咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『どうしようもないモノ』準決勝中堅戦

 準決勝中堅戦、千里山の元エース、セーラが出るこの対局は、当然先鋒戦程ではないにせよ、他者の注目を集める一局だった。

 中堅戦の中では、第二回戦に行われた好カード、風越対姫松のカードと並ぶとはいえないかもしれないが、セーラの活躍が期待されていた。

 

 他校は二年の渋谷尭深に一年の新子憧、更にはあまり成績の振るわない新道寺の三年と、セーラの行く手を阻むものはない。

 

 

 ……かに思われた。

 

 

 ――南二局、親セーラ、ドラ表示牌「9」――

 

『さぁ、千里山の江口セーラがここで聴牌、しかしコレは……』

 

 ――セーラ手牌――

 二三四八八⑦⑧  「⑤」④⑥ 555

 

『片アガリの形ですね、その上安手ですから、連荘を狙うにはいいかも知れませんが……』

 

 既に卓には六筒が三枚見えている。加えて九筒は一枚しか見えていない。これが正反対ならばともかく、この状況から仕掛けていけるものではないだろう。

 

 しかし、それでもセーラはテンパイするしかない、この上がりを目指すしかない。でなければ、ここに座っている意味が無いからだ。

 

 十二巡目、和了るよりも流局するほうが期待値が大きい、態々和了る必要はない、セーラが求めたのは――切欠なのだ。

 

『あぁっと、阿知賀女子、新子憧、面前で手を聴牌。しかも待ちは六―九筒のノベタンだ! 江口セーラの手をシャットアウト!』

 

「リーチ!」

 

 憧/打③

 

 セーラの顔がにわかに強張る、親のツモ切り連打に対して、阿知賀の少女は打ってきた。何か別の狙いがあるのかもしれないが、警戒に値する。

 しかし――

 

(――なんで九筒なんや!)

 

 ここに来て、セーラのツモは最悪の一言。和了れない上に、フリテン確定、このまま牌を手元に叩きつけたい気分だ。

 

(……阿知賀は三筒、裏筋も特に在らへんし、ツモにかけてこのまま切る!)

 

 セーラ/打⑨

 

「――ロン、2600」

 

 憧の手が、一拍を持って開放される。完全に、掴まされた形での放銃、そして。

 

『直撃――ッ! 苦戦中の千里山に、あまりにも無情な一閃だぁ!』

 

『安牌がなければ出るはいですから、さほどおかしな事ではないですよ。掴まされた感が強いですね』

 

(……っく! っくしょ、何でや、何でこんな――)

 

 阿知賀の憧は前半戦の役満和了を鑑みて白糸台警戒、なんとしてでも局を流したいところだろう。

 このリーチもなかなかに厭らしい、ただ打つだけでは、むしろ九筒は意識の行かない牌、安牌であるという幻想は、なかなかどうして、他家をうまく揺さぶってくる。

 

(……いや、そんな事言ってる暇在らへん、ここで、ここで和了らないかんのや、なんとか聴牌まではこぎつけた、せやから、何としてでもウチが和了る!)

 

『さぁ、厳しい状況に立たされた千里山、親の倍満でも窮地に立たされる、果たしてこの状況でどう立ちまわるのか――!』

 

 本来であれば、セーラはこの中堅戦での、破竹の快進撃が期待されていた。それもそうだろう、現在セーラが対決する選手は、どれも粒ぞろいではあるものの、まだ粗が残る、関西最強クラスのセーラとは、比べることもできないだろう。

 

 しかし、それは違った。

 ――今、セーラは不調のまっただ中に居る。

 

 一位白糸台:175800

 二位阿知賀:147600

 三位新道寺:50800

 ――四位千里山:25700

 

 ――千里山控え室。

 

「……先輩」

 

 とても、とてもか細い声で、浩子はセーラの事を、あまりにも切なげな声で呼んだ。普段はセーラの穂御者役のような立場で、ただでさえ動じることのない浩子が、画面へ食い入るように見入っていた。

 とてもではないがらくしょうとはいえない千里山の状況。コレ以上の失点は許されない、それは竜華と手同じ事だったのだ。

 しかし、セーラはどうしようもなく不調に沈んでいた。

 怜のような特効薬もない、セーラは一人で全てをこなす、強者と言うべき存在だった。何かへはばかるようなこともなければ、目をそらすようなこともない、ただまっすぐに生きてきた、そんな人間だ。

 

 故に、この状況でセーラにかけられる言葉はない。

 気休めが、同情が、彼女の精神をいやせるだろう。――そんなものはないのだ、絶対にできない、セーラの心を慮れるものは、誰も居ないのだ。

 

「セーラ……」

 

 そんな浩子に声をかけることもできず、竜華はポツリと言葉を漏らした。中学からの親友として、掛け替えのない仲間として、セーラの名を呼んだ。

 しかしそれ故に、竜華はそれ以上を許されなかった。

 

 この場でそれを許されるのは、唯一人、もっとも遠い場所にいて、もっとも他者と遠い視点を持つ、瀬野円依唯一人だった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 千里山の控え室に漂う異様な空気、負けを確信しているわけではないのに、あまりにも悲壮にまみれたその雰囲気を、切り崩すように円依が口火を切った。

 

「前半、後半と、先輩は手が進まなくて、守りに入っていますけど、でも少しずつ手は良くなっています。さっきの手牌、二向聴じゃないですか、最初の十三不塔もどきよりは、ずっとマシですよ」

 

 勝利確実とみられた江口セーラは、その実前半戦東一局から、あまりにもあまりな配牌を強いられていた。加えて、オーラスで地和の大三元による親被りを受け、大量失点を背負わされているのもかなりのハンデキャップといってもいいだろう。

 むしろ、六万点スタートで、飛ばされなかったことが奇跡的なのだ。

 

「今、先輩に流れは来てます。外から見ても解るくらい、生き生きしてますから」

 

「せやけど――」

 

「それに……」

 

 竜華の言葉、しかし遮るように円依が言葉を重ねた。

 一拍も待たず、矢継ぎ早にそれは放たれた。

 

 

「――この半荘さえ乗り切れば、絶対に勝てます。私が勝って……帰ってきます」

 

 

 自身に満ちた円依の言葉、そしてそれに異を唱えるものは誰もいない。そう、千里山は確信しているのだ。自身の勝利を。

 ――そしてその確信こそが、セーラと竜華、二人の不調を引き起こした、直接の原因でもあった。

 

 ――対局室

 

 

 ――南三局、親憧、ドラ表示牌「1」――

 

 

(正直、ここから役満二回も和了るなんて不可能な話や、多分和了れても一回だけ、それも役満にすら満たない普通の手)

 

 ――セーラ手牌――

 一二三三三四九九⑥⑦2(ドラ)5(赤)東  五(赤)(ツモ)

 

(せやけど、負けてなんかおられへん、ここまで来たんや、俺は千里山の中堅として、ここまで来たんや!)

 

 セーラ/打東

 

(諦めてなんかおられへん、ここはインターハイや、最後の夏や)

 

 誰よりも、セーラはその悔しさを知っている、どうしようもない配牌で、どうしようもない振込で、大切な仲間を、先輩を、悲しませてしまったことを知っている。

 今は、自分がその先輩だというのに。

 

(……泣き言はここまでや、負けそうになった時、挫けそうになった時、自分を救ってくれるんは惨めで無様な弱音やない)

 

 セーラ/ツモ二

 

(ただまっすぐ、前をむくことが、たったひとつの正解や――!)

 

 ――そして、八巡後。

 

(――出来た)

 

 ――セーラ手牌――

 二二二三三三四九九⑥⑦22(ドラ) 2(ドラ)(ツモ)

 

(出和了りで満貫、自摸れば跳満……両面や、言うに及ばずここは……)

 

「リーチ!」

 

 セーラ/打四

 

 

 鮮烈なまでのセーラのリーチ、ここまで沈黙を続けていた千里山の猛攻、あまりにも圧倒的な打牌から、その隙間に、誰もが江口セーラを見て取った。

 

『こ、ここに来て跳満聴牌、裏が乗れば倍満、それどころか、ツモって裏が乗れば、三倍満です!』

 

『ようやく、といったところでしょうか、ここまで溜まっていた鬱憤を晴らすかのようです』

 

 歓声が沸いた。

 ここまで不調として沈み続けてきた大本命が、大物手を聴牌、今まで溜まっていた分があっただろう、あまりにも盛大な大音響は、観戦室どころか、施設十に響きわたっていた。

 

 

(――千里山が高そう、ここは当然オリる。オーラスのバケモノ二人を相手に、振り込んでなんかいられない!)

 

 憧は迷わずに牌を切る、幸い早仕掛けはなく、手牌ま未だ面前を維持している。安牌も多い、コレならば十分なベタオリが望めるだろう。

 そして、

 

 流局間際。

 

(――なんとかここまでこれた、か。なんか千里山のが自摸れないのは意外だけど、運が良かったのかな。ともかく、これで――)

 

 憧/打一

 

 セーラは沈黙する。現状和了り牌は見えてこない、ここで何とか和了らなければならない状況で、この絶好の手を、セーラはのがしてしまうのだ。

 よくあること、といえばそのとおりだろう。

 役満を張ったところで、それが和了れるかなど時の運、和了れなければ和了れない、当然のことだ。

 

 しかし、それだけではない。

 

 

 ――そのまた逆も、必然だ。和了れることすた、時の運。

 

 

「――――カン!」 2「22」2

 

 

 セーラ最後の一打、しかしそれを放り出すことはなく、ドラ四枚をそのまま晒す。よどみのない手つきで、嶺上牌へと、手を差し伸べた――

 

(……ま、まずい、ここで和了られたら間違いなく次がきつくなる。なんとか、なんとかここさえしのげれば――お願い!)

 

 そして、

 

 

 ――セーラ/打⑨

 

 

 嶺上開花、ならず。そこにもセーラの牌はない。そして。

 

「ノーテン」

 

「ノーテン」

 

「……ノーテン」

 

「テンパイや!」

 

 その卓は終了した。

 親の不聴牌による流局、そしてオーラスは、流れ一本場、最後の勝者を、決める時間。

 

 

 ――オーラス、親尭深、ドラ表示牌「8」――

 

 

(和了れへんかった――! せやけど、手応えは十分や、ここで、ここで和了れさえすれば……!)

 

 ―ーセーラ手牌――

 一①189東北②三四⑦⑨⑨ 9(ドラ)(ツモ)

 

(……これ、は)

 

 思わず、セーラの喉がゴクリとなる。

 前局は、通常の手を跳満、倍満クラスの手に育てた。しかし、これは――

 

 セーラ/打北

 

 ――セーラ手牌――

 一三四①②⑦⑨⑨1899東

 

(えぇやん、夢があるで、嫌いやないわ)

 

 憧/打北

 

 尭深/打8

 

(……にしても、嫌な感じやな)

 

 セーラ/ツモ2・打東

 

 続けざまに、憧がツモ切り、そして尭深もツモ切りだ。

 尭深の切り出した牌は二萬、前巡とあわせ、通常とはあまりにも言い難い捨て牌だ。

 

(まさか……もう張っとるんか?)

 

 ここまでの打牌、確か三元牌は三枚ずつ切っているはずだ。故に大三元は確定している。そこにいくら牌があるか、面子一つに対子一つ――さして難しいものではないだろう。

 ――円依から、オーラス以前の第一打が戻ってくる、と聞いた時は信じられないはなしであったが、前半戦の手を見る限り、ほとんど間違いはないのだろう。

 

(とにかく、今はすすめるしかないなぁ)

 

 セーラ/ツモ二・打四

 

(……負けへん、このツモにかけてでも、ウチは絶対、勝って帰る!)

 

 セーラの思考、卓の塩梅、あらゆるものが躊躇いを忘れて流れ去ってゆく、ちっぽけな感情がすぎる、この中堅戦、セーラの闘牌が、ようやく始まったのだ。

 特に動きもなく、静かなまま卓はすすみ。

 

(張った、でもマダや、何かが足りへん)

 

 ――セーラ手牌――

 一二三①②⑦⑨⑨12999(ドラ) ③(ツモ)

 

(何か、色々と来るもんがある。……今までこの感覚にしたがって、負けたことはないねんなぁ)

 

 セーラ/打⑦

 

 尭深はすべての牌をツモ切り、もはやテンパイはほぼ確定的だろう、ここまで誰もそれを切らなかったことは意外ではあるが、可笑しくはない。

 少しだけ自嘲的な笑みを浮かべながら、セーラはその時を待った。

 

 仁美/打3

 

(――ここや)

 

 新道寺から飛び出した和了り牌、それを和了れば打点は16000、十分といえるかもしれない。

 しかし、セーラはそれで和了ることを良しとしなかった。

 迷うこと無く牌を手に取る。

 そしてそれを確かめると――

 

「――カン!」 9「99」9

 

 またも、ドラをカン、これで九翻が確定する。そして、そのまま自摸った嶺上牌を、叩きつけるように――

 

 

「リーチ!」

 

 

 爆発的な、一発を仕掛けた。

 驚愕に歪む阿知賀と新道寺、もとより感情の起伏が薄いのか、白糸台は至って平静だ。

 それが、表面外にも、通用するかはともかく。

 

 そして――

 

 

「……ロン」

 

 

 それは、当たり前のように、白糸台を一閃した。

 

「……っ」

 

 思わず息が詰まったのか、白糸台は声をつまらせる。明らかに異常とすらいえるもの、それが、そこにあるのだ。

 

 

「――24300」

 

 

 江口セーラの和了宣言。

 何の一片の曇もない、確かなものが、そこにはあった。

 

 ――四位:新道寺女子。

 三年:江崎仁美。

 49800――

 

 ――三位:千里山女子。

 三年:江口セーラ。

 53100――

 

 ――二位:阿知賀女子。

 一年:新子憧。

 146600――

 

 ――一位:白糸台高校。

 二年:渋谷尭深。

 150500――

 

 

 ♪

 

 

 そして、ついに対局は副将戦へともつれ込む。

 厳しい状況にあえぐ新道寺、勝利を確信しながらも、未だ沈む千里山。

 相対するように、圧倒的な闘牌でトップ争いを繰り広げる阿知賀と白糸台。

 四者四様、そのバックボーンは様々だ。

 

 しかし、ここ――インターハイに居ることは変わらない。何よりも、最高の頂点へ、手を伸ばそうという気持ちは変わらない。

 新道寺、千里山、阿知賀、白糸台。

 それぞれの意地とプライドが、激しく火花を散らしていた――

 

「それじゃ、行ってくるわ」

 

 セーラの帰還を待つことなく、泉はゆっくりとその場から立ち上がる。隣に座る円依の姿を、そっと隅に捉えながら。

 

「――頑張って」

 

「……負けられないんや、この試合。――だから、安心しとって、必ず円依に、バトン回してみせるから」

 

 ポツリと漏れた、そんな言葉に、泉は嬉しそうに反応した。

 誰よりも隣にいる少女、誰よりも憧れ続けた少女。そして今、泉とともに戦っている、最強の大将に、泉は何の気負いもない笑顔が向けられた。

 少しだけ照れくさそうにすると、円依はそれっきり、視線を泉から話してしまうのだった――

 

 

「じゃあ、行ってきます――!」

 

 

 ♪

 

 

『前年度、あの対局はだれもが知るところでしょう! 圧倒的なまでの全中覇者に、最後まで喰らいついた二人の若武者、全国を代表する、最強クラスの高校一年生!』

 

 ゆっくりと足を対局室へと向ける泉は、その背に多くのフラッシュを浴びていた。――注目度は、中堅戦の比ではない。

 この場限りの記者団が、多く泉の元へ詰めかけていた。

 

 ――泉は、セーラや照のような絶対的注目選手では決してない。むしろ高一の称号を冠し、今後のホープとして、今は期待のみを浴びる存在だ。

 しかし、このば限りではそれも違う。

 あまりにも泉は自分が背負う注目を、浴びすぎていた。

 

 当然のものだと、思うほかないが。

 

『前年度インターミドル“第三位”、二条泉!』

 

 それが、泉が注目を集める理由。

 一人ではないのだ、この場には。

 

 ――ようやく対局室にたどり着いた泉は、そこに一人の少女がいるのに気づいた。先客だ。

 

 透き通るような桃色の髪、高校生だとは思えないほどの体つき、待ちを歩けば、十人中十人が振り返る、絶世の美少女。

 

『そして、もう一人! 彼女がここで、こうしてこの場所で、二条泉と対決するのは、ある種の運命とも言ってよいでしょう!』

 

 それを、泉はしっていた。

 

「――お久しぶり」

 

「…………お久しぶりです」

 

 若干の沈黙をもったまま、互いに口数少なく挨拶を済ませる。

 対局室の、上段と、下段。

 待ち構えるのは、白糸台の少女。

 挑むのは、千里山の少女。

 

『白糸台が誇る二大ホープ! その闘牌は、この準決勝でも炸裂するか――ッ!」

 

 ともに高校一年生。

 全国に、その名をしらしめるものだ。

 

 そう、その少女の名は。

 

 

『――前年度インターミドル“第二位”――――――――原村、和ッッ!』




ようやく執筆再開なので、次回投下がいつになるかは未定。
ちなみに、のどっちは原作では高校進学の際にも全国優勝を条件に東京行きを取りやめてもらっている、とか自分は考えてます。故にこの登場。

次回は大将戦にもよりますが、準決勝最長の一話分の文量となるはず。
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