咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『立直』決勝先鋒戦Ⅷ(終)

 ――オーラス、親白望、ドラ表示牌「{6}」――

 

 

 ――三巡目

 

(――、)

 

 ――怜手牌――

 {一二九①②④赤⑤⑥⑨4(ドラ)白中} {⑥}(ツモ)

 

 怜/打{⑨}

 

 ――タンッ

 

 

(ここ、かなぁ)

 

 ――白望手牌――

 {五七九⑥⑦⑦245東東北發} {赤五}(ツモ)

 

 白望/打{發}

 

 ――タンッ

 

 

(……ふんふむ)

 

 ――美穂子手牌――

 {②③⑨1234889北北北} {6}(ツモ)

 

 美穂子/打⑨

 

 ――コトッ

 

 

(…………)

 

 ――照手牌――

 {一六九赤⑤⑥⑦⑧24689白} {八}(ツモ)

 

 照/打{白}

 

 ――カタッ

 

 

 怜の手がスライドする。流れるような静かな動作で、躊躇いなく牌を選んで切っていく。

 

 怜/ツモ{八}・打{白}

 

 白望/ツモ{7}

 

「……ん」

 

 多少の逡巡、ちらりと美穂子の目がそちらへ行く、数秒待って、打{北}。

 

 美穂子/自摸切り{四}

 

 照/ツモ{8}・打{一}

 

 怜/ツモ{東}

 

 そこで、怜は自摸切りをしようと手牌から牌を離そうとして、一瞬。少し悩んだ様子から手出しで打{中}。

 

 白望/ツモ{2}・打{⑥}

 

 美穂子/ツモ{北}・打{②}

 

「……っ」

 

 照/自摸切り{西}

 

 そっと怜は照の側へ視線を向けながら、なんという程もない息を漏らした。そしてツモを盲牌で確かめる。

 手に加えると、ノータイムで別の牌を叩いた。

 

 怜/ツモ{5}・打{②}

 

 白望はそんな怜の見えざる手牌を一瞥してから、卓の河へと意識を移す。ツモは確かめるだけで、考えもせずに切り出した。

 

 白望/ツモ{7}・打{2}

 

 美穂子/ツモ{4}・打{③}

 

 照/ツモ{2}・打{九}

 

 怜、一瞬だけツモったまま手を止めて、そしてそのまま自摸切り、打ったのは{五萬}、そこで白望が動いた。

 

「ポン」 {横五五赤五}

 

 白望/打{4}

 

 美穂子が自摸切り、照は手出しでノータイム、怜はすぐさま手牌に自摸ったそれを引き入れた。

 白望が鳴きによって一向聴、そして数巡遅れて美穂子、照が同時に一向聴にまで手を進めた。

 怜はさらに遅れること少し。

 

(――あらかたできた)

 

 薄い膜のように、広がってゆく思考を定め、怜は手牌を見下ろす。

 

 ――怜手牌――

 {①②④赤⑤⑥⑥⑦⑨4567東} {⑧}(ツモ)

 

(……これで――動く)

 

 怜/打{東}

 

 

「――ポン」 {横東東東}

 

 

 白望が牌を倒し、同時に晒した牌を放った。

 

 甲高い音が、響き渡る。

 

 白望/打{發}

 

 ポンテンである。

 

 美穂子、手出しの八索、聴牌濃厚。

 続く照も手出し、こちらも濃厚。

 

 そして――

 

(……聴牌)

 

 怜/ツモ{③}

 

 四者同時の聴牌、ほぼ横並びの形で持って、勝敗を勝ち取ることとなるのだ。それも――

 

 ――怜手牌――

 {①②③④⑤⑥⑦⑧⑨4567}

 

 ――白望手牌――

 {七八九⑦⑦77} {横東東東} {横五五赤五}

 

 ――美穂子手牌――

 {北北北1234446899}

 

 ――照手牌――

 {六七八赤⑤赤⑤⑥⑦⑧22268}

 

 四者の待ちはすべて七索、誰が掴んだところで、それが卓に踊り出ることはない。山に眠った最後の一枚は、そのまま直接勝者として君臨するのだ。

 

 怜/打{⑥}

 

 待ちかねていたかのように、卓上にはそっと、音が点った。

 ゆっくりと、風が宙をくるりと凪いで、怜は、白望は、美穂子は、照は、それ相応の――顔を見せた。

 

 

 始まる。闘いが、最後の闘いが、そして始まる。

 

 

 白望の手が、重く、圧迫感を伴って奮われる。チカラと呼ぶにはあまりにも存在を締めすぎる壁のようなそれが、卓のすべてをぶち抜こうとしていた。

 

 美穂子の手が、軽く、跳ねるように卓上を踊った。鋭利な手先のその姿は蝶であり、蜂である。掴みどころのない固まりと呼ぶべきかそれは、卓を正面から突き刺した。

 

 照の手が、風を伴い飛翔する。振り上げられた指先から、チカラが風となり噴出する。頬を叩くようなそれは、一瞬で袂へと引き戻され、そして放たれる。

 

 怜がゆっくりと手を振るう。そこにあるのはチカラではない、誰かに誇示するものではない。怜にあるのは迷いのない心、ただその心でもって、すべてを見通し、そこにあるのだ。

 

 

 白望が、激しく手を空へ振り上げる。放たれたチカラは言い様のない重圧とかし、力を持って襲いかかる。

 

 ――その隙間を縫って、滑空する姿があった。美穂子である。流れる水のようなシャープな一条の筋が、白望のチカラの隙を抜き去った。

 

 ――――誰もが先へ、前へと進む。

 

 風が、先を行く美穂子を吹き飛ばす。照によるものだ。圧倒的な風の群れ、ただひたすらにすべてを飲み込み叩き潰す、暴風とすら言えない暴力の群れ。その先を征くものは、唯一人。

 

 ――過ぎてゆく、風が、景色が、音が、光が、あらゆるものが、駆ける彼らの後を過ぎる。だれもが己の存在を、高く、遠くへ伸ばすのだ。そして、その先には、一人の少女が待っていた。

 

 ――園城寺怜が、そこにいた。

 

 怜は、たんなるチカラではなく、心でもって、自身でもって前へと進む。それは人の足によるものだ。重圧でもない、一条の光でもない、暴力的な風でもない。

 そう、人そのものによるものだ。

 

 園城寺怜は、それ故に、前をゆく。

 ただ、己のもとにある、心と、己と、仲間とともに、

 

 光が見える。

 チカラが暴れる。

 どこまでも、どこまでも果てしない、遠い未来が、近づいてくる。

 

 風が運んだ、水が流した、それを伴うチカラが圧した。それでもそこにたどり着くのは、単なる人の、その意思だ。

 

 向かう――向かう――――向かう――――――――向かう!

 

 ただ、人の信念が目指すその先を、

 

 

 園城寺怜が――征く。

 

 ♪

 

 

『ど、ど、ど、同時聴牌! 静かだった場は一気に緊張の糸が太く、大きく、すべてを絡みとろうとしています』

 

 画面越しに、それぞれがツモを求めて山へと手を伸ばし、そしてそれをそっと離す。躊躇うものは、いなかった。

 

『しかも、四者の待ちはすべてドラの七索! これを自摸ったものが、大きく前に出ることは間違いありません!』

 

「テルー! 決めちゃえー!」

 

 ソファから身を乗り出して、手を振りかざしながら淡が叫んだ。観客席に集まった、熱狂的なファンの如く、淡は勝利を信じて疑わない。

 

「落ち着け淡、闘っているのは照だ、お前じゃない」

 

「いえあの、淡も対局中はおとなしいと思いますけど……」

 

 たしなめるように言う菫に、和がなんとも言えない表情で割って入る。ちらりと目線を和にやって、嘆息をする菫の笑みと、それは同一のものだ。

 淡の顔が不満気なものへとすこしだけ変わる。

 

「いいじゃん! テルが勝つんだしー!」

 

 そんな淡の言葉を、誰が否定するでもなく、苦笑しあってモニターに向き直る。誰もが知っているのだ、この場で勝つのが宮永照であることを。

 

 ――園城寺怜は、牌を鳴かずに聴牌した。他家に特殊な状況はない。とあるならば、純粋な強さは、照が頂点で何ら間違っていないのだ。

 

「やっちゃえー!」

 

 それぞれの感情をひとまとめにするような淡の言葉、熱のこもった会場の、ひとつに力として生まれ出た。

 

 ――宮守控え室。

 

「シロ!」

 

 エイスリンが思わず、といった様子で声を上げる。この状況で、白望は唯一連荘の権利を持っていた。

 これを和了すれば、白望はどんな選択をするだろう、エイスリンはそれを、少しだけ心配しているのだ。

 

 連荘するのはいいだろう、しかしそこで誰かに和了を許したら、白望はアドバンテージを失ってしまうかもしれない。ツモ上がりで、もっとも点棒を失うのは白望なのだ。

 

「……大丈夫じゃないかな」

 

 そんなエイスリンの危惧を否定したのは、隣に座り、モニターを眺めている塞だった。

 

「多分、大丈夫だよ、根拠はないけど」

 

 はっきりとしない物言いだ。エイスリンは少しだけ顔を伏せそんな塞の方を向く。続けてバトンを受け取るように、胡桃がエイスリンの元へ駆け寄ると、口を開いた。

 

「みてよ、エイちゃん。シロの顔!」

 

 座っているエイスリンの頭にすら届かない、胡桃の手先が、ゆっくりと画面に映された白望を示す。

 

 その表情は、いつもと変わらないような、薄い表情。

 それでも、

 

「シロ……! ワラッテル!」

 

 エイスリンの楽しそうな掛け声は、画面の向こうに居る白望そのものを指しているようで、釣られるように豊音も笑った。

 

「ふふ、あんな風に楽しそうなシロ、久々にみるなぁ。――続けるきだよ、何が何でも……」

 

「すっごく珍しいけどさ、さすがのシロも、今回ばかりは面倒な方を選ぶみたい」

 

 シロのことを最もよく知る、二人の少女は、シロを慕う留学生の少女を囲んで、楽しそうに笑った。

 それがほんものであることを、エイスリンはそっと感じる。

 

 締めくくるように、豊音が言った。

 

「それでもシロは、それをダルいって言うんだろうね」

 

 否定するものはどこにもいなかった。

 

 ――風越控え室。

 

「キャプテン、頑張って……!」

 

 祈るように、レギュラー唯一の二年生、池田華菜は体を縮こませて呟いた。自分の中でだけ、それを確かめるかのように。

 

「――美穂子」

 

 そっと少女の名を、久は呼ぶ。吐息のように漏れた言葉は、どこか艶やかで、どこか焦燥のようにも見えた。

 

 静かな場所だ。――嵐の中の一つの休憩スポット。まるでそこだけが切り離されたセカイであるかのように、風越女子の控え室は静まり返っていた。

 

 それというのも、もともと咲は物静かだし、数絵は思いを感情として言葉にすることはあまりない少女である。

 そして久も、華菜も、自分の覚悟は、自分の中でだけ消化し昇華する、そんな少女たちである。

 

 必然、彼女たちはこころに思いを込めた。

 

 咲はそんな中の一人であり、同時にモニターの向こうに映る、最強として君臨する姉の存在を思った。

 

(なんだか、不思議な気持ち)

 

 それは姉の勝利を疑わないという気持ちだった。

 ――あそこに居る姉は、とても強い。中学の時など比べることすらおこがましいような、そんな強さを照は有している。

 

 その上で咲は、照の勝利を願っていたのだ。

 

(――高校生として、初めてお姉ちゃんを倒すのは、私でありたい、だから負けてほしくない、そんな気持ちがどこかにある。……でも、それとは別の気持ちも、ここにある)

 

 そっと胸を押さえるように手を持って行き、そっと目を閉じる。咲の心に、仲間たちの顔が浮かんだ。

 共に有り、共に思うが故の、存在だ。

 

(それなのに、また別の感情を、私は持っている)

 

 それは風越というチームが、半ば確信のように持ち得ているものだった。――華菜が、久が、そして数絵が、他でもない咲自身が、それを持ちそれを謳うのだ。

 

 ……そう。

 

 

(キャプテンが、負けるはずがないとも、私は思っているんだ)

 

 

 閉じていた目をそっと開け、咲は周囲を確かめる。

 かわりのない気配、そうして咲は、満足そうに頷いた。

 

 ――千里山控え室。

 

 山から可能性が消えてゆく。

 

 白望が牌を掴んで、それを手放す。

 

 ――そうして再び可能性が消えてゆく。

 

「ここまで来た、か」

 

 円依が何気なしに呟いた。

 

「ん? どうしたん?」

 

 反応したのは泉であった。ほとんど独り言に近い円依の言葉を、泉が耳聡く聞き取ったのだ。

 

「いやね、園城寺先輩、たのしそうだなーって」

 

 大した説明も付けず、ほとんど飛躍するように円依は言った。

 しかしそれでも泉は頷き納得する。よく、わかっているのだ。円依の思う感情が、円依が置かれた状況が。

 

「そか、そか。そりゃ良かったわ」

 

 そうやって肯定すると、それっきり、笑みを浮かべて寄り添いながら、モニターへと意識を向ける。

 

「……なぁ円依」

 

「どしたの?」

 

「誰が勝つ思う?」

 

 急に話題を転換させた先にあったのは、そんなありふれた少女の言葉だった。対する円依は、何気ない口調で即答する。

 

「園城寺先輩」

 

 ほとんどノータイムの答えに、少しだけ驚きながら泉は問いかけた。

 

「なして? みんな強いやん、それともオカルトみたいな話?」

 

「いやいや違うよ、だって当たり前の状況だもん。誰もが同時に聴牌をして、だれもが同時に同じ待ちを取る、そんな状況で、勝ちを狙えるのは先輩だけなの」

 

 それは円依の感性から出た言葉だっただろう。

 しかしそんな円依の言葉を聞いた泉が、思わず納得できる程度には、千里山という高校のチームではアタリマエのことだったのだ。

 

 少し笑顔で円依はいう。

 

 

「だって先輩は、一巡先を、視ているんですもの」

 

 

 ――卓上で、福路美穂子が牌を手放す。同じように、宮永照もそれをした。園城寺時だけが、そのツモを許されていた。

 

 ――そして、それを見守る千里山の片隅で、一人の少女が立ち上がり、体を伸ばしていた。

 

 

 ♪

 

 

「…………ふぅ」

 

 前を見る目をそっと閉じ、怜は大きな深呼吸をする。知ったのだ、怜はその瞬間を。それを確かめるように、もう一度だけ自摸った牌へ目を向ける。

 

(なんやな、不思議や……第二回戦と同じくらいか、それ以上疲れるはずやのに、全然つかれてへん。不思議やなぁ)

 

 背もたれによりかかり、怜は自分の手に収まった八筒をそっと眺める。和了り牌ではない、振り込む牌でもない、それでも怜は、その八筒をそっと手の中で転がした。

 

(でも、これで終わりや思うと、急に惜しくなってくる、変やなぁ、ウチ、これで勝って変えれば、それでええはずやのに)

 

 たっぷり数秒転がした牌を、長くならないうちに手元に収める。もう、ためらっている時間はない。

 

(――なぁ、竜華。やっぱり私も人の子や。円依にあんなコト言っておいて、いざ自分が最後の一打になったら惜しく思っとる)

 

 ――それはきっと竜華も同じだろう。共に、この団体戦が最後の半荘である者同士、怜も、竜華も。

 

(あぁ、眠たいなぁ。はやくお家帰りたいわ。せやったら、これ、終わらせなアカンな)

 

 カシャン、とどこかで音がなる。そこには怜の人差し指があった。卓に触れない左手が、そっと自分の点棒を手にしたのだ。

 

(まっててや、皆…………今、帰るから――――!)

 

 それを軽く転がして、怜はすぐさま右手に移した点棒を振り上げる。高々と、天差すように。

 

 一つの線、悠々と掲げられた怜の手には、ひとつの光が伴った。手を伸ばすまでもない、怜が求めた光の先は今、怜の手の中にある。

 

 

 例えるならそれは、きっと――――頂点と、呼ばれるようなものなのだろう。

 

 

 ――そして、それは勝負の終了を、意味していた。

 

 

「――――――――リーチ!」

 

 

 稲妻が、閃光が、怜を貫きほとばしる。

 誰もそれを、止めることはできない。

 

 ――誰かを鳴かせる事は出来るだろう、しかし誰もがわかっているのだ、これで誰かを鳴かせれば、自分はその誰かと心中することになる。しかも、その鳴きで、心中しなかった誰かに牌が言ってしまうかもしれない。そうなれば、それは自分が和了するよりも、マズイ。

 

 ならば、ならば、ならば――この状況の最善は、何か。

 怜はそれを知っている。故にこのリーチを、躊躇いなく打って出たのだ。――怜は現在最下位、そこでこの手を和了しても、倍満手――裏が乗ることも見えている――もっとも他校にとって、被害が少なくなる。

 そうなれば、この場の勝者を怜に譲ってでも、他校はそれを見逃すしか、ないのだ。

 

 ――長い、長い半荘だった。

 ――トリックスターとしての怜が、和了を始めたことで、絶対的な照の牙城は崩された。故に、四者は四様の闘いを見せた。

 

 小瀬川白望が、宮永照を抑えたように、福路美穂子が、宮永照に迫ったように、園城寺怜が――宮永照から直撃をもぎ取ったように――

 

 ――結果、照の絶対的な劇場すらも、怜は打ち破ってみせた。今この場にいるだれもが、誰にとっても互角である。そんな場を作り上げた、作ってみせた。

 ――故に、怜はこの半荘の支配者なのだ。だれがどう言おうがこの状況は怜が作り上げたもの、あの一瞬、東を切るのをためらった、あの一瞬。それを作り上げた怜だけが、この勝利を許されたのだ。

 故に怜は勝利する。誰もが辿り着くことを禁じられた、たったひとつの頂点というその席に。

 

 

 約束された勝利。

 

 絶対的な怜のリーチ。

 

 だれもが自摸った牌を見ることすらなく、諦めるようにそっと卓へと押し付けた。

 

 

 ――長かった半荘二回が終了する。たった一人の勝利者を残して。――それは、

 

 

 ――それはこの場において、もっとも前に進んだ少女、ただ一人、たったの一歩を踏破したもの。

 

 

「――――――――――――ツモッッッ!」

 

 

 園城寺怜。

 この場を支配し、この場を制した、たった一人の勝利者だった。

 

 

『先鋒戦、終了――――――――ッッッッッ!』

 

 

 ♪

 

 

『なんとなんと、なんとぉぉ! 宮永照ここに敗れる! 長かった半荘は、チャンピオンの舞台ではなく、壇上に舞い降りた、たったひとりの少女によって、決着ーッ!』

 

 

 怜は、そっと点棒を眺める。それが自分の勝利だと、実感しながら。

 

 ――一位:千里山女子。

 三年:園城寺怜。

 106300――

 

 照は、そっと目を伏せ立ち上がる。ただひとつ、礼を残した。

 

 ――二位:白糸台高校。

 三年:宮永照。

 101700――

 

 美穂子は、そっと目を閉じそれを拭う。残念そうに、顔を伏せた。

 

 ――三位:風越女子。

 三年:福路美穂子。

 96100――

 

 白望は、そっと目を閉じ力を込める。そこから漏れる、何かをじっとせき止めた。

 

 ――四位:宮守女子。

 三年:小瀬川白望。

 95900――

 

 だれもが勝利を求めた卓がそこにあった。平等に、勝利が与えられた卓がそこにあった。

 その卓の勝者、園城寺怜は立ち上がり、いちどだけ礼をする。

 

 求めたものは胸に宿って、残されたのは一抹の寂しさ。

 

 誰もがそれを、刹那においた。

 

 

 ♪

 

 

 怜が一人、控え室への道を歩く。壁に手を当て、大きく息を漏らしながら。疲れがようやく、押し寄せてきたのだ。

 

「…………ふふ」

 

 なにがオカシイのだろう、自分でもわからないような笑みを、怜は漏らした。誰に向けたものでもない、唯一人のものとして。

 

 そんな時だった。ぐらりと、体の重心が消失する。

 

「…………あ、れ……?」

 

 ――その一瞬、怜は目前に光を垣間見た。今は昼下がりの時間。会場は自然のままの光にまみれ、怜の体は否応なしにさらされる。それを一筋の光だと、怜は思った。怜が憧れてきたもの、怜が目指してきたものが、それであるのだと。

 重心の消失を怜は正しく認識することもなく、そっと手を前へ伸ばしながら体を倒し――

 

 

 ――ぽすん、という、気の抜ける音があたりに響いた。

 

 

「……大丈夫か? 怜」

 

 そこにいたのは、怜がバトンをつなげる相手、次鋒、清水谷竜華だった。

 

「あ、竜華ー」

 

 焦点の合っていない目で、怜は竜華を認識する。竜華に寄りかかったまま、そっと手を上げぐっと握りこんだ。

 ――掴んでいたのだ、手を、光の先にある、竜華の手を。

 

「勝ったでー」

 

 抱きしめられた心地よさ、それを芯から堪能するようにしながら、怜は気の抜けた声で言う。

 竜華が頷いて、絡めとった怜の手を引き寄せる。支えるようにしながら、怜へと幾つか言葉を投げた。

 

「お疲れ様、もう、ゆっくり休んでええんやで?」

 

「それじゃあ、次、頼みますー。もう、限界やわ」

 

 たどり着いた竜華への手を、前へ上へと差し伸べたそれが、ようやく皆の元へと届いたようで、怜は嬉しそうに目を細めた。

 

「じゃあ――行ってくるわ。多分皆もその内くるし、ちょっと待っててや、――勝って、帰ってくるから」

 

 竜華がそっと携帯を取り出して、そのまま軽く操作する。それが終わって、怜は倒れるように体の力を失わせた。

 

 

「竜華」

 

 

 そうしてから、いちどだけ、少女の名前を呼ぶ。

 

 

「ウチと一緒に、優勝せえへんか?」

 

 

 それは、あの時のように、そっと少女から、漏れた言葉で。竜華はそっと頷いて、

 

 

「わかっとる。絶対に――ウチラの夢、守ってくるから」

 

 

 躊躇うこと無く、そうして、告げた。




先鋒戦決着です。最後はこのような形になりました。
最初の方は静かな卓、駆け引きのない純粋な手の進行具合を描いてみました、どうでしょう。

怜は狂言回しの立ち位置ですが、先鋒戦の主役ということで、トップの位置で終了です。次鋒戦は如何に。
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