咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『もう一つの意地』決勝次鋒戦Ⅰ

 あまりにも劇的な幕切れ、だれもが勝利し、誰もが敗北しえたインターハイ決勝先鋒戦。その最後を飾ったのは、先鋒戦における主役の一人、園城寺怜であった。

 チャンピオンの一人舞台を一時的に協力し合った敵と打破し、最後には四つ巴を制して、四位からの逆転トップを勝ち取ったのだ。

 

 獅子奮迅の活躍と、その最後を飾るにふさわしい、全力を賭したオーラスは、先鋒戦の闘いを決定づける物となった。

 人の心に釘打つように、直接芯へと響き渡るものとなったのだ。

 

 波乱満ち満ちた決勝戦、そのひとつがついに終わりを迎えた。

 残された半荘八回、次は次鋒戦――中盤へとタスキを繋げる走者達のセカイである。

 

 ――千里山女子、清水谷竜華。

 

 ――白糸台高校、弘世菫。

 

 ――風越女子、池田華菜。

 

 ――宮守女子、Aislinn Wishart。

 

 それぞれに、ぞれぞれの意地があるだろう。清水谷竜華は力尽きた園城寺怜から優しくバトンを受け取った。弘世菫はすれ違った照と言葉を交わさなかった。必要がなかった。

 池田華菜は、福路美穂子に抱きついて、勝利を約束し見送り見送られた。エイスリン=ウィッシュアートは、一言だけ、小瀬川白望に「ドンマイ」と告げた。

 

 最後に残った白望が決勝の会場を離れて行き、入れ替わりに次鋒戦の三人が既に会場へと至っていたエイスリンがそれを出迎える。

 壇上で、もっとも頂きに近しいその場所で、挑戦者に対する王者のように、竜華を、菫を、そして華菜を――出迎えた。

 

 三者の表情が険しく歪む、エイスリンの後方から風を感じたのだ。それは胸に直接与えられた、圧迫感と言い換えてもいい。

 誰もが感じていたのだ。この場を支配している少女はまさしく、この外国人の少女であるということを。

 

 相対する四人、その闘牌は、今この瞬間にも、始まっているのだ――

 

 

 ♪

 

 

 高校生最強雀士、宮永照に勝利した、千里山女子は、しかしそこにあるのは興奮ではなかった。

 確かな実感。確定的な物言いをするのなら、それは絶対的な確信と言っても良いだろう。

 

 勝利した。それは当然のことなのだ。

 疑わない、間違えない、自分たちの目的は勝利である。絶対的な頂点である。そのために、あくまで宮永照は、越えるべき壁の一つでしか無い。

 

 言ってしまえば、その程度。

 

 宮永照など、単なる敵の、一人でしか無いのだ。

 

「おかえりなさーい」

 

 戻ってきた怜と、彼女に車椅子を届けに向かっていた、円依とセーラが帰ってきた。泉の弛緩した声が、それを陽気に出迎えた。

 

「おーう、ごくろーさん」

 

 最後に入ってきたセーラは、扉を閉めると軽く勢いをつけて駆け出す。広い室内の、一人がけのソファ、窓際に近いそこに勢いよく体を押し付ける。

 遅れて中央を陣取っていた泉が円依を受け入れる。

 こちらも体を投げ出すと、体を支えていた松葉杖を隣に放った。

 

「次は次鋒戦ですねー」

 

 続々とモニターの前、卓上の側へと集まってゆく少女たち、既に場決めが終わろうかという状況で、円依は何気なしに呟いた。

 

「そうやなぁ、園城寺先輩が勝った、とはいえ現状団子のまんまや、となると、あそこで一歩前に出たところが、前半戦の勝者ってところか」

 

 卓に集まった四人を眺めながら浩子が言う。その表情は少しだけ苦しげだ。なんという事はない、強敵に対する危惧である。

 

 ――厄介なことに、次鋒戦は二名の高火力選手と直撃によってこちらの点数を奪い、結果的に大差をつけることに特化した選手がいる。

 竜華は火力がないとは言わないが、さほど華のない、堅実的な打ち方が特徴だ。

 

「ノッてる時の爆発力は江口先輩とは行かずとも、高校生の中では上位クラスなんですけどねぇ……」

 

 ぽつりと何かの不平のように、泉がそんなことを呟いた。嘆息が漏れて、セーラが苦笑する。

 

「オレかてノッてない時は毛ほども稼げんで? むしろ泉は火力を考えた方がええな、今後のためにも」

 

「そりゃそうですけど……うちかて精一杯頑張ってるんです!」

 

 そんなふうに返す泉を、セーラは可笑しそうに笑って見やった。腕組みをして、ひょうひょうとした様子を見せながら、ひとつ少女に言ってやるのだ。

 答えならある、と。

 

「だったら――見ててみぃ、今からその精一杯の頑張りが、“結果”として、見られるんやから」

 

 ――既に、それぞれの親は決まった。

 起親、東家は菫、南家は竜華、西家が華菜、そして北家がエイスリンという回りとなった。

 

 サイコロが勢い良く回り出す。

 ぐるりとそれを追うように、モニターは四者の視点を一周した。

 

 インターハイ、高校生達の最上を極める頂上決戦が、その次鋒戦が、今この瞬間に、火蓋を切ろうとしていた。

 

 

 ♪

 

 

 ――東一局、親菫、ドラ表示牌「{6}」――

 

 

 竜華の手牌は配牌一向聴、誰よりも近く、しかし同時に一切手が届かない位置。

 

(いぺこにならんかったし、タンピンがつかな、これ、ゴミ手やな)

 

 ――竜華手牌――

 {二二二五七八②③③④④⑤6}

 

 しかも六索のドラ回りか五萬が最低でも嵌張にならなければ、単騎待ち、勝負に出るにしても微妙な手だ。

 六萬が来ればノベタンのタンヤオ確定である。しかしそうも行かない事情があった。この手が動かなくなってから既に六巡、速くも親に聴牌の気配が見られたのだ。

 

 ――菫手牌――

 {東②赤⑤223}

 

 ここまですべて手出しである、どう小さく見積もっても三面子は完成している。更にそこから両面対子落とし、手牌からあぶれたか、もしくは手を変える余裕まで在ると見えた。

 そしてこの少女、白糸台の弘世菫には、こんな異名がある。

 

 

 ――白糸台のシャープシューター。

 

 

 去年の秋季大会で五万点あった最下位の高校をすべて直撃で飛ばしたことからついた異名だ。

 そうでなくとも、彼女が初めて登場した一年時の秋季大会から、彼女はとにかく直撃を得意とする選手だった。

 そのメカニズムがオカルトなのかどうかは、円依をとってしてもわからないそうだが――

 

(この場合、面子オーバーやのうて、手牌を両面待ちから嵌張に変えたんやろな、となると待ちは六索の嵌張待ち一択。狙いはトップであるウチか――!)

 

 それはそうだ。ここは決勝、様子見などしている暇はない、菫が取るべき先鋒は、トップの千里山――竜華をまくって、四位の宮守を飛ばすこと。

 選択肢は竜華への直撃か、エイスリンの直撃という二択になる。

 

(よほどウチが御しやすいおもったんか、それとも――トップを持っていったウチらへの、あてつけか――)

 

 竜華はそんな風に思考しながら、己のツモへと手を掛ける。

 今度こそ、そんな思いを滲ませて、そのツモを、見た。

 

 竜華/ツモ{九}

 

(あちゃー、そっちかいな。セやけど……)

 

「リーチ!」

 

 竜華/打{五}

 

 その瞬間、菫の顔が大きく驚愕に歪んだ。風越も少しだけ竜華の手を読み取ったのだろう、不可解そうに視ている。

 

(たしかにここでのリーチは愚策中の愚策、六索の重なりを待てば、二萬切りでリーチを望める。せやけど、そんな下手なことしてたら、必ず他家に撃ち落とされてまう! それも、白糸台だけやなく!)

 

 それはたしかにそのとおりだろう。

 華菜は牌を確かめると、少しだけ考えてから生牌の字牌を切り出した。恐らくは聴牌である。それも相当高い。

 そして続くエイスリンは少しだけ難しそうな顔をして、現物で回した、本来なら、これはありえないことなのだろう。

 

(――他家がこのリーチで臆せばそれだけウチの和了りが近くなる、出和了りなんか望んでへん、狙いはこれ――)

 

 菫の自摸切り、そして――

 

 

「――ツモ! リーチ一発ツモ、裏は……無し」

 

 

 自摸った牌を、勢い任せに、叩きつけた。

 

「1000、2000!」

 

 竜華の瞳は炎のように輝いた――

 

 

 ――東二局、親竜華、ドラ表示牌「{3}」――

 

 

(――ふむ、狙いは変わらんやろな、白糸台から若干聴牌気配。 この親番、少し面倒そうや)

 

 何としてでも点を稼ぎたいこの状況。竜華は思考し、前に出ることを選ぶ。

 

(白糸台の直撃は、普通に打ってちゃかなりの脅威や、あのSS自体がかなり巧い打ち手やっちゅうこともあって、ちょっと場数が足りんと完全に嵌るやろうな)

 

 竜華の手牌は、たった今自摸って一向聴、既に八巡目であることを考えると、平々凡々といったところ、菫の聴牌を考えれば、あまり好ましいとは、言えないだろう。

 それでも、

 

(白糸台のは自分のツモを考慮した形でのツモを確り考えて手を作っとる。せやからここで聴牌しとっても、シャンテン数を戻すような寄せ方はあんませーへん。つまり、聴牌していても、速度ではまだ負けてへん)

 

 菫は直撃を狙う場合、手を完成させた上で直撃を狙うか、完成させてから手を寄せていく、この場合菫は聴牌後の入れ替えで間違いはない。

 

(ただ和了るだけなら、ウチとアンタは同一なんやろな。――背負うもんも、目指すもんも全く一緒、せやけど、アンタのそれと、私のこれは、私のほうが先に和了れる――!)

 

 手牌を菫が入れ替えた最中、竜華が聴牌。当たり牌ではない牌をきって、それで聴牌だ。

 竜華の選択は、ダマ。自摸って三翻の嵌張である。

 

(――そうやな、アンタのそれは…………)

 

 続くツモ、そのまま卓上へと叩きつける。遅れて菫も手出しで聴牌。両者の手が、交錯するように卓上を行き来した。

 天井から漏れる数多の光が、竜華の振り上げた手を、指先から牌の先まで、余すこと無く照らし尽くす――

 

「ツモ! 2000オール!」

 

(――先に和了られたら、意味ないなぁ!)

 

 好調を続ける竜華、他校を一気に突き放し、一万点の差を付けた、トップへ一気に踊り出る。

 最初の一歩を踏んだのは、ゲームを開始させたのは、まさしく竜華にほかならない。

 

 そして連荘である、続く一本場。

 

 

 ――三巡目の事だった。

 

 

「ロンだし!」

 

 唐突に降りだした通り雨の様に、これまで沈黙していた風越の少女が、手牌を開いたのだ。

 

「――ッッ!」

 

 振り込んだのは、竜華。配牌二向聴を、一向聴へと進めた直後のことだった。

 

「5200は、5500。――あんまり置いてけぼりにすんなし、ここはインターハイ。二人麻雀の……舞台じゃない!」

 

 三巡目にして、突如として池田華菜は浮上した。

 竜華が動揺にまみれながらも、点棒を華菜へと明け渡す。この巡目で三面張、しかもまだ高くなる可能性を秘めた――爆弾のような手牌だった。

 

(――不確実な跳満(12000)よりも、確実な一万を選んだっちゅうことか、さすがに優勝候補と言われる風越で上級生やオカルト勢と肩を並べる、唯一の二年生だけあるわ)

 

 手作りのセンスと、好調な手牌が続く菫や竜華に、己の運のみで食らいつく聴牌速度、どちらをとっても、この卓唯一の二年生として、ふさわしいだけの力を持っている。

 

(来年のエース候補、大将固定ともされる宮永を除けば、多分来年の風越で、文句なしの頭っっちゅうわけや。……せやけど)

 

 

 ――東三局、親華菜、ドラ表示牌「{2}」――

 

 

「ロン、1300!」

 

「あ、あたしの親番が――!」

 

(……せやけど、それだけに惜しいなぁ)

 

 親番直前の和了で持って、勢いづいたかに見えた風越池田華菜、しかしその親番は、今まで同じく沈黙していたエイスリン=ウィッシュアートに、倍満手を食われ流される形となった。

 ここで和了れれば、他家を大きく突き放せたのだろうが――

 

(少しばかりこの子には足りんもんがあるわ、中一んころから二年上の今のインハイチャンプクラスとやりあってきた宮永を除いた下級生に言えること……経験が足りへんな)

 

 風越と宮守の対戦は既にこれで三度目、それでも華菜はエイスリンに討ち取られたのだ。強力なチカラを持つエイスリンを上回れというのもの無理な話だが――

 

(警戒の必要な相手ではない――せやけど、意識から外していると、いつの間にか高い手を放銃しかねない相手――単純に強い相手、なるほど、面白いやん)

 

 既に、己がすべきことは見えている。

 リードは広げた、あとは守ればそれでいい。ここから――もう一度はじめるのだ。

 

(――そのための強敵は、宮守女子)

 

 現状、警戒すべきは白糸台と宮守女子、意識すべきは風越女子といったところか、そして宮守女子は、ここに来て初めて和了した。

 

 和了率では、全国トップの彼女が、ここに来て。

 

 驚異的な聴牌率を誇るエイスリンが、ここまで和了れなかったのは、単純な聴牌速度の問題、しかしここからは、果たしてどうか。

 

(この子も、そういえば三年なんよな)

 

 退けないものが、恐らく在るだろう、だとすれば、ここで静かに半荘を終えるはずがない。

 ならば――

 

(……来るか? 宮守――)

 

 ちらりと、エイスリンを見やる。

 そこにあるのは、華のような笑み。ただそれが楽しいという、それだけで浮かんだような、眩しい笑み。

 

 その少女が牌を握る、勝利のために、己が勝利を、つかむために――

 

 

(――――エイスリン=ウィッシュアート!)

 

 

 東四局、ドラ表示牌は「{北}」――親はエイスリン。鋭い親の一撃が、今この瞬間に炸裂する――




次回の話が先鋒戦オーラスレベルで長くなったため執筆速度は戻っても、更新は少し遅くなりました。
全五話から六話予定です。とはいえ一話一話が先鋒戦より少し長くなりそうなので、尺としてはそこまでかわらないかと。

一位千里山:110800
二位白糸台:97700
三位風越:97300
四位宮守:94200
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