長野の出身者として、インターミドルを戦った原村和が、東京の高校、白糸台に席をおいたのは、各種マスコミにとっては、激震が走るほどのことだった。
前年度こそ龍門渕に破れ、全国行きを逃したものの、全国でも優秀な成績を残す風越に現れたスーパールーキー、それと対比するかのように、最強の高校、白糸台にもインターミドルの勇士が姿を表した。
そのことが、風越対白糸台という構図を、より一層拡げることとなった。
しかしこの準決勝で、その因縁に待ったをかける高校があった。千里山と阿知賀である。
どちらもこの原村和とは切っても切れない因縁を持つ者同士だ。千里山には二条泉がおり、阿知賀は原村和が在籍していた中等部がある。しかも、阿知賀女子麻雀部の半数が、原村和と共に麻雀を打っているのだ。
かくして、因縁ただからぬ三校三つ巴の状況に、新道寺の元エース、白水哩を加えたのが、この副将戦。
名勝負が期待されているのだ。
「――行ってきます」
今、阿知賀女子の控え室から、副将、鷺森灼が出陣する。ちらりと目をやるその先には、神妙な面持ちで見守る仲間たちがいた。
ついに、和と対局するときが来た。
優勝という目標を前にして、阿知賀女子発足、最大の理由が、目の前に居るのだ。――結局、憧や穏乃は、この全国の舞台で和と闘うことはできないのだと、少しだけ残念に、灼は思った。
「……第二回戦のようにはいかない、今度は、私が勝ってきます」
赤い牌の支配に緩急をつけることができるようになった松実宥にしてもそうだが、一昨日の“未完成な自分”と今の自分は、随分と違う。
負けることはない、それが絶対に信じられない、灼はそんな自負を持って対局に挑む。
♪
鷺森灼、白水哩、原村和、二条泉。
四人の少女が、意識する者は様々だ。それぞれ第二回戦で当たった者どうしは意識しあうのも当然であるし、二条泉と原村和には、インターミドルで魔物相手に戦ったというつながりがある。
そして、
「――鷺森、灼さん、ですか?」
灼と、和にも。
対局室へたどり着き、最後の一人、哩を待つ三人は少しだけ暇を持て余していた。そんな中で、和が新たに話しかけてきたのだ。
「……えっと、原村和?」
「えぇ、そうです。あの……穏乃や憧、玄さんは元気にしているでしょうか」
「うん、見ての通り……穏乃が元気すぎて大変なくらい」
和とて見ているだろう、玄や憧、穏乃があれだけ活き活きと麻雀をしているのを、それでも確認したかったのだろう。
和が最後に見た穏乃はとても寂しそうな顔をしていたから。
「……そうですか」
「ありがとね? 皆のこと、気にしてくれて」
そうやって二人は軽く笑い合う。そして遠くから見えてくる、泉の不思議そうな顔に気がつくと、二人はその笑みを不敵なものに変え。
「……負けないから」
「私もです」
最後にやってきた哩の姿を見届けると、二人はゆっくり席についた。
東家、和。南家、哩。西家、泉、そしてラス親、北家は灼に決まった。
――準決勝副将戦前半、開始である。
――東一局、親和、ドラ表示牌「③」――
「リーチ!」
和/打8
開幕、十巡目にしての先制リーチ。飛び出したのは原村和、親の連荘が目的だろうか。
(――来たか、でも、なんか違和感やな)
統計によれば、たしか通常の人の平均点牌速度は十一巡が精々だっただろうか、確かに和もデジタル打ちであることに変わりはないが、どうにも少し違和感がある。
泉は考えながらも牌を自摸り……
(聴牌……やけど2000か、ダマで、安牌が来る限りは押し、聴牌を維持できるようなら聴牌する、ってことでええか)
幸い、聴牌に必要な牌は和の現物、そのまま切って聴牌と取る。
(……新道寺はオリ、阿知賀は……)
――灼捨て牌――
一九38八二
9北七⑨
(染め手気配、高いのであればオリへんはず)
次巡ツモで泉は安牌をつかむ、そのままツモ切り。
(筒子、と裏筋、恐らくリーチをかけて、自摸ればって手やろな、原村和は、せやったら……!)
局は静かに進行する。
泉の手に、誰かが振り込む気配はない。次巡も泉は安牌を掴むと、それをそのまま河へと突き出す。
新道寺は併せ打ちで凌ぐようだ。
やもすれば、安牌は切れているかもしれない。
(ウチが和了れへんのなら、新道寺か阿知賀に直撃するんだ一番ええんやろうけど……)
残念ながら、泉の手は弱くか細い、シャンポン待ちで、しかも双頭は既に河へいちまいずつ見えている。これで出るのであれば、それはかなりの幸運といえた。
しかし、そうも言っていられない。
(九索、危険牌!)
ツモがそれを拒んだのだ。ここに来て通る目の薄い危険牌。
コレをノータイムで自摸切りするデジタル人間は、こんな場所にいる資格はない。そして無理を承知で攻めるものに、この場での勝利はありえない。
(特に私は、周りの対局者全員が格上ちゅうんが厳しいなぁ、三年の元新道寺エース、負けるつもりはないけど、結果的には格上とされる全中第二位、そして――)
せめてもの救いは、九索は河に一枚しか見えていないこと、七―八索にいたっては和のリーチを除き、河に見えてすらいないこと。
(役なしやけど、自摸れればよし、せやったら――)
そして、双ポンの片翼が、灼の現物、和の筋であることか。
泉/打七
(現状、まだ諦める理由がないんやなぁ、あと一巡は聴牌を目指して牌を打てる。――そして)
鷺森灼。
円依がこの副将戦で、最も警戒していた人物。第二回戦では結果こそ残さなかったものの、円依いわく“変質”したらしい灼の様子は、泉の目線から見てもはっきりと分かるものだった。
この場でそれを知ることがないのは、恐らく原村和ただ一人、泉は円依という存在を知っているし、哩は何より経験が違う。
――だが、それは果たして、和にとって不幸なことだろうか。
現に新道寺の副将を見れば解る、和了れない事を理解して、きっちりとオリに回っている。
しかし彼女は、この場所でそんな事をしている場合ではないのだ。副将戦と、大将戦、残り少ない局数で、なんとか哩は和了らなければならない。
だというに哩は臆している。他でもない灼に、自身が感じる違和感そのものに。
――少し調べれば解ることではあるが、哩は前年度のエースとして先鋒をはっている。有り体に言えば、他校のエースと戦ったことがある。
その上で、彼女はそのエース達に喰われ、完全に惨敗しているのだ。異様な気配に関して、知らないわけがないし、恐れるのもうなずける。
それを鑑みれば、一切気にする様子もない和は呑気なものだ。全中では――泉の主観では――二人まとめて薙ぎ払われた以上、あまり人のことは言えないが、それでも今の和は、それ故に強い。
「――ツモ。4000オールです」
――和手牌――
七七①②③12345678 9(ツモ)
裏は乗らず、五翻での満貫だ。綺麗な形は、敵ながらあっぱれという他ない――通常ならば。
――和手牌――(十巡目まで、手出し「1」囲み)
「北」「白」1「東」2「5」
南六「②」「8」(リーチ)
(……何で原村は阿知賀の九索をスルーしたんや? 一通の形になったのは、多分六巡目の五索手出し)
泉の思考が、激しくうなりを立てるパソコンの如くフル稼働する。
その場合、この時点で一―二―三索と四―五―六索の順子はできていた可能性があるのだ。
つまり、阿知賀の九索を鳴いていれば聴牌、ゴミ手ではあるが、連荘を狙って、というのであれば十分に良い手だ。
それに結局自摸ったのは一筒であるものの、高めがドラで、赤五索を加えることも十分に可能だ。
(一通確定の九索を鳴かずに、そのままスルーするんは手役好きのやることや、少なくとも原村ならここで鳴いてくるはずやのに――)
いや、それはいい、と泉はそこまで考えて頭を振った。すでに一本場の牌が、卓上に出現しているのだ。ここで、手を止めるわけには行かなかった。
(まぁとりあえず……考えるのはあとにしよか)
既に、勝負は始まっているのだ。ここまで来て、迷ってなどいられない、泉は円依へこの点棒をつなぐためにも、負けてなどいられないのだ。
――東一局一本場、親和、ドラ表示牌「東」――
「――ツモ」
そんな泉の出鼻をくじくかのように、和が連続で牌をツモ、七巡目のことである。
――和手牌――
二二①①④⑤(赤)⑥789發發發 二(ツモ)
「2700オール」
出和了りの要となるであろう一筒が純カラである以上、ダマであるのは当然として、しかしコレもまたオカシイ。
四巡目の時点で、和は發を対子にしていたはずなのだ。だというのに新道寺から出た發をスルーしている。
(確かに打点は下る。セやけど原村はそういうタイプの打ち手やない、手役をこのまない超近代系デジタル雀士、そのはず……やのに)
不可解な和了り、まるで何かに急かされているかのようで、泉はなんとなく歯噛みした。
咬み合わない好敵手、悪霊にとりつかれるとでも言うような、そんな和の様子に、なんとなく自身の中の思い出が、色あせてしまったかのように、感じたのだ。
(あの時の事を、まるで過去のようにかんじるやなんて。――円依との思い出は、こんなにもハッキリ、胸のそこに、宿っているのになぁ!)
負けられない、と思った。
和にも、灼にも、哩にも、そして何より、自分にも、絶対に負けたくない。泉は、それを改めて実感する。
そして改めて――戦いに臨む自分を、意識した。
――東二局二本場、親和、ドラ表示牌「⑨」――
配牌を終え、手牌を確認した泉は、思わず浮かび上がる自身の笑みを、なんとか必至に押さえ込んだ。
――泉手牌――
七七九①①①(ドラ)69東南北北白
対子が二つに、刻子がひとつ、鳴いて対々和も良し、鳴かずに三暗刻辺りを目指すもよし、何より、このまま一直線に四暗刻を目指してもいい。
(だれがどう選んでも、結果には変化の有りそうな、対子系手牌。――安定して打てるのは、南辺りなんやろうけど――)
泉/ツモ南
(ウチは、ここを選ぶ)
――泉/打①(ドラ)
にわかに会場がざわめいた。この手牌から、ドラの面子を崩すなど馬鹿のやること、そう要られても可笑しくないことを、泉はしたのだ。
(せやけど、これで阿知賀が和了りにくくなった、もしまたツモるようなら、その時こそ面子として使わせてもらうけどな――)
泉がこの卓で、最も警戒するのは阿知賀の副将だ。誰もが強敵ではあるものの、灼は第二回戦と比べて、異様なまでに強くなった。
円依いわく、能力の変質がその原因だそうだが、泉からしてみれば困った話、こうして、まっとうではない打牌を強要される。
それでも泉は挫けることすらない、ただ自分のすべき事だけを目指して、そう、定められたその役目を全うするために。
(ウチが狙うんは二十五符四翻のチートイツ、跳満以上の手は警戒されてまうから、ダマで、阿知賀か白糸台から直撃を取る!)
泉/ツモ⑧・打6
(私の強みはなんといっても“この四人の中で一番弱い”こと。少なくとも、全中三位は格下の称号や、不名誉極まりないことやなぁ)
泉/ツモ⑦・打9
(とはいえ――今はそれが利用できる)
泉が弱いということは、他家の意識がそれだけ泉に向いていないということだ。それは泉にとって――泉の役割にとって、もっとも利用価値の在る事実である。
泉/ツモ五(赤)/打白
(ここでの和了はウチを意識させないための和了り、邪魔をされた、邪魔をした、それ以上の印象を与えないための和了り!)
――泉手牌――
五(赤)七七九⑦⑧①①(ドラ)東南南北北
泉の手牌は、なんという事のないチートイツ、
(赤が重なるんなら跳満みよか……それくらいは、ウチの特権やからな)
泉/ツモ⑦・打東
数巡の自摸切り――すべて筒子と索子だ――の後、個々に来て泉の手牌が一向聴へと変わる。五萬ツモが理想ではあるが、九萬を使ってもこの手は完成する、八筒を自摸った場合は考え無くてはならないが。
しかしそれも――
泉/ツモ九
(問題は無さそうやな)
泉/打五(赤)
たっぷり悩んだようにして、萬子落とし、これで誰がどう見ても、これで聴牌だ。
そして泉の捨て牌に、萬子は一枚、最初のドラ、一筒切りから印象づけた“萬子染め”の幻想。
泉は確信していた。
この手で、和了れないわけがない――と。
そしてそれは、まったくもってそのとおりになった。
阿知賀の不用意な筒子強打、恐らくは、聴牌。しかしそれは、泉の待ちである八筒だ。
「――ロン、6400は、7000」
驚愕に染まる、灼の表情、完全な強襲に――その表情は悔しさに歪むのだった。
続く東二局、親の哩が2000オールを和了、目にもつかせぬ電光石火は、卓に二段目の河を作らせなかった。
そして、
――鷺森灼の、進軍が始まる。
――東二局一本場、親哩、ドラ表示牌「北」――
「ツモ、3000、6000」
――灼手牌――
②③④⑤(赤)⑥⑦⑧⑨99白白白 ①(ツモ)
立直に、一発ツモをつけての跳満和了、裏が乗らないことを悔やまれる手牌だ。
それを止めるものは、誰一人としていなかった。
正確には、手を出せるものがいなかった。――それは圧倒的な気配を背負って余りある、暴圧的なまでの一打。
それは――三巡目の事だった。
(――一筒、ツモ)
だれもがそれに臆する中で、泉は下家に座る灼の顔をみやった。自身に満ちたもの、自負を背負ったもの、その顔は、あまりにも己を背負って余りある――
(強敵、か。円依の言うた通りやな、実際に戦ってみて解る、随分と変わったわこの人。原村和とは違う、ごく単純な成長で、私がそれに戸惑っとるんや)
一昨日対決した時よりも、格段に強くなったのは間違いない。一日の間に、何が起こったのか、予想もできないが阿知賀は変わった。
大きな変化は、松実宥と鷺森灼。
(松実姉の場合は赤い牌の支配に緩急、つまり操れるようになったってだけやけど、鷺森灼は、別格や)
一昨日の鷺森灼と比べても、今日この卓に付く誰にとっても、今の灼は別格だ。
解っている、誰だって。他家を同一の敵としか見なさない和とて、それは解っているだろう、ようはバカヅキする凡人と同じだ、手がつけられないなら、付けられないなりに、バカヅキ相手の対応をすればいい。
特に今回は団体戦、今でなくともいい、次でもいい、少なくとも大将以外はそれが許されるのだ。
――しかし、
――東三局、親泉、ドラ表示牌「八」――
(……配牌は上場、親の手としてはむしろ……もっと低くてもええくらいやな)
――泉手牌――
五(赤)⑤⑤(赤)⑧⑨13467東北
泉/打北
(ダブ東はそう鳴けへんから、面前でなければ考慮せん、赤二つはど真ん中やし、扱い易いな)
灼/打四
理牌を終えながら、灼の打ち出した牌へと目が行く。泉の眉が少しだけそれに反応を示した。
しかしそれは大きな変化ではなく、静かなまま卓はまわる。
「チー」 「四」五六
和/打8
和の鳴き、こちらも灼と同じような違和感が見える。
(……これは、惜しいけど)
泉/ツモ5(赤)・打東
(安牌は欲しい、けどそれやったら、索子があれば十分、なんとか筒子と萬子を抱え込んで和了りを目指す)
現状、泉は新道寺の跳満親被りがあったとはいえ、白糸台と阿知賀に大きく離された三位だ。ここで泉は当然“挽回するための”打ち方をしなくてはならない。
泉に任されているのは“点数を守る事”であるのだが、この状況でそれに固執した打ち方は、逆に不自然なのだ。
特に玄や照など、察しのいい相手には、早々に看過されることもあるだろう。残念ながら、ここで攻めない理由はない。
(ここでもし……いや、円依が褒めてくれるなら考えてもええけど、“そこ”を褒めることはないやろし、変な気はることになりそうやな)
灼/打⑥
和/打九
数巡、およそ二段目の中盤に差し掛かったあたりで、それぞれ、灼と和の手牌に変化が見られたようだ。
シャンテン数は間違い無く進んでいるだろう。
(阿知賀のは一筒待ちでもなけりゃ立直はかけへんやろうけど、原村和は間違いなく聴牌、二鳴きの状況でこの打牌……!)
対して、自分の手は一向聴、三面張に取れる可能性のある好形ではあるが、どことひっつくとも知れない。――折角自摸ってきた七筒も、無駄になることだろう。
泉/自摸八
――よりにもよって、原村和の急所を引いた。
いうまでもない、ここはオリだ。
――泉/打1
灼の現物、泉の目線から見て、ワンチャンスの牌、現物が無い以上こうするしかないが、直撃を受けるつもりはさらさら無い。
――そして、
「……っ! 立直!」
灼/打③
灼の顔が、にわかに緊張したものへと変わる。相当な大物手であることは確定、加えて
(……なるほど、さっきまでの手牌はこんなもんか)
――灼手牌――
②③③④⑤⑥⑦⑧⑨□□□□
コレ以外の状況は不明だが、恐らくは四筒待ちのメンチン、メンホンを嵌張でテンパイし、この状況なのだろう。
灼の表情を読み取る限り、跳満確定の手。そしてその後の自摸切り替え、ほぼすべて必然だろう。
(筒子限定とはいえ、メンチンポンポン和了れたら敵わないっちゅうの)
三倍満の親被りは死んでもゴメンだが、鳴ける牌で無い以上、黙って見守る他はない。
――そんな呑気な泉をよそに、卓上は思わぬ形で姿を変える。
和/打①
ほとんどノータイムの自摸切りだった。よりにもよって、和が灼の染め手に、高い方を振り込んだのだ!
(う、裏はのらんやろ……!)
焦る泉、理解のできない和の打ち筋に、平常を保っていたはずの自分自身が揺さぶられる。
そして、
「――ロン! リーチ一発、メンチン一通裏は――無し、16000!」
ほっと、重圧が逃れるように消えて行く。
泉は理解した。せざるを得なかった。――自分は思った以上に原村和を意識している。プライドのためか、意地のためか、気にするだけムダなのに。
だが、それ以外にも収穫はあった。
(ちょっと思考がオカルトやけど……鷺森灼は裏ドラも、赤五筒も乗せてこんかった。それってつまり、そういった支配は、ないっちゅうことや)
準決勝までの松実宥の牌譜――片手で数える程度の対局数しかないものの、それでも統計的に解っていることがある。
宥は赤い牌を支配することはできるが、赤ドラを支配することはできないのだ。
これは第二回戦以前――赤い牌を優先的に集める形だった頃だ――の牌譜で、一枚の赤五を引いた確率は、丁度四分の一になったのだ。
長く対局を続ければ誤差は出るだろうが、それでもその誤差は、麻雀に認められる通常通りの誤差なわけで、オカルトは絡まない。
――攻略の起点はある。
少なくともひとつ、ここにある。泉はそれを胸に抱えて、次なる対局での和了りへ向かう――
――東四局、親灼、ドラ表示牌「6」――
――はずだった。
「ロン、12000」
灼速攻の和了り、またも和からこぼれ出た一筒を掬いとっての一撃だった。
(……おかしい、少なくとも前局、あそこで原村は普通ならオリるはずや、二副露で後が無いとはいえ、確率の計算はできないはず無いのに)
少なくとも、自摸った一筒が通って自分が自摸るよりも、一筒で放銃して倍満を喰らうのでは、明らかに割に合わない。
加えて、和の二副露には、役牌が含まれていた。清一色が無い以上、打点も上げ用がない。ドラも切っている以上、軽い一発にしかならないはずだ。
(つまり、そんな計算を無視してでも原村には和了りたい理由があった)
焦りが故だろう、と泉は考える。泉も和も、灼のような感覚はない極々平凡な一般人だ。故に精神の揺らぎは、押し引きの段階で卓上に出てくる。
チカラをもつのであれば、逆に根本からそれが揺らぐことになるのだが、とかく。
――東四局一本場、親灼、ドラ表示牌「發」――
一本場が始まる。
前局は、泉の手牌がすこぶる悪かったこともあり、そうそうに流されてしまったが――今回はそうではない。
(――討てる)
考えて、牌に手を駆ける。
先ほどは筒子が固まってしまったため、自摸れる芽も薄いのに抱えなければならなかった状況から鑑みれば、これは最高の一言だ。
(絶一門、まるで筒子に嫌われてるかのように、綺麗な萬子と索子の真っ二つ。ここに字牌が入って三つ巴の手牌やな)
構わない、出来ればもう少しどちらかによって欲しい所だが……
泉/打四
ここは構わないだろう、手牌の“異常”をしらしめるに十分だ。
(――一人の手が染め手によれば、それだけ周りは絶一門に近くなる。まぁそんなん牌の偏りやけど……ただ染めるよりは、ずっとマシや!)
数巡、卓が進行し、泉の捨て牌は萬子一色。あからさまなまでにあからさまだ。そしてそれは――他家、つまりは上家である白水哩への、シグナルでもあった。
(……なるほど、索子を出せいうとるばい)
それを哩は確り理解していた。一鳴きがオタ風の北であることも、打点が低いことを知らせている。
和は死んでもださないだろうが、しかし自分は機械ではない、それに受け答えることもできる。
(のってやるとね、そやけん……少し手のひらで踊ってもらうばい!)
いくつも並んだ牌の群れ、可能性を形作る十三通りの選択肢、そしてその内一つを哩は軽く挟んで拾い上げる。
目元までそれを引き寄せ、躊躇いなく河へとなぞるように放り出した。
哩/打8
それは――ゆっくりと流れるような時間の隙間、絶え間なく流れる空間と空間の境界線。
そこに、
「チー!」 「8」79
泉の打牌が、爆発する――
一瞬にして牌は卓上を滑り行き、泉は払った右手をそのまま卓上へ叩きつける。
泉/打5
聴牌である。
「……っ」
呻く灼、焦燥故か、その視線はより一層自身の手牌へと寄っていた。
灼/打8
和/打一
哩/打8
(やっぱ阿知賀はオリへんか、新道寺にはこれで聴牌は伝わっとるはずやし、白糸台は出来れば押して欲しいところやけど……)
泉/ツモ北
(……これやったら)
「……カン!」 「北」北北北
オタ風を、加槓。ドラが乗らない限りこれが意味を成すことはない。そもそも親の手に、プラスを添えてしまうだけだ。
しかし、そうはならないことを、泉は知っている。
――新ドラ表示牌「九」。
嶺上牌はそのまま自摸切り、聴牌を維持する。
その加槓は、あまりに自身を意識させる一打であった。
(ウチの狙いは、そこや。臆せばいい――鷺森灼、あんたが見えとる、幻想の私に……!)
気取られてはならない、自身の弱さと、攻めっけの薄さを。あくまで本命は大将であるのだと、知られてはならない。
泉は敵の一人で、凋落激しい千里山の副将なのだ、それを他家に知らしめればそれでいい。
泉自身を意識させない。強者として、越えられない壁としての意識を、他者から一気に削りとる、それが泉最大の、狙いであった。
灼は、さんざん迷って牌を切り出す。危険牌の索子、そしてそれはあくまで攻めを選んだゆえの結果だろう。
泉を敵として認めた上で、越えることを前提とした一打だった。
しかし、目の前に手を掛ける一人の少女は、突然見舞った強襲に、不意を打たれることとなる。
「――ロン、5200」
それを為したのが、泉だ。泉が灼を、いぬいてみせたのだ。
そして次局。
「――ノーテン」
「テンパイ」
「……テンパイ」
「ノーテン」
和の親は泉の染め手気配――実際は単なる役牌ノミ手であったが――に灼が翻弄、結果本来なら倍満以上だったはずの手を2600のテンパイに抑えこむことに成功している。
泉自身が強いのではない、この卓の駆け引きが、自然とそんな結末を呼んでいるのだ。
続く流れ一本場、哩の親番を泉が和了り――
――南三局、親泉、ドラ表示牌「東」――
和の連続和了、灼の高火力オカルト、そして泉の連荘ストップ、ここまで三者はそれぞれの麻雀を展開している。
一度の和了りしか、満足のゆく結果を残せない哩からしてみれば、それはそれは羨ましいばかりではある。
しかし、彼女は単なる置物ではない、生で対局を眺める観客ではない。そう、対局者本人なのだ。
ここはインターハイ、三麻の全国ではない、四麻の全国なのだ。
時は熟した、哩の中に燃え上がるように闘志が湧いて浮かび出る。
(よくやるな、千里山、白糸台も強か、ばってんいっちゃん強かんは阿知賀ん二年、やけど……そこに私の入れんけんどおりはなか)
白水哩は新道寺の部長を務める優秀な雀士だ。新道寺は全国に名の知られる強豪校だ。
故に、知っている。
故に、待っていた。
この時を、己に必要な、この瞬間を。
「――ツモ」
それは、開始の合図、遅まきながら後半戦へ向け、白水哩が出陣するのだ――
「……2000、4000」
そして――
♪
『前半戦、終了ー!』
高らかな合図とともに、対局室を照らしていた明かりが、正常な電灯へと変わる。激しくぶつかり合った暗がりの火花が、光条の華へと変わる。
『阿知賀女子は圧倒的な闘牌を見せる――! ついにこの前半戦、白糸台をまくった! 三連覇を目指す王者白糸台に、ダークホースが待ったをかけました――ッ!』
灼は、ゆっくりと立ち上がると、軽い会釈をしてその場を去る。戦場の空気は、彼女にとっても重苦しい。
『白糸台のダブルルーキーが一人、原村和は大きくマイナスで一位に遅れを取る形となりました、しかし開局直後の和了りはその実力を知らしめるにたるものか……!』
和は沈み込むようにして目を伏せて、それから息を吐きだした。そうしてからだろう、入り口に待つチームメイト――宮永照の存在に気づいた。
『厳しい戦況の千里山女子と新道寺女子、しかし副将戦ではどちらもその存在感を見せつけました。後半戦での爆発はなるか――!』
哩は静かに目をつむり、大きな深呼吸を繰り返す、ここからなのだ、本番は。
そして、泉は、
(……アカン、ふりこんでもうた、守るための点棒やのに、親被りまでしてもうて……きっびしいなぁ)
疲れた表情を隠しもせず、椅子に体を持たれかけ、思考の海に没頭する。
(新道寺は、一番やっててしんどい相手、阿知賀は、一番やってて強い相手、白糸台は、一番やってて意識する相手)
対局相手は、だれもが強敵で、だれもが悪魔のように強い。
自分では追いつけないのではないかと思ってしまうくらい。
単なる高校一年が、特別ではない存在に、叶うことなど望めないかのように。――自分は、原村和のように機械になどなれないのだ。
(やけど、……負けへん)
それでも、
それをしっていてなお、泉は負けたくなどなかった。
諦めてしまえば、すべてがだめになる。
大将へ渡すという準決勝での最大の役目も、点棒を守るという、自分における最大の役目も、果たせなくなる。
(……必ず、“私の勝利”を、見つけるんや)
残された対局は、あと一回、ここを粘ってかならず勝つ、泉は改めて覚悟を決めるのだった。
若干哩の影が薄いけれども、四者四様の四ツ巴。
灼が頑張ってるように見えるけど、基本的に点数の移動が激しい副将戦です。
次回決着、ということで。