『え、江口先輩~!』
ふと、春風も過ぎ去り、少しずつ暖かさが人の体を照らそうかという時期、セーラの二つ下の後輩、泉がふと弱々しい声で問いかけてきた。
『なんや、どうしたん?』
普段は向上心が強く、自分の強さに一定の自負を持つ泉は、あまり弱った心根を晒す発言をしないことが多い。
しかし、今回ばかりはどうにもこうにもといった一杯一杯な様子で、セーラに声をかけてきた。
『あれですよ、私団体のレギュラーって初めてで、それに皆の反応も中学の時とは全然ちごうて……』
そんな話をセーラは聞いて、無理もない、と嘆息した。中学の頃、泉は他者を寄せ付けない強さを持っていたはずだ。インターミドルに出場するとはつまりそういうことで、回りからの反応は、純粋なあこがれやら何やらでできていたはずだ。
しかし、千里山では話が違う。団体は全国行きが義務とすらされるチームであり、あまり強者の集まりにくい全中とは違い、回りは泉とは一歩二歩程度の違いしか無い。
故に、その反応が大きく以前とは違うのだ。
『……まぁ、なんや。緊張せえへん方がいいで? 県予選抜けると今度はマスコミまで出てくる。今から身内のに慣れとかんと、後でひどい目あうで?』
セーラは、そんな事を実感のこもった声で言った。無理もない、セーラが注目されるということは、千里山女子の制服を身にまとっている間なのだから。
『先輩は……緊張とかしないんですか?』
『してるで? 緊張せずして闘いには望めへん、去年なんか、先輩ら差し置いてエースなんぞしとったから、回りのやっかみもすごかったし』
純粋に祝ってくれた非レギュラーは、船久保浩子と園城寺怜くらいなものだと、セーラは言うのだ。
『……そんなもんですか』
適度の緊張感、というものは、泉もわかっているのだろう。伊達に全中で活躍し千里山に乗り込んできたわけではないのだ。
『せやせや、――ええか? オレらは勝つことは当たり前、如何に自分の存在を知らしめられるか、それがオレら千里山レギュラーの使命や。……これは先輩からの受け売りなんやけど……』
そうやって、泉を諭すように、セーラは同じ目線に立って、肩をたたいて鼓舞をする。
『緊張、“背負った”奴が、一番強いねん』
そんなセーラの顔を、泉はどんな風に視ているだろう。――皆は、どんなふうに自分を感じているのだろう。
――自分は、自分はどうだろう。
――果たして、江口セーラは、一体どんなふうに今の自分を視ているのだろう。
――東一局、親久、ドラ表示牌「西」――
起親は久となり、セーラは前半戦の久の席、西家に座ることとあいなった。胡桃が南家となり、ラス親、北家は尭深。図らずも、後半戦とは鏡合わせのような形になった。
「リーチ!」
先行するのは千里山のセーラである。ここで少しでも点差を突き放し、久との和了りあいに備えるのだ。
――当然、小刻みな点数では稼ぎ切れないほどの和了りを、見せてしまおうという意味もある。
――自摸り跳満手、聴牌である。
(……緊張、緊張な……随分懐かしいこと思い出してたわ)
一発は――ならず、他家もオリ気味に、現物を落としていた。久だけは、次巡に攻めっけを見せていたが。
(あんなこと言っといて、自分では全然緊張なんてしてへんつもりやったんやけどな)
去年、二年にしてエースを務めていたころとは格段に、その重責は違っているはずだった。自分よりも勝ちに特化した大将や、自分よりも強いエースなどが現れたことにより、セーラの肩から、重荷は降りた……はずだった。
(でも、思い返してみれば、やっぱオレ、緊張してたよなぁ……うん、してた)
ようやく、それを思い出したのだ。
準決勝、第二回戦と、セーラは全国であまりぱっとした結果を残していない。準決勝はともかくとして、第二回戦でも、セーラはその実力を発揮しきってはいなかったはずだ。
緊張、していなかったからではない。あの時はもっと別の要因があったはずだ。
(なんて言うんやろうな、今が一番自然体に近い。……強い奴が、いるからか)
決勝という舞台において、ついに上がってきた自分と対等に打ち合う相手、その時の運以外で、勝ちを得られない相手。
(……背負うもんは、まだオレの方にある。それはきっと、オレが手にできる贅沢っちゅうもんや――――)
三度目、掴んだ牌を、こんどこそ掲げる。
セーラは、それをいきよいよく手元で叩きつけるのだ。
「ツモ! 3000――6000!」
そして――
――東二局、親胡桃、ドラ表示牌「②」――
この局、開局当初からセーラは副露により速攻を仕掛ける。赤二枚含みの五筒ポンから、その打点の高さは健在であるとしれたが――
「カン!」 「白」白白白
八巡目、セーラがツモってきた白を小明槓、役牌に、符数までもが伴うこととなった。これで、四十符三翻が確定、和了れば五千点をもぎ取る事となる。
……しかし、この小明槓は別の攻めを招くこととなった。
「――リーチ」
久のリーチである。無理もない、セーラが二副露で帯を短くし、手牌を薄くしているのだ。そこに加えてカンが加わりドラが触れた、リーチでの裏ドラを含めれば、めくれるドラ表示牌は四枚。
故に、このリーチ。
しかしセーラがそれを見越していなかったはずはない。
――この時、久の待ちは打点を考慮した新ドラ地獄単騎、しかしそれは己の待ちを狭め、セーラの待ちを多くすることでもあり――
二巡後。
「ロン! 5200!」
セーラが高らかに手牌を倒すのだった。
――東三局、親セーラ、ドラ表示牌「八」――
そうだろう、そうだろうと、胡桃は一人頷いていた。ムリもないことだ。相手は今までさんざん苦汁をなめさせられた、上埜久とその同等の相手。
それこそ第二回戦と同じように、久とセーラによる一騎打ちが展開されている。
そんな中自分はただ削られるだけ、渋谷尭深のような大きな一発もない以上、この中で最も不利なのは、間違いなく自分だ。
(それに、白糸台のも今回はラス親だしねー、一回和了るだけで五万点近いって、馬鹿でしょそれ)
しかもその後の連荘に得体が知れないというのだから、胡桃からしてみればふざけるなという他にない。
(ま、そこら辺は今頑張ってる連中がその時も頑張るでしょ。……私は、今できることをするだけだし)
どうやら後半戦、久の調子が落ち込んでいるようだ。――それ自体は波のような揺らぎであり、気がつけば立ち直っているようなものであろうが、それが出来るだけ続くうちに、半荘は流していくべきだ。
故に、この親番で、逆に勢いを増しているセーラに対して、それ以上の追い風を与える訳にはいかない。
幸い、胡桃の手は配牌一向聴、七対子の待ちは聴牌までが薄いものの、そこから更に形が変わることもある。
それに――
胡桃/打東
「……ポン」 東東「東」
申し合わせたわけではないが、尭深もセーラの親番を流そうと動いている。この状況、利用しない手は無いだろう。
――尭深はこれで役牌は確保した。多少無理な鳴きであっても、シャンテン数が進むのであれば無理にでも鳴いて来ることだろう。
故に、胡桃は考えながら、無理のない打牌をする。――これでセーラがダマにでも取っていれば、……そしてそれが直撃すればことが事である。
胡桃は気を引き締めると、自摸った牌を確かめて笑う。
(よし、張った。とりあえずこれで聴牌!)
七対子、赤一で自摸れば四翻である。当然ここはダマを選択する。――それが胡桃の打ち方なのだ。
――鹿倉胡桃は、決してリーチを打たない少女ではなかった。かつては――自分達の仲間が、白望と塞だけであった頃は――リーチもかけるし、現在でも練習のさなかであればリーチをかけることもある。
しかし公式戦で、胡桃がリーチをかけたことは一度もない。
理由は簡単。胡桃にはジンクスがあった。――聞く所によれば、上埜久の悪待ちがそうであるように、胡桃のヤミテンも、それをすることで勝利を得られるジンクスなのだ。しかし別に、リーチをかければ百千百敗、自摸れば必ず当たり牌を引く、というわけではない。
そうなることが多いが、そうならない場合もある。そんなジンクスだ。
それを、胡桃はコーチである熊倉トシの指導と、新たに加わった仲間との修練により、ひとつのオカルト的技能にまで昇華させている。
そんな胡桃を支えているのは、自分にだけある、信念のようなものだ。
(私には、豊音やエイスリンみたいなチカラはない。シロみたいに、それを迷えるだけのチカラもない。塞みたいにまっこうから“塞げる”わけでもない)
それでも、胡桃は自分の打ち方を曲げない。守って守って守りきり、後ろにバトンをつなぐのだ。
――宮守女子はここまで、二位での和了りを二度繰り返す、そんな勝ちを“拾った”麻雀を続けてきた。最後に勝ちを得たのは、インハイ第一回戦でのトップ終了のみなのだ。
だからこそ、負けたくない。今度こそ勝ちを手に入れ終わらせたい。それ故に胡桃はこの半荘を挑んでいる。
豊音は言うまでもなく、あの宮永咲に何とか食らいついている。塞はここまで二度の区間トップを獲得する敢闘賞。ならば、自分は――
(これを和了って、少しでもツケを返す。負けっぱなしな……わけじゃない!)
ツモを確かめ、クスリと笑う。
わかっている、わかっているのだ。――これが胡桃のできる和了だ――と。
「――ロン! 6400!」
――きっと仲間たちは、自分がどんな闘牌をしようとも、笑って出迎えてくれるだろう。それが胡桃の背負うもの、胡桃を待つ仲間たちこそが、胡桃が麻雀で強さを目指す理由。
――決して胡桃は強くない、故に仲間たちを頼らざるをえない。この対局はそのための一。迷いを切り裂き、ただ前に、ただ勝利に貪欲へなるための最初の行動。
迷いのないツモは、迷いのない勝利へとつながる。これはその――第一歩。
――東四局、親尭深、ドラ表示牌「四」――
(――親番)
渋谷尭深は、東場最後の親に、浮き足立った感覚で牌を選んだ。迷いなく、不足している發を切る。これで發の暗刻が確定、少しずつ完成に近づく。
(……初めての、ラス親)
生まれて初めて、経験する舞台。それはインターハイ決勝戦という大舞台でもあり、ラス親という尭深個人の舞台でもあった。
――これもお膳立て、なのだろうか。
(先輩……皆…………)
思い出すのは、仲間たちのこと。――引っ込み思案な尭深は、あまり仲間たちと会話をしたことはない。
しかし淡は尭深に親しく接してくれるし、和も親身に接してくれる。先輩たちも、同級生も、尭深を嫌ってはいないはずだ。
決して嫌われるような人生ではない、けれど、どこか蚊帳の外を歩き続けてきた――尭深は、きっとそんな少女だった。
表舞台に姿を表すことはない。自分はあくまで単なる人間、不思議なチカラも無ければ、麻雀だって、周辺では敵うものがいなくとも、少し外へ出れば自分より強いものは沢山いた。
目の前の少女たちは、まさしくそんな強者だろう。
尭深は、決して強くなるために――正しく言えば、自分の限界以上の強さを求めて、白糸台を目指したわけではない。
自分が手の届く範囲で手に入れられる強さを持っている、そんな高校を選んだのだ。
強くなろうというわけではない、きっと高校生活が終われば、自分は麻雀から離れていくだろう。
そう思って、白糸台へやってきた。
けれど、今はどうだろう。
今は、こんなにも“強い”場所にいる。
「ツモ! 1300オール!」
それはきっと、自分が麻雀を心の底から楽しんでいるからなのだろうと、そんな風に尭深は思うのだ。
――東四局一本場、親尭深、ドラ表示牌「8」――
オーラスである限り、尭深の収穫の時は持続する。連荘を重ねれば、少しずつ時期は悪くなるものの、二度、三度の収穫が可能だ。
ただし、時期が遅くなればなるほど、なっている身は悪くなる。――実際にそれを行ったことはないが、照のチカラによれば、幾つかの牌が抜け落ちるものの、連荘には十分足りうる手牌になるそうだ。
とはいえそれは、オーラスでの期待値があがるものの、連荘によるスロットの補充が不十分だということだ。
故に、一度の連荘では不十分、ここで和了って、体勢を磐石のものとしなければならない。
――そのために、尭深は考える。この四人の中で、最も速さを持っているのは自分であると。
とにかくダマで構える鹿倉胡桃は副露率が極端に少なく、江口セーラは火力バカ、鳴きを利用して和了を目指すのは、自分か風越の上埜久という程度だろう。
「チー!」 七八「九」
両面チー、配牌五向聴を、ほとんどシャンテン数を進めるためだけに、鳴いたのだ。――後で和にどやされるだろう、それくらいむちゃくちゃな鳴き――
しかし、すぐさま役牌を重ねると、それを鳴き、一翻を確保、二本場への足がかりとする。
むちゃくちゃであっても、成立すれば道理へ変わる。アタリマエのことだ、和了れればいい、麻雀の一つの真理ともいえる。
ようは和了らなくても良いのだ、とにかく局数を重ね、安く点を刻んでいく、それが尭深にデキることであり、和や照強力のもと、ひたすら防御と速さを磨いてきた結果である。
和との練磨により、すこしずつそれは完成へと向かっている。少しずつ、少しずつ――収穫の時を待つように、ハーベストタイムを、引き寄せるように。
尭深は手を作る。
尭深は、待ちわびる。
自身が創りあげてきた修練度の通達を、その結果報告を。
和が、少しずつ本来のチカラを取り戻していったように――その過程で、少しだけ打ち方を変えたように。
「ツモ!」
尭深は、白糸台の麻雀生活で、少しずつその本質を変えようとしていた。――初めのそれは、劇的な出会い。しかしもたらした変化は微々たるもので、一年という月日を経て、ついにこの場へ現れた。
目覚めたチカラ、ハーベストタイム。
決勝戦、収穫の時は――近い。
4ヶ月ほどで七十話を越えました、文字数もラノベ五冊分ほど、前に一年と少しかけて書いてた話はこれより短いというのだから驚きです。
感想なんかも待ってます。ちなみに中堅戦はあと二話ほどで終了予定。
点数表
一位千里山:118100
二位宮守:97200
三位風越:92600
四位白糸台:92100