エイスリン=ウィッシュアートの特徴は、オカルトじみた聴牌率だ。
聴牌速度はともかくとして、ほぼ必ず十三巡までには聴牌している、当然平均はその倍以上である。
常人の平均聴牌速度はおよそ十一巡、遅ければテンパイできないというのも、当たり前のことなのだ。
つまり、エイスリンは平均して、常人の二倍の速度で聴牌し、そして和了できるのである。――それも、欠かさず毎局に。
他家を縛るようなオカルトではない、というのが唯一の救い。打点が高くないというのも幸いである。
当然他家がそれよりも速くテンパイするのであれば――今回の決勝戦のように、聴牌率が劇的に上昇している状況であれば、エイスリンは自然と和了率を落とさざるをえない。
しかし、かと言って彼女のチカラが消え去ったわけではないのだ。真正面からエイスリンに勝利するには、エイスリン以上の支配を持ち出す他に、無いといえる。
そんな状況で、一度彼女が暴れだせばどうなるか――一方的な、圧倒的な闘牌の、始まりである。
「――ツモ、1300オール」
一人の少女が、その手に絵筆を携えて、卓上に、自身の和了を――3900の打点を、“刻みこむ”。
エイスリンの闘牌が、始まろうとしてた――
――東四局一本場、親エイスリン、ドラ表示牌「{西}」――
(――一つ)
エイスリンの親が続く中、弘世菫はそっと手を聴牌させる。己が得意とする直撃を狙うための、一動作だ。
――菫の直撃は、弓道のように例えられる。聴牌し、牌を寄せ、そして撃つ。これら一連の動作がスナイプのように見立てられるのだ。
これがその、第一工程。――引き絞ること。
そして聴牌直後のツモ、他家の捨て牌を確かめる。
すぐさま次の動作、第二工程へと移る。――狙いを定めるのだ。
(風越は、聴牌気配はない、手を作っているとしたら四―五―六の三色か、手作り出来れば高いだろうが――惜しいな、今回は和了れないだろう)
風越の若干外に寄った字牌の多い捨て牌から、手の進み具合を判断する。彼女の手はかなり重い、長期戦になった上で、立直を駆けるなら重圧だろうが、聴牌が七巡目と早い菫の手を相手にするには、少し遅い。
加えて――
(千里山は既に張っている、嵌張待ちだが、手変わり寄りもツモが早いだろうな、そういう流れだ。――このツモを手変わりさせても、千里山のあぶれた牌は撃ち抜けないしな)
千里山は、軽く一瞥しただけで元へと戻る。確かめはしない。ここまで二度千里山を狙っているが、どちらも躱されて和了られた。
東一局での一発を見る限り、こちらの性質は良く理解しているのだろう。今は手を出すべきではない相手だ。
と、なれば――菫は最後の一人へ狙いを定める。
(エイスリン=ウィッシュアート。……当初の想定通り、こいつを撃ちぬくべきだな、ここであまり流れを持たせたくはない)
流れを掴んだ千里山を、風越が射抜くことでそれを奪って、更にその親を流したことで、流れはエイスリンのもとにある。
ただでさえ和了率の高い彼女に、流れを持っていかれたら――エイスリンのチカラの詳細を知らない菫からしてみれば――この状況は相当な脅威だ。
(聴牌気配は見られない、ならば牌が炙れれば――)
――菫の狙いを定める基準は、幾つかのものがある。一つが捨て牌からの手牌よみ、もう一つが流れからのオカルト的読み、どちらも感覚的なものではあるが、菫の“経験”がそれを裏付けしているのだ。
(私とて、この白糸台で、照と一緒に打ってきたんだ、悪いが照の取れなかったトップを、私がもらって――)
そして、第三肯定。――撃つ。
菫の手から、卓上の先にある、一人の少女へ菫の直撃が――シュートされた。ぐんぐんと勢いをつけて、風が、景色が、一筋の閃光によって、薙ぎ払われる。
――そして。
――思考のさなかに行われた、打牌。
「ロン!」
――唐突に、そんな一条の矢に、激突し、貫き前へ進むものがあった。それは勢いのままに投擲された、一本のペン。
ペンは剣よりも強し、ただエイスリンの言葉のみが、結果を告げた。
菫の思考は、エイスリンからの強烈なカウンターによって、打ち払われた。
(――な、た、単騎待ち? 既に張っていた上に、私の寄せた時の余剰牌を狙い撃った。――私が、逆に、撃ちぬかれただと――!?)
エイスリンのチカラは、卓上に最適な場面を描く。それは知っているものからすれば当然の事だが、エイスリンには余剰牌というものがない。つまり彼女を狙って直撃するには、配牌時点から用意されていた牌を正確に読み切る他にない。
そのために必要なのは捨て牌読みでも、流れ読みでもないのだ。
必要なのは、理牌読み。相手の理牌と表情から、当たり牌を読む、それができるのは風越の先鋒程度のものだろう。
現状、菫の直撃は、あまりにも荷が重い、重すぎる――ことなのだ。
――東四局二本場、親エイスリン、ドラ表示牌「{2}」――
(……なんか、全ッ然追いつけないなぁ)
配牌を終え、池田華菜はひとつ、大きな嘆息を交えた。手牌が悪い、配牌四向聴で、一つの面子もヤオチューの刻子、後は嵌張ばかりで、手牌もぐちゃぐちゃ。
(キャプテンだったら、むしろこの手を誰かへの支援に使ったりするだろうし、あの先輩だったら、これをとんでもない待ちのゴミ手に変えるんだろうなぁ
)
自分に流れがないということは、それだけ誰かに流れがあるということだ。麻雀は勝者と敗者をはっきり分けてしまうゲーム。どんな形であれ、結果を見てみれば、勝者と敗者が、くっきりとそこには記されている。
(……いやいや、そんなのアタリマエのことだし。そりゃあたしはあの二人みたいに特別な事はできない、この卓の人達みたいに強くないけどさぁ)
きっと自分は、目の前の三人を、遠くから、後ろからぼんやり眺めているだけなのだ。自分の麻雀を打っているようで、少しだけ違う。
(前に、咲が天江衣に、チカラに呑み込まれた奴は、打たされるがままに麻雀を打つって言ってたな)
――ツモ、そして手牌を組み替える。少しだけ、前に進んだ。
(実際麻雀を打ち始めた後の天江と、打ち始める前の天江は、おっそろしいほど実力に差があった。咲がいなかったら、多分この場には、龍門渕がいたんだろうな)
それは、少しだけイヤだ。ありえないことをイヤだと思ってしまうくらいには。
目の前には、そんな衣と――華菜の視点に立って見るならば――並んでもおかしくないくらい強い相手がいる。
――千里山は、まだ張っていない、他は……少し情報不足だ。
手を伸ばして、届くだろうか、果たして自分には、そんなチカラがあるだろうか。
(まぁ……さ。正直そんなの無いっていうのは解ってる。逆立ちしたって、今はあたしはこの人達にはかなわない。でもさ、負けれないじゃん、絶対に)
どうしたって自分では彼女たちにかなわない。ならば自分はこの卓で、一体どうすればいい?
そんな事、聞いてくれるな、問いかけた自分に、華菜はそう答えて返した。
(わかんない、解るわけ無いじゃん。たとえそれっぽいこと言ったって、果たしてそれが正解かどうかなんて、答え合わせをする人もいない、だから――)
――そして聴牌。無駄のないスマートなツモで、一気に手を進めた。六巡目にして、聴牌。しかし――
――華菜手牌――
{
(待ちは二枚切れの辺張、しかもドラじゃない方を引いたから形聴の超愚形、八筒のツモを考えれば、むしろここは辺張を払って一向聴で維持するべきところ)
もし{三筒}を引いていれば、一通まで望める形ではあったのだ、しかし現状その目はほとんど消えたといって良い。
(当然いつものあたしなら、そこは定石通りに打つんだけど……それじゃあ少し遅すぎる)
現状、他家がすぐにでも追いついて、立直をかけてもおかしくはない状況。一刻の猶予もないのだ。
それに、
(なんだか、あたしの感覚はこれを切れといっている)
軽く{九筒}に手をかけながら、そっと華菜は何度か息を吸い、感覚を確かめるように、手で何度か九筒を弄る。
(何か引っかかるような感じだ、まるであたしの中にある思考が、答えを介さない形で、訴えているような――)
これを、なんと呼ぶのだろう、何度言葉を転がしてもわからない、まだそれは華菜の中に芽生えた“チカラとも呼べない小さなもの”だ。
(うん、それはいい、それでいい。あたしは“とりあえず”それでいい)
自分の中の思考が終息し、そして決定する。
華菜/打{⑨}
キャプテンに怒られてしまうかもしれない。久には迷惑をかけるかもしれないし、下級生には申し訳ないことをするかもしれない。
それでも、華菜はこれが間違っているとは思わない。
その一巡で、すべての手が動いた。エイスリンは赤ドラを切り、白糸台と千里山は、それぞれじっくり思考してからの一打。
特に白糸台は、何かを考えるように、手を何度か転がしていた。
竜華/打{5}
菫/打{①}
なんとなく、わかっていた。この連荘を止めるため、白糸台は華菜を狙っていたのだろう、対局者の中でもっとも御しやすく、最も狙いやすい、二年生の池田華菜を。
それでも、その目論見は外れた、故に狙いを切り替えたのだ。直撃でも構わないだろうが、恐らくは別の者の直撃へ――
そして、華菜はそれを見やった上で、自分のツモを確かめる。
華菜/ツモ{③}
(――
一瞬だけためらって、それでも華菜は、瞳に闘志を灯した。この状況で、この打点。“この程度では済まされない”。
「――リーチ!」
華菜のツモは、和了り牌、それを叩けば、安いながらもこの親番を流せる。前半戦を終えられる。
態々辺張を選んで、そしてつかみとったツモだというのに、華菜は少しの迷いだけで、それを手放してしまったのだ。
――誰もが唖然としたことだろう。
少なくとも、池田華菜はそんな打ち方をする人間ではなかった。多少配牌の良さは特徴としてある。とはいえ、高打点を狙った攻撃的な打ち筋は、優秀でこそあれ奇っ怪ではなかった。
それでも華菜はその打牌を選んだ。
己のが信念で、己が意思を、曲げたのだ。
それぞれは自摸切り、既に張っているのか、無駄ヅモなのか、どちらにせよ、全員が現物で一巡を回した。
そして、
――華菜/ツモ{6}
直球ど真ん中、完全無欠の危険牌である。
聴牌の近いエイスリンが一切気配を見せず、竜華にいたっては、最後の手出しが裏筋の五索、これを危険牌と呼ばずして、なんと呼ぶ。
(――っぐ)
軽く、華菜の表情が歪む、しかしそれが華菜の手を止めることはない。
ただひたすらに、ただまっすぐに、華菜は己の手を前へ突き出す。――それが、己の力だと信じて、己のすべてだと信じて――
切りだされた牌は、誰もがそれをスルーした、鳴くものも、和了するものもいない、華菜の一打が、そっと河の中へと消えてゆく。
三者が三様に反応を見せて、それぞれの打牌を終える。
終局は、その瞬間だった。
(やっぱり、まだまだ、かなぁ……)
華菜の手に収まったのは、一筒、これではタンヤオがつかず、リーチをかけても三翻にしかならない。
けれども、こんどこそ華菜は、それを躊躇うことはしなかった。
「ツモ!」
華菜の手が、卓上に牌を叩きつける。完璧を通り越したかのように、それを示して、自身の元へ、収まった。
それから、一瞬の風が抜けた後、菫はそっと卓の端に手を触れる。そしてくるりと空中で一つの板を翻した。
――南入である。
それから、誰にも聞こえないような声で持って、そっとそれを口にした。
「――さて、私の親番だ」
――南一局、親菫、ドラ表示牌「{南}」――
今局、最初に動いたのは先程も和了を決めた池田華菜だった。早々に聴牌の気配を見せ、三巡連続で自摸切り、それまでの手の異様さを鑑みて、七対子であることは容易にしれた。
しかし待ちの読みにくい七対子は、それだけで脅威である、手を進めながらも、竜華は苦しげに嘆息した。
(なんや、全然聴牌できへん、ウチの流れどこにいってしもたん? ……なんて思ってちゃ、あかんのやろなぁ)
配牌は微妙だ、前局、一向聴までは進んだものの、最後に必要だったドラ側は、結局自摸ること無く終わってしまった。
(風越は、どうもこの半荘、いろんな刺激もらっとるみたいや。一打一打が直前のモノとは大違い、あの子の手が牌を卓に押し付ける度、どんどんあの子は強くなっとる)
自分は果たしてどうだろう。などと、一年下の少女と最上級生の自分を見比べて、誰かを羨むように、心が揺らぐ。
意味のないことなのに、どうでもいいことなのに、
(――なんやそんなつもりは無かったけど、ウチもやっぱり人の子なんやな)
とはいえ、それを誰かに見せたりはしたくない、セーラもきっとそうだろう。どことなく万年三軍の意識を持ったままプレイをしている怜は違うかもしれないが、竜華も、セーラも、共に一年の頃から一軍で、誰かを引っ張る立場で麻雀をしてきたのだ。
だからこそ、負けるということに後ろ向きに離れない、たとえ負けたって、気丈に振る舞っていなければ、彼女たちのプライドが許さないのだ。
(……今は、きっと何も出来へん。三向聴まで進めたけど、ドラもなく、対子が三つで形も悪い。チートイ見ながら、ここからオリや)
菫/打{3}
続けて、打{4}とした。
――丁度それは、親番である菫が、不可思議に牌を寄せ始めたが故の事だった。菫の直撃を避けるための最善は、先に和了るか、現物のみでオリ切ることだ。竜華には、それができる。
(私は、千里山の部長、清水谷竜華や、たとえ今は退こうとも、たとえ今は負けていようとも、きっと何時かは、また起き上がる時が来る――)
そんな思いは、きっと自分が負けたくないと思っているから来るもので、竜華は目の前で繰り広げられる、眩しいほどの攻防を、そっと眺めているのだった。
(――多分、これ狙われてるのあたしだろうなぁ……いよいよなりふり構わなくなってきた、か)
華菜の目の前で、卓上を行き交う情景は、めまぐるしく入れ替わっていた。先程まで攻めっけを見していた千里山が、白糸台の不穏な空気を確かめると、即座にオリを選択し始めた。
宮守は未だ動かず。華菜としても、早々に和了らなければ、この手はそれだけ高い手だ。
(チートイ赤ドラドラ、ツモで跳ねてトップになれる。直撃でも、千里山を狙えれば――)
現状千里山は序盤に築いた点棒があるとはいえ、完全に蚊帳の外へ放り出されている。オリを選択したのも、それを見通してのことだろう。
(直撃という形とはいえ、千里山を盤上に引き戻すのは避けたい。この人は今にでもチャンスがあれば這い上がってくる、そのための切っ掛けを与えたくない――“気がする”)
自分は静かに静止して、場を冷たく平らにしておいて、最後を一気に掻っ攫っていく、咲の得意とすることだ。点数調整と嶺上開花というその特徴故に、その“最後”は異様に華菜の心へこびりついていた。
他にもある、南場で一気にチカラを吹き返す南浦数絵は、たとえ華菜がどれだけ東場で稼いでこようと、南場でそれを覆す。いともたやすく、当たり前のように。
そんな二人が、流れというものを何度か口にしたことがある。それはツキの有無にかかわらず、最終的には勝ってしまう闘牌の結果。
それが、この場所にもあるのだとすれば――
(…………こんなことを、キャプテン達は考えているんだろうか)
何度も自摸切りを続けながら、華菜は考える。
(いや、そんな事解るほうがオカシイ……か。だったら、あたしにはあたしの答えがある)
ツモ、{八索}だ。
(――ん、筋――――?)
ふとそれを見やって手を止める。止めるだけの理由があった。
(これ、かぁ)
華菜のツモである八索は、華菜の待ちである五索の筋である。つまり、そのどちらを切っても、両面待ちであれば直撃だ。
そして、菫の最後に放った手出しは四索、裏筋である。
(……当たり、かな? ――まぁ、退かないんだけどさ)
止まるわけには行かない手である。
止まっていられるとも、華菜は思っていない。
(なんとなく……だけど、あたしはこの打牌で、自分に否定をしたくない。ここで逃げちゃったら、あたしはあたしの中にある、芽生え始めた感覚から、逃げっちゃってる気がする)
――それは華菜に言っているのだ、その牌は特上級の危険牌である、と。しかしそれは、勝負を仕掛ける一打でもある、と。
(これが当たらなければ、あたしはこの局を和了れるだろう、それが無理でも、多分白糸台も和了れない。“そうなるイメージがある”)
華菜はそっと手の中で牌をいじりまわした。
卓を踊るように、向きをくるりと反転させて、情報に構えた。それは、打牌のためのモーションだ。
(――じゃあ、あたしは、これを選ぶ、あたしのツモを、あたしは信じる!)
華菜/打{8}
勢い任せに牌が卓へとたたきつけられ、何かが震えるように卓が軽く振動を起こした。――誇りにもにた何かが、叩きつけた華菜の牌から、そっと華菜の右手へと這い登る。
――そして、
「…………ロン、7700」
それは、結果となることはなく――華菜の体を貫いた。
「――ッガ、ふ……」
(――きっつぅ)
衝撃を伴ったかのような一撃に、華菜は顔を大きく歪めた。痛みにもにた、強いインパクトが、彼女の体を襲っているのだ。
しかし、それでも、すぐにのけぞった体を翻し、元の位置へと立ち返る。
それは突然の強風に、体を仰け反らせるかのようで、そしてそれを乗り越えて、体をかいくぐり、一気に前へと足をすすめるようで――
(…………でも――負けてないし!)
華菜は、それでも満足気に、笑みを浮かべていた。
掴みかけの華菜、掴んでいても勝てない竜華、というお話。
次回が更に長くなったのと、今回の爆撃騒ぎでたまたま直接こっちに書いていたデータを打ち込めなかったためにこの間、です。
一位千里山:108600
二位白糸台:100000
三位宮守:99800
四位風越:91600