風越女子三年、上埜久。前年度は個人戦にて活躍、当時の最高学年であった者たちや、幾人かの化物には届かなかったものの、二年生の中では一桁の順位に入る活躍を見せる。
宮永照という別格を除いた、現高校生最強の“人類”、辻垣内智葉に対して、ギリギリながらもプラス収支を見せたのが象徴的と言えた。
千里山女子三年、江口セーラ。インターハイの五指に入る高校のウチ、不動とされる高校が三校ある。臨海女子、姫松、そして千里山女子だ。セーラは二年時からその千里山でエースを努め、今年こそ園城寺怜に先鋒のエースポジションこそ譲ったものの、千里山の強さの象徴は、江口セーラといっても過言ではない。
その手牌から押し寄せる火力は、一年時、補欠ながらレギュラークラスとまでされる火力を有する程だった。
どちらも去年、個人戦や団体戦で二年生ながら華々しい活躍を見せ、――龍門渕が欠員した――スプリングでは、その経歴に見合った活躍を見せた。
当時から風越は優勝を狙うインターハイを想定して、中堅に上埜久を置いていた。結果、この二人の対局は、三年時にいたってから二度目ということになるのだ。
それもスプリング、インターハイ双方において、戦いの場が“決勝卓である”というおまけ付きで。
「久しぶりやなぁ、なんや、楽しそうな顔しとるやん」
インターハイ決勝会場。とても静かな、しかしチカラの圧迫を伴った空間に、二人の雀士が姿を見せていた。
上埜久。江口セーラ。共に強豪を代表するエース格であり、活躍を期待される三年生だ。
「あら、そっちこそ笑みが凶暴すぎて、かなり怖いわよ?」
両腕を腰に当て、天井を見上げて、立ちはだかるようにしている久の隣に、セーラがケモノじみた凶暴な笑みを浮かべながら並び立つ。
一歩先には階段がある。ここを登れば、対局が待っている。
「せめてかっこいいといわんかい、ウチかて男や無いんやで?」
「そうね、すっごく可愛いわよ、今の貴方」
優しげな笑みを、少しだけ意地悪そうに、久は隣に並ぶセーラへと浮かべる。途端に、セーラの顔が赤く赤く、ゆでダコのように燃え上がる。
「な、な、な、何言うとるんや! ウチかて、こんなんムリヤリ着せられてるだけやし、そもそもあんまりこういうの似あってへんし――」
「そうかしら。すっごく似合ってるし、それにそういうのを着せて恥ずかしがるのを見て、そそる――」
思わず上げた言葉に対して、久の返答が帰ってきた途端、セーラは思わずひっと声を漏らした。根は純情な少女であるセーラには、久が浮かべた獲物を狙う野獣のような笑みが、あまりにも恐怖の対象でありすぎたのだ。
一瞬のタメ、セーラの喉がゴクリとなって、久が続く言葉をつなげる。
「――人もいるらしいわよ?」
――と、そこで久の顔が心底から浮かんだ満面の笑みに変わる。とても楽しそうに、ケラケラと久は笑った。
「な、な――――」
思わず絶句するセーラに、久は一歩だけ近づいて、ポン、と肩をたたいた。
「ま、お手柔らかに頼むわ。でないと、ウチが優勝できないしね」
そうして、先に征くように階段へと足をかけた久、一瞬ぽかんとしたまま意識を飛ばしていたセーラであったが、やがて正気に戻ると――
「ぜ、絶対に負けてやらへんからなぁ――っ!」
怒りに任せた言葉とともに、先を行く久に追いつこうと、急いで階段を登り始めるのだった。
――数分後、決勝にて中堅を務める残りの二名――鹿倉胡桃と渋谷尭深の両名が対局室へ到着、場所決めが行われた。
結果、東家にセーラ。南家に尭深、そしてセーラの真正面、西家に座るのが上埜久、そしてラス親、北家は鹿倉胡桃と相成った。
格して決勝戦の折り返し、後と前を繋ぐ場所、中堅戦が開始した――
♪
――東一局、親セーラ、ドラ表示牌「8」――
開局、セーラと久の手牌は以下のものとなった。
――セーラ手牌――
三四六八⑦⑧⑨378南白白 5(ツモ)
――久手牌――
二二二九九①③⑤⑧3東西北 4(ツモ)
ここから共に字牌である南、そして北を打牌。そして南家の尭深が發を打牌。胡桃が東を打牌したことから、東一局は、全員が字牌を整理するところからスタートした。
セーラ/ツモ5・打3
――千里山控え室。
『江口選手は嵌張を払い、対子を加えたまま良型の形を維持します。対する上埜選手のツモは二索、当然字牌を整理、打ったのは東です!』
『どちらも開局直後ですので多くは語れませんが、どうやら江口選手は白を払って平和に持っていく様子は無さそうです』
「あはは、完全にこの二人の対決みたいになっとるなぁ」
帰ってきたばかりの竜華が、怜を膝枕しながらぽつりとつぶやく。それもそのはず、南家に座る渋谷尭深の打牌を、一切スルーしてのこの会話だ。
当然、尭深の打牌が何の説明もいらない字牌の整理であったため、語ることがないということもあったが。
「北の江口に南の愛宕、インハイの風物詩といえばこの二人ですけど、なにげに江口先輩は風越の上埜とも対局経験は多いですからね」
ちょうどスプリングのデータを確かめているのだろうか、タブレット端末をいじりながら浩子が応える。
特に今年は、姫松と千里山が春夏どちらも反対側のブロックに配されたため姫松のエース、愛宕洋恵との対決は実現していない。
結局団体での洋恵とセーラの対決は、二年時の秋にしか実現しなかったのだ。
そんな訳か、今年のセーラは春でも一度対決している上埜久と比べられることが異常に多い。
特に準決勝で大将が共に他校を飛ばしての決勝進出を決めているため、千里山と風越は比べられることが多いのだ。
「スプリングでは確か江口先輩が勝ってましたよね」
「だねー、スプリングの歴史に残る名勝負だったとか」
泉の言葉に円依が追従する。その時は互いにプラス収支で半荘が終了、結果的には一万点ほどセーラの方が勝っていたはずだ。
『おっと、ここで江口選手、九萬ツモからの六萬切りだ! 手牌の変化を考えても六萬の方が待ちが広い気がしますが……』
「お、セーラらしい打ち方やな」
画面上に変化が起きた。そこに竜華が反応する。感嘆に近い声音が、少しだけ楽しそうな笑みに変わった。
『恐らくは上の三色に狙いを絞ったのでしょう。九索はドラですし、今の江口選手の手牌には九萬を遊ばせる余裕がありませんから』
的確に、解説である健夜がそれを説明する。
『それでもし六索引いてきたらどうするんですかねぇ……』
恒子のつぶやきに、どっと千里山の面々は湧いた。こぼれ出る笑みを、だれもが隠せないようにしている。
「あは、はは、なんやねんそれ」
一番楽しそうに浩子が笑う。彼女はセーラだけでなく、千里山の事をデータの面、もしくは麻雀の面から最も知り尽くしているのだ。
続けるように、竜華が口を抑えながら言う。
――尭深/打5
「そんなん決まってるやんなぁ……」
――上埜/打⑧
全員の視線が一致する。思うところは同じ、というわけだ。
――胡桃/打八
それを代表するように、怜が竜華の膝に埋めていた顔を、起き上がらせる。それからぽすん、とモニター向きに倒れなおして――
「セーラが、九索を引けん、ワケがないやん」
――セーラ/ツモ9
極々、当たり前の口調で持って、怜はポツリと、呟いた。
――対局室。
――その後、セーラは七萬をツモ、すぐさま両面を切り崩す。理由は簡単。一枚切れの五索が暗刻になっても、自摸って来るのは赤五索、つまり、白を自摸った場合と翻数は変わらないというわけだ。
――対する久は、順当なデジタル打ちらしい打牌を見せ、手牌を一向聴まで進める。しかし九巡目、生牌の字牌、白を手牌に引き寄せた。
久の打牌は九萬、よく押さなかった、と言うべきだろう。そしてこの九萬切りから、久はベタオリだと誰もが考えた、その時だった――
(――張った)
久の思考が、ひとつのスマートな答えに行き着く。明確なそれは、久の視線とともに、己の手牌へ集中していた。
――久手牌――
二二二①②③④④⑤345(赤)白 白(ツモ)
(先制リーチ……か、あの時も、おんなじ風にリーチしたっけ。――いや、今の私とあの時の私は違うけどね)
思い出されるのはスプリングでのこと。あの時久は敗北したのだ。そして今、久は今に近い場所にいる。
(――一枚切れの四筒、地獄単騎でしかも超危険牌、でも、ここで迷う私じゃない)
久の思考は、恐らく一秒にも満たなかっただろう。それは打牌を選択するための挙子動作と何一つ変わりない。
つまり、久は平常の思考を携えたまま、このばで打牌を選択するのだ。
「――リーチ!」
久/打⑤
悪待ちという、あまりにも彼女らしい選択を伴って。
だが、それに待ったをかけるものがいた。久と全く同じ、淀みのない手つきでもって、セーラが打牌を“曲げた”のだ。
「――リーチ」
よく通る彼女の声には、しかしそれ以上のチカラはこもっていなかった。あくまで自然体。少女が打牌を、選択するのだ。
――白糸台控え室。
「たかみー先輩。掴まされたね。出すかな?」
「出すわけ無いだろ馬鹿、ここで振り込む理由はない。それに渋谷はウチで二番目に守りが得意だ」
それもそうかと、淡は楽しそうにケラケラ笑った。
尭深のチカラはオーラスにて作用し、そこに至るまでの局数が如何に重ねられているかでチカラの度合いが変わってくる。
なのでそれまでの半荘において、もっとも好ましい終了の仕方は、親の聴牌流局なのだ。そしてその条件は既にクリアされている。
そうしたとき、尭深の防御力は活きてくる。これも照の指導によるものだ。実際尭深の防御力が、和に匹敵するまでになったのは、その和が部活に加わってからだが。
――結局、期せずして攻めの機会を得た宮守だったが、その機会を活かすことが出来ずノーテンで流局。
久とセーラが聴牌し、残った二人が、ノーテンの罰符を支払うこととなった。
そして、一本場。
――対局室。
「リーチ!」
五巡目の事、セーラが聴牌、そのままリーチを打った。電光石火の早業に思わず久は嘆息を漏らす。
(――相変わらず、鬼みたいなツモをする人ね、ここまで全部手出しじゃない)
けれど、そんな彼女の顔に疲れはない、むしろ浮かべているのは――笑み、獰猛なケモノのようで、鋭い目で獲物を狙う鷹でも在るような、凶暴なそれ。
真っ向から、掴んだ牌を放り出す。
セーラが出した牌はすべてヤオチュー牌、安牌など無い。ならば、ここで自分が引く、理由にはならない!
(あなたがそうやって、王道をゆくのなら、私はその裏を行きましょう。どんな悪路が待っていようと、私は機会を待つのよ――待つのは全部、覚悟の上!)
それは絶好の好敵手に対する、真っ向からの意思表示。敵意という強固で直線的な得物でもって――
(この最後の対局に、貴方という人がいて、私はとても嬉しく思うわ! ねぇ、そうでしょう? みんな!)
――三巡後の事だった。久が跳満手をテンパイする。選択するのは当然悪魔ち、対面の現物、二枚切れの南を待ちに選択したのだ。
――しかし、直後のことだった。
「ツモ! 2100オール!」
セーラが勢い任せに牌を叩いた。……知っている。久はその瞬間を知っている。セーラが和了をした時、見せる直線的な敵意の笑みを!
交錯する。両者の視線が、余りあるチカラという意思を持ち合わせ、己が得物を携えて――――
そして、二本場は久が和了し、失った点棒を取り返す。十巡目、鮮やかな満貫和了であった。
これにより、久は原点をあっという間に回復、風越は二位へと浮上する。
――東三局、親久、ドラ表示牌「6」――
そして東二局が終了し、久の親番へと状況が転る。先制し聴牌したのは、西家江口セーラであった。
――セーラ手牌――
八八八②③③7(ドラ)7(ドラ)7(ドラ)8東東東 ①(ツモ)
(そこ、かぁ。ま、構わへん。もともと三暗でも十分な手、それに二筒を惹かなかっただけマシってもんや)
ちらりと、その視線は久へと向かう。
――久捨て牌――
①九③④五(赤)5
西八北4⑨西
あまりにもあまりな、わかりやすい捨て牌に、何度セーラは嘆息を零したかわからない。この威嚇によって、久が索子を捨てた時点で、白糸台と宮守は共にオリを選択している。
セーラも、索子を引いていれば恐らく攻めはしなかっただろう。それでもここまで、首尾よく事を運べたのだ。後はこれを和了れれば――
(ともかく、ここでリーチはせえへん、もし七索を引いた時、カンが出来へんからな。上埜の事や、この巡目までドラが出ないことを考慮した上で、両面やのうて嵌張に取るなんてことは十分考えられる)
ドラはまだ最後の一枚が場に出ていない。誰かが抑えている可能性もあるが、山の中に眠っている可能性がある。その場合、リーチをかければそれを防ぐことも出来ずに手放すことしか出来ない。
あの混一色気配に対して、振り込む危険を帯び無くてはならないのだ。
故に、ここは闇が正解。かくしてセーラは多面張により、久に勝負を挑むことと相成った。
しかし、その巡目、久の打牌。久は何事かを考え――
久/打⑧
手牌の末端から、いきなり筒子を切り出した。
(張ってへん――!? いや、それだけやない、これってまさか――――!)
続く久の打牌もまた八筒。その次も、また。――かくして、久の手牌に八筒の暗刻が出来上がった。
いよいよセーラは驚愕に至る。
(なる、ほど…………上埜らしいっちゃらしいわ。……ぐ、よくよく考えりゃこんな捨て牌、オレ、よく相手にしてたやん……ッ!)
思い出すのは、千里山のレギュラーにして大将を務める一人の少女。捨て牌を異様にすることで、威嚇し、目をくらませて、“騙し取る”麻雀を打つ少女。
そんな少女、瀬野円依は江口セーラのチームメイトであったはずなのに――!
直後、更に久は六筒を手出し、これで久の手は、大きく姿を変えたこととなる。
しかし、そんな折、セーラの手牌に変化が見られる。――引いたのだ、四枚目の七索を。
(あそこで態々久が暗刻を落とした理由――八筒は無筋や、せやからオリやない。とすると……)
考えながら、セーラは自然と牌を叩きつける――手元で、だ。
和了ではない、別のこと。
「――カン」
躊躇わず、更にドラをセーラは晒した。
これで四翻、セーラの手が確定したこととなる。満貫が決定的となり、更にはこれは面前での暗槓だ。跳満は、十分有り得ることだろう。
そしてセーラは、嶺上牌へと手を掛ける。悠然と、久の袂へ手を伸ばす。ただひたすらに、ただ貪欲に――――
――新ドラ表示牌「中」
セーラ/ツモ④
そして、それはセーラの顔を沙汰に満ちた笑みへと帰る。気配が尋常ではない姿の固まりへと――変換される。
――セーラは放つ。己の心を、ひとつの魂に変え。
「リーチ!」
高らかな、宣言とともに、セーラは八索を、吐き出した。
それは確信に近い考えのもと、行われた事だ。――この牌は通るのだ。十中八九。徹頭徹尾。
それは七索が壁であることの他に、在るヴィジョンが、明確にセーラの中へ浮かんでいるからだ。
それは――
「――カン!」 「8」888
久の、カン。
八索を切り出すという選択肢を考えた時、まっさきにセーラはこれが浮かんだ。それは恐らく、経験がひとつの形となって現れたのだろう。
つまり、セーラだけが確信を得られる予感に近い。故に、セーラは打牌を選んだ。
自分の感覚を、絶対だと据え置いた。
そして、いまこの場所に、セーラはいる。
(――こん大明槓で、ウチと久の立場は明確になった。お互い、待ちに被りはないやろう。セやから後は、ウチと久のめくり合い。その勝者が、ウチであればそれが最良!)
リーチはもう、躊躇わなかった。躊躇う必要もなかった。
セーラの意識が己の得物でもって久の喉笛を狙う、その瞬間へ変換される。久は少しだけ呼吸を整えると、一気に手を前へ突き出す。
それは、その瞬間が、久にとって何かの意味があるとでも言うかのように。
一瞬だけセーラは考えて、そして納得する。
(――そうか、嶺上開花。風越の大将が得意とするレア役……)
彼女が仲間であるというのなら、嶺上開花に対して、特別な意識を向けてもおかしくはない。
だが、
(そんなん全部幻や、なにせ、今からオレがアンタを討つんやから……なぁ!)
嶺上牌のツモに合わせて、セーラの手が動く。前傾姿勢のような態勢でもって、じっくり久を、見定める。
セーラは己のチカラを信じた。何も疑う余地もなく、そしてそれはまさしく――真実だった。
だが、久は、その上を行く。
――――その時、だった。
久の顔が、セーラの向ける、笑みと重なった。――そして久の漏らす声が前に体を傾ける、セーラにはっきりと届いた。
「捕まえた」――――と。
途端、久の手が激しくぶれた。
凄まじい音を伴って牌が宇へと飛び上がる。――はっとセーラの顔が上空へと向けられる。そこは、黒に染められたスペースに、まばゆい光が灯る場所。
さながら、夜空に浮かぶ星の瞬きでも、あるような――
――一瞬の、空白。次の瞬間には、再び世界が塗り替えられる。
あっという間のことだった。空中で刹那の間だけ浮遊していた一つの牌が、急速に加速を持って、たたきつけられる。
地が――抉られるように姿を変える。
「――ツモ!」
その瞬間、セーラの目が大きく見開かれる。
あまりのことに、呆然と目の前の存在を、認識していた。
「24000――――ッ!」
――久手牌――
12345(赤)69白(ドラ)白(ドラ)白(ドラ) 9(ツモ) 「8」888
それはまるで、上空から降り注いだ久の得物が、セーラを貫いたかのようだった――
高火力同士というか、実力派の三年生同士の対決は、燃える物足あると思います。
セーラ対洋恵とか、原作でも読んでみたいんですが。
点数表
一位風越:120700
二位宮守:99400
三位白糸台:96900
四位千里山:83000