咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『鎌首をもたげて』次鋒戦Ⅴ

 ――東二局、親菫、ドラ表示牌「西」――

 

「――ツモ、3200オール」

 

 現在の卓、振り返りながら菫は思う。

 今局、狙い撃とうとしていたのは千里山の次鋒であった。七対子を聴牌し、単騎待ちで直撃をもぎ取ろうと弦を張った。だというのに、こちらの捨て牌を異様だと見るやいなや、すぐさま身を翻し、元きた道を取って返した。

 実力者らしい綺麗なベタオリで、聴牌した菫と華菜を完全にかわしてみせた。“想定外の鳴き”できっちりエイスリンを潰した上で、だ。

 

 結局流局直前に菫が自身でツモ和了りしたものの、すべてを見通したかのような選択は、白糸台の菫をして舌を巻かざるを得なかった。

 これまで――去年の個人戦などでのことだ――純粋な実力者、愛宕洋恵や江口セーラのような相手は、こちらの狙いを読んで来ることは多々あったが、彼女もどうやらそのたぐいのようだ。

 

(和辺りならば、最適解で勝負をするんだろうがな、まぁいい。自分の麻雀を崩さないこと、――白糸台麻雀部の鉄則だ。さて、トップは取り返させてもらったぞ、次は、どう出る――?)

 

 一つ瞬きをして、その一瞬で持って意識を切り替える。そこから浮かんだ菫の思考は、その場すべてのモノへと、向けられたものだった。

 

 

 ――東二局一本場、親菫、ドラ表示牌「5」――

 

 

 開局早々、竜華はそっと嘆息をもらした。

 

(どうしようもなく運が悪いとき、それが自分の心を叩き壊すとき、麻雀をしていればよくある光景や。現に準決勝はそうやった、小さな不安と、怯えから、自分の麻雀を崩してもうた)

 

 人の心は、手牌すらも曇らせる。本来ならば見えてしかるべきヴィジョンも、霞んで消えて見えなくなる。

 よくあることだ。

 そう、あまりにもありふれた、麻雀そのものとすら言える光景だ。

 

(けど、あん時のウチとは違う。怜があの宮永照に勝利して、ウチはトップでそのバトンを受け取った。それにこの決勝戦、どんな不和があろうと負けるわけには行かへん、せやから、一昨日とはコンディションに大きな違いがある)

 

 どれだけ負けていようとも、心では負けていない。少なくとも、手牌から見えるヴィジョンは、いつもと何ら変わらない。

 だというのに、それだというのに――

 

 

(なんで、なんで勝てへんのや――ッ!)

 

 

 ――竜華手牌――

 一三五九⑦⑧11「6」8東白白

 

(……なぁんて、普段だったら考えて、ドツボにはまってくんが常道やけど、今日のウチはちょっと違うで? なんせ今のウチはウチだけで戦ってへん、五人で戦ってるんや)

 

 単純な話だが、五人分の心を持ってすれば、負けられないという気持ちは、五倍にまで膨れ上がる。

 今もきっと、皆はこんな自分を見て、ハラハラと見守っているはずだ。どれだけ信じていたとしても、自分ではない誰かが、自分と同じ立場で戦っていて、ピンチだとなれば、誰とて彼とて、それを不和に思うはずだ。

 

(決めつけでもえぇ、思い込みでも十分や、ウチが皆と一緒に戦ってるって思えば、こんなん全然辛くない!)

 

 竜華/ツモ八

 

(辺張、役牌もあるし、あんまり好きく無いところやけど……)

 

 ちらりと、視線を一枚だけ置かれた、菫の捨て牌へと向ける。役牌である東が第一打。防御を考えているのでなければ、手の速さを危険視する打牌だ。

 

 竜華/打東

 

 竜華は合わせるような形で二枚目の東を河へと放出する。鳴きに入るようなものはおらず、それぞれが字牌を処理し、一巡目を終えた。

 続く二巡目の打牌

 

 菫/打一

 

 菫は順当なヤオチュー牌の処理。役牌を考えていない上で、ここを切ったということは、やはり速さは十二分だということなのだろう。

 

 そして、竜華のツモは七萬、辺張を残す判断が功を奏したようだ。そして少し考えて、竜華は一筒を打牌する。

 白を雀頭とすることも視野に入れた、特急券を残す打牌だ。

 

 続き、リャンカンであった四萬をツモ、一筒を連打する。更には二萬までもツモ、一気通貫の一向聴とした。

 

(……ここは、選択肢としてはドラの嵌張を活かす形にして筒子の両面落とし、もしくはマダ巡目が早いことを考慮しての役牌対子落とし、もしくは――)

 

 ここで一瞬だけ竜華は手を止めた。逡巡が一斉に思考の隅々まではじけ飛び、結論へと迫ってゆく。

 刹那にも満たないそれは、だれの目をとっても、疑念すら浮かばないものだっただろう。

 

 竜華/打8

 

 事実、竜華の打牌は速度を選択する八索落とし、ドラを使えずとも速度を優先する打牌、エイスリンという化物のような和了率を誇る相手だ、悠長な手作りは望めない。

 

 竜華はあくまでまっすぐ、最善と言える手を作る。――奇策はない、デタラメもない、感覚もない。

 少なくとも、竜華は自分の前に道がないとき、そんな風に道をまたぎ越すようなことはして来なかった。自らの手で持って、道を作ってここまで来たのだ。

 それは今も、揺るがない。

 

 そして、次巡、早々に六萬を引き入れる。すぐさまリーチを打とうかという所だが、竜華は黙聴を選択。

 ドラの手出しだ。迷いはないとはいえ警戒される。――それでも、自ら茨の中に、身を投じるよりは、ずっといい。

 

 同巡、沈黙していた池田華菜が動く、四度目の手出し、加えて竜華がドラを打った直後に、無筋の八筒、一つずれていればそのまま和了だ。

 当然華菜も迷っていたし、最後には悲壮染みた覚悟の表情で、打牌を選択したのだ。――とはいえそれが、悩みに悩んで攻めを選ぶような、高めの手であるということへのアピール、一種の威嚇であるということは、竜華は見抜いているのだが。

 とは言えそれでも、不穏な捨て牌から、早い手を匂わせていた菫の手牌から、現物を引き出したのは、間違いなく華菜の手が功を奏したといってよいだろう。

 

 関心気味に、竜華はツモを進める。聴牌直後のツモは不要牌、それも華菜と菫への現物であり、竜華の役牌、躊躇うこと無くそれを自摸切りした。

 華菜も同じように安牌を自摸切りする。

 それから――

 

 竜華/ツモ⑦

 

 このツモを、迷わず竜華は双ポンへ切り替えた。八筒が現物であることを考慮し、打点の向上を考えた上での回し打ちだ。

 結果、竜華と華菜、沈む両者のめくり合いは――

 

「ツモ! 1100、2100!」

 

 竜華の勝利と、相成った。

 

 続く東三局はよほど手牌が良かったのだろう、高速で聴牌したエイスリンの超特急に、半ば衝突事故気味な振込を、菫が行い、放銃。

 そして続く東四局。

 

 

 ――東四局、親華菜、ドラ表示牌「3」――

 

 

(――ようやく戻ってきた。さっきの親番で、和了れるのならそれが一番ええんやけど、まぁ世の中そううまくは行かへん。せやからウチは、ここで一つ、和了らせてもらうで)

 

 竜華のやろうとしていることは、あまりにも無様とすら言える、最下位争いのようなものだった。点差をトップに開けられて、それを少しでも埋めようというのではなく、最下位である池田華菜に、まくられないことを考える、そんな麻雀。

 しかしそれは他者からみた結果でしか無い。竜華はこの時、調子の波に乗る収支的に先をゆく菫やエイスリンではなく、後ろから竜華を追いかける、華菜を敵と認識したのだ。

 

 ――水面下で進行する竜華の思考、それでも卓上は、否応無しに変化を見せる。

 ――手は配牌三向聴、迷うこと無く不要な字牌を整理し、二巡、シャンテン数はひとつ進んだ。

 

 それもそのはず、この卓で、最も得体のしれないのは間違いなく華菜だ。ほかはよくも悪くも完成している。なにせ他の二人は三年生、成長の余地は、完成された強さに打ち消されている。

 絶対的な強さは、時に不動の強さに成り果てる。高校3年生というこの時期がまさしくそれだ。

 

 ――完全一向聴となるような、両面と対子の複合を引き入れ、手を熱くする。とにかく待ちの広い形で、一向聴を待つ。

 

 三年生は強い、ブレずに強い。しかしそれはだれもが強さを上の位階に引き上げないということだ。強いがゆえに、揺らがない。例外は、それこそ怜のような、打ち方事態を根本から変えてしまうほどのものが必要だろう。

 ――しかし、二年生、池田華菜の場合は事情が違う。彼女はまだ来年がある。伸びしろが大きいということだ。

 それに加えてこの決勝戦は、彼女の普段行う練習の、数億倍もの価値があるだろう。今の華菜は、それだけ強い、いつ化けるか、わかったものではないのだ。

 

(だからこそ、今叩く、ただ前に進もうとするのは強いだけやない、曲がらへんのや、どれだけ叩こうが、どれだけ潰そうが――曲がらへん)

 

 竜華はそれを止めるために、まずはもう一つ和了る必要がある。そのためにはブレずに強く、そして特徴ある白糸台と宮守を、真っ向から破らねばならない、だが――

 

(――それは、ちょっときついやろな)

 

 エイスリンは言うまでもなく、和了率全国トップの化物、菫も三連覇を狙う最強高の三年生。宮永照強しの印象が強い白糸台だが、それでも弘世菫は一年の秋季大会からレギュラーを張り、三年間照と共に成長してきた人間だ。

 強いものの側に居ることが、成長においてどれだけ助けとなることか、前年度エース、江口セーラ、そして二年前、千里山最強と謳われた大エース、藤白七実のような存在によって、竜華がどれほど力を付けたか。

 

 ――手牌はそして一向聴へ、他家の河に不穏な要素はない。エイスリンだけは、リーチなしに捨て牌から聴牌を読み取ることは不可能であるが。

 

 それ故に竜華は考える。この二人は強い、間違いなく、疑いようもなく。それでも竜華は、そんな菫とエイスリンに手を伸ばせるだけの力がある。それはこれまでの対局で示された、疑いようのない事実なのだ。

 

 ――ツモ、そのまま自摸切り、焦燥気味に竜華が顔を歪める。他家への手牌と捨て牌へ、滑るように目が移る。

 

 だからこそ、言えるものがある。竜華はエイスリン達に挑むのであれば、相当の無茶をして、相当の危険を冒して、それでもなおちっぽけな目を得る程度のことなのだ。

 

(言ってしまえば、それは風越の子でもできること、今はマダ未達でも、未完の大器であるこの子なら、私が目一杯を、一瞬の爆発でやりかねない――故に、私とこの子はその位置が近い!)

 

 脅威でもあることだ。

 手が届く後方に、敵がいるということは。――しかしそれは、この場限りの優位に変わる。

 

(在るはずや、あの子がこの場限りで持つ状況が、あの子をこのば限りで止める状況が――!)

 

 竜華の思考が、鋭く前衛を貫く刃となって、確かな形を持ち現れる。一つの確かな、決定を得たのだ。

 

 ――同時に、竜華の手が卓上を豪快に叩いた。聴牌である。自風北赤赤、自摸れば満貫、自摸らずとも四十符の手牌。両面待ち、絶好の聴牌だ。

 

 竜華の視線が、鋭い刃を伴った両翼が、紛れも無い決断が、卓を二つに裁断し分ける。それはまさしく振り下ろされたヤイバでもって、三つ巴の中央に立ちた現れるかのようだ。

 

 空間が、断絶される。あらゆる力を帯びた感情の群れが、ひとつの揺るぎなき刃でもって、切り裂かれるのだ。

 一瞬――ほんの一瞬のことだった。静かな水面の如く進行していた卓が、爆発的な推進を得て前方へと歩を進めてゆく。

 

 華菜はその中で、刹那だけ迷った上で、牌を自摸切りする。それは字牌、オタ風であり、竜華が序盤に整理した字牌の一つ――安牌である。

 続き、菫が現物を自摸切りする。

 そしてエイスリン――少し考える仕草をしながら、手牌から北――生牌のオタ風を切り出した。

 

 エイスリンに聴牌気配はない、しかしこの局面で手出しのオタ風を打ったこと、それは元来の安牌であったはずの牌を、ここで打ったということにほかならない。

 それはそのとおり、竜華の当たり牌では無い。――しかし、

 

 

「――カン!」 「北」北北北

 

 

 ――新ドラ表示牌「七」。

 

 槓材では、あるのだ。

 

「――――ッッ!」

 

 真っ先に反応したのは、切り出したエイスリンではなく、その様子を注視していた池田華菜だった。

 続き、怪訝な視線を菫が送り、エイスリンが疑問に顔を曇らせる。

 そして――

 

 竜華/自摸切り東

 

 嶺上牌は不発の不要牌。ホッとした様子で、華菜が嘆息を漏らす。そして――少しだけ難しい顔で、先ほど切り出したものと同一の安牌を切り出す。

 これで、華菜が切った字牌は、すべて卓上にさらされたことになる。

 

 結果、菫のツモ、エイスリンのツモと巡目は進み――

 

 

「――ツモ! 1300、2600!」

 

 

 竜華のツモは、紛れも無い正解を――釣り上げた。

 

 ――竜華手牌――

 一二三④⑤(赤)5(赤)6788 ③(ツモ) 「北」北北北

 

 

 ――一方、親被りを受けた華菜は、しかしどこかホッとした様子で、手牌を倒すのだった。

 

 ――華菜手牌――

 二二八(ドラ)八(ドラ)③③⑥4(ドラ)4(ドラ)88白白

 

 そしてついに後半戦も、南一局へとうつりゆく。

 対局の終わりは、近くそして手の触れぬ場所へと現れ出た。――果たしてそれはいかなる結果をもたらすか、

 

 それぞれの目指す勝利は、同一であるようで本質が異なる。

 結果、四組の瞳が灯す焔は、まったく別のものであった。前を見るエイスリンと菫、後ろ――仲間たちへと目を向ける、竜華と華菜。

 先行するもの、追従するもの、あらゆる思いが形をなして、ひとつの卓をつくり上げるのだ。

 

 ――格して、インターハイ決勝戦、次鋒戦後半、南一局が、始まろうとしていた。




全体的に、激闘を続ける三年生と、それを追いかける華菜という構成。
激しい戦いではないのは次鋒戦である以上仕方ないとして、刀と刀の一騎打ちみたいな闘牌ができるのなら僥倖です。これ、四ツ巴ですが。

点数表。
一位白糸台:116600
二位宮守:104500
三位千里山:93300
四位風越:85600
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