咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『それぞれの明日』

 白糸台。

 夜遅く、既に数時間の猶予を持って、夜を終えようかというその時刻にいたっても、四人の少女が対局を続けていた。

 

 

「ツモ、16400オール」

 

 

 その中の一人、宮永照が実質的な終局宣言をした。

 同卓していた三人を、同時に飛ばしての勝利である。

 

「ま、負けました」

 

 その中の一人、原村和がぽつりとそんな風に言葉を漏らす。その表情には、何もできなかったことへの悔しさや、宮永照自信への恐怖などではない。

 あまりのも圧倒的であったがゆえに、呆然としているのだ。虚無に似た表情で、対局の終わりを人事のように和は眺めていた。

 そしてそれは、たった一人のことではなかった。

 

「っく」

 

 弘世菫も。

 

「――何もできなかったぁ」

 

 大星淡も、同じ事。

 何もさせない照の闘牌に、全員が意気消沈しているところだ。

 

「まぁ、この程度」

 

 ――どうということはない、照はすました顔で用意していたドリンクをそのまま飲み干す。実際ここまで、誰も何一つ、リーチすら、鳴きの一つすら入れる暇もなかった。

 完全な照の一人舞台、照はそれを何事も無くやってのけたのだ。

 

 少なくとも、他の三人は不調ではないし、手を抜いてもいない。普段であればこの三人がかりなら、半荘を終わらせることも容易いのだが。

 今日は、そんなことなど関係ないとばかりに、照は完全なパーフェクトゲームで半荘を終わらせた。

 

 ただ、迷いが見えたのだ、照はそれを危惧して、そして半荘を行った。――もとより、そんな予定はなかったのだ。今日はミーティングを終えた後は休憩、こうして対局をすることは、イレギュラーな自体なのである。

 

「準決勝で、白糸台はとても危ないところまで追い詰められた」

 

 ぽつり、ぽつりと、よどみのない声で照が三人に告げる。こういう時の照はたいていが饒舌だ。

 今も、殆ど息継ぎもせず、矢継ぎ早に言葉を切り出す。

 

「特に淡は、白糸台が維持していた点数を、かなり持っていかれた」

 

「……えっと」

 

「攻めてるんじゃない、ただちょっと覚えていて欲しいの」

 

 言いよどむ淡を制して、照は更に言葉を続ける。他の三人は萎縮して、照を見ている。菫でさえ、この状況で何かを言い出す勇気はないようだ。

 責められている、そう、見えるのだ。

 

「相手はどれだけ強くとも、私達は何?」

 

 けれども、違うのだ。

 照は責めてなどいない。怒ってなどいない。そんなものは照の仕事ではないし、自覚のあることを、態々責め立てるほど、照も非情ではない。

 ただ、知っていて欲しいのだ。

 

「――私たちは、白糸台の麻雀部、そのレギュラーなんだよ? 全国で三連覇を成し遂げた、最強の高校、それが私達」

 

「……ッッ!」

 

 菫が、はっとしたように顔をあげる。

 それに照は微笑みかけて、そして言う。

 

「皆がどれだけ凹まされたかは、今はどうでもいい。決勝では、私も準決勝のようには行かない。“アレ”も、点の安い段階でなら、十分通用する」

 

「それって……」

 

 やっている事も、言いたいことも、あまりにも単純なことだった。

 

 黙ってついてこい。

 ――なんてことはない、最強の白糸台高校が、再びその名を受け取るべく、こうして飛翔を始めたのだ。

 

「大将戦は、きっと風越と千里山の潰しあいになる。それなら、その間をかいくぐって、漁夫の利を得ることだって可能」

 

「……ちょ、ちょっとまってよ、テル! それ、私が咲ちゃんや千里山の大将より弱いってこと!?」

 

「少なくとも、準決勝の闘牌を見て、勝てる要素は、あんまりない」

 

「冗談じゃないよ! 私はこれでもテルの跡を受け継いで、大将になったつもりなんだ、それを。 ――それをぉ!」

 

「だったら、勝ってみせればいい。完膚無きに勝てばいい。事実は私はそうしてきた。白糸台の麻雀部として、日本で一番勝ってきた」

 

 真っ向から、照と淡が睨み合う。涙を堪えるようにして、淡が照を見上げて、照が感情を感じさせない瞳でそれを見下ろす。

 そんな状況は、長く続いたようにおもえた。

 しかし、すぐにそんなものは終わってしまった。

 

「っふ」

 

「っあは」

 

 二人の表情が、とたんに崩れて笑みに変わった。なんという事もない、極々普通の少女の顔だ。

 ――淡は恐怖していたのかもしれない。得体のしれない高みというものに、

 ――淡は避けようとしてたのかもしれない。どうしよもない敵というものを。

 

 だが、もう後には引けない。

 照に勇気をもらって、啖呵まで切ったのだ。止まることなど、できるはずもない。

 

 それぞれが軽く笑みを漏らして、白糸台の夜は、明けようとしていた。

 

 

 ♪

 

 

「……ダルい」

 

 大きな白い毛布に包まって、宮守女子の先鋒、小瀬川白望はつかれたように呟いた。しかしその気怠さは、いつもと何ら変わらないように見える。

 だが――

 

「そんな事言ってないで、シロ、これ見といてよ!」

 

 そんな白望の目前に、小さな体躯が立ちふさがった。宮守の中堅こと、鹿倉胡桃である。

 そういって胡桃が持ってきたのは、幾つかの束になった書類のようだった。

 中身は三人分の情報、端的に言えば宮守女子が闘う最後の団体戦、インハイ決勝に登場する先鋒の三名である。

 

「布団が…………ダルい」

 

「言葉にするのすらダルいの!? いいから、ちゃんと確認しといてね」

 

 ただ何も考えずに対局を挑んで、勝てる相手では正直無い。宮永照は圧倒的だし、ここまで互角にしてきた風越の福路美穂子にも、もしかすれば抜け穴があるかも知れないのだ。

 

「というわけで、今日中に眼を通しておいてね! 私達だってやってるんだから、面倒臭がっちゃだめだよ!」

 

「……そうはいっても、風越はもう対応できることは全部やっちゃった感じだし、そもそも千里山も白糸台も、対策を打てるような代物じゃないし……」

 

「打ち方の癖、なんかあると思うから、シロならわかるはずだよ」

 

 期待されているのだろうか、はたまたここまであまりいいところのない、胡桃のやる気が頂点に達しているのか、少女の姿はいつもよりも活発だ。

 自分自身も、少し饒舌に下が回っている。

 

「……なんだかなぁ」

 

 とはいえやらなければいつまでも胡桃は目の前に居座るだろう、やかましく、こちらを捲し立ててくるに違いない。

 それはそれでダルいのだ、観念する他に道はなかった。

 

「やっぱり無理な気がするなぁ……なるようになるよ、多分」

 

「願望じゃん! いいから、さっさと見る見る!」

 

「んー、ダルい」

 

 いいながら、パラパラと束をめくっていく。白糸台――目下最強の敵、宮永照から始まって、現在準決勝までの二連戦でライバル意識のある風越の先鋒が続く。

 

(やっぱり、見ても変わるもんじゃないなぁ)

 

 照はとにかく聴牌が早い、止まらないわけではないのだが、止めるのは難しいだろう。特にこんな、流れや運気など全く意に介さないバケモノが相手では、何時チャンスが回ってくるかもわからない。

 とにかく自分の仕事は、如何にこの宮永照を他家とともに止めるか、これに限るだろう。

 

「……ん?」

 

 ぼんやりと決勝への展望をまとめながら、最後の一人、園城寺怜の牌譜へと意識を移したその時だった。

 パッと眺めた上で、ある違和感が白望を襲ってきたのだ。

 

「これ、なんで――」

 

「――――どしたの?」

 

 違和感によって、思考が回り始めた白望の隣に、ずいっと胡桃が割って入る。白望は急激に現実へ意識を戻しながらも、そっと胡桃に手をかざす。

 

 

「“ちょいタンマ”」

 

 

 決まり文句であるかのように、そう言うと、毛布に潜って何度か眼を瞬かせる。眠気はない、ダルくはあるが、眠気に負ける程ではない。

 胡桃もわかっているだろう、特に何かを言うことはなかった。

 

「んー、ずらす? ずらさない? いや、違うか……」

 

 ぶつぶつと、声に出して思考をまとめる。隣にいる胡桃ですら音のある吐息にしかならないほどの小さな音階は、そっと白望の口からついてでた。

 

「あー、分からないや」

 

「あらら、どうしたの?」

 

 珍しくギブアップを告げる白望に、胡桃は残念そうにしながらも問いかける。

 

「いやこの人、ちょっと打ち筋に違和感が」

 

 園城寺怜の事だ。分からない、分からないと呟きながらも、次を求める胡桃を感じて、気怠げな声を上げる。

 

「なんて言うかなぁ……本来の打ち方をムリヤリ曲げたような闘牌をしてるんだ、具体的に言えないけど、なんかそんなダルい感じの」

 

「一巡先を見るんだっけ、でも特におかしな所はないよ?」

 

「いや、そこじゃなくて、そこはいちどだけ二巡先を見てる事を除けばおかしくないよ、もっと別のこと」

 

「え? に、二巡先!?」

 

 突然出てきた単語に、思わず胡桃はのけぞって驚く。無理もない、一巡先ですら反則じみているというのに、二巡先となると、照ですら対応は難しいだろう。

 

「まぁ、決勝ではやらないんじゃないかな、これ覗いた後少しの間、一巡先が見えてなかったみたいだし、決勝だと二巡先の後に余裕なんて無いよ」

 

 放置してもいいだろう、と白望は結論づけた。

 本題は、もっと別のこと、

 

「何かあるんだよね……多分何か」

 

「でも、それってインハイチャンプの鏡で覗けるんじゃないの?」

 

「無理だと思うなぁ、照魔鏡は他人の本質を覗くけど、隠し事までは覗けない」

 

 加えて、照と怜は準決勝が初対決であり、少なくとも牌譜には、その変化は見られないのだ。

 二度、同じ事を覗くのであれば、きっとそれに警戒を払うこともないだろう。

 

「――気付いてよかったね、何か対策練ってみようか?」

 

「ん、必要ない。多分その時になって見ないと、これはわからないことだから」

 

「とはいいつつ、ホントはダルいからという理由でもう寝ようとしているシロなのであった」

 

 外に出していた腕をしまって完全な芋虫状態と化したシロは、そのまま目を閉じて睡眠の構えを取る。

 胡桃はそれを咎めることはせず、そっとシロの隣を離れて、立ち上がった。

 

「――ねぇ、シロ」

 

「…………」

 

 もう、寝てしまっただろうか、しかしそれでも構わない、胡桃にしても恥ずかしいのだ。自分が長年共にいた少女に対して、こんなことを話しかけるのは。

 

「もうすぐ、全部終わっちゃうんだね」

 

「…………――」

 

「エイスリン、向こうに帰っちゃうかな、帰っても元気でやってくのかな。私達、コレが終わったら離れ離れになっちゃうのかな」

 

 いちど切り出した胡桃の言葉は、止める関すら巻き込んで、止めどなく外へ外へと溢れだしていく。

 

「イヤだよ、寂しいよ、もっともっといっしょにいたい。もっと、思い出つくりたい!」

 

 豊音も、エイスリンも、そうやって感情を直接的に吐き出すことが得意な少女だ。悲しい時に泣き、嬉しい時に喜ぶ。それを自然と行える少女だ。

 自分はそれが苦手である。胡桃には自分なりのペースがあって、それはそんな悲しむ人達を、慰めるために、喜ぶ人達を、もっと喜ばせるために行われるものだった。

 その点塞は事情が似ている。彼女も人をまとめるタイプの少女だし、強く真っ直ぐあれる少女だ。

 だが、胡桃と違う点があるとすれば、それは彼女も、しっかり感情を疎かにしないということだ。

 

 塞は共に泣きながら、誰かの隣に立てる少女だ。支えることのできる少女だ。胡桃には、それがない。気丈にいることしか、できない。

 これがもし、白望ほど強ければ、話は別だったことだろう。

 白望は強い、自分が悲しむことよりも、誰かが悲しむことのほうがイヤ、そんな人間だ。

 だから泣かずにいられるし、誰かの為に要られる。

 そんな強さが、そんな広さが白望にはあった。

 

「私は――私はずっと、皆と一緒に、笑っていたい!」

 

 胡桃の叫びは、白望にしか明かせないものだった。

 

 白望は、返事をしようとしない。

 布団にくるまったまま、顔を出そうともしなかった。

 

 沈黙が流れる。

 胡桃も、白望も、その場にいるのに、そこにはない。

 ただ、時が過ぎることだけを、受け取っていた。

 

 

「――はぁ」

 

 

 根負けした、ということだろうか、先に口を開いたのは、眠りについたはずの白望だった。

 布団に突っ込んだ顔を、再び晒して、胡桃を見上げて声をかける。

 

「…………胡桃」

 

 胡桃は、泣いてはいなかった。

 どう評していいのかも分からない、複雑な表情を浮かべながら、そこにいる。きっと歯を食いしばっているのだ。白望の思考が、そんな結論を自分に告げた。

 

「――ダルい」

 

 それだけ白望は、胡桃にいう。

 どうでもよさそうに、至極どうでもよさそうに。

 

「…………」

 

「…………」

 

 胡桃は、返事をしようとしなかった。ただ重なった視線を、外すことなく見つめている。

 

「もう、寝よう。ダルいし、明日も早いから」

 

 白望の提案、胡桃はそれを、無言ながらも頷いて、そしてなぜか、白望の布団に潜り込む。

 

「――え?」

 

 わけがわからないというような顔を白望がして、胡桃は一言だけ、ポツリと最後に呟いた。

 

 

「超、充電」

 

 

 か細く、今にも消えてしまいそうな声を、白望は嘆息して受け止める。

 

 やがて室内に、二つの寝息が重なって響き始めるのだった――

 

 

 ♪

 

 

「……咲」

 

 道行く一人の宮永咲に、凛とした、ハッキリ通る少女の声が名前を告げた。振り返りざま、南浦数絵の顔が、すぐに視界へと入ってくる。

 

「あ、数絵さん!」

 

 ぼーっとしていた咲の顔が、嬉しそうな明るさへと変化する。そこにいる友人の元へと駆け寄った。

 

「また、迷ってましたね?」

 

 そんな友人の、咲へ向けた棘のある声が突き刺さる。ジトッとした目付きに、思わず咲はたじろいだ。

 

「えっと……ごめんなさい」

 

「さすがに、数週間宿泊している施設の道くらい覚えてください。……まさか芸風ですか?」

 

「そ、そんな訳無いじゃん! ちょっと眠かっただけだよぅ」

 

「ボーっとして、自分が何をしてるのかも解らなかったんですか。馬鹿でしょう」

 

「指摘しないでよ!」

 

 相変わらず、毒があるというか、冗談めかした直球が非情に鋭い友人に、咲は思い切り噛み付く。

 

「――明日は決勝です。……もう、決勝なんですよ」

 

「解ってるよ、だから眠れなかったんだよ」

 

「まぁ、そうでしょうけど。…………瀬野円依さんと、ようやく闘えるんですものね」

 

 若干の沈黙とともに告げられた言葉を、先は黙って首肯する。

 

「瀬野さんは、強いですね」

 

「うん、すっごく強かった。――私だって、こうやって強くなったのに、やっぱりあの人は、目の前にいた」

 

 それから、咲は天井をぼんやりと眺めて、口から漏れだすように、言葉を吐き出す。

 

「瀬野さん――先輩は、私の目標だったんです。私とお姉ちゃん、それに……えっと、救ってくれて。麻雀もすごく強くて……私達の前からいなくなっちゃった時、私じゃダメなのかな、って思って」

 

「咲……」

 

 救うだけ救って、自分は救われることもなく、円依は咲の前から姿を消した。再び咲の前に現れた時、円依は随分姿を変えていた。

 

「勝ちたいよ、先輩に。……この団体戦の舞台で、先輩に」

 

「勝てますよ、咲なら…………風越なら」

 

 二人は、共に歩く。

 先を、先にある勝利へ向けて。

 

 

 ――それぞれの夜はふけていく、その先にあるものは、はたして勝利か、それとも――――




最後の夜ほか三校の巻。
次が最後である、もう終わってしまう、そんな感情が生まれてくるのは、なんともかんとも。

活動報告の方に風越第二回戦のダイジェストをあげてみました。以外に接戦だったようです。
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