咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『鍔迫り合い』準決勝大将戦

 千里山が描いていた理想の流れ、それは照と玄の正面衝突により、点棒の行き来を制限し、竜華がそれを守ってセーラが逆転、泉がつなぐ、という流れだった。

 準決勝では円依にトップでバトンを託したかったことがひとつ、加えて竜華やセーラのプライドが、そんな展開を望んでいたのだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、想定内のしごとをしたのは怜と泉の二人であり、そのどちら者が、守ることを主眼においた役割だ。

 店を取り返すための基盤、竜華とセーラはことごとく不発に終わっている。

 

 対局を通して眺めていた控え室の浩子は、それもある意味必然なのだろうと覚悟した。結局のところ、

 

「……こうなる、か」

 

 ――三位:千里山女子。

 一年:瀬野円依。

 53400――

 

 深々と嘆息し、円依が車椅子を反転させる。丁度泉の戻ってきた場面に、円依のそれが重なった。

 

「おっつかれ、相変わらずだったね」

 

「これがウチの仕事やからね」

 

 パン、と互いの手を打って、その場を離れてゆく。円依は泉が開けっ放しにした扉へと、泉は仲間たちの元へと。

 

「……頼むわ」

 

 入口手前のところで、暗そうなセーラの声がふと響いた。するべきことができなかった、というのは堪える部分があったのだ。

 

「大丈夫ですよ、勝ってきますから」

 

「……あんま、気張ったらいかんで?」

 

 竜華の声が背後から聞こえた。円依はそれに返すこともなく、押し出されるように控え室を去っていった。

 

 

 ♪

 

 

「お疲れ様です!」

 

 終わってみれば、白糸台を抜きさって、トップで帰ってきた鷺森灼に、穏乃が勢い良く飛びついてきた。

 少しだけ照れ気味に頬をかく灼は、思いがけず晴絵と視線を合わせた。赤い顔がゆでダコに変わり、飛びついていた穏乃ごと、床へ倒れこんでしまう。慌ててそれを支えた穏乃によって、事なきを得た。

 

「お疲れ様、すごかったねー」

 

 玄と憧がそんなふたりへ近づいてくる。少し後ろには宥も居る。晴絵も同様に灼を見ていた。

 

「あ、えっと……ありがとう」

 

 第二回戦で自分が大きくマイナスになったとき、それを阿知賀のメンバーは咎めることすらなかった。

 そんな恩をこの準決勝、ようやく返すことが出来たのだ。

 

「……穏乃、勝ってきて」

 

 照れ隠しのように、視線を外しながら灼はその意識を穏乃へ、阿知賀の大将へと向ける。

 

「はい!」

 

 威勢のよい返事に、憧と玄の破顔がセットになって広がった。

 

「……シズ、ウチら白糸台に勝てるかもしれない、あの白糸台に、届くのかもしれない…………ここまで来たら、優勝しよう、アタシ達が、本当に伝説を作るんだ!」

 

「うん、白糸台の大将にも、千里山の大将にも、絶対負けない。絶対……勝ってくるから!」

 

 出口手前にたった穏乃は、軽く控え室へ振り返る。

 そこには仲間たちがいた。誰一人欠けること無く、ともに闘うことを誓い合った、友がいた。

 穏乃の心に、己ではない熱がゆっくりとその温度を上げるのを感じた。ようやく、ようやくここまで来たのだ。

 憧と、玄と、灼と、宥と、そして晴絵と――穏乃はそんな阿知賀のメンバーで、この準決勝まで勝ち上がってきたのだ。

 

「……絶対勝つ」

 

 ――一位:阿知賀女子。

 一年:高鴨穏乃。

 152500――

 

 ポツリと、もはや誰に漏らす必要のない小さな小さな音量でもって、穏乃はここに宣言する。

 最強は、己であると。

 

 

 そして、大将戦が始まる。

 

 

 穏乃が対局室へたどり着いた時、既に新道寺、白糸台の二校がそこにいた。

 

 ――白糸台、大星淡には強さがあった。絶対的な強さへの自負である。自分は全国最強の高校、白糸台の大将にして、全国で力を振るう魔物の一人なのだ、と。

 

 ――新道寺、鶴田姫子には鋭さがあった。どこまでも何かを貫き通す、故に鋭く輝かしい、そんな真っ直ぐなチカラがあった。

 

 二人は、見るからに強者だと解った。

 卓上と今穏乃が立つ出入口には、多少の段差が設けられている。二人が立つ卓上は、とても険しい坂道に思えた。

 それでも、穏乃はそれへ手を掛ける。

 

 何故ならば、高鴨穏乃には闘志があった。燃え上がるような炎のような、判然としない淡いものではあるけれど、故にそれはかき消えない。ただ愚直にも、勝ち上がろうとするものの炎だった。

 

 三人の役者が揃った。

 後は一人を待つのみだ。

 

(――瀬野、円依さん)

 

 結局、第二回戦では決着が付けられなかった。白糸台が決勝に行くのなら、戦える機会はコレが最後になるだろう。

 故に負ける訳にはいかない。優勝に賭ける意地があるものは、それだけ強いのだから。

 

 そして、円依はついに姿を現す。開始五分前、そして――

 

 

 現れた円依の姿は、初めて彼女を生で見た時とは、比較にすらならないものだった。

 

 

 そこにあるのが初め、人間であることは、穏乃にはどうしても信じがたいことだった。人とすら、形があるとすら思えない、心底ヒトを嬲っていくかのような、無貌の形を持つケモノとすら思えた。

 ヒトではないものが、人として、人であるかのように牙を奮って、それはきっと有象無象を切り裂いて塵に変えてしまうだろうもので。

 

 穏乃は、自分の焦点が合っていないのだということにその時気づいた。胸を圧迫するかのような、生まれてこの方感じたことのないような、おかしな感覚。

 まるで胸元を鋭いナイフで一突きにでもされたかのような、痛みにもにた感覚に、穏乃は思わず胸を抑えた。

 

 鼓動を感じる。

 息が荒く、熱くなる。自分の中にあるものが、あらゆるものが、根こそぎ塵とかして消えて行く。

 もはや通常ではいられない、平常では抗えない。

 

 ブレにぶれた視点が、姫子と淡の姿を捉えた。恐怖に目元を揺らす姫子の姿、自分では思いを馳せることすらできない存在に、冷や汗を垂らす淡の姿。

 どういうわけか、それは、それだけは確りと認識できるようだった。

 

 そして、その視線がゆっくりと本来の位置、円依のいた場所へと向かってゆく。ピントがぼけたレンズは、その姿を淡い幻像として捉えた。

 目の前に在る存在が、少しずつその輪郭をあらわにしていく。

 

 近づいてくる、ぼんやりと一歩ずつ、前へ進んで姿を現す。

 

 少女はすなわち、狂気を纏った。

 光とも、炎とも取れる、形を持たない瘴気を纏った、人の形をした狂人。

 その目はあまりにも狂おしく、ただ勝利のみを求めているかのようだった。

 

 

 ――ゆらりと、その顔が面を上げる。顕になる、髪がかりに隠された、炎をまとった狂気に近いその瞳が、ようやくその姿をすべてに晒す。

 

 

 狂気を纏、勝ちのみを望む瞳だ。

 それはもはや人のモノであって人ではない。あまりにも貪欲で、あまりにも強欲で、目の前にあるそれを持つものを、例えることができるのなら、

 人はきっと、このような名で呼ぶのだろう。

 

 

 ――“伝説”を作る、“英雄”であると。

 

 

 その時だった。

 穏乃の視界が、急に開けたものへと変わる。

 対局室を支配していた究極的な圧迫は、掻き消えて失くなってしまった。

 

「よろしくお願いします」

 

 気がつけば、円依はあの時と変わらない様体で、こちらに挨拶をしていた。――そう、四人の雀士がそこへ揃ったのだ。

 

 

 ♪

 

 

 親はそれぞれ東家に姫子、南家に穏乃、西家に淡、そして北家に円依という席順となった。

 

 

 ――東一局、親姫子、ドラ表示牌「2」――

 

 

 東一局、動いたのは淡であった。

 

「ロン、12000!」

 

 ――淡手牌――

 ②②⑤⑤ ②(和了り牌) 東東「東」 西「西」西 白白「白」

 

 

 字牌を絡めた淡の和了り、彼女は変幻自在を得意とする打ち手、手役に役牌が絡むことが特徴であり、またこういった役牌を多く使った混一色は、淡の代名詞といっても良い。

 

 振り込んだ穏乃は、悔しそうに点棒を明け渡し、視線を合わせる。

 淡の表情は笑みが浮かんで、この対局を純粋に楽しんでいることが見て取れた。

 

(ノドカやテルは、この副将戦すっごく頑張ってた、私がそれを終わらせなくちゃ、意味が無い!)

 

 実際、淡はそうやって笑みを深めると、好戦的で挑発的な、まっすぐのそれを穏乃へぶつけた。

 

 続く東二局、穏乃は親番で爆発、

 

「ツモ、2000オール!」

 

 他人を寄せ付けない闘牌で、一気に二連続和了。

 

「ロン、7700は、8000!」

 

 穏乃と淡、どちらも一年生の大将としてこの場に居る。実力は、平時であれば淡が上に立つだろう。

 しかし、両者はこの場限りにおいて、対等を互いに感じ取っていた。

 穏乃は大将においてこそ真の実力を発揮する。白糸台という明確な強者、自分が挑む側であるという自覚、故に穏乃は前を向く。

 

 真っ直ぐすぎるその気性は、時折視野を狭くするが。

 

「――ロン! 16600」

 

 二度の和了でトップの座を取り返した直後のことだった。新道寺のエース、姫子がここぞとばかりに爆発する。

 

「この卓は、二人ばかりのものじゃなか!」

 

 鋭く見舞ったその一撃は、穏乃を貫き撃ち落とした。

 ゆっくりと降下する阿知賀の点数、六万点へ一気に復帰した、姫子がそれを射程に収める。

 

 

 東一局では、淡が鋭い鳴きから、穏乃の直撃へとつなげた。序盤の筒子落としが、混一色への良い迷彩となったことが勝因だろう。

 

 東二局、穏乃は二度の親番で、ほとんどムダヅモなく手を作り上げ、それぞれツモ上がりと淡への直撃とした。一本場では淡の染め手気配をブラフと読み取り状況をうまく操った。逆に淡は字一色にまで手が進み、故に穏乃への警戒を怠った。

 

 続く二本場では、逆に視野の狭い状況で、トップを取ったことにより、他家への警戒が薄く気を抜いてしまった穏乃が大きく直撃を受けた。

 

 激しい攻防だった。三者がそれぞれに点を削り合い、突出する。現状半荘はまだ後半にいたってすらいないし、後半戦が残っている。

 ――ここで、チャンスを逃す訳にはいかない。

 

 共通見解だった。

 “必ず勝つ”、誰もが思う、ことだった。

 

 

 しかし、それは思わぬ形で、崩れ去ることとなる。

 

 

 ――東三局、親淡、ドラ表示牌「9」――

 

 

 淡は一人ほくそ笑んでいた。

 先ほどの字一色、あれは届かなかった。しかしこの局、この親番で、絶好の配牌が自分に回ってきたのだ。

 

 ――淡手牌――

 11(ドラ)899東東南西西北白白

 

 三巡目のことである。

 

(配牌でワンセットそろってるし! 南北もツモって来てるじゃん! 自分北ツモってリーチ一発、うんうん、良い感じ!)

 

 ――淡のチカラは、字牌に作用する。

 まず淡には中張牌よりも、字牌の方が自摸りやすいという傾向にある。白糸台に入り、およそ四百ほど半荘を打ってきたが、その中での統計では、明らかに字牌にツモが偏っていた。

 加えて、淡のツモにはある法則がある。

 

 淡がワンセットと呼ぶツモの法則だ。

 

 ワンセットとは、それぞれ東と西、南と北を差す。これらが同時に手牌へ集まると、更にそれが対子となるのだ。そしてそれらが対子になると、おまけとばかりにランダムに三元牌を対子にできる。

 これが淡の持つチカラ、役牌を使った速攻から、このような混一色混老頭、時には字牌系役満を使った超高火力麻雀など、変幻自在な打ち方が、淡を白糸台の大将にまで押し上げた強さである。

 

 今回、淡は配牌でワンセットを揃え、さらに北と南とツモってきている、このまま行けば二巡後に北と南を自摸り、淡は和了する。

 

(ふふふ、さぁ、――行くよ!)

 

 その時だった。ドクン、と何かの違和感が大きく自分の中で脈を打った。

 

(……――――ッ!)

 

 それはきっと、何かの警告だったのだろう。

 

 淡/ツモ東

 

(北か南じゃない!? これってどういう――……いや、おかしな事じゃないか)

 

 こういうことは、今までなかったわけではない。

 過去に何度か、こうしてワンセットを揃えていながら、違う牌を自摸ったことがある。その時は、そのワンセットが既に他家の手の中に三枚ずつ揃っていた。

 

 五枚目は引けない、さすがに淡も、麻雀のルールまでを改変するわけには行かなかった。

 

(北は、多分阿知賀が対子にしてるのかな? 南も似たような感じで千里山が…………千里山?)

 

 その時、初めて淡は、円依の存在に気がついた。

 ここまで円依は、この対局に関わってすらいなかった。

 何をしているのかしていないのか、わからないのだ。

 

(まぁ……いいや、とりあえずは……)

 

 淡/打8

 

 このまま悩んでいても仕方ない、対々和三暗刻程度を考えながら、字牌が暗刻になるのをまとう、南と北はその時切ればいい、危険牌にならない程度なら、抱えていても構わない。

 

 そう、考えた時だった。

 

「――ツモ」

 

 千里山、瀬野円依がついに動いた。

 

 それは――静かな河へ波紋を投げかけるものであり、それに気づくものはいなかった。

 

「2000、4000」

 

 ――円依手牌――

 九九九①①⑦⑧北北北南南南 ⑥(ツモ)

 

 その和了りは、だれも違和感を持つことはなかった。

 淡ですら、偶然だと感心した程度にとどまり、円依へ意識を向けることはしなかった。

 

 

 いや、したくなかったと、言えるかもしれない。

 

 

 円依の姿は、あまりにも狂気的であり、それはもはや、バケモノと呼んで、並び立つ、ものだったのだから。

 こうして、千里山準決勝最大のジョーカー、円依の暴威が、幕を空けたのだった。 




とりあえず更新しておきます。
次回以降は時間だけはムダにあるので頑張るつもりです。

ちなみに円依は魔王を倒す勇者のイメージ、化け物じみてるのはご愛嬌。
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