咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『竜巻』決勝先鋒戦Ⅲ

「ロン、タンヤオドラドラで、3900」

 

 流れるような手つきでもって、怜が己の手牌を晒した。二つの鳴きによって晒されていた、少女の手元が優雅に踊った。

 直撃、である。

 三巡目のことだった。

 

(前局、まさか白糸台を抑えて、宮守のに和了られるとは思ってへんかったわ。ウチが色々引っ掻き回しとるとはいえ、さすがは決勝に挑む各校のエースポジションや)

 

 誰も彼も、右に出るものを探すのも馬鹿らしいほどの強敵だ。この“頂点”のみが集まるような場でなくとも、きっと自分は苦戦を強いられることだろう。

 やもすれば、一巡先の改変にともなう一時的な能力の喪失を、突かれることもあるかも知れない。

 

(せやけど、負けへん。ウチかて、千里山でエースやっとるんや、セーラや円依、竜華や泉を――押しのけて)

 

 そんな自分の武器が、この速攻と、一巡先だ。

 一巡先は強豪千里山においての、三軍レベルの実力しか持たなかった怜を、一躍エースにまで導いて、速攻はトップ率、二位率がぐんと上昇した。――それでも円依のトップ率には及ばないのだが。

 さて――

 

(どれだけ手牌を読もうが、読むまいが、これだけ早けりゃ、価値ないやろ――!)

 

 ――再び、始めよう。

 園城寺怜の、闘牌を。

 

 

 福路美穂子は軽く安堵するように息を吐きだす。振り込んでしまったものの、このタイミングで助かった。

 他家の手に言い様もない大物手の存在を感じ取った美穂子は、早々に手を作る最中、不注意気味に怜へ振り込んだのだ。

 

(ある程度、想定していたウチで収まって非情に結構だわ、なんとかここまでこれた、というのが正しいかしら。……トップから転落してしまったのは、上埜さんに怒られてしまいそうね)

 

 無二の親友は、果たして自分を罵るだろうか、それとも慰めるだろうか。――結局、そんな想像は、今は必要のないことだ。

 そうだ、必要ない。

 

(むしろ、現状はまだこちらに有利、プラス数万点で南場折り返せば御の字であるはずの宮永さんに、ここまで健闘している、それはむしろ誇るべきことなのよ――ね)

 

 だが、それでは終わらない。

 美穂子が一人の高校生雀士である限り、終われるはずがないのだ。相手は最強と謳われるチャンピオン、自分が立つこの舞台で、もっとも強い存在。

 

(“私が”勝つの、宮永さんに――白糸台に!)

 

 目指すべき敵は誰もが同じ。

 宮永照、二度目の親番だ。

 

(――ここを終えて、後半戦へ持っていく!)

 

 心中に響き渡る程の思考が、美穂子の感覚を更に鋭い物へと変えていった――

 

 

 ――南三局、親照、ドラ表示牌「{二}」――

 

 

「――ロン、2400」

 

 ――――一つ。

 

 しかし、そんな美穂子の思考も虚しく、次局、再び陥った白望と照の読み合いは、怜の手が悪かったため、乱入者もなく、照の勝利で終わった。

 宮永照は、決して御しやすい相手ではない。怜というイレギュラーが居て、自分たちの読みがうまくはまって、初めてツモ和了りが期待できる程度。

 その牙城は、硬い。

 そして――一本場。ドラ表示牌は「{4}」

 

(配牌は決して悪くない。むしろここまで何もしていなかった以上、ここで私は動かなくてはならない)

 

 怜から直撃を受けたことによって、美穂子はトップから陥落している。

 

(前局が二十五符二翻、次の手は、順当に行けば三翻、最低でも三十符二翻以上。ここで、振り込む訳にはいかない)

 

 ――そして、ついにその目が開く。ここまでただ読み取ることに専念していた思考が、集中という枷を外して、一気に膨大な情報を処理し始めた。

 

 ――美穂子手牌――

 {九九②④⑤145789東北}

 

(私の手牌は縦に伸ばせば一通に近い三向聴、通常であれば好配牌、流れがあるのなら確実に和了れる手)

 

 とはいえ、これでは速度が足りないだろうか。

 宮永照は既に打牌も理牌も終えている。第一打の後、今は一瞬の中だるみだ。

 

 美穂子/ツモ{6}・打{北}

 

 ほぼノータイムで牌を切り出すと、他家も動きを見せず、すぐさま次の照が動いた。

 

 更に一巡まわる。

 美穂子の視界から大量の情報が流れこんでくる。

 

(宮永さんは手出しの八筒、小瀬川さんは東を切った。園城寺さんがそれを鳴いて中を切った――)

 

 それら全てには、あらゆる情報が詰め込まれている。たった一巡で、美穂子はその中の半分ほども、見透かして見せるのだ。

 

(一巡見なくちゃならないのは、宮永さんには少し不利ね、園城寺さんも動くみたいだし、ツモがずれて両面が順子になった。流れの話になるけど、恐らく園城寺さんは筒子に手が寄っている)

 

 鳴きによって流れが変わる、というのは、考えてみればある意味当然のことだ。ツモ自体が変わってしまうのだから、“流れ”は当然、それに合わせて変化していることになる。

 そういう意味では、怜の鳴きは不思議な鳴きだ。流れを変え、ツモを変え、しかし当人は、その流れの結果を、多少ながら知っている。

 

(――とかく、対子の東と同時に端の中を晒して打牌。字牌はすべて切れている。理牌で小細工をするタイプでは、無い。私が振り込んだ場合の様子からも、それが解る……)

 

 宮永照は、右端から二番目の、やオチュー牌、九索に手をかけた。

 最後の端にある字牌は、恐らく安牌、オタ風の……恐らくは字牌を鳴かない美穂子の役牌、北だ。そしてその北は、美穂子自身が切っているため、完全な安牌とかしている。

 さもなくば役牌と言う話になるが、対子になっていない以上、脅威ではない。

 

(自摸った牌は右側に。萬子かしら。そして小瀬川さんは――)

 

 ――白望捨て牌――

 {⑥⑨1}

 

(七―八筒のラインが完全に死んでいる。加えて三巡目の一索は中央から出てきた手出し。字牌が数枚重なって、恐らく対子になっているはず。具体的には、今まで卓上に出ていないもの)

 

 南と西、そして白發の合計4つ。照の支配下で、まさか高い手を目指すわけでもないだろう、先鋒戦で行うべきは、流すこと。

 その上で、この三人は最上の面子であるはずなのだ。

 

(混一色――狙うには、少し遠いかしらね)

 

 白望の手に、一応の結論を付ける。無論それが正しいという保証はない、しかしこちらからうかが知ることができないのならば、すべて“恐らく”で片付ける他にないのだ。

 

(私のすべきことは、チャンピオンの下家である小瀬川さんの支援をしつつ、小瀬川さんの満貫手でチャンピオンを牽制、その間に私か園城寺さんが軽い手で和了る。――とは言え、私の手は面前が確定しているけど、ね)

 

 理想は、だれにも高い手を作らせないこと。前局と南一局のように、だれかが宮永照との読み合いをしている間に、安い手を和了ってしまうことなのだ。

 既に東一局の満貫和了で前に進んでいる以上、それ以外の高望みは必要ない。

 とはいえそれも、決勝だからこそできるのだと美穂子は考えていた。

 

 美穂子/ツモ{北}

 

 これまで自分が戦ってきた白望も、ほぼ振り込まないチカラを持つ園城寺怜も、とにかく“堅い”。宮永照と闘う上で必要なのは、稼がせないこと。

 その最高条件が、いまこの場所にはある。

 

(――安牌)

 

 和了らせない、とにかく安手で流して次鋒へつなぐ。エースがどうとか、いちいち考える必要はまったうない。少なくとも、この決勝卓に勝ち進んでる高校は、先鋒のエースが稼がなかったところで、いくらでも挽回が可能なのだ。

 

 美穂子/打{②}

 

 事実園城寺怜は、この決勝という場において、いきなり打ち方を変えてきた。すべては宮永照に打ち勝つために。そして今、宮永照は、こうしてトップを取れずに居る。

 

(行ける――のかもしれない。私達のだれかが、宮永照を、抑えることが。――――だったら、私のすべきことはただひとつ)

 

 続くツモ、南を自摸切り、白望が鳴いて手を進め照のツモを蹴る。続く園城寺怜が手出しで勢い良く牌を叩きつけた。

 聴牌だろう、理牌による判断が正しければ、既に手は完成している。何より園城寺怜は、テンパイ時若干ながら打牌に勢いをつける習性があった。

 癖のようなものだろう、当然誤差の範疇であるから、そうでない場合も多々あるが、手牌の進み具合から鑑みて、聴牌の可能性は非情に高いだろう。ということは、考慮に値する事実であった。

 

 美穂子はそんな白望と、怜の姿を見て思う。――眩しい、と。

 だからこそ、美穂子は決意する。左右色の違う己の瞳を、どこまでも鋭く輝かせながら。

 

 

(――その“だれか”を、私に――風越女子に、すること!)

 

 

 ――美穂子/ツモ{2}

 

 空気の変質を、その時感じた。

 

 ――千里山控え室。

 

「風越の先鋒が聴牌、やな」

 

 静まり返る控え室。無理もないことではあるが、現状彼女たちは、この決勝という戦いの場に呑み込まれているとすら言えた。

 ぽつりと漏らしたのは竜華だ。

 怜を見守る表情が、若干険しくなると共に、それを宣言するかのごとく、言葉を並べた。

 

「――自然な流れ。多分福路の視点からは宮永はテンパイしてへんな」

 

 セーラがほとんど付け加えるように言った。やれやれと、嘆息気味に言うのは、ある種の感情が、呆れとも呼ぶべき境地に至っているが故だろう。

 

「いや、なんで聴牌してないって言えるんです?」

 

 泉が疑問だと、セーラに問いかける。ちらりとセーラは一瞥すると、そのままどかりと座り込んだ態勢で答える。

 

「宮永の端の一牌が字牌やからな、聴牌なんてしてへんって」

 

「いや、意味がわかりませんって」

 

 ジト目気味に泉、反応したのは竜華だった。

 

「あはは、さすがにそれじゃ解らへんって、ええか? 風越の先鋒が得意とするのは手牌読みや、理牌や視点移動、そして捨て牌なんかの情報を利用して、たった数巡の手であろうと、正確に手牌を看過してくる」

 

 それは昨日のミーティングで、怜の耳にたこができるほど言われていたことだ。敵の特徴として、これほどわかりやすい武器はない。

 

「なんですかそれ、ほとんどオカルトやないですか」

 

 既に知っていることとはいえ、泉の反応は猜疑的だ。円依というオカルトそのものはともかく、泉はそういったオカルトまがいが非情に苦手だ。

 そういうオカルトまがいは、下手にデジタルに片足を突っ込んでいるためか、オカルト独特の法則というものが見えづらい。相手にするのは億劫だ。

 

「まぁそれだけ化け物じみてると、利用できることもあるんやな」

 

 竜華の返答は、泉の知るようなことではない、そんな言葉だった。

 無理もない、こちらの常識からしてみても人間離れしたその技能は、もはや異能レベル、チカラの類だ。

 それを利用する、泉には無理な話だ。

 これが独特のオカルトであれば、その隙を付くこともできるのだろうが。

 

「簡単な話や、誤解させればええ。例えば一向聴の状況で両面の切り出しから面子オーバーを誤解させる、ってとこやな」

 

 つまり、その絶対的な認識の落とし穴を付くというのだ。風越先鋒、福路美穂子のそれはもはやスキルといってもよい。

 しかしそれ故に自身がそのスキルを最大限に磨いてきたという自覚もあるだろう。そこに誤解という種を植えつけてしまえば――

 

「福路にとって端の字牌は単なる安牌、もしくは対子になるのを待っている役牌に見えとるんや」

 

 故に、テンパッてしまえば、そこに疑問の余地がなかったとすれば――

 

 美穂子/打{北}

 

 

「ロン――2900は、3200」

 

 

 ――こうして、少女は音もなく撃墜される。

 モニターの先に映った顔は、驚愕と、悔恨にまみれたものだった。

 

 ――対局室。

 

 宮永照が驀進する。

 何も恐れず驀進する。

 

 宮永照が踏破する。

 すべてを払って踏破する。

 

 そこに手を伸ばすものもなく、ただ誰もがそれを見送るのみ。

 そこに立ち向かうものもなく、ただ誰もがそれになぎ払われるのみ。

 

 後塵すらない。彼女が()ったその後には、もはや塵すら残さない。

 

 ただ、ない。

 

 なにも、ない。

 

「ツモ」

 

 それが、それこそがかの少女、宮永照の本当の力。

 あるがままの姿。

 

 すべてを打ち払うその力が今、

 

「2200オール」

 

 前方すらも、手中に捉えた。

 

 ――一時は沈んだ白糸台。最強を誇るそのエースが、トップというその栄冠を、取り戻した瞬間だった。




てるてるのターン、怜の手牌が悪いというだけで、照が一気にターンを稼いできます。
照の強さは、何しても強い、だと思ってます。

・現在成績(南三局二本場まで)
一位白糸台:108900
二位白望:99600
三位千里山:96300
四位風越:95200
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