないが、同じく前局と同じ八巡目の事だった。
他家の手牌はそこまで進んでいないように見える。精々気になるのは、聴牌気配とはいえないまでも、中張牌が河に目立つ捨て牌だ。
チャンタ系ではないにせよ、あまり時間をかけては痛くない。
(發が出れば鳴いて聴牌、でなくとも、東が重なれば動いてみてもえぇな)
考えをまとめながら、竜華は次のツモを待つ。他家はツモ切り、結局竜華も手は動かなかったもの。
(東が安牌になった、なんとか有効に使えればええんやけど)
河に見える二枚目の東、これで役牌東の打点は見込めなくなった。となれば、あとは――
竜華/ツモ發
ここを引いてくれば問題ない。
「――リーチ!」
卓が周り、一発はならず。――そして、
「ツモ! 2000、4000!」
竜華の高らかな宣言が和了ったのは、それから三巡後の事だった――
――東三局、親美子、ドラ表示牌「一」――
怜の顔には、あまりにも明白な、疲れとも呼ぶべきものが見えた。先鋒戦からそう出会ったが、眼の焦点はさほどあってはいないし、そもそも歩くことすらできなかったのだろう、態々円依から自動で走行できる車椅子を借りているのだから当然だ。
睨みつけるように話しかけてはいても、その視線が浮ついたように揺らめいているのだから、竜華も、感情が詰まってしまうほど心配してしまう。
――怜が、無理をしてここにいる。
休んでいるべきだろうに、多分誰かの言葉を制してまで、怜はこうしてここにいる。
『……あほりゅーか、ウチの説教、まだ終わっとらへんで』
そうやって頬をふくらませる怜、思わず感情の波が堰を切って溢れ出る。涙のようだと竜華は思った。
ほとんど飛びつくように、竜華は怜を優しく抱きしめた。
『えぇやん、そんな責めんでも、ウチはもう大丈夫やし、怜もすっごく頑張ったやんか』
耳元で囁くように、
ゆっくり、ゆっくりと言葉を選んでそれを重ねる。
『そんな……あんま自分をせめんといて』
そうやって出てきた簡素な言葉は、竜華のすべてが詰まっていた。
再び竜華の手は形がいい。
――竜華手牌――
一二(ドラ)二(ドラ)二(ドラ)三四五七⑤⑥⑦中白
配牌二向聴、最初のツモで有効牌、二萬を引いてきている以上、単なる二向聴でもないだろうが、それでもかなり状況は良い。
上がれば跳満クラスの手、加えて必要牌は萬子、若干宥の支配が聞いていないのが気になるが、萬子は引きやすい牌だろう。
竜華/ツモ八
(よし、引いた、このまま……!)
卓が進む。
六巡目まで、聴牌気配のあるものはいない、赤ドラも出ていないし、全員の手が高いのか、それとも――
(今なら、行ける気がする!)
竜華/ツモ六
「……!」
竜華/打白
聴牌、局も半分に満たない、八巡目のことだった。
(リーチ……賭けたいところやけど、ここは確実に上がるんや、跳満でも十分やし――ダマで!)
竜華、聴牌。他家を追い越しての跳満手。
『最下位に沈んでいた千里山、ここにきて大物手を聴牌、最下位からの脱出なるかー!』
高らかな声、竜華にそれは届くことはない、しかし――ようやく戻ってきたのだ、この場所に。単なる木偶としてでなく、一人の雀士として。
千里山を背負う三年生として、竜華は確りと、そこにいた。
『前半戦の沈みようを見る限り、今回ばかりは不調だったのでしょう、清水谷選手は千里山の部長を務めていますから、通常の雀力はこの中でも劣るものではないはずです』
もはや憂うものは何もない。
正しい自身の心に法って、竜華は、今、進撃する。
――もう、十分も前になってしまうのだろうか。
怜と交わした会話を、竜華はこの半荘、忘れることはないだろう。
『見ててや、ウチは千里山の部長や、もう不甲斐ないところはみせへん、円依には迷惑かけるかも知れへんけど、自分なりの麻雀を打つんや』
見栄ではなかった。
意地ではなかった。
自分ではダメだろうとも思っていた。どれだけ自分のできることをしようとも、実力が足りないだろうと思った。――竜華はセーラや怜のような、全国に名を連ねる雀士ではない。
千里山の部長、それにふさわしい実力はあったとしても、それが頂点に至れるという証ではない。
竜華の目の前には、自分では手を伸ばせないほどの強敵が居る。画面越しに見たチャンピオンのように、竜華を完全に穿ってみせた、阿知賀や白糸台のようなチカラもない。
それでも、
『それでも、ウチは麻雀を打ちたい、ウチの麻雀で、勝ちたいんや』
『……竜華は強いなぁ』
怜は、しみじみと頷いて、大きく息をはぁ、と吐き出す。呆けるような、安堵するような、なんとも言えないそれは、辛そうな怜の体に見えた、やすらぎのように思えた。
麻雀の強い、弱いは、正直怜にはよくわからない。結果的に誰がどうして結果を残すのか、怜にはよく理解できないのだ。
『怜だってすごいやん、今じゃ千里山のエースやし』
『……私はやっぱダメダメやん、竜華みたいなことはできへんし……病弱やし』
『変なとこでアピールやめ! ……でも、怜がウチらのエースであることには変わりないで? 準決勝は厳しいけど、アレすごかったやん』
『でも、泉も止めれたし』
『泉は止めれて当然やん。それに怜はウチらができへんことを、やったんやで? だったら怜はすごいやん』
悔しくはあるものの、竜華の顔には自然と笑みが浮かんでいた。これからのこと、昨日のこと、これまでのこと、それらを一度思い出し、ようやく自分を取り戻したのだ。
ただ負けてなんかいられない。
ただ腐ってなんかいられない。
『――もうすぐ後半戦、スタートです!』
遠くから響くように聞こえてくる実況の声、怜は理解したように頷くと、車椅子を操って後退する。軽く手を振って竜華とはわかれた。
眼の焦点が、合っているのかすらわからないほど、疲弊していた怜であったが、その時ばかりは、その瞳に、いつもの光が戻ったようだった。
♪
『――次鋒戦、終了!』
暗がりとかしていた対局室に、明かりが戻る。数多に散らばっていた光の群れが、ようやく確固たる形を取り戻したのだ。
――一位:白糸台高校。
三年:弘世菫。
141100――
『善戦した白糸台の弘世菫! 若干のマイナスながらも、追い上げる阿知賀を抑え一位を確保! 続く阿知賀は、逆に点を稼いだものの、トップを奪うにはいたっていません』
――二位:阿知賀女子。
三年:松実宥。
135400――
『千里山は前半の不調を覆し、後半では四校で叩き合いになった中での一人浮き、前半のマイナスを覆すことこそできなかったものの、十分に挽回は可能です』
――四位:千里山女子。
三年:清水谷竜華。
61300――
『新道寺は、安手での和了りが光ります。僅差ながらも点差を詰め、千里山を逆転しました!』
――三位:新道寺女子。
三年:
62200――
それぞれが、その対局に思うところがあっただろう、最初にその卓を去ったのは、弘世菫で、それにしても数分の間を要していた。
広がる波紋、荒ぶる波間。
『中堅戦では千里山の前年度エース、江口セーラが登場します。はたして、波乱の中堅戦、勝ち抜くのはどの高校か――!』
なんとか復調した竜華、けれども大きくマイナスで二半荘終了。
準決勝は大将戦への伏線回がメインになります。
次回は色々と注目だったりします。次回の更新は大将戦終わったら、中堅~副将戦をまとめて行こうと思います。二日以上開くことになりそうですね。