咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『少しだけ昔のこと』

 泉は一人、インターハイの会場を急いでいた。現在すべての対局が終ったためホテルへ帰還しようというところであるが、そこで丁度席を外したのである。

 理由は言うに及ばず、といったとことか。

 移動にはかなりの余裕が有るためか、その足取りも決して急ぎすぎるほどのものでもないのだが、かといって一人で意味もなく歩きまわる理由もないためか、若干早いテンポで、足は前へ進んでいた。

 

(ううん、むむむ……微妙な視線やなぁ)

 

 考えるのは益体もないことだ。もとより暇が回っているためだろうか、割りとプライドに生きる生物であるところの泉は、こういった感触は嫌いではなかった。

 

 準決勝も既に終了したからか、道行く人の数はさほどない、アレだけ盛り上がった会場も、気が付けば人の数も随分とはけているようだった。

 千里山――というよりも、ほとんど一人で勝利した円依へそれは集中していたが――にむけられたインタビューのフラッシュとマイクの群れも、気が付けばどこか遠くにかんじられる。

 現状、泉は単なる少女でしかない、千里山というネームバリュー、因縁というエンターテイメントがなければ、さほど泉に向けられる脚光は少ないものだ。

 

 泉はそれに、なんとない寂しさを感じていた。何もかもが終わってしまったようで、アレだけ激しかった闘いも、結局は幻でしかないようで、祭りの後によく似た寂寥感を、泉は感じざるを得なかった。

 

(……ん?)

 

 ぼんやりと、前へ進む足だけが先ずる泉の前に、ふと横切るように、ひとつの発見が訪れた。

 

(んんん? えっと……あれは?)

 

 別におかしな事ではなかった。驚愕に身を震わせるようなものでもないし、歓喜に打ちひしがれるようなこともない、ただ少しだけ、疑問が浮かぶ程度のことだ。

 要するに、何をしているのだろうか、と。

 そこにそれ以上の他意はない。

 

 他人以上友人未満――顔見知り程度の見知った人物を見つけて、借りてきた猫のような仕草でうろたえているのを見れば、人間誰しもそのような感情を抱くに違いない。

 ともかく、と泉は意識を切り替えて、確かめるようにそちらへ近づく。

 困っているのならば、助ける程度の時間はあるだろうと、一度携帯で時計を確認しながら――

 

 ――その少女へと、声をかけた。

 

 

「なにしてるん? 宮永!」

 

 

 大きく呼びつけるほどではない、しかしハッキリとしたよく通る声に、うろたえ続ける泉と同年齢の少女――宮永咲はビクリと体を震わせた。

 

 

 ♪

 

 

「久しぶりやね、……なんや迷うちゅうて、随分と無茶あらへんか?」

 

「えっと……アハハ、なんというかえっと……」

 

 突然の邂逅、泉も咲も互いに互いを知らない仲ではない、多少ながらも会話を交わしたことがあるのだし、泉は人並み程度にはお人好しで気のいい少女だ。

 咲はと言えば困ったようにしながらも、先程まで眼に浮かべていた涙は、完全に引っ込んでいるようだった。

 

「友達と一緒に着てたら、丁度友達に連絡が入って、その間に少しおトイレ行こうと思ったら、いつの間にかこんなところに……」

 

「具体的に? どういうルートで言ってたん?」

 

「気がついたら同じ場所を回ってて、ずっとぐるぐる一周してたんじゃないかな」

 

「途中、何か気づくことは?」

 

「あ、ありません」

 

 ずい、ずい、ずずい、と何度も泉はうろたえた様子の顔見知りへと詰め寄っていく、なんとも言えない様子でもって、なんとも言えない顔をする。

 咲はそのたびに肩をビクリと揺らして反応する。

 

「そこ」

 

 ピッと指を咲を飛び越え前に突き出し、泉はそれを指し示す。振り返る咲の視界には、遠目に何やら看板のようなものが見えていた。

 

「あそこに会場の地図があるやん、でもって現在地のすぐ側、具体的に言うと曲がってすぐにお手洗いがあるやん」

 

「あっ!」

 

「やっぱ気づいとらんかったんか……芸術やない?」

 

 感心すれば良いのだろうか、と泉は嘆息した。もはや教えることは何もない、すべてを教えた師匠の心境に、泉はたどり着いたのだった。

 

「そういえば……決勝進出おめでとうございます」

 

 それから、目的地は同じなのだから、と共に道行を歩きながら、ふと咲が思い出したように声をかける。

 

「そっちこそ、お姉さんが決勝行けておめっとさん、や」

 

「三連覇できないのは、ちょっと残念だけどね」

 

 いきなり返された言葉のボールに、咲は照れくさそうな笑みを浮かべる。泉も少しだけしみじみとした様子で、

 

「せやなー」

 

 と同意した。

 

「円依先輩、すごかったね」

 

 そのままの流れで、話題は準決勝の主役その3こと瀬野円依のことへと移っていった。ちなみに1が照で2が玄である。

 

「決勝じゃ無理ゆうとったけど、どうなんやろなぁ」

 

「アレならさすがに決勝じゃ無理だよ、絶対にね」

 

 そこだけは自信に満ちた顔で咲は言った。当たり前といえば、当たり前なのだろうが。

 

「大星さんも、調子が出てなかったみたいだけど、一度戦ってるから勝手はわかるはずだし、お姉ちゃんが何もしないとは、思えない」

 

「一度倒したからって、完全に超えたわけやないんやなぁ……」

 

「それは例えば、原村さんだって同じ事だよ、一度上回ったからって、また勝てるとは限らない。特に二条さんは原村さんと同じデジタルなわけだし」

 

 麻雀に関しては、とことん饒舌な人間だと、泉は咲を確かめるように見ていた。どこまでも勝ちに前向きな円依のような麻雀。円依がもっとも長く共に麻雀を打った相手――故に円依の影響は、それなりには受けているのだろうと、泉は思った。

 

「原村といえば、前半戦の原村はどうにも変な打ち方しとった、あれ、どういうことなんやろな」

 

「打ち方を変えてきた、でも本質は変わってないと思うよ、全中の時の強いまま……多分団体戦向きの打ち方を、自分なりに習得したんだと思う」

 

 打点を高くして、逃げ切る形で手を作るのであれば、半荘二回という短いチャンスの中では挽回がいささか難しい、和のメンタルに何がしかの変化はあったのだろうが、ああして完成させたのだから、やはり和は優秀、ということなのだろう。

 泉は自分が強くなったと思ってはいたが、こうして別の強さを手に入れる相手とは、初めて戦った。

 

「……過去の思い出が、人を少しだけ変えたんやろな」

 

 それでも根本は変わらない。実際オカルトと直接かち合った時、オカルトに対応しないという性質は、変わることはなかった。

 

「強くしたのか、弱くしたのかはともかく……かな」

 

 咲も、泉もやもしれば違った人生を歩んでいたかもしれない、そんな綱渡りの過去を生き抜いてきたのだ。

 ――正確には、幾重にも張り巡らされた綱の上で、一つの綱だけを選んで渡ってきた、ということなのだけど。

 

 それから二人はお手洗いについたところで会話をストップさせ、どちらからともなく邂逅を終了させた。

 綱渡りを続ける少女達が、境界線のまっただ中で、交差した一瞬は、終了したのだ。

 

 

 ♪

 

 

『さぁ、Bブロック準決勝、中堅戦もついに大詰め、ここまで他家に対して圧倒的な大差を気づいてきた風越女子、最後の立直に打って出ました!』

 

 画面越しに、一人の少女の凛々しい顔と、気合の入った実況が重なって態々持ってきていた私服姿の円依の中へと入り込んでくる。

 観戦のための部屋が、中堅戦にいたって満席となっていたため、現在立見席とかしている入り口モニターで、円依は制服姿の泉とともにその試合の行方を見守っていた。

 

 モニター右方にはそれぞれの点差が順位順に並べられている。上から順に風越女子、宮守女子、臨海女子、そして有珠山高校という並び順だ。

 中堅戦の開始あたりから円依はここに来ているのだが、順番は開始以前から一度も変化していない。

 しかしその点差は大きく開いており、ほぼ同点だったはずの宮守女子と風越女子の点差が、ほぼ一万点以上開いていた。

 

『おおっと、有珠山高校と宮守女子はオリを選択、親である臨海女子は苦しいながらも押していきます!』

 

 画面上に臨海女子の手が映し出される、嵌張二つの一向聴、鳴けば喰いタンでテンパイできる以上、最悪ではないものの、最高とも言いがたい。

 

『おおっと、風越女子の当たり牌を臨海女子が引いてしまった! ドラではありますが、ヤオチュー牌、これは臨海女子にとっては厳しいかー!』

 

『風越はのこり二枚のシャンポン待ち、これで実質地獄単騎……ですが』

 

 状況は臨海にとってすこぶる悪い、オーラスで、助けもなく、風越中堅の術中にはまってしまっている。

 中堅の手のひらを映していたカメラが、臨海女子中堅の顔へと切り替わる。厳しい表情だ、悩みが直でなくとも見て取れる。

 

「これ、だすん?」

 

 ふと、隣に立つ泉がそんな風に聞いてきた。自分なりの答えを、円依に問いかけようというのだろう。

 

 ――現状、ドラ――九筒は安牌に近い。八筒は切れていて最後の八筒は風越自信が切ったのだ。その上風越は既に数順前に筋の六筒を切っている。

 これにより風越の和了りは双ポン待ちか単騎待ちに限定される。生牌で在るとはいえ、絶対に攻め無くてはならない状況ならば、切ってはならない牌ではない。

 

「出さないよ、あの人が何で待ってるか、なんてなんとなく解ってるはずだしね」

 

「でも悪い待ちっていうには、ありきたりやし、こういう風越の緩急って誰かが振り込むこともあるやん」

 

 ドラ二枚オンリーのシャンポン待ち、片側は既に切れているため和了り目は薄い上、たった今引かれたところだ。

 

「普通出せないでしょ、一発の段階で生牌のドラ引いてくるとか、相手があの人でなくとも、あれは出せない」

 

「だよねー」

 

 脱力した。――と同時に、画面越しの卓上が動く。今は丁度風越が一発を和了れず、牌をそのまま卓に切ったところだ。

 その顔は、背後からのカメラであるため伺えない。

 

「まぁでも、実質的な地獄単騎、あれは本人にしかみえないけど、それ故に――ああいう手は、大概あの人は自摸って来るんだ」

 

 幾度と無くカメラは卓上の動きに合わせて切り替わる。宮守女子中間、鹿倉胡桃の顔がチラリと見きれたかと思えば、そこから飛び出す牌へと変わる。

 スライドするかのような盤面は、やがて――

 

「……来る!」

 

 二度目の風越ツモ、牌を手にして、それをなぞって確かめる。

 鋭く卓と対局者達を睨み続けていたその眼と顔つきが、絶対的な自信を勝ち得た、最強としての不敵な笑みへと変化する。

 円依はそれを理解した。

 今この場でこの瞬間、その少女はそれを高々と打ち上げるのだ。

 

 

『――ツモ!』

 

 

 一瞬にして手牌が開かれ、テンパイした形が一気に姿を現す。鋭く切り開かれた視界の先に、一息にそれが現出した。

 

『3000、6000!』

 

 瞬間――硬直。

 ありとあらゆる音が掻き消え、空気という空気が凍りついた。

 そして――絶叫。

 

『決まったァ! 風越女子、見事地獄単騎のドラを自摸って和了、跳満です! そしてこれにて中堅戦、終了ー! 長かった闘いも、ついに佳境へと向かい始めています!』

 

 すべてが終了し、画面越しの暗がりが、平常通りの明るさへと変わる。黒から白へ、光りの群れが、画面の先で戦っていた少女達を光の向こうへ連れ去ったのだ。

 人々のあこがれとも言うべきその場所で、戦っていた少女たちを――

 

『圧倒的な闘牌で、一気に二位との点差を開く風越女子、検討する宮守女子が、現状唯一の原点維持です!』

 

 そこにいたって、初めてモニターに風越女子の中堅が顔を見せる。

 それは正面から映しだされていた。。凛々しさの中に若干ながらの子供のような好奇心をにじませる少女は、まさしくたった今その場を駆け抜けて――

 

『勝利したのは風越中堅、先鋒、福路美穂子とともに風越女子を支える“2枚看板”が一人――』

 

 人々の歓声が、その少女を迎え入れる。どこまでも前を向き、どこまでも上へと向かう、その少女へ、それらは一斉に迎え入れた。

 

 

『――――上埜、久!』

 

 

 彼女こそが、風越女子を最強へと向かわせるその一人、風越女子を支える二つ合わせの切り札。

 そのひとつこそ、円依がここに――Bブロック準決勝に立つ、最大の理由だった。




決勝戦に向けてその1。
プロット的な予定を点数表にまとめて、現在決勝戦の流れも製作中! マジ楽しい。

ちなみに上埜さんフラグは円依の過去語りです。
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