エイスリン=ウィッシュアート。
宮守女子の次鋒にして稼ぎ頭。全体的に安定して点を稼げる人間が揃っている宮守であるが、その最もたる象徴は彼女だと言って相違ない。
県予選、インターハイと、快進撃を続ける無名のダークホース、宮守女子のエースと言えば彼女だ。
正確には小瀬川白望と、第二回戦から急に調子を上げ、宮永咲に喰らいつく活躍を見せる姉帯豊音も攻撃に特化したタイプであるが、なんといってもエイスリンのインパクトは彼女たち以上だ。
和了率、全国ナンバーワン選手。このインターハイにおいて、その名を冠することを許されたのは、絶対的な強者、宮永照でも、その宮永照の妹で、三年前にいちどだけ、姉を破ったこともある、宮永咲でもない。
エイスリンなのだ。
特に県予選の第二回戦では、岩手最強の高校と言われる高校を相手に、先鋒戦で小瀬川白望が五万点を一校から稼いでいたという理由もあるが、飛び終了で対局を終えている。
それも東一局の親番で、誰にも和了らせること無く――文句なしの和了率百パーセントという結果を伴って。
エイスリン=ウィッシュアートは、それほどまでに、強大な打ち手なのだ。
――そんな彼女が今、この決勝戦においては一万点も稼ぐことが出来ずに居る。全員が団子になったような状態で、収支のみがトップ煮立っているという状況だ。
エイスリンは三年生であり、これが初めてのインターハイだ。――そしてこれが、最後の半荘なのだ。
次鋒戦後半、ついにエイスリン、最後の闘牌が始まろうとしている。
――東一局、親エイスリン、ドラ表示牌「{4}」――
エイスリンにとって、最も避けるべきこと、それはチームが、誰かを原因として敗退すること。
もしも、誰の咎もなく、純粋な実力の差から敗北したのであればいいだろう。優勝すれば御の字だ。
だが、そこに誰かの責が絡んでくるようでは、いけない。
自分たちは麻雀を、楽しむためにここまで来たのだ。それが、誰か一人の責任で、崩壊してしまうのは絶対にいけない。
このインターハイで、戦い抜いてきた誰もがそうであるように、エイスリンには目指す先がある。
それは優勝という想いであり、仲間とともに在るという目的であった。
エイスリンは海外からの留学生だ。日本での生活は未だ短く、そして何時かは故郷に帰る時が来る。
今まで、考えても来なかったことだ。考えることを、避けてきたことでもある。
きっとこの場にいる誰もが、エイスリンと同じように思いを抱えているのだろう。
誰もが負けたいとは思わないし、勝って帰りたいと思っているはずだ。
だからこそ、エイスリンはその中の一人であり、その中の一人ではいられない。負ければ何もかもが終わってしまう、その場所で、エイスリンはただの一人でいられない。
エイスリン/ツモ{2}
――ツモはすこぶるいい。当然だ、エイスリンに無駄ヅモはない。配牌から無駄な部分だけが抜け落ちて、最終的には無駄ヅモなしに手が完成する。
それがエイスリンのチカラである。
仲間たちは、それを理想の牌譜を“描く”事だと言っていたけれど、エイスリンはそれを、“表す”事だと思っている。
単純な話だ。エイスリンの描く絵は、感情を“表す”ものである。極々単純に、誰かに気持ちを伝えるためのものだ。
それはきっと、誰かを悲しませることもあるだろう、誰かを楽しませることも、また逆にあるだろう。
それ故にエイスリンは思うのだ、感情を、自分のすべてを、自分が描くペン先に、載せることができたなら――と。
このチカラは、その完成形。
あらゆる形に、あらゆる思いを載せたペン。卓上を行き交うペン先が、エイスリンの思うがままに動きまわるのだ。
――そしてそれが、きっと誰かの夢になるから。
エイスリンの、白望の、塞の、胡桃の、豊音の――皆の、夢となって、描かれるのだから。
だから、エイスリンは筆を執る。ペンを奮って絵を描く。映しだされた幻想は、命のように、感情のように、自由にシロの劇場を踊りまわる。
――誰よりも速く、エイスリンの手が聴牌する。そして、続くツモも理解している。
――一瞬だけ、卓上をちらりと見やる。誰よりも速く、このまま打てば次のツモで和了れるだろう。
しかしそれには、エイスリンという、初心者の目線から見ても、感じ取れるのだ。
――いや、エイスリンはオカルトのチカラを有する強者だ。故にそれを間隔として認識できる。
弘世菫だ。彼女が自分を狙っている。直撃という形で、恐らくこのまま行けば、あぶれた最後の牌は、彼女の手によって撃ち抜かれることだろう。
(――――、)
一瞬だけ考えて、エイスリンはすぐさま牌を選択する。選ぶのは暗刻になっている役牌の白、これを手放し、手を再構築する。
――追いつけないだろう、ここから手を組み替えるのでは、菫はエイスリンに追いつけない。
それに、この白を止めることは不可能だ。なにせこの暗刻、最後の一枚は菫の第一打である。
追いつかれるつもりはなかったが、想定内ではある。弘世菫の現物を、暗刻にしておくことで、狙い撃ちをしようとする彼女を退け、聴牌し直す、どうやら功をそうしたようだ。
そして――三巡後、エイスリンの手が再び完成する。
白の役牌は消えたものの、今度は赤ドラがノリ、タンヤオ赤一の手に変わる。それを見届けて、
エイスリンは、高らかにリーチ棒を掬い上げる――
「――リーチ!」
そして、後半戦、先制の一発を紡ぎだした。
華菜と菫の顔が厳しいものへと変わる。例外は竜華だ。何かを考えるように、こちらの顔と、捨て牌を交互にみて、それから菫の方へと意識を戻している。
まだ、諦めてはいないのだろうか。
――しかしどちらにしろ、これでこの一局はおしまいだ。エイスリンが、自然と倒れ、当然の位置に収まるよう突き立てたリーチ棒が、ゆっくりとその力を失い倒れて伏せる。
合わせて、エイスリンのツモが、卓上に舞い降りた。
「――ツモ! 4000オール!」
そして、一本場へと状況が転る。
――東一局一本場、親エイスリン、ドラ表示牌「{白}」――
気が滅入る。
開始早々の親満ツモ、流れを持っていかれたくない状況で、最悪のスタートを切らせてしまった。
竜華は嘆息気味に配牌を終える。流れるような手つきで、第一打を繰り出した。しかし、戻ってきた手に力はない。
(……ちーっときついなぁ。前局、あの対子落としからの一発ツモが、白糸台の弘世を躱すためのものだったとすれば、面倒な話や)
エイスリンの点棒は、この和了でプラス一万点を超えた。沈む竜華との点差は二万点以上だ。ここからそれを覆し、尚且つ稼ぎ勝つのは無理だろう。
相手は間違いなくエースクラスの実力だ。竜華は自分の実力不足を実感し、歯噛みする。
(でも、まだ終わってへん、むしろ後半戦はスタートしたばっか、一度和了られたとはいえ、今はマダ東一局、何も始まってすらおらへん!)
エイスリンには隙はない。
前半戦での“狙い撃ち”もそうだが、この中で最も特徴的な強さを持つ弘世菫を圧倒し、前半戦のトップこそのがしたものの、収支トップは文句なしにエイスリンである。
ただ“狙い返す”だけではなく、こうして回避し、自分の思うがままにツモを広げることもできる。
(だから――考えるんや! 考えて、まずは自分にデキることをする。前に進んで、勝ちに近づく)
強敵、エイスリン=ウィッシュアート。
誰よりも多く和了り、誰よりも前にある存在。けれども――竜華の目の前に、彼女はいない。
在るのはあくまで、トップという結果だけだ。
(ウチの目的は、トップを取って帰ること。怜の手に入れた勝利を、ウチが守って帰ること! せやから、ここで足を止めたら――)
二巡目のツモ、牌を持つ手に、力がこもる。
(――それこそ本当に“終わって”まう!)
高々と、振り上げた一つの牌の姿を、一息に目前へと引き寄せる。――有効牌、勝つために、もっとも直線的な、ツモの形だ。
それを、竜華は自分の手の内で転がしながら、確かめるように考える。
(宮守のは確かに強い、隙もない、けど、何も出来ないわけじゃない)
――対策は、ある。
自分にしか出来ないことだ。池田華菜には場数が足りず、弘世菫は対策を取る必要が有るほど弱くはない。
真正面から挑んでかなわず、且つ策を弄する事でその差を埋められる存在。――つまり、自分にしか出来ないのだ。
(きっかけは、フナQの持ち込んだデータ。それによれば、宮守の次鋒は県予選の第一回戦は、“たった一万点しか”稼いでない)
一万点のプラスは、結果だけみれば優秀な結果であるが、しかしそれが全国決勝にまで上り詰めた宮守女子のエース格、エイスリンの県予選一回戦の記録、というには少しばかり違和感が残る。
原因がその卓についていた“初心者”にあるというのは円依と浩子、そしてセーラの分析だ。
県予選一回戦には、牌効率も何もわかっていない、ルールだけを叩きこまれた初心者が参加していた。
対子が揃えばそれを晒して、ひたすら対々和を目指し始める初心者中の初心者。
そんな存在が、エイスリンの和了率を、一回戦に限っては極端に下げていた。
(原因は、その初心者による、セオリー外で無軌道な鳴き)
円依の分析によれば、エイスリンには他家の手を縛るチカラは無いそうだ。配牌に対する支配力も無いのだとか。
端的に、エイスリンの弱点を示してしまえば、いわゆる荒らし、もしくは亜空間殺法と呼ばれるような鳴きである。
これがセオリー通りの鳴きであればすぐに元のペースへ戻すことができる。“鳴かれる”ことが想定されている上、エイスリンの麻雀の中へ収まってしまうからだ。
しかしセオリー外の鳴きに関してはその限りではない。彼女の想定を超えた鳴きを見せると、たちまち彼女の支配は消え失せてしまうのだとか。
そうするとエイスリンの和了率は激減し、一気に弱さを露呈させるのだとか。
その理由は竜華も交え皆で話し合ったが、最終的にある結論を出した。――エイスリン事態が初心者である、という結論だ。
一回戦の牌譜は、数は少なかったが、その牌譜の中にすら、エイスリンの打牌の拙さが見て取れた。
初心者、ではないにしろ、明らかに河の様子を見ていない、ただ自分の手とにらめっこを続けるようなタイプ。
それがエイスリンの打ち方なのだ。
(まぁ、それを向こうが理解していないとは思えないし、聞くところによると先鋒はそういうのを“見抜く”チカラに長けとるとか)
おそらく、その県予選一回戦よりも、もっとエイスリンは強くなっているだろう。基礎雀力の面でも、間違いなく昔のようには行かない。
それでも――やるしか無いのだ。
(現状、ウチに無い流れを引き寄せるには、流れのあるやつ同士をぶつけ合わせて、その反動でどこかに流れを行かせてまうことや。せやからここは――)
三度目の、ツモ。
ニイ、と竜華は軽く、見えない程度に笑みを浮かべた。
――竜華手牌――
{
(――いっちょ、ウチに怯えてもらうで!)
竜華/打東
――実況室。
「え……ここで、東、ですか?」
実況を務める福与恒子が、すこし困った様子で首をかしげる。明らかに平常ではない打牌、理論整然としたデジタルである竜華の打牌としては、ふさわしくないように思えたのだ。
「いえ、ここはこれで正解ですね。こういった対子が三つならんだ手牌は、一般的には悪い配牌とされることが多いです」
つまり、ここで竜華は和了ることを想定してはいないのだと、解説の小鍛治健夜がすかさず口を挟んだ。
対子が三つという状況は、同時に両面塔子を含むならともかく、こういった五向聴の状況では最悪と言う他にない。
順子を作るには手がばらつき、七対子にすすめるにも、対子の数がひとつ足りない。ここからそれを目指すのは無茶だろう。
「勝負を捨てるんですか?」
「いえ、恐らく彼女は対々和かチャンタを狙うとおもいますが、和了るにはあまりにも無謀だということは、彼女も理解しているでしょう」
和了るには苦しい手、打点を稼ぐにはまったくもって向かない手。言ってしまえば初心者のような、気でも違えたかのような鳴きだ。
それを健夜は正しい、という。
「恐らく彼女は、自分の勝利条件を収支トップと見ていないのでしょう。チーム全体の勝利、団体戦ではアタリマエのことですが、彼女は自分が次鋒である意味を理解しているのだと思います」
――エイスリン/打北
『――ポン!』 {北北横北}
画面上で、竜華が動いた。四巡目に放たれたエイスリンの打牌を、掬い取るように鳴き払ったのだ。
菫と華菜が不可思議な様子で顔をしかめ、エイスリン自身は訳の分からない事態に当惑している。
竜華だけが、好戦的な笑みを浮かべていた。
「――なんというか、挑発っぽいですねー、オラオラビビってんのか? みたいな」
竜華/打{④}
「まさしく威嚇ですからね、今の千里山の捨て牌は、染め手というには異様で、役牌バックというにも無理がある状況ですからね、その不可解は、そのままそっくり彼女に対する脅威となります」
恒子の言葉を、まっすぐ健夜は肯定する。
「さて、――ここからが本番、ということでしょうか」
――風越控え室。
「――奇っ怪」
モニター越しに移された、策のめぐらされた卓上に、思わず咲は、ひとつつぶやく。奇怪な感情に顔をしかませながら。
――不可思議そのものであった感覚だったが、すぐに思い当たる結論に行き着く。これは既視感だ。
――千里山。
――異様。
――威嚇のような捨て牌。
「……先輩」
すぐに咲は思考がそこへ至ったのだ。似ている。この状況は、千里山の大将に居座る、かつての咲の先輩に似ている。
人を欺くことを得意とし、過程という過程をまるっきり消し飛ばすような結果だけの麻雀を繰り返す少女。
そんな少女と、あの千里山の次鋒を務める少女は、半年ほどにわたって麻雀を打ち続けてきたのだ。
耐性があるだろう、欠落もあるだろう。
正直なところ、羨ましいと、咲は思う。
自分は円依の打ち方をよく知っている。円依の最も近くで麻雀を打ったこともある。その変質も間近で見てきた。
それでも、自分には何かが足りないのだ。
彼女たちが、円依という少女と関わってきた事と、自分が円依に関わってきた事の間には、隔たりがある。
何かの不足が、その原因を作り出している。
咲が生むのは嘆息だ。――卓上の麻雀は、どこまでも、どこまでも楽しそうだ。羨ましくなってしまうくらい。
自分も麻雀を楽しんで、楽しんで、楽しんで、その上で勝って皆の元へと帰りたい。
「……気をつけて、池田先輩」
そんな心を覆うように、咲はポツリと呟いて、そっと一人ぼっちのその場から、誰もが踊る卓上の元へと、意識を移してゆくのだった――
――対局室。
卓上は、大きな変化をもたらそうとしていた。
――弘世菫の両面落としである。竜華が怪訝な目線を送り、華菜が難しそうに眉をひそめる。
無理もない、面子オーバーは珍しいことではないが、菫のオーバーは別の意味をもちかね無いのだ。
聴牌気配と言い換えてもいい。誰かを狙う弓の射程が、卓上へと広がってゆくのだ。
誰が狙われているのか、そしてそれは通じるのか、現状のそれは未知数という危機感が、竜華と華菜の顔に不和を呼び込む。
そんな中、エイスリンだけは、わかっているのか、いないのか、難しそうに手牌とにらめっこを続けていた。
――勢い強い菫の打牌、ほとんど盲牌だけして手放すような流れる動作に、より一層の違和感が浮かぶ。
竜華はすぅ、と一息入れると、ツモに手を掛ける。
ツモは手牌の一つと重なって対子となるツモだ。
当然、竜華はそれを手牌へ引き入れ、現物を処理する。
――そして、華菜のツモへと移る。
しばらく考えるようにして、ふと竜華の捨て牌を覗き見る。
ふと、何かを決心したように、勢い良く目つきを鋭くすると、直線的に牌を放った。
華菜/打{②}
――この時の華菜の思考はこうだ。白糸台には流れがある。このままツモで和了してもおかしくはない。しかしここで無筋生牌の二筒。
警戒するのは何らおかしくないが、両面落としの形から鑑みれば、八索は安牌といえる範囲であった。
加えて、竜華の手牌をどうしようもないゴミ手だと呼んだのだ。チャンタ系に手がよっている、そう考えた華菜は、流れのない竜華が、どんな手牌をしているのか当たりをつけた。
つまり、チャンタに向かおうとしているという状況で手牌で重なる二と八の存在である。
よくあることだ。まるで計ったかのように、チャンタ系には不要な側の牌が、手の中で重なる、と言うことは。
そしてそれはまさしく、竜華の手そのものであり――
「ポン!」 {横②②②}
竜華/打{①}
竜華が鳴きうる“直前に自摸った”対子であった。
そして華菜は自摸った四索を迷うこと無く手牌に加え、現物を処理、続く菫は見るだけで自摸切り。
間際、エイスリンがツモを打牌する。
――エイスリン/自摸切り{4}
それはまさしく、竜華が自摸っていたはずの牌であり、そして――
「――ロン!」
菫が待ちわびた、牌であった。
策を弄する竜華、そしてその策を利用する形での菫の和了、菫は気づいていても、狙いが勝つことであるので、この和了は当然甘んじますね。
勝利を目的とするエイスリンと菫、逆に竜華なんかは、開始前の宣言通り、守ることが目的です。
・点数表
一位白糸台:109100
二位宮守:108800
三位千里山:92200
四位風越:89900