『最強の千里山』
千里山女子、麻雀部の一室。千里山には幾つもの対局室があり、部員はそのどこでも対局ができるのだが、過去の伝統故か、誰がどこで対局するかはある程度が決定している。
例えば現在は、新入生が対局するための部屋――ここは後に三軍が主に使用することになる――や二年三年の二軍三軍が利用する部屋――のちの二軍だ――そして、去年の一軍が利用する小さめのミーティング室を兼ねた部屋。
出入りは自由であるし、頼めば新入生でも一軍のエースやレギュラー候補とも対局できるのだが、とにかくこの一軍部屋は気後れされる。
麻雀卓の数が少ないのがまず理由の一つ、これにより対局者は限られ、たとえレギュラーメンバーでも他の部屋に遠征を余儀なくされることもある。
そんな中で対局を申し込むのは相当な勇気が必要とされ、また周囲も自分と同様の考えであるため牽制されやすい。
とにかく空気が悪い、のがまずひとつ。
次に――これが本当の理由、もうひとつの理由は、あくまでそう感じているものもいる、といった程度なのだ。もとより千里山は非常に雰囲気が和やかである――この麻雀卓には、死んでもつきたくないというのが、もうひとつの理由。
「ツモ、18000オールです」
例えば、流し満貫の捨て牌から、いきなり海底で国士無双を上がるバケモノがいる。
「ロンや、裏裏裏で24000、飛び終了やな」
当然のように三倍満を当ててくる元エースがいる。
「リーヅモ一発裏3つ、……6000オールや」
リーチをかければ百発百中、たまに狙いすましたかのような単騎待ちで打ちとってくることもある現エースがいる。
「あぁ、それはだめやで、普通死んでも切れへんわ、ロン、12000、終了やね」
割りと指摘が厳しい部長がいる。
ひとえにその卓を表すなら――異界、と呼ぶほかないだろう。
自分たちと違う麻雀をしている者たちが居る。人間ではない化け物たちが暴れまわっている卓がある、そんな場所に、わざわざ死ににいくものが、果たしてどれだけ居るだろう。
麻雀をしたくなくなるほど心をおられると解っているのに、一体誰がそこへ行くのだろう。
そう考えてみれば、去年のまだエースでなかったころの園城寺怜は、非常に稀有な例だった。本来なら三軍の身でありながら天上人と一緒にいるのだからヤッカミがあっても可笑しくはないのだが、その天上人がバケモノ過ぎた。
去年までの園城寺怜は言わば千里山の最後の希望、雀卓に舞い降りた妖精さんだったのだ。
つまり何が言いたいかというと……どうしてこうなった。
今や千里山のレギュラーメンバー対局室は、化け物たちが集う憩いの場――ぢごくと読む――と化していた。
そんな中での一幕。
今日、対局室の卓についてるのは部長の竜華、前エースのセーラ、一年生の円依、そして春季大会レギュラーの船久保浩子だった。
このメンバーで対局をすることになったのは、浩子が誘ったからだ。
泉と怜以外のレギュラー候補、特に竜華とセーラを浩子は激しく希望していた。対局が主な目的ではあるが、実際の所、その際の会話も主目的の一つではある。
「……で、何でこのメンバーなんや?」
開局直後、セーラが浩子に単刀直入とばかりに口火を切った。
セーラが意識をするのも当然だ、浩子は、三人を誘う際“レギュラーメンバーを集めている”と誘ったのだ。
竜華とセーラは去年のメンバー、今年も成績は好調だ。
「うちとセーラはマダわかるけど、なんで円依もいるん? この子、一年生やで?」
竜華の言うことは最も、竜華が見るに、円依は来年のエースといったところ、しかし今年はそうでもない、怜もセーラもいる。ならば、安定性を重視するべく、円依はレギュラーから外れるのではないか。
一年生であることを加味しても、竜華はそう分析していた。
「――この三人と、あと園城寺先輩を加えた四人は、ほぼレギュラーが決定してます」
その言葉に驚いたのは、何も竜華とセーラだけではなかった。円依自身も、レギュラーという事自体に、驚愕していた。
「え? なんで私が? 私って園城寺さ……先輩が無茶をした場合の変わり位だと、思ってたんですけど」
「……まぁ、実際去年までならそうやったかもな、せやけど今年は少し事情が違う。赤四枚のルールに変更や、意味はわかるな?」
「…………!」
頷く円依に、浩子はさらに他の二人へも視線を送る。ふたりとも、その意味は確り理解している。
「つまり、今年は安定性よりも爆発力を優先する必要があるんです、それなら円依は適任ってことになるわけです」
「爆発力なぁ、竜華はそのへんどうなん?」
「清水谷先輩はそもそも対応力があるんですよ、初見の相手にも十二分に戦える、それに泉や私よりもずっと巧いですしね」
四人がすでにほとんど決まっている。納得といえば納得ともいえ、意外といえば意外で収まる事実ではある。
何にせよ、言葉を付け加えるのなら、それはともかく、といったところだ。
そう、それはともかく、四人のレギュラーが決定しているのであれば、残り一人のレギュラーが決まるのも、時間の問題であるはず。
――今は四月も下旬、桜は散り、ゴールデンウィークまで、一週間もないという状況だった。
「あと一人……か」
円依が、カンを宣言して牌を倒す。同時に漏れたその言葉には、ある二つの人物を意識した感情がコメられていた。
「最後の一人……フナQ、か?」
「私か、泉かのどっちかです」
嶺上開花の上がりによる、満貫払いを精算しながら、セーラは残りの二人、ある二つの人物を指し示す。
一人はこの場に、もう一人はここではないどこかに。
「自分じゃなくてええんか?」
そんな風に、少し重みを感じる口調で、竜華が浩子に問いかける。少しだけ、二人の視線が交錯した。激しくもつれ合うように空気がぶれ、やがて浩子が少しだけ、本当にほんの少しだけ、困ったように笑みを浮かべた。
「最強の千里山、私はこの一ヶ月、ずっとそんなことを考えていました。三連覇のかかった白糸台を、黄金期を迎えた風越を、何としてでも倒すには、どうすればええか」
「……、」
息を呑んだのは、果たして誰だっただろう。浩子の回したサイコロの音が、四人の間で響いている。それ以外の時は、止まってしまった。
それ以外の全ては、あらゆるものが浩子に吸い付けられてしまった。
「千里山は、幸い今年は一昨年以上の戦力を手に入れることに成功しました。その戦力も、これからどんどん強くなれるでしょう、ならば、千里山は優勝できるか」
「――否、とは言わせへんで」
「言いませんよ、ただ、私がそのレギュラーになって、果たして優勝できるのか……是、とは言わせませんよ」
親、浩子、配牌の終わったてから、よどみない一打を切り出す。
浩子/打①
「私がそこに入って、最強といえるのか、最後の一人として、最強を名乗っていいのか」
三人が、同時にその手に息を呑んだ。
「――ダブル立直」
下家、円依の手が、かすかに震える。武者震いだと、円依は思った。
円依/打南
「私か、泉、どちらかが、千里山の最強に名を残す、それは、強い方、勝てる人でなければならない」
対面、セーラはゆっくりと、牌をツモった。自摸切りまでに、数秒の時を要した。
セーラ/打9
「私は勝ちたいんです、千里山として、団体戦で、千里山はどこよりも強いと証明したいんです」
上家、竜華はただ一人、迷うこと無く牌を選んだ。その瞳は、ただひたすらに、浩子を貫く。
竜華/打北
「だから――」
浩子が自摸る。
ただ、己のうちに宿った、ひとつの手のひらだけを見て、その先にある、勝利と言うなの牌だけを見て。
「――ツモ、16000オール」
――浩子手配――
①②③④⑥⑦⑧⑧⑧⑧⑨⑨⑨ ⑤(赤)(和了り牌)
――ダブル立直一発ツモ一通チンイツ赤一。
これで、先ほどの嶺上開花責任払いで、満貫直撃を受け四位に沈んでいたセーラが飛び終了、浩子は、この半荘でトップにたった。
「――勝ちましょう、最強の、千里山で」
浩子の言葉は、その場にいた誰しもに、大きく大きく、響いていた。
――
『千里山の部長』
清水谷竜華は、部室内の雀卓を見て回っていた。それぞれ四人ずつ部員が入り、レギュラーの座を目指して半荘を打ち続けている。
その中で、部長である竜華は卓の外から一局が終わる度に気になった点を指摘しているのだ。
部内での多数派を占める、デジタル雀士の中でも二番手にあたる竜華のアドバイスは、未だ成長途中の一年や二年、時には同級である三年にも、的確であると評されていた。
「ちゃうちゃう、そこはドラ側やし、切るなら最初に切らなあかん、変な勝負っ気残すくらいなら、ここはきっちりオリへんと」
なるほど、とアドバイスを受けた少女が頷くのに、シチュエーションにもよるけれど、と竜華は軽く付け足した。
わかりました、と生徒が礼をいって次の局に入る。
もともとトップの状況で、オーラスに入ったのだ、最終的には、二位終了を目指す生徒がその二位をまくって終了した。
トップは、完璧なベタオリであった。
「それでええんやで、あぁそう、まくられたのは悔しいけど、その牌はしゃーないで? メンチン見えてたみたいやし、結果的にはオーライやからな?」
そうやって、今度はまくられて二位だった生徒に声をかけ、竜華はその卓を離れていく。
千里山は部員が多い、こうして麻雀を見れるのも、数卓が精々だ。竜華は次で最後にしようと、後ろから覗き込んでいた体を反転させて卓に移る。
「おっ、円依や~ん」
丁度そこに、一部員の中では、珍しく見知った顔を見つける。いつもであれば円依は前年度までのレギュラーが集まっている三年生中心の部屋へ行っているのだが、今日はここで打っているようだ。
少し観察してみると、少し見知った円依の友人が一人卓に入っている。
彼女に誘われてここにきたのだろう。河も手配も、円依にしては珍しく、デジタル的だ。
「ロン! 2000です」
喰ってドラをひとつ付けたタンヤオだ。
少し見ていたが、どうやらこれで終わりらしい。
「あ、こんにちわ」
円依がこちらに気づいて会釈をしてくる。牌を片付けようとする円依の手を、竜華がスッと差し止めた。
そのまま同席していた三人にそれぞれ軽くアドバイスを済ませる。
負けが込み、波が来ていなかったらしい少女を慰めてから、ここがこうだあそこがこうだと伝えていく。
ほかもさほど変わらない。どうやら今回、円依はほとんどデジタル的に打っていたらしく他の三人はそれで完敗してしまったのだ。
「円依のデジタルは、泉並やかんなぁ、ちょっと判断の甘い所が治れば、そっち方面でもレギュラー取れるんよ」
そんなふうに語りながら、最後に円依の方へと向かう。
「すごいですね、私の場合そーいう的確なアドバイスってパッと見だと出来ませんから」
「いやー、そんなんでもないで? うちの目線から言えることがあるだけやし。……で、その心は?」
「打ち方の違いがありますから、私の打ち方はどうも他人に理解されないみたいで」
「あほう、不気味やからや」
ぺし、と軽く円依の頭を叩いて、あう、となんとも言えない音を出させる。そんな円依の肩から、竜華は円依の手配を覗きこんだ。
「んー、これなんで六萬なん? 四筒の方が待ち多いで?」
判断できないわけではないだろうと、言外に少し込めながら、竜華は円依の手配、先ほど上がったばかりのものを確認する。
竜華が言っているのは六巡目、切ったのは六萬であるが、ここの正解は四筒なのだ。
「六萬切りなら一向聴ですし、一刻も早く聴牌したかったんです。それに三巡目に八萬ポンされてるから、横の伸びは四筒の方が上ですよ?」
「せやかてその八筒つもったら意味ないやん、待ちとしても、ここは嵌張じゃなくて両面になりやすいやろし、そうすれば八萬でるで?」
「速さ重視です、とにかく鳴いていきたかったので、四筒は頭にしてもいいですし、最悪単騎待ちでも」
志向の問題もあるだろうが、少しばかり二人の会話は白熱した、端から見ている程度には微笑ましい程度のものだが、本人たちには一大事だ。
毅然とした調子を両者は崩さず、はてといったところで、円依がふと一つ気づいた。
「あ、だったらここはどうです? 多分これが正解だと思いますけど」
と指で示しながら竜華へ問いかける。どちらかというとそれは確認に近く、竜華も納得したように頷いた。
「それやな、ウチも勉強になったわ」
それから近づけていた顔を話して、ぐっと一つ伸びをする。
大きく息を吐いて、少しだけ円依に顔を向けた。
「じゃあ、怜たちの方行ってるわ」
「そうですか」頷いて、それからチラリと卓のメンバーを見る。「もう一半荘やってからそっち行きますね」
竜華もそれを承諾し、その場を離れる。それを見届けた円依は、勢い良く両手を煽った。目の前に居る三人は、先ほどとは随分勢いが違う。
(……次は、勝てないかもしれないな)
清水谷竜華は、千里山の部長だ。名実ともに、誰もが認め、誰もが憧れる千里山の中心部。怜とセーラが顔だとすれば、竜華は千里山の心臓なのだ。
なるほど、
「――ロンです! 8000!」
千里山はこうして強くなるのだ。円依は、不用意な打牌からの直撃を受けながら、そう考えるのだった。
ちなみに浩子も推測でしゃべってます。ただ情報を加味した場合、確定と言い切れるくらいこの四人が飛び抜けていただけです。
後は監督の方針を偶然会話の中で聞くことがあったので、それも情報に入ってます。
ちょっと長めなのは『最強の千里山』の方でちょっと筆が滑ったから。ぶっちゃけ俺も円依とは絶対打ちたくない。
次回レギュラー決定の参考となる大事な一戦。
久々の全部麻雀回です。