咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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――四月・レギュラー決定編――
『泉なら』/『私はデジタル』


『泉なら』

 

 放課後だ、部活だ、麻雀だ。

 一日の教科を終え、少しばかりの慣れを含んだ千里山の少女たちは、今はマダ心地良い終了の疲れを、穏やかな歓談で和らげていた。

 見れば、特に用事もなく自宅へと急ぐ者や、そうそうに己の目的を果たそうと移動するもの。

 

 その大半は、麻雀部へと移動しようとするものだ。

 光枝や弥栄子の姿もある。当然泉も、そして円依も……例外ではないはずなのだが。

 

「泉ー、人はね、どれだけ努力をしたって、それに見合った結果を残せるわけじゃないんだよ。でもね? 結果を残そうと思うなら、まずは努力して当たらないといけないんだ、結果を残せる気がするからね」

 

「……あの、円依?」

 

 泉は様子のオカシイ円依の顔を覗き込む。えらく悟りきったような目付きでもって、泉に諭すように言葉を紡ぐ。

 

「人はそうやって、結果を残そうと努力する、努力をして、結果が出たら自信をもつ、そんなふうに生きていくんだ、昔も今も、これからも」

 

「…………何しとるんです?」

 

 しかし、言っている内容は新興宗教の教主かなにかのようで、平たく言えばとてつもなく胡散臭い。泉はそんな円依の様子から、なんとなく雰囲気を察することが出来た。

 

「それでもね、人はたまに、どうしようもなく努力が意味のないことなんだって、自覚することがあるわけだ」

 

「……………………で?」

 

「ダルいー、おぶってー」

 

「却下」

 

 人間、疲れた時こそ口だけが空回りするものだ。えらく饒舌になったかと思えば、単純な面倒くさがりの状況だった。

 

「えー、しんどい。おぶってよう、おぶってよう。このままだと部活で大負けした時メゲちゃうから~、私の精神衛生のためにねぇ?」

 

「円依が今後、堕落して行かないためにも、私が心を鬼にする必要があるなぁ」

 

 もはや興味はないといった様子で視線を外す泉。

 円依は机にへばりつきながら、何度も何度も大きな嘆息を繰り返す。もはや机が円依の吐息に溺れようかというほどにしながら、不満をぽつりぽつりとこぼしていく。

 

「鬼! 悪魔! 泉かわいい!」

 

「鬼でも悪魔でもええから、ちゅうか途中で方針変わってるやん、釣られへんで」

 

「ッチ」

 

「……円依はそれ、天然かいな」

 

「うぅん、冗談」

 

 ガタッっと机を揺らしながら、円依が勢いをつけて立ち上がる。立てかけてあった松葉杖を手に取ると、体重を預けながら待ちぼうけであった泉の隣へ並び立つ。

 はぁ、と嘆息一つに、泉は円依に合わせて歩き始めた。

 泉がなんとも言えない表情で、円依をチラリと覗き見て、円依は笑顔でそれに返す。

 

「そんな事ばっかりしてると、いつか誰にも信用され失くなって、狼に食われるで」

 

「でも泉なら、最後まで私のことを、信じないまでも見ていてくれるでしょう?」

 

「……むぅ」

 

 朗らかな笑みだった。わかりきっているからこそ何でもない様子で、円依は泉に寄り添うように隣を歩く。

 泉は、思わず押し黙る他になかった。

 

「私はね、泉が居てくれて本当に助かってるんだ。去年なんか――中学の頃は、あんまり友達もいなかったから」

 

「……円依は去年、何をしてたん?」

 

「何にも? 友達付き合いも、勉強も、麻雀も、ほとんどあんまりしてなかった。そりゃあ友人は少しくらいいた。でも家に引き篭ってばかりだったから、向こうからしてみれば友人の中の一人だったんだよ、私はずっとね」

 

 気兼ねなく誰とでも接してくれる、人当たりの良い人で、けれども距離感のとり方が巧いタイプだった、と円依は少し述懐する。

 

「勉強だって麻雀だって、ほとんど身に入ってなかったんじゃなかな、ネット麻雀ばっかりしてたから、基本の打ち方はそれなりにうまくなったんだけどね」

 

「ふぅん、まぁ、なるほどなぁ」

 

 泉は、言葉の度に相槌を打ち、一つ一つを丁寧に聞いて行った。

 円依はそのたびに笑みを増しながら、泉との会話を楽しんでいる。

 

「ネット麻雀といえば、最初は全然勝てなかったな。どういう訳かいつもどおりに殆ど行かないもんだから、最近はもう普通に打てるんだけど」

 

「ん? んんん?」

 

 思案げに目を凝らす泉に、円依が何気なしに問いかける。

 

「泉はどう? こう、ネトマしてて、いつもどおりに行かないって感じ、しない?」

 

「私の麻雀はそういう相手の見えないゲームでもちゃんと戦えるデジタルやさかい、そんなことはないんやけど」

 

 ほう、とその答えで意表を突かれたように声を上げた円依、カラカラと楽しげな笑い声を上げる。

 

「えへへー、泉は私よりもすごいんだねー、おっかしいよねあれ、ネット麻雀」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ!」

 

 元気よく肯定する円依、泉の顔が少しほころぶ、円依の見せたその言葉の音色は、まるで彼女の見せた弱みのようで、泉はそれをなんとなくうれしくなるのだった。

 

 

 ――

 

 

『私はデジタル。』

 

 ――東三局、親、円依、ドラ表示牌『南』――

 

 ――円依手配――

 二三七2345678⑥⑨⑨西(ドラ)西(ドラ)

 

「んー」

 

 少しだけ考えこむ素振りを見せながら、円依は端の一牌に手を付ける。少し逡巡しながらそれを勢い良く切り出した。

 

 打/西(ドラ)

 

「えっ」

 

 上家に座っていた船久保浩子が間の抜けた声を上げる。下家の怜も嘆息はするがそこまで驚愕した様子はない。

 しっかりとした手つきで牌を切り出す。

 

 そして、

 

「ツモ! 8000オール」

 

 ――円依手配――

 二二三三四四五五七七七八九 五(赤)(和了り牌)

 

「いやその和了りはオカシイ」

 

 和了(ほうら)直後、浩子の第一声がそれである。

 全自動卓の中央に開いた、穴の中へと放り込まれていく牌の音を効果音(バック)に、浩子の大分複雑な表情が円依を咎める。

 

「いや結果的にツモは萬子によって、倍満上がったし、結果オーライでここはひとつ」

 

「結果オーライが過ぎるわ、今まで何度も不可解な打牌はされたけど、ここまで来るといっそ気持ち悪いで」

 

 怒りに満ちた浩子の言葉は最もだ。円依のオカルトはとにかく対策が打ちづらい、異様な打牌は周囲に混乱をもたらすし、手配を読もうにも、切り出した牌から考えられる“元の理想形”以外の全てが、円依の手配の選択肢なのだ。

 形が全て一新される以上、周りにその手を読むことは出来ない。研究者気質の浩子からしてみれば、攻略できないチカラなど、悪夢以外の何物でもないのである。

 

「まぁ、それやったら速く上がって潰すしかないなぁ」

 

 下家に座り、ぼうっとした様子で卓に浮き出る牌を眺めていた怜が、無責任に言葉を吐き出す。

 

「それができたら苦労はしませんがね」

 

 浩子の嘆息まみれの言葉は最もだ。

 円依の手はとにかく遅い、どれだけ有効牌ばかりをツモれても、手配全てを取り替えていては聴牌までが非常に遠のく。

 基本的に、一般の人間の平均聴牌速度は十一巡、誤差があっても±にして一程度。円依の場合、更に二、三巡。

 故に速さで円依に勝れば、円依の和了りを封じられる。

 

 しかし、そうも行かないのが瀬野円依だ。

 円依の強みは手配の読めなさともう一つ、必要であれば打ち方を百八十度転回できるのだ。デジタル的な打ち筋は円依もできるし、そこに加えて円依には強烈な支配力を伴ったオカルト能力も備わっている。

 要するに、ほとんどムダヅモ無く、数巡での聴牌が可能なのだ。

 

「まぁ、円依も無敵なわけやないし運が良ければ勝てるやろ」

 

「……三位率三割は、トップ率四割に並んで部内トップですからね」

 

 いやぁ、と照れながら牌を切り出す円依は、現在比較的デジタルな打ち方で、浩子のリーチに突っ張っていた。先ほどの倍満があるのでここで攻めても問題はないと判断したのだろう。

 間違ってはいないが、しかし現在、オーラス、しかも親は対面である。

 

「……ロン、裏は乗らずに6400です」

 

 あちゃー、と点棒を手渡す円依、とはいえここで半荘終了である。

 

「……ちなみにどうなってたん?」

 

「二向聴でした」

 

 ――円依手配――

 八八九④⑤⑥⑦⑨⑨23444

 

「ふっつぅやなー」

 

「捨て牌見る限りあんまり進んでませんし、ここはオリ一択では?」

 

 覗きこんだ怜が野次を飛ばすようにして、浩子は冷静に判断を下す。対面は少し遠巻きにしながら、浩子の言葉に意識を向けているようだった。

 

「いや、裏は乗らないって解ってるから、対面に連チャンさせたくないし、和了れればモーマンタイで、あたっても差し込みなんだよ」

 

 円依が当たり前のようにそんな解説を入れる。

 彼女曰く、裏ドラはここまで大きながりに関わって来なかった上に、気配も全くしないのだとか。

 

「……オカルトやないか」

 

「オカルトを持ちこまんといてくれます?」

 

「デジタルだよ!」

 

 おろおろと、心外だというふうに声を荒げる円依。しかし周りの反応は冷たかった。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 あまり交流のない、二年生の対面すらわけがわからないと言葉をもらした。円依の頬がぷくっと膨れる。

 

「だってだって、そうなるんだって解ってるんだもの、そのとおりに打つか、私の思った通りに打つか、結果としてはそれが正着なんだよ!」

 

「いやいやいや、いやいやいやいやいや」

 

 怜がありえないと片手を振ってジェスチャーをする。胡散臭そうな目付きが、円依の心にグサグサと刺さった。

 

「それをデジタルと称するのは、私への挑戦と受け取ったわ、ここは直接半荘一回でぶちのめさなあきまへんな」

 

 怒気のまみれた浩子の言葉に、怜は一つ嘆息してから言葉をあげる。

 

「なるほど、じゃあウチらはどこか」

 

「あ、はい」

 

 円依がうなずき立ち上がり。

 

「あ゛?」

 

「……ごめんなさい」

 

 対面と、怜が立ち上がり去っていくのを、円依は威圧感に圧されてその場で見ていることしか出来なかった。

 

 結局、そこに通りかかった泉と竜華を巻き込んで、唐突に始まったほぼ三対一の麻雀を眺めながら、怜が一言ポツリと漏らす。

 

「なんやなぁ、デジタルって、実は“常識”って意味もあったんやなぁ」

 

 それはその場の総意であるようで、周囲の部員は一様に頷き合うのだった。




円依の簡単性格表:面倒くさがり、目ざとい、割と苦労人。
容姿のイメージは上嬢さん、先生で画像検索して一番最初に出てくる奴。

よし、俺円依さんに弟子入りしてデジタル練習するわ(棒)
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