咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『最後の夜』

 千里山のレギュラーメンバーは、園城寺怜と清水谷竜華の二人が泊まる部屋で最後の調整を行なっていた。

 当然その目的は園城寺怜の“完成”であり、ようやく今日ここにきて、満足の行く仕上がりとなったのだ。

 合宿中に形にはしたものの、確率の計算練習、仕掛けのタイミングなど、やるべきことは多くあったのだ。

 

 決勝までに形にする、それを目標として、ようやく怜のそれを、皆が満場一致で良しとしたのだ。

 

「だぁー、また和了れへんかったぁ」

 

 拡げられた手積みの卓から離れて、セーラは大きく伸びをする。ここまで数十分ほどの前傾姿勢、体は悲鳴をあげていた。

 

「円依が入らへんと、全部怜の一人勝ち。こんなん無理やって!」

 

「去年、大将だった先輩が泣いてたのもわかりますわ、……折れますって、こんなん」

 

 同時に卓へ入っていた竜華と浩子がそれぞれに言葉を漏らす。浩子の言うところはつまり、去年白糸台で大将を務めていた、宮永照のことだった。

 

 疲れた様子で、怜が嘆息をした。ここまでの連荘は、未来視の回数も相まって怜の負担となっていたのだ。

 怜自信は、その疲労に体をゆだねて、心地よさそうにソファへもたれかかっているのだが。

 

 浩子が、照の事を例として上げたように、今の対局における園城寺怜の猛攻は、それはそれは凄まじいものだった。

 本物の強者には“わかっていても勝てない”。今の怜がそれである。

 

 それに対抗しうるのは、自分の特性を幻惑とする、相対の強者、瀬野円依のみであった。

 

 そしてその円依はと言えば、

 

「せんぱ~い。お疲れ様でっす」

 

 のんきな声とともに、テーブルとして使用できる台にペットボトルをいくつか乗せて、入り口側から、たった今現れた。

 隣には泉が居て、恐らくは自分の分であろう飲料水を勢い良く飲み下している。

 

「買い出しお疲れさん、悪いなぁ」

 

「いえいえ、コレを使えば手間かかりませんから。むしろ泉に言ってくださいよ、必要もないのについて来たんだから」

 

 言いながら、四人の上級生に、それぞれリクエストどおりのドリンクを手渡していく。狭い室内の隙間を縫って、円依の車椅子は意気揚々と闊歩した。

 そうして全員にジュースを配り終えると、楽しげに泉の元へと戻った。

 

「今日はこれくらいにしよかー、怜もつかれたやろ」

 

 竜華が笑顔でソファに埋もれる怜の元へとたどり着く。確かめるように、全員を一瞥してから怜に問いかけた。

 

「あぁ、おおきにー、でも後一回くらいならいけるで。このあと風呂入ってぐっすり眠ればバッチシや」

 

「それならもう一回いっとこか? 怜と……泉、入ってや」

 

 セーラが賑やかに泉へむいて手招きをする。泉はパタパタと、子犬か何かのように近づいていく。

 

「わかりました~」

 

「円依はどうする~? 今度は勝つで!」

 

 怜が一瞥してから問いかける。皆の様子は、思っていたより芳しくはない。何故か目をそらして、冷や汗を流すのだ。

 

「さすがに……円依と怜の二重奏はマジ勘弁」

 

 代表して、セーラがぽつりと結論を述べる。どうやったって和了れる気のしないバケモノとそれを平然と止めてくる千里山のエースを相手が潰し合いをしている中に、平然とその隙間をかいくぐって原点付近を維持する泉。凹むのは間違いなく自分である。

 

 円依と怜の対決であれば、両者が潰し合っている最中に、一矢報いることも不可能ではないのだが、泉が入るとそれもできなくなる。

 少なくとも、泉を加えた三人に、凹まされるよりは、円依と怜をぶつけあったほうがマシというものだ。

 

「……泉の安定感が、ここまで末恐ろしいと思ったことはないわ」

 

 そんな訳で、円依は一人蚊帳の外、じゃんけんに敗北した浩子も隣に座って、二人で対局の行く末を見守る。

 

「…………泉、楽しそうだなー」

 

「別に今や無ければ、いくらでも打てるとちゃう?」

 

 今は流石に精神的な疲れもあるだろうから、無理強いはできないが、もし気持ちを切り替えれば、セーラなどは逆に燃えて挑んでくることだろう。

 疲れが故の現状だ。態々誰かに負担を強いる必要もない。

 

「レギュラー以外の人が入ればいいんじゃないですか?」

 

「……あははー、ウチもう寝るわー。おっやすみー!」

 

「逃げないでください」

 

 若干の鬱憤を、コントじみた掛け合いにぶつけて、円依はそのまま一つ嘆息する。どちらにせよ、次で入れるわけではない。

 怜の体調もある。今日はこれが最後の半荘だ。

 

「……おわっちゃうなー」

 

「なんや、寂しいん? まぁわからんでもないけど。気にしてもあかんで、そういうのは一過性の病気みたいなもんやから」

 

「…………むぅ」

 

 気のない物言いに、円依は少し頬をふくらませ、恨みがましく浩子を見る。

 

「別になんや知らんけど、一番寂しいのは先輩方なんやから、円依はむしろ気丈にあるべきやなぁ」

 

「人の気も知らないでぇ……」

 

 気が立っているからだろうか、一応の上級生である浩子にも、円依は直線的に物言いを突き刺した。

 浩子は少しだけ楽しげに笑う。

 

「まぁ、ウチは別にええけど……なんやな、もう園城寺先輩の闘牌も、データ以上のものは取れへんし、別に何かおかしな事をしてるわけでもあらへん」

 

 なるようになる、と浩子は腰掛けていたベットから立ち上がり、体を伸ばす。円依はそんな浩子の言葉をつなげるようにぽつりと一つ言葉を漏らす。

 

「園城寺先輩のアレは、船久保先輩にとっては単なるデータの積み重ね、惑わすようなものは無い。……じゃあ」

 

 それから顔をあげて浩子に視線を合わせ、それが重なる一瞬を待った。

 すぐに浩子が振り向いて、そのまま胡散臭げな目付きで問いかける。

 

「なんや? 何かついとるん?」

 

「いえ、おやすみなさい、と。もう寝るんですよね」

 

「おみとおし、か。せやで、ぐっすり休ませてもらいます」

 

 二人はそうやって言葉を交わす。

 浩子はその後卓に着く四人へも声をかけて部屋の中から姿を消した。卓は静かなものであったが、怜の連続和了によって他家は縛られているかのようだ。

 今も外からは感じることのできないほどの重圧をその見に受けていることだろう。

 

 とはいえそれは幻想、まやかしであり、あくまで園城寺怜の“それ”はスタイル、もしくはフォームと呼ぶべきものなのだが。

 

「ツモ、500、1000!」

 

 止まらない。

 止められない。誰も怜に触れられない。円依が居るのなら、泉はそれを利用できるのだが、泉単体であれば、むしろ泉はセーラ達に劣る。

 ラス目を引かされているのは、どうやら泉のようだった。

 

 それでも、と円依は卓を見る。

 南場の親番、ここで何とか和了らなければ、勝利の道は途絶えたといってもよい。

 ラス親は怜、そしていまは南三局、ここで泉が怜に迫らなければ、間違いなく泉達は敗北することだろう。

 

 そして実際そのとおり、“何も”なければ、このまま対局はゲームセットということになる。

 しかし、円依はそれを信じなかった。

 泉が――泉だけではない。セーラも竜華も、怜すらも、ここでただ終わるわけでは、無いだろう。

 

 

「――ツモ、4000オール!」

 

 

 ここに来て、泉が報いた。

 なんとか手を進め、ドラだよりの満貫和了。そして――

 

 楽しげな四人の対局を眺めながら、円依は大きく伸びをする。

 疲れ故か、感情故か、その先に漏れた吐息を、円依は結論付けることができなかった――




短いですが、明日も投稿するので許してください。なんでもしますから!
というわけで後二話で決勝です。

次回は久々の二話で一話のなんとやら、です。
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