――東四局、親白望、ドラ表示牌「{七}」――
荒れた海原を、宮永照はイメージしていた。完全な想定の外、照魔鏡に映らない場所から、急激にその少女は浮上したのだ。
一かきで海を割、暴力に近い絶対的な力の現象が、照の目前へと現れた。
それは照自身が読み取った、園城寺怜という外殻に隠れた本質だった。
(鏡は“東一局にしか使えない。”それは鏡が私の舞台に不要なものだから。そして和了られるということは、それだけ私の舞台が狭まることを意味している――)
連続和了は、こうして物理的に防がれ、“それ以外”のチカラも、その土台は和了ることによって、他家を“和了らせない”強さなのだ。
他家が和了れず、自分だけが和了り続ければ、必ず自分は勝つことができる。麻雀のある種基本とも言うべきこと、それこそが照の強さなのだ。
ただ単純に、ただひたすらに、突き抜けて強い。その集約こそが宮永照が強くある証なのだ。
(超高速による連続和了、普通に打つのであれば打点を犠牲にしなくちゃいけない。それに手牌もわからない以上、こうやって狙うのは、本来であれば難しい)
照魔鏡を介さずに見た場合、怜の超速攻は、脆い舞台のように思えてならない。しかし違うのだ。
そう簡単には行かない。
「――ポン!」 {8横88}
怜が再び鳴いて手を進める。一つずれた手が、照の元へ舞い込んだ。
(これ、コレが厄介。千里山の人は私のツモを確定させた上で鳴いてくる。自摸切りであれば、私の牌が見えてしまう。少しだけ、透けちゃう)
それを照は自摸切り、嵌張が辺張に変化するような形であったが、当然スルーした。
(まるで、私を倒すための打ち方。実際そうなんだろうな。――私を、知ってる人が千里山には居るんだから)
思うは、一人の少女。
照が中学時代、最初に実力を認めた少女。
(勝負だ――円依)
照の手が、軽快に卓上を踊る。
自摸った牌を、流れるように一目すると――
照/打{9}
勢い良く奮われた手、しなやかな猫のような動きは、折り目正しい照らしい――しかし力のこもった打牌だった。
ふと、照はそれに気がつく。――打牌によって生まれたチカラの反動、それに手が、少しだけ震えていることを。
(――面白い。あぁ、実に面白いよ、共に卓へ付くことが楽しくてたまらない! なぁ円依――いや、千里山――――)
切り出す。手出しの、ヤオチュー牌。そして――
(うぅん)
相変わらずだと、白望は悩ましげに手を眺める。二向聴でスタートしたのはいいものの、ここまで配牌から一歩も前へは進んでいない。
気がつけば、既に一段目が切り返されようかというところだった。
(……ダルい)
いちどだけ白望は体を背もたれに預ける。天井を眺めてから、一息だけ呼吸を整えて、それから再び元へと戻った。
前かがみの姿勢から、先程よりも詳細に卓の様子が目線に入り込んできた。
気になるのは、怜の捨て牌と、照の鳴き。
(――五索、かぁ)
鳴いて手牌から押し出された三枚の牌が、白望にはとても意味のあるものに思えた。これを放置するべきではない、そんな意識が自分の中から沸き上がってくるのを感じる。
――まるでそれは、暗がりに照らされた月光の閃きのようだった。
白望/ツモ{⑦}
必要のない牌、当たるような牌でも無いだろう、白望はそれを掴んだまま無造作に、放り出そうとして、それをそっと手牌へ引き寄せる。
(悩むのは、ダルい)
選択肢は、一つだけ、自身の居場所、そしてツモ、この状況での最適解。
(――でも、後悔するのは、もっとダルい)
白望/打{⑥}
「――ッ! チー!」 {横⑥赤⑤⑦}
怜が動いた。
白望はそれを眺めて、続けて思う。
(やっぱり、そこだよなぁ…………)
卓上が、一気に旋回するように風向きを変える。白望の手から、チカラが急激なカーブを持って怜の鳴きへと引き寄せられていく。
急激な爆音に、白望は思わず眼を閉じた。
(――さて)
勢い良く、次のツモを引き寄せる。移り変わった流れの先を、確かめるように手牌へと上乗せさせる。
白望/ツモ{赤⑤}
(来た、かぁ)
迷わずに、白望は照の現物を選択する。
そっと音がそれに重なって、奏でられたメロディーが、そよ風のように他者の頬を手を撫で付けていった。
直後、五萬を鳴いて晒した照が、手を進める。
(悪いけど、ここはそれで我慢してもらうよ、――チャンピオン)
「――ツモ」
白望の視線が、照のものと交錯する。
見えているのか、はたまた知っているのか、照はこちらを一瞥したまま、つかんだ牌を手元で晒す。
――照手牌――
{⑤⑤⑥⑦⑧88} {8}(ツモ) {横五五赤五}(赤) {横555}
「500、1000」
怜の速度は、ここに来て追いつくことはなく、照がついに、一つを始めた。
対面、怜から感じる手役の気配に向けられていた意識を、照は少しだけ切り替える。浅く長い呼吸とともに、感情を再び引き締めた。
視線は相変わらず白望の元へと向かっている。
(あそこで、宮守の人は“迷った”。手牌やツモに対応する類のチカラ……むしろ対策する側のチカラに、滅法確殺の手段は無い、か)
けれども、やりようはある。ようは選択肢の問題なのだ。昔はやった三すくみのゲームに似ている。勝てる手と負ける手が、同時に在って、それがうまく組み合わされれば、勝利も決して不可能ではない。
(……負けない)
怜と、白望。現状この舞台に上がってきたのは、この二人。ならば、ここは和了らなくてはならないだろう、何としても、宮永照として、もっとも強く、前向きで有りたい。
浮かび上がる牌の山。
照の闘牌が、ふたたび始まる。
――南一局、親怜、ドラ表示牌「{9}」――
『さぁー! チャンピオンの和了が決まったァ! 圧倒するかに見えた園城寺怜、一歩及ばず! 先鋒戦前半は既に南一局へと入りました!』
宮守女子の控え室。
四人の少女と、一人の女性が、自身の最後を決める対局、その最初を見守っていた。
「シロ、うまくかわしたねー」
「あそこで鳴かせてなかったら、満貫クラス、点数が四分の一にまでなった!」
豊音がうれしそうに手をたたき、胡桃が同意して声を跳ねさせた。
「やっぱり、シロはちゃんと宮永照と戦えてるね」
宮守を携える、名将、熊倉トシが軽く顔を綻ばせる。安堵に近いその表情で、続けた。
「園城寺怜はこの対局のキーだね。まさかあそこまで打ち方を変えてくるのは予想外だったけど、お陰でこっちがのびのび闘える」
画面越しの白望が早々に聴牌。四巡目、一切の無駄ヅモすらなかった。
――白望手牌――
{三四赤五③④⑤3457888}
『ここで宮守女子、小瀬川白望! 三色満貫の手を聴牌! 高めを自摸れば跳満となります!』
『今回は聴牌速度が早いですね、こういった時は大抵宮永選手が追いついて、先に和了ってくるのですが……』
続く宮永照のツモ、ここで聴牌だ。しかし待ちは嵌張の八索、白望が三枚抑えて、実質的な地獄単騎、和了れる目はとことん薄い。
『ここで両面の方を引いてくるのは宮永選手らしくないですね。普段であれば最後の嵌張をきっちり引いてくるのですが……』
「園城寺さんがうまくずらしてるねー」
「本人は和了りだけを目指してるのかどうかしらないけど、かなりありがたいのは事実だね」
豊音が楽しそうにいいながら、備え付けのソファーにどっかりと座り込む。塞がそれに反応して、かるく視線を見合わせた。
それを見たエイスリンが、風をなぎ払う速さで、切っ先のごとくペンを振るった。途端に現れた絵が、それぞれの目に晒される。
何やら竜巻のようだった。
「え? 何? 台風の目ってやつ?」
覗きこんだ胡桃が問いかけると、エイスリンは頷いて「ソンナノ!」と答えた。言っている最中にも、対局は動いている。
『チー!』 {横七八九}
「今度は、チャンタかな?」
「いや、一通の方が早い気もするよ」
豊音の言葉に、塞が軽く反応する。手牌は画面の映りのためか見えてこないものの、五萬を払っていることから、どうやらチャンタ系のようだ。
「とにかく、これでまた流れが変わった。本来元に戻るはずだった宮永のツモが、今度は白望に流れるよ」
トシの言葉が、舞台を引き戻すように宮守の面々へと投げかけられる。今木にすべきは聴牌の様子がわからない怜と、手が進んでいない美穂子ではない、既にはっている白望と照の問題だ。
照/自摸切り{6}
「――ここだね」
緊張を一気に引き絞るような、トシの声が、モニターの状況によってさらなる状況を呼ぶ。
この対局、最初のターニングポイント、白望のツモが、顕になった。
――白望/ツモ{8}
――風越控え室。
「カンだ!」
高らかに、立ち上がって咲が叫ぶ。いつもより異常に高いテンションは、恐らく緊張故だろう。
「いや、しないでしょ」
代表するように、向い合って座っていた華菜が、ないない、と手を振って否定する。
白望/打{7}
「えー……」
不満混じりに咲が嘆息する。本人的には、あそこでカンをすれば和了っていたのだろう。
「咲じゃないんですから、無理に決まってるでしょう、咲じゃないんですから」
「二度も言わないでよ!」
言いながら、珍しい咲だ、と数絵は感じた。言うまでもなく咲は割りと人見知りの激しいタイプで、普段は文学少女なぞをしているのだ。
ここまで彼女がたとえ緊張だとしても、感情を高ぶらせるのは、やはりそれなりの理由があるのだ、なんとなくそう考えていた。
「……それにしても、キャプテン大丈夫でしょうか」
「あら、最初に満貫和了って、今ウチはトップなのよ? 気負う必要はないと思うわ」
それとは真逆に、若干沈み気味の華菜を、久が何でもない様子でそれをなだめる。軽く紅茶を嗜む姿がまるで一枚の絵画であるようだと、外から見る数絵は思った。
「それに、風越のエースは美穂子よ? 咲でも私でもなく――まぁ、咲は大将の方が強いから、エースから外れてるだけなんだけどさ」
この五人の中で、一番強いのはと問われれば、誰がとっても咲と答えることだろう。事実風越で個人戦にて全国に進んだのは、宮永咲唯一人なのだから。
「それでも美穂子は私より強い、その意味、もう少ししっかり確かめてもいいはずよ」
「あ、……はいっ!」
他でもない、福路美穂子は、今舞台の中央に立っている、一人の少女と同じタイプだ、見極め、悩んで選びとる。誰よりも水平線の上にいて、だれよりもまっすぐ立っている。
「さて、今は宮守と咲のお姉さんの闘牌よ――ここで、大きく動くはずなんだから」
久の言葉は、当然でもって受け入れられた。そして、更に場面は動く。
――対局室。
(――八筒が、だいぶ薄くなったかな)
照/ツモ{7}
(待ちを変えろと言う意味だろうか。私自身、ここはそれが正解だと読んでいる)
――白望捨て牌――
{白5三④南北}
{17}
(タンヤオがついて打点が上がる。そして手出し三枚からの自摸切り三枚、そして手出しの七索――私はそれらの情報の中から、選択する)
照/打{9}
(勝負、私の読みと、貴方の読み、どちらが先をゆくか――)
そして、白望は自摸った白を自摸切り。怜が九筒を手出し、照は怜の手出しを見ながらも、自摸った牌を確かめるだけで河に投げる。
照/自摸切り{4}
そして――
「……!」
白望の眉が、若干動いた。ぴくりと鎌首上げるようにして、そしてしばらく目を瞑ると、一息、白望は手出しで牌を切る。
白望/打{8}
(――そこで、八索。槓材になっていたのか……!? だとすれば狙いは――!)
選択肢として、嵌張を維持することは、十分考えられることだった。しかし照は双ポンへの変化を取った。
どうしようもないことだったのだ。麻雀の牌は十三、聴牌を維持し仕留めるために、取れる手は限られる。
端的に言ってしまえば、同時に出来る対策は限られているのだ。
さしずめそれは盤上の駒を駆るように、限られた選択肢を選びとり、他家にチェックメイトをつきつけるのだ。
そして――
「チー!」 {横879}
怜が動いた。
白望の打牌に反応し、爆発的な気配を噴出させる。これで一翻の役が完成、さらに濃厚なチャンタ系気配で、二翻が濃厚、ドラが絡めば満貫も有り得るだろう。
――そしてそれは、この場における勝者と変わる。
麻雀は運の要素が強いゲームだ。しかしそこに至るまでの選択肢は、人間という要素が絡まなければ成立しない。
思考という要素がなければ麻雀は完成しないのだ。
故に、この状況での“読み”を制したものは、引き合いにおいても優位な立場を気付くことができる。
――照/自摸切り{2}
無理からぬことなのだ。
照は絶対的な引き運を持つ、しかし同じ状況でテンパイすれば、後は読み合いの範疇だ、以下に手を引ききるか、この“タイミング”は、まさしくその集約だ。
どれだけ膨大な読みができても、どれだけ正確に他者を知ることができても、麻雀という卓の中では、取れる手は必然的に一つに絞られる。
そしてその絞った一つの選択が、間違えてしまえば、どうなるか。
そう、
「ツモ――2000、4000」
このように、他家の和了りを、許す他にないのだ。
白望と照、両者の視線が交錯しあう。
対局の激化が、容易に感じ取れるものだ。――そして二つは弾け合うようにぶつかり合って、それぞれの元へと沈んでいくのだった。
照はこの半荘中、予想外の出来事に煽られて調子が出てこない形。
まぁそれでも相性の悪い超速攻の怜がいる状況、しかし次回はてるてるのターン。
・現在成績(南一局まで)
一位風越:104500
二位宮守:104200
三位白糸台:96700
四位千里山:94600