『音速超過』決勝戦先鋒Ⅰ
インターハイ、決勝戦。
最強の高校生を決める場所。
誰もが憧れ、誰もが目指す到着点。
きっとそこはどこよりも高く、どこよりも手の届かない場所にある。園城寺怜は昔、そんな事を思っていた。
(――ここに来るんも、二度目になるんかな。それとも、インハイとスプリングは別モンやろか)
今、自分はその場所にいる。
誰にはばかることもなく、千里山最強のエースとして、後ろを背負って戦う一人になっている。
(おかしな話や、全部夢とちゃうやろか、ウチも、ウチが今いるこの場所も)
見上げる先には暗い室内を照らす照明が優しい光を放っている。あれが墜ち、空が黒に変わる時、対局は始まるのだ。
いちどだけ、怜は目を細めて感覚に思いを馳せる。
少しだけ外とは違う独特な空気、それは自分を拒むほどのものではない、だが受け入れるためのものでもない。
何度もそれを確かめて、やがて目を開ける。
その時のことだった。
自分が一人であることに、怜はふと気がついたのだ。
入り口でただ立っているだけだった自分を追い抜いて、他校の三人が、既にその身を決勝卓、悠く高き頂上へと、向かっていた。
怜は、一つ息を整えて、一歩足をその中へと踏み入れる。
――遠く、扉の奥から漏れてくるように、快活なアナウンサーの実況が響いて聞こえてきた。
『さぁ、白糸台高校、先鋒は宮永照! 現在最強の高校生雀士が、再びこの決勝戦へその姿を表しました!』
見る。
宮永照は、既に卓の前へ付き、三人の到着を待っていた。最後の決着を付けるため、こうしてそこで、その姿を晒すのだ。
『続きまして、宮守女子、先鋒は小瀬川白望! 第二回戦では他校の先鋒と協力して、あの神代小蒔を封殺しました』
見る。
小瀬川白望は、気怠げながらもシャンとした姿勢でもって、卓へとその足を段差へとかけていた。視線が怜と重なって、それからすぐに元へと戻る。
『風越女子の先鋒は福路美穂子。三年生のエースとして、この先鋒に挑みます。第二回戦、準決勝と、激しい戦いを宮守女子の小瀬川と繰り広げました!』
見る。
福路美穂子は、すぐ前方にいた。その背中には、負けていられないという感情を引き出す力があるように思えた。
『そして最後は――千里山女子エース、園城寺怜! 第二回戦、準決勝と厳しい対局が続きましたが、決勝では果たしてどんな闘牌を見せるのか!』
そして。
園城寺怜は、その後を追う。
先に進む三人を、追いつき追い越し乗り越えるため。
――かくして対局の幕は開ける。
これがインターハイ決勝戦、最強を決める闘いの、最初の一戦である。
――それぞれの自家もキマリ、対局者達は席につく。
東家、園城寺怜。
南家、福路美穂子。
西家、宮永照。
北家、小瀬川白望。
『それでは、インターハイ、決勝戦、先鋒戦前半、スタートです!」
♪
――東一局、親園城寺怜、ドラ表示牌「{6}」――
序盤、先手を打ったのは風越女子の福路美穂子であった。先鋒戦、照はこの場では和了らない、この状況で和了して、他家に多少なりともアドバンテージを作る。チャンピオンとの闘牌においては、当然の策である。
――美穂子捨て牌――
{2東北
(――字牌を二つに、中張牌、張っとるのか、ブラフか)
怜は少ない情報の中から、なんとか正解を絞り出す。たしか福路美穂子は、どちらかと言えば“様子見”からの爆発を得意とする打ち手だ。
相手の手牌を見抜いているかのような闘牌も多く、何より打牌に迷いがない。
(考えるだけじゃ、多分この人には勝てんなぁ。となれば……)
この一局、怜の手は非情に悪い、二度も既に未来の行く先を変えているというのに、手牌は未だ五向聴、未来が見えない状況に限って、連続で裏目を引いているのだ。
捨て牌には、役牌の暗刻が並んでいた。
(とにかく、や。今は考えても埒が明かん、退くか、攻めるか――退くしか、ないやろ)
どうしようもない手牌に、無理を重ねる必要はない。
怜がそう考えたおり、美穂子の声が、高らかに宣言となる。
「――リーチ!」
先制リーチ。
最後を決める対局は、風越のリーチからスタートしたのだ。鋭く切りだれた打牌、怜は思わず息を呑んだ。
それから、照がノータイムで現物を処理、さらに宮守の小瀬川白望も、一瞬だけ悩んで現物を切った。
(……三萬を切ったらあたった。下の三色、自摸れば満貫の手……)
辺張待ちだ、態々三色が確定しているこの手牌で、リーチを選んだのは、照の存在が故だろう、彼女が暴れれば、単なる三色の二翻など、和了一回で吹き飛んでしまう。
ここは、何としてでも点を稼がなくてはならない。
加えてこのリーチに寄り、他家には焦りが生じる。何としてでも手を仕上げたい状況での先制リーチ、これほど神経に突き刺さることはない。
とはいえ、それは通常での話だ。
白望はほとんど迷いを見せなかったし、怜もここで和了れるとは思ってはいない。リーチをかけた状況で、当たり牌がわかったのだから上出来だ。
静かな卓だ。
恐らくこのままこの東一局は終了するだろう、他家の振込が怜にとっては望ましいが、一巡先のアドバンテージがないのなら、振り込むのは自分なのだ。
事実、故に怜は当たり牌を知り得たのだから。
「んー」
少しだけ唸りながら、白望は牌を選択している。一発ツモはならなかった。なられても困るのだが。
「じゃあ、これで」
白望/打{2}
連続での現物切り、対子落としであることを鑑みても、オリである、と見てよいだろう。
そして更に一巡が周り――
(お、今回は二巡で戻ってきたか。……とはいったものの、戻った途端にこれかいな)
怜は嘆息しながら牌を選択する。
怜/打{中}
(まぁ――ええわ、倒したる)
若干、これを白望が鳴いてくれれば、とも考えたのだが――白望は一瞬だけ牌を一瞥し、そのまま美穂子のツモを見送った。
入れ違いざま、
「ツモ! 2000、4000!」
美穂子のツモが、舞台を覆うように宣告された。
――風越控え室。
「よくやったわ! 美穂子!」
中央を陣取って、モニターに食い入っている上埜久が、軽くガッツポーズを決めながら、モニター越しの福路美穂子に声を投げかける。
興奮を隠さないその様子は、若干の緊張とも見て取れた。
『決まったぁー! チャンピオンの見守る東一局、先じたのは福路美穂子!』
『思い切りのいい打牌は、好配牌の一向聴を、うまく生かし切ったようです。無駄ヅモが無いのが美しいですね』
実況を務める福与恒子と、解説を務める小鍛治健夜が、それぞれ軽くコメントする。静かにそれを聞いていた咲が、ふと顔を上げて反応する。
「――来ます!」
それは、照のもっとも特徴的な、鏡としてのそれを告げるものだった。
――対局室。
(……来たか)
怜は、思わず声に出しそうになってしまった言葉を、なんとか飲み干して、口の中で反芻する。どうやら興奮という形で、それが顕になったようだ。
ざわり、ざわりと、何かに見られるような感触と、体中を撫で上げられるような不快感。怜はそれに耐えるかのように目をつむり、呼吸を整え前を向く。
そこには、宮永照の姿があった。
(――アンタは、また準決勝の様に、暴れるつもりなんか?)
答えはない。
あっては、ならない。怜はそんな事を考えながら、次なる思考へと没入する。
(せやけど、今日はそうは行かへん)
それはきっと誰もが思うことだろう。白望も美穂子も、自分自身も。目前に佇む最強の敵、それをこの手で討たんがために。
――幽鬼めいた陽炎のごとく、次なる山が浮かび上がった。ゆっくりと立ち上る幻影ににた感触、怜は、ゆっくりとそれに手を伸ばした。
(さぁ、始めようや! チャンピオン!)
宮永照が、目の前の山へと手を掛ける。
東二局の開始、その合図であった。
――東二局、親美穂子、ドラ表示牌「{西}」――
一息、理牌を終え、怜は手牌を見下ろした。
――怜手牌――
{四七八九⑥⑥118東南西白}
現状一巡目、ここからツモって、有効牌を引いたとしても、若干手が遅いだろうか。常人であれば、上がれるかどうかの微妙な配牌を嘆くようなところだ。
ドラ無し、ヤオ有り、中張薄し。
とはいえ、怜はそれを悔やむようなことはない。
――怜/ツモ{三}
(……さて、やってみましょうか)
目指すは未だ見えない不確かな未来。
しかし怜に宿る右目には、そっと仄かな光が宿る。淡緑色の焔にもにた幻影っが、少女のそこでゆらめき震える。
――一巡先、怜が未来へ、手をかけた。
白望は一人、自分の手牌を眺めていた。
(ダルい手牌だなぁ……)
――白望手牌――
{七九⑧⑧12568東北白中}
(字牌を整理してる間に対局が終わる。考えなくても解るなぁ)
配牌では両面対子がひとつもなかったのだから、まだマシという他にないだろう。理牌をしながら自摸るまでの間、何度嘆息が漏れたことか。
(通る、なぁ)
誰に言うものかはとかくとして、白望はそんな風に結論付けると、打牌を選択する。
白望/打{1}
それにしても、と白望は捨て牌を見渡す。
目が行くのは、怜の捨て牌だ。
――怜捨て牌――
{西南}
(……んー、普通。のはずなんだけど)
「ポン!」 {⑥横⑥⑥}
その時、件の怜が美穂子の切り出した牌を鳴いた。勢い良くそれを右方に叩きつけると、同時に晒した牌を卓に叩きつける。
小気味のいい音とともに、それが更地にさらされる。
怜/打白
(役牌、意味はある打牌なのかな?)
美穂子は改めて牌を切り、白望は自摸った南をそのまま切った。照も牌を確かめると、すぐさま自摸切りで対応した。
「チー!」 {横二一三}
滑空するように、怜の手が一気にスライドし、そして再び振り上げられる。打牌が、限りになく響き渡り、風が生まれた。
誰もがそれを、単なる鳴きだと理解した。園城寺怜が時折見せる、“意味のある鳴き”だと理解した――誤解した。
怜、唯一人が考える――いや、千里山のみが、それを知っている。園城寺怜が得た新たなチカラ、そう“宮永照とともに麻雀を打ったことのある”瀬野円依が編み出した怜だけができるオンリーワンの闘牌方法。
(見せたるわ、今からウチは風になるアンタの手から放たれる台風を、真向からかき消す――チャンピオンの天敵に――――!)
――そして、次巡。
「――ツモ! 300、500!」
――怜手牌――
{四六七八九11} {五}(ツモ) {横二一三} {⑥横⑥⑥}
怜が、和了。
それはモニター越しの観客席を、どれだけわかせたことか。――揺らめいた、淡い光を保つように、怜はゆらりとそっと浮き上がる体を、沈めた。
――白糸台控え室。
「なっ! 照以外の奴が、和了った――!?」
地を叩いて、菫が思わず立ち上がる。隣に座っていた淡も和も、驚愕したよな様子でモニターに食い入る。
反応が薄いのは、中堅、渋谷尭深唯一人、ただし彼女も、平時からして反応が薄いだけのため、見れば冷や汗を流しているのだが。
「――おかしな事じゃ、無いと思う」
それから、冷静になった淡が、すぐに画面を見ながらそうやって言う。同時に顔へ浮かんだ若干の苦渋は、果たして緊張が故に生まれたものだろうか。
続ける。
「園城寺怜は一手先が見えるから、実質一巡分河が見えてる」
つまり、それをうまく利用すれば実質的に、河までもを手牌と言い切ることもできるのだ。
「早上がり? 打ち方を変えてきたのか!?」
立ち上がったまま、淡に詰め寄るように菫が問いかける。焦った様子の菫に、淡も同様の感覚を覚えながら、答える。
「多分だけど、これ自体はかなり練習して打ってるんじゃないかな、ただ打ち方を変えるだけじゃ、変化を照に悟られてその隙を突かれる、準決勝の菫みたいには行かないよ」
淡が言うのは、安い手を刻むことで、菫のシュートを交わすという方法を取った、新道寺次鋒の少女のことだ。
ほとんど菫と宥の対決、さらに後半戦から乱入してきた竜華の闘牌の影に隠れる形ではあったが、彼女は結局プラス収支で対局を終えていた。
「これは違う、ということか……」
呻くような菫の声が、白糸台の控え室に響き渡った。
モニター越しには、次なる対局が――始まろうとしている。
――千里山控え室。
「――千里山の秘密兵器、園城寺怜が最後の切り札、超速攻和了、名付けて“音速超過”。なーんて」
鋭い怜の打牌が、警戒な音を伴って千里山の控え室に伝えられる。――今は照の親番だ。本来であれば、他校はこの絶望的な状況に、頭を悩ませなくてはならないのである。
「うまくキマリましたね」
泉が、ぼんやりと呟いたセーラに、投げかけるように口を開いた。
「あれはチャンピオンでなくとも止めるのが難しいんやな、あの手牌から怜が和了るのは、なんちゅうか流れが来てる、としか言えへんけど」
竜華がそれを頷くと、ドヤ顔で佇むセーラの代わりに答えた。浩子が総括するように、一拍してそれに続く。
「円依の案で先月からずっと練習してきましたけど、なんとか形になりましたね。ヒヤヒヤしましたわ」
「まぁ、せやろなぁ」
セーラの肯定とともに、画面上の怜が動く。
『チー!』 {横赤五三四}
ドラ含みの両面チー、これで聴牌である。
高め三色の喰いタン二翻、三翻は、さて厳しいだろうか。
「園城寺先輩の鳴きは本来別の意味を持ちますからね、通常であればこの鳴きは“ずらした”ための鳴きなんでしょう。故に、わからなくなる。本当にずらしているのか、ずらしてないのか。――前局、あの六筒鳴きは、宮永先輩のつかむ牌を“ずらす”意味も当然あった」
まとめる様に、円依が言うと、その顔が喜色に浮かぶ、その意味は画面の向こう、園城寺怜の元にあった。
――対局室。
(なぁ、宮永照。今、アンタの視界からウチらはどう移っとる? 強敵に見えるか? 単なる壁に見えるか? わからへんなぁ、ウチには絶対解らへん)
この場に居る、すべての者が、美穂子が、白望が、そして怜が。
宮永照に、挑んでいる。
だが、少しだけ違う。
眼の前に居るのは、強敵宮永照であって、頂点、宮永照では決して無い。
「――ツモ、500、1000!」
(――さぁ、今ここにいるのは挑戦者だった準決勝の私やない。千里山のエース、園城寺怜や!)
咆哮にも似た怜の強い叫びでもって、ゆっくりと、その卓は、震え出す。闘いに打ち震える歓喜でもって――
園城寺怜爆進。というわけで怜の秘策でした。
まずは先鋒戦、全話このくらいの流さで、七話程度で終了予定。
・現在成績(東三局終了まで)
一位風越107000
二位千里山:99100
三位宮守:97200
四位白糸台:96700