咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『怜の姿』/『選択肢』

 その日の千里山病院は特別混んでいた。

 日曜の昼間であることに加えて、ここ数日の不安定な天候のせいか体調を崩したものが多かったのだろう、転々と浮かぶ姿には、マスクを付けた人々が多いと感じる。

 人の群れが行き交う中で、瀬野円依はその中に収まっていた。

 周囲は見るばかりに人の群れ、とはいえ円依の周りは人も少ない、松葉杖に体を預ける円依に、親切を半分、迷惑を排除する意思を半分程度の度合いで、周りが隙間を作っているのだ。

 

 ありがたいことだとは思うものの、その分人の流れは窮屈だ。押し出すような、押し流すような波の流れ。自分のペースを保つことも出来ずに、逆らうこと無く流されていく。

 それは何とも無味乾燥で、意味のないとも言えてしまえるもので。

 円依はそんな人の生み出す流れの中に、自分は置かれているのだと嘆息した。

 

「ダルい……」

 

 言葉が漏れる。

 人の行き交う診察の受付前で、円依は何気なしに、人の存在とはそういうものだと、感じ取るのだ。

 円依の言葉は、きっと円依だけのものではないだろう。

 

 熱に体を浮かされるもの。

 咳に喉を痛めつけられるもの。

 円依のように、特別な事情でその群れに巻き込まれているもの。

 

 人の営みの中に生まれる感情は、酷く気だるげで、酷く――意味のないものだ。

 

 

 そんな中で、一つだけ。夜空の水面に浮かび立つ、白い白い満月のような、輝きを持つ人がいた。

 一人の少女だった。

 憂いを含んだ緩慢な表情と、波の外に立ち、ぼんやりとその波をただ見つめ続けるだけの少女。憧れのような、落ち着かないような感情を隠そうとしない少女。

 

 園城寺怜、円依の二つ上の先輩、千里山女子が誇る、麻雀部の現エースであった。

 

 その姿に気づきながらも、円依は一度波に揉まれて目的地を目指す。

 向こうはこちらに気づいたのだろうか、はたまた何か自分の中で、思い至るものがあったのだろうか、ハッとしたように顔を上げた。

 それから少し、受付を済ませ、円依は待合の席に座る。

 ここから呼び出しを待ち、更に専門の荒川先生の元へ向かうのだ。

 最初からそちらへ行ってもいいのだが、今日は怜が待合室にいる。会話をはさもうとそちらへ向かった。

 

「こんにちわ」

 

 向こうが気づくのを待って声をかける。すぐ近くの円依へ向けて顔を上げ、怜はにこりと片手を上げた。

 

「おいっす」

 

 朗らかに笑う怜のとなりの、空いた席をひとつ陣取る。

 円依が座るのを見届けると怜はしなだれかかるように怜へもたれかかってくる。あまり体重を寄せないようにして、ひそひそと言葉をかわすように怜は笑んだ。

 

「なんや自分、久方ぶりやなぁ」

 

「園城寺さんと病院で会うのは……三月の休み以来でしたっけ?」

 

 もともと、怜と円依の出会いは一年も前の話だ。千里山第一中、すなわち怜の母校である学校の制服を着た少女が、平日の昼間から病院に居るのを、怜が何度か目撃したのが二人が出会った切欠だ。

 

「最近は調子ええからなぁ」

 

 今日は流石に、この天気にやられて熱を出したようだ。わざわざ体を離して遠巻きに咳を繰り返している。

 マスク越しの声は、病院内であることを加味しても弱々しかった。

 

「にしても、なんや行儀改まって、学校みたいに先輩でもええんやで?」

 

「今日はほら、私服ですし。それに病院の中では、園城寺さんはいつだって私の二つ上のお姉さんですしね」

 

 薄布のケープに、ゆったりとしたワンピース。そしてちょこんとかぶせた中折れハット、どれも淡い空色で、あまり目立たないような色彩になっている。

 体を寄りかからせると、ちょうど円依の身長は怜の頭がハットのつばに当たる程度だ。

 ほとんど変化はないといっても、若干円依の方が背が高い。

 

「お姉さん、なぁ」

 

 そんなふうに少し目線を上げて見せながら、怜はふぅん、と鼻を鳴らした。

 円依は笑んでそうだそうだと頷いてみせる。

 

「まぁええわ。ちゅうかあれやな、自分ほんとに麻雀強かったんやな」

 

「本当ですって! 一応全国に通用するっていう自信はあったんですから」

 

 長野での経験からだと、円依はいうが。

 実際長野は風越女子を排出する全国屈指の地区、加えて最近はその風越すら破った龍門渕まで存在している。一地方としてはありえないほどの戦力、魔境とすら呼ばれる場所だった。

 

「“あの”全中も長野出身やし、なんやねんあそこ、神でもかかってるんかいな……あぁ、神州やったか、納得やわ」

 

 信州は神に繋がる、ちなみに怜のそれは去年の修学旅行の事前学習の際に習ったことだ。松代大本営はそんな理由から作られていたりする。

 

「あの子もすごいですよね、今年はあの子も出ると思いますし……すごいよなぁ、全中覇者は」

 

「とんでもないバケモンやないか、あんなの死んでも相手しとうないわ」

 

「園城寺さんは個人戦でませんしあの子は先鋒でガシガシ稼ぐタイプじゃないですから、後ろの方に来ますって」

 

 それから少し、会話を交わした。

 あの子は知り合いなのか、とか、あの子が居てもあの子の中学は団体戦一回戦敗退であることだとか。

 

「まぁ……なんやな、全国には恐ろしい数の魑魅魍魎が居る、せやけどウチらは、そんな魑魅魍魎を退治せなアカンのや」

 

 毒を持って毒を、と怜は笑った。

 

「勝てますって。園城寺さんに、江口先輩……私もいますし」

 

「ハハッ! そうやなー」

 

 そうやって、二人は何度か言葉を交えた。

 そのたびに互いが笑い、楽しんだ。人の波を眺めながら、その中に、自分を少し、埋め込みながら。ただただひたすら――立ち尽くした。

 

 その時だった。円依を呼ぶアナウンスが、院内に響いた。

 

「……お、呼ばれたな」

 

「そうですね、それじゃあ私はそろそろ」

 

 言って円依は席を立つ。バランスを取りながら松葉杖にそれを預け、軽く反転して怜に向き直る。

 

「ウチはこのまま帰るから、ここでお別れやな」

 

「次に合うのは学校で、ですね」

 

「その時はいつもみたいに先輩って呼んでもええんやで」

 

「そうですね、園城寺さん」

 

 冗談めかして二人は笑う。

 円依は人の波の中に、怜はそれをぼんやり眺めて。

 

 

「――勝とうな」

 

「……はい」

 

 

 二人は、その場に立って、簡単ながら拳を交わした。

 互いの手が軽く触れる感触がして、それから二人は――そこで別れた。

 

 

 ――

 

 

『選択肢』

 

 泉は悩んでいた。

 泉は迷っていた。

 

 眼の前にある選択肢は二つに一つ。

 ――麻雀での話のことだ。手配は七対子の単騎待ち、三巡目からの一向聴を六巡目で聴牌に取り、リーチをかけようというところだ。

 

「……条件は、どっちも同じ」

 

 オタ風と自風牌のそれぞれ一枚切れ。

 待っていれば誰かが切り出す可能性もある。オタ風は西、しかしこの西を切り出したのはほかでもない西家だ。

 コレ以上の牌は恐らく他にないだろう。

 真ん中でまとうと、ヤオチュー牌でまとうと、来なければ意味が無い。でなければ意味が無い。そんな中で、この二枚は確実な正解、リーチをかけるなら、いまだ。

 

「――リーチ!」

 

 結局、数秒の逡巡を後にして、泉は牌を切り出した。切ったのは自風牌、オタ風を待ちに選んだのだ。

 そして――

 

「……テンパイ」

「ノーテンです」

「ノーテン」

「ノーテンや」

 

 ――流局。

 これがオーラスであるから、結局泉は二位、トップとの点差は4100点なので、上がれていればリー棒回収込みで文句なしのトップであったのだが。

 泉は何とも複雑な表情で、終わった後の卓を眺めていた。

 

 泉が片付けを申し出ると、他の三人は礼をしてからそうそうに立ち上がるとその場を離れていった。辺りにはマダ空きの卓がいくつかあるから、ここはこのままでいいだろう、と泉は嘆息する。

 後ろからやって来る円依に、周囲に目を配った時点で気づいたのだ。

 

「やっ! 勝ったかな?」

 

「負けたわ、自摸ればだすはずなんやけどなぁ」

 

 それは泉の捨て牌を見ていれば解る。五巡目まではヤオチュー牌の排除を行なっており、リーチも自風の北、ここから西を切るなというのは無理な話だ。

 

「あはは、三枚とも王牌だよ、この感じだと」

 

「……はぁ? ホンマに?」

 

 言いながら、残った王牌、手に取ることのできない山の中を探る。二枚は裏ドラ、一枚は嶺上牌に収まっていた。

 うわ、と泉の顔が苦笑に歪む。

 文句すらでないだろうと、円依は同じように苦笑いした。

 

「……ヘコむわ」

 

「あぁ、うん」

 

 円依は言葉を返せなかった。なにせ自風の北はあのあと、自摸ってきていたのだ、この一局に鳴きははいっていない、北でまっていれば絶対にツモ上がり出来たのだ。

 更に悪いことに、北は河で暗刻になっていた。

 

「あぁぁぁ~~~。…………ふぅ」

 

 自動卓の中に牌を押し込める円依に倣って、泉も自身の牌を手元から手放す。何度か目をつむってそれをほぐし、気合一閃。きつけを入れた。

 

「円依、半荘うとか」

 

「いいよー、面子は?」

 

「そこに余ってるで」

 

 泉が隣の卓を観察していた上級生と同級生のペアに声をかける。その間に円依は未だ卓に押し込めていない風牌を掴み取ると、勢い良くかき混ぜた。

 

「……後悔は、してないよね?」

 

 ぽつりと、そんな中で円依が泉へ問いかける。

 結果ではなく、その過程、自身の選択に後悔はないか、そんなことを泉にふと、問いかけたのだ。

 

「珍しいな、円依がそんな事聞くなんて」

 

 泉が驚いたように言葉を返す。過程を消却する円依の麻雀、そんな円依が、まさかその過程を問いかけてくるなんて。

 

「私だって他人の努力を卑下するほどクズじゃあないよ?」

 

「それもそっか、……まぁ」

 

 泉が呼んだ二人が円依の方に近づいてくる。並べられた場所ギメの牌を掴むと、泉も含めて三人がそれをオープンする。

 

「してへんよ、絶対、そういうのはせぇへんからな、私は」

 

 それぞれの場所がこれで決まった。決まった位置にそれぞれが付き、再び次の麻雀が始まる。

 一度終わるだけではまだだめだ。

 

「いくで!」

 

 泉の声が勢い良く卓に響いた。

 何度でも、何度でも牌を自摸っては切っていく。次が、その次がある限り。




基本的には4k文字から5k文字の長さを維持できるように頑張ってます。
闘牌描写が入ると前後編に分かれ+1kから2k増えます。単純計算で六倍の分量。麻雀ってすごいなぁ。

怜は千里山の部長の嫁やから、俺の嫁発言するとなんか怖い人がくるでー。
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