咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『泉VS浩子 レギュラーメンバー争奪戦①』

 四月も終わる休日の三十日。

 一ヶ月の期間を要した県予選へのレギュラー選考も、今日が最終日となる。無論今日までに監督である愛宕雅恵はほぼすべての成績、及び上位者の牌譜をチェックし、レギュラーメンバーの構想を半ば固まらせつつあった。

 誰かが声に出したわけではないのだが、その候補も周囲は察しつつ合った。

 怜、セーラ、竜華。春季選抜の三年生組は鉄板であったし、ここ数日、本人の希望や監督直々の支持により何度も対局がおこなわれていた泉と浩子も噂されているし、円依も一部信奉者はレギュラー入りを疑っていなかった。

 

 実際、こと最終日にいたって、千里山の県予選レギュラーはほぼすべて決定していたといっていいのだろう。

 確定視三人、有力視三人。

 後はこの中の誰がメンバーに、だれがどのオーダーを任されるのか、その一点に注目が集まっていた。

 

 連休三日目のレギュラー勢対局室、そこでは普段竜華のように全体の卓を回っていた監督がその日に限っては居座っていた。

 ここ数日行われていたカード、泉と浩子の半荘を、監督は命じたのだ。

 

 二人が了解し、監督が指定した卓へとつく。

 

「この半荘はレギュラーを決めるための大事な半荘やっちゅうのはみんな気づいとると思う。故にこの半荘は千里山のボーダーラインを決める戦いとも言える。成績上位者も、成績下位者も、希望者は黒板の方にモニターを用意したから、そっちで見るように」

 

 この言葉に、群がっていた生徒は一様に反転し、大きく空いたスペースへと移動した。浮き足立った様子ではあったが、残ったのは数名だった。

 部長の竜華が率先してモニターの方へと移ったのが大きかったのだろう。

 

 そしてその数名も、泉と浩子を含め、円依、セーラ、怜の五名だった。

 

「どーやらわかっとったようやな、二条と船久保以外の面子は瀬野と園城寺や、園城寺も円依も、対局中に感じたことを後でプリントを渡すから提出するように」

 

 それと、と監督は二人に、あるルールを課した。

 

「ええか? 二人はあくまで面子や、二人はツモ上がり禁止、それぞれ出和了りは二条と船久保のみとする。それと――」

 

 円依を呼び寄せ、監督はあることを円依に耳打ちする。少し驚いた様子で円依は目を見開いて、それから真剣な様子で頷いた。

 

「解りました。丁度調整もしたかったことですし、そういった感じで打ちます」

 

「頼むで」

 

 ――その“二人の交わした会話”それを正しく理解できたのは、この時においてはセーラのみであった。

 

 

 ♪

 

 

 起親、東家は泉、南家が円依、西家が浩子、そして北家、ラス親は怜となった。

 

 

 ――東一局――

 

 

 ――泉手配――

 一九③⑥⑨1789東北北白 ②(ツモ)

 

(配牌は……普通、円依が何をしたのかは気になるけど、ここは手なりに行くしか無いなぁ)

 

 少し考える、とは言え何を切るかではなく、どこから切るか、の問題である。三麻のような手配だと思いながらも、泉は牌を選択した

 

 泉/打一

 

 続けて、円依も牌を自摸り、そのまま切り出す。

 

 円依/打八

 

 

 そして、浩子の巡である。

 

 ――浩子手配――

 二四六六九①②⑦⑧235中 4(ツモ)

 

(好配牌やな、三色ピンフ、もしくは純チャンあたりかいな、ま、最初は手なりと行きましょか)

 

 一瞬だけ手を止めてから、すぐに浩子も牌を切る。

 

 浩子/打中

 

 続く怜は、少しだけ考えて――恐らく一巡先を見ているのだろう――切り出す。

 

 怜/打⑨

 

 巡目が流れていく、見えている手はそれぞれ違うであろうが、動きがあったのは、まず三巡目。

 

(よし、一向聴や)

 

 浩子、まずまずの一向聴。

 ――浩子手配――

 二四六六①②③⑦⑧2345 6(ドラ)(ツモ)

 

(三萬引けりゃ苦労はないけど、ここはこれでも十分や、ニサシの三色はいらへんとして、メンタンピンは見とこか)

 

 浩子/打二

 

 ここまで一切のムダヅモなし、五萬の存在は気になるが、赤五萬でもない限り打点に変化はないため浩子は無問題とした。

 これで後はテンパイするだけ、であるのだが――

 

 

 十巡が何事も無くすぎ、流局間近の十三巡目。

 

(フナQ先輩の手配が三巡目から全く動いてヘンのは……きになるなぁ、でも、あの様子やと聴牌はしてへんやろな)

 

 泉が目を送るのは、対面にあたる浩子だ。あれから十巡もたっているが、未だに聴牌一つ出来ない。有効牌すら引かない有様。

 むしろ泉からしてみれば一向聴まで行っているだけ羨ましい限りなのだが。

 

(にしても、なんか嫌な感じやな、打ってるメンバーはいつもとさほど変わってへんのに、打ってる感覚が全く違う、……なんやろなぁ、これ)

 

 泉/打六

 

 考えながら泉は牌を切り出した。――泉が感じる感覚は、決して気のせいではなかった、それは浩子も変わらず、訳の分からない感覚に戸惑っていた。

 

(……あぁ、よーやっと有効牌や。にしてもこれは、なんやろな、選抜の舞台と似たような感覚……あ、緊張してるんやな)

 

 浩子/打四

 

 この時、泉も浩子も、自身の手配の異様さには、決して気づくことはなかった。泉の場合気づいたとしても答えには辿り着くことはなく、また浩子の場合、ムダヅモばかりの状況による苛立ちで判断がつかなかった。

 そう、それは異常だったのだ。

 浩子も、泉も。

 

 そして――

 

「ノーテンです」

 

「ノーテン」

 

「ノーテン」

 

「ノーテンや」

 

 それぞれが、牌を倒す。ここで浩子が、在ることに気がつく、一局の気が抜けて、自分の中に感覚が戻ってきたのだ。

 

 ――浩子手配――

 六六六②③④⑦⑧2345(赤)6

 ――浩子捨て牌――

 中九二⑦⑦5

 西中九⑤北一

 四59白中①

 

(……なんや、これ)

 

 まず最初に目についたのは、対子の多さ、これだけアレば、手配と組み合わせれば、好き放題暗刻が作れる。現に、浩子の手配は、間違いなく四暗刻まで手を作れたのだ

 

 ――浩子手配(仮想)――

 六六六九九⑦⑦⑦555(赤)中中

 

(……ぞっとするわ、不気味やろ、オカルトやんこんなの、偶然ってやっちゃ。せやけど…………)

 

 浩子にとっての有効牌、十三巡目の六萬、そして次順の赤五萬、これはつまり、聴牌から、即四暗刻を自摸れるということにほかならない。

 

(まさか……いや、可能性で済ますにはあまりにも不気味すぎる、だとすれば――間違いないなぁ)

 

 小さいながらも思い当たった可能性、浩子の顔に、若干ながら笑みが浮かぶ。理不尽な麻雀の中に、少しだけ光が差した、ような気がした。

 

 

 ――東二局一本場――

 

 

 東二局、円依の親番。

 相変わらず、雀卓を支配する嫌な雰囲気は払拭されていない。それを正常に判断できるものが、この時点で果たしてどれだけ居るだろう。

 浩子は、なんとも言えない様な表情で、ぐるぐると思考を回し続けていた。

 

(自摸が悪い、威圧感を受けたかのような緊張。……やっぱりそういうことなんかなぁ)

 

 思考の中に、浮かんでは消える感情の泡、それを浩子が実感したことはあまりない。オカルトというのは、一種の偶然という糸がが一人の人間へ絡まっていくかのようなものだ。

 少なくとも浩子は、オカルトをそういうものだと捉えてきた、あくまで、“偶然”。しかしその偶然は引き出すことができる。

 

 泉/打4

 

(……泉が押しとる、何かわかっとるのか、はたまた何もわかっとらんのか)

 

 円依/打③

 

 少し考えてから、上家の円依が牌を手出しした。三筒はドラにあたり、通常であればこれで聴牌であることがなんとなく察せる。

 

(オリ……とはいえ、現物が持つかどうか)

 

 浩子/打北

 

 ポツリ、ポツリと浮かぶ思考は、むしろ何でもないかのような、ぼんやりとした霞がかったものだと、浩子は思った。

 自分の中の、“何か”という 感情が固定されない。沈んで行かない。

 

(あぁ、考えなな、オカルト……オカルト……)

 

 一つのことに思考を絞っているつもりでも、それは何の意味もないことだ。この空間は浩子の想像の上を行く。

 

 そんな時、なんであればこの状況を打開できるか。硬直した自分の思考を、果たして何がほぐしてくれるか。

 それは、少しばかりの――切欠だ。

 

 泉/打⑥

 

 ――それが、スイッチだった。

 オンがオフに切り替わる、零が壱へとシフトする。

 

 光が己に点った気がした。

 

(――泉! それや! それが当たりや。単なる結果論から言えば、この支配も、この空間も、間違いなく――単なる偶然でしか無いんや!)

 

「ロン! 5800の一本場は、6100」

 

 浩子の中に思考が戻るのと、円依が和了り宣言をするのは、ほとんど同時のことだった。偶然、偶然ながらも、浩子は円依の手中に本質を感じた。

 円依という人間、オカルトという異物。

 それが形となって、現視されたのだ。

 

 

 ――刃を向ける、修羅の人間。

 

 

 体すらも毛並みすらも、確かな形を持たない、幼児の絵に描いたような、淡白な“人”。ただ飲み込んで、ただ切り裂いて、それは――

 円依は泉の、喉元を突いた。

 

 鋭く、情報から繰り出される一振りの大剣、首を一撃のもとに切り捨てるような、あっというまの惨劇が、今、浩子の目の前に、展開された。

 

 

 ――東二局、二本場――

 

 

 次局、開局の寸前、泉はそれを理解していた。

 円依の支配だ。この空間にあるのは、円依という一人の人間が、この卓を喰らい尽くすために創りだしたもの。

 

 ――なんとなくだが、泉は円依が耳打ちされた内容を理解した。

 

 このオカルトは、その結果か。

 

(随分と、手配はいいかな)

 

 ――泉手配――

 一二四七八⑤⑥⑦22569 南(自摸)

 

(……ふむ、だとすると)

 

 泉/打四

 

 一巡後、泉。

 ――南(自摸)

 

(やっぱり、じゃあここか)

 

 泉/打七

 

 随分とおかしな形になった。

 数巡回して、周囲に聴牌気配はない。怜は最初から考慮する必要は無さそうだし、円依も手は不可解だが、違和感はない。

 浩子は――

 

 ――浩子捨て牌――

 一二九9北東

 2白白

 

(役牌、重ねてるなぁ。多分暗刻ってるやろ、次巡は白か、はたまた一九牌か。多分裏目やと思っとるはずやし、白だすなぁ)

 

 ――泉手配――

 一二七七⑤⑥⑦⑦22689 2(自摸)

 

 聴牌、しかしここで泉、リーチを欠けず。辺張の待ちを、わざわざそのまま一向聴を意地。泉の瞳に写っているのは、和了りのみ。

 

 泉/打⑤

 

 円依/打六

 

 浩子/打白

 

 怜/打⑦

 

 そして、

 

(――キタ! これは、この違和感の中で、完全勝利を狙うなら、コレしか無い、ここが私の急所や!)

 

 泉/打⑥

 

 その後、程なくして聴牌。

 

(リーチは……いらへんか? 残りの待ちは二枚、引くより出るのを待ったほうが速い。園城寺先輩に抱えられたら終わりや、ギリギリまで、ヤミで行く!)

 

 泉/打8

 

 この時、泉の手は三暗刻聴牌。

 ――泉手配

 一二七七⑦⑦⑦222999

 

 絶好のメンタンピンからのこの手配、泉はある感覚を確実に感じ取っていた。それは先程浩子が感じた違和感でもあり、それ以上のものでもあった。

 

(フナQ先輩はこれをどう捉えたんやろな、偶然? 確かにオカルトは偶然を見せつけるチカラとも言えるけど、でもやっぱりこれは偶然やないんよ)

 

 円依/打南

 

(――デジタル。円依は自分をデジタルゆっとったな。まぁ、それはある意味では間違いや無いんやろ)

 

 浩子/打白

 

 四枚目の白、槓材にも成り得た牌を、浩子は見るのもイヤダとノータイムでツモ切りした。下家にあたる怜も、それをすぐさま次の牌を自摸る。

 浩子のそれは、意味が無い、わかりきっていることだ。

 

(……統計論、もしくは、“結果論”。自摸はドラだった、和了りは跳満だった。そんな“結果”の集合体、過程というものを排除して、そこに至るものを排除した、徹底的な結果だけの“デジタル”……!)

 

 怜/打2

 

(それなら、ここは……私の土俵や!)

 

 

「――ツモ! 二本場は1800、3400!」

 

 

 ――泉手配――

 一二七七⑦⑦⑦222999 三(自摸)

 

(――リーチが正解、ってことは、多分リーチをするような勢いで打っていれば、これは来なかった。“結果的には”これでいい!)

 

 これにより勢いに乗った泉、東三局、喰いタンで安いながらも円依を直撃、ドラである八萬を切っての片アガリ両面待ち。点数は2000点

 円依の手からこぼれた六萬は、思いの外の幸運と言えただろう。

 

「……うまく切り返したなぁ」

 

「どうやら、完全に見切ってるようやな」

 

 セーラのひとりごとに、監督は答えるような形でポツリともらした。

 

 そして続く東四局、折り返しに辺る、中間地点。

 

 

 ――東四局――

 

 

「ポン!」  (7)77

 

 泉/打⑤(赤)

 

 泉は再び速攻を仕掛ける。

 ここまで二向聴、待ちは悪い嵌張が多いが、少し待てばツモれるだろうと泉判断した。

 

 六巡、未だその局は序盤と言えた。

 

 一つ、そっと置かれる柔らかい音。

 二つ、軽快にタップを踏む軽やかな音。

 三つ、叩きつけるような鋭い音。

 響く、ダンスのように、壇上に拳を叩きつけるかのように。

 

 泉/打一

 

 円依/打白

 

 浩子/打中

 

 怜/打中

 

 泉/打五

 

 ――

 ――――

 ――――――――

 

 そして、牌が、鋭い力を持って放たれる。

 それは閃光、ひとつの幕を切り裂いた、真打登場の――幕開けだ。

 

 

「――ツモ! 2000、4000や」

 

 

 決着を付けたのは、浩子。

 鋭く光るツモにタンピン三色、文句のつけようのない満貫手。泉は、一人悔しそうに拳を握った。

 

 

(――ここまでは、順調)

 

 浩子が、牌を押しこめながら考える。

 

 

(――ここまできて、一度状況を見なおそか)

 

 泉が、浩子と同様に考える。

 

 

(この三人を越えるためにも……!)

 

 浩子。

 

(この卓で、勝つためにも……!)

 

 泉。

 

 それぞれの思考が、複雑に、交錯しあう。

 

 

 ここまでの点数は、

 一位浩子:31200

 二位泉:25900

 三位円依:23700

 四位怜:19200

 

 浩子の点数が飛び抜けたものの、それが絶対的な点差というわけでもなく、次局泉の親で十分に巻き返せるレベル。

 後半戦には入るものの、戦局はいまだツユともしれない状態にあった。

 

 四位の怜は、今まで一度も攻めの姿勢を見せてはいない。頑ななベタオリ、そうなれば絶対に怜は点棒を吐き出さないのだから、怜の点数は実質飾りだ。

 ただ、時折何かを見極めるような打ち方をする。

 それは言わば差し込みともとれ、実際泉はこれまで三度副露しているが、そのうち二回は怜からないて得たものだ。

 とはいえ、ここまで怜は一度も動いていない、これからも動くことはないだろう。

 

 三位の円依は、東一局からも大分積極的に動いている。泉からの直撃や、東一局の流局も、彼女が動いた故だろう。

 とはいえ、その分防御力は低い、泉に振り込んだ2000もそうだが、不用意な打牌も多かった。これがわざとなのか、はたまた円依の手落ちなのか。

 判断を、結局つけることはできない。

 

 二位の泉は、先程から果敢な攻めを見せていた。しかし結局浩子の満貫を止めることは出来ず、本人もトップから転落している。

 

 一位の浩子は、そもそもあのツモが偶然であるかどうか、本人にすら確認のしようがなかった。現状、浩子の打牌は宙に浮いている。

 

 混迷する状況。

 先の見えない対局。

 

 勝つのは泉か、はたまた浩子か。

 対面として席に座る、両者の視線が交錯しあう。

 

 そして、

 

 

「……はじまるで」

 

 監督が、薄暗い闇を切り開く、圧倒的な威圧とともに、活を入れた。

 

「南、一局や!」




書き溜め分がムダに時間かかってのこの間。
量的には、これの前の分の方が圧倒的に多いんですけどね、慣れないことはやるものじゃない。

次回は一区切りなので、円依のオカルトの解説なんかを。
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