咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『一人の少女が背負える重さ』中堅戦Ⅴ

 上埜久が、背負ってきたものとはなんだろう。

 自分の事を先輩と呼び、慕うものが居る。一介の高校生雀士として、背中を追い続けてきた先輩も居る。

 きっとそれは輪のように、もしくは長く、そして太い帯のようにつながっているのだろうと、久は思う。

 

 それはきっと誰もが背負うものであり、誰もが背負おうとするものなのだろう。人と人とのつ繋がりと交わり。

 人は導かれ、導き道を作るのだろう。人の征くがために道ができるのだとは、果たして誰の言葉だっただろうか。

 

 

 ――東四局二本場、親尭深、ドラ表示牌「發」――

 

 

 胡桃の和了により、セーラの和了は二連続で打ち止めとなり、尭深の親番、オーラスへ向けた無茶の一つだろうか、速度のみを追求した鳴きの麻雀で、二度、和了をもぎとってゆく。

 打点を刻む必要はない、ただ和了りさえすれば、十分なスロットを稼げることだろう。

 

 とはいえそれを、久は苦に思っているわけではない。オーラスのことは、オーラスになってから考えればいい。少なくとも、渋谷尭深との対決で、最も必要な対策は、“迷わないことである”と久はそう思うのだ。

 

「チー」 「2」13

 

 開局早々のこと、二巡目のツモを待たずして、尭深が動いた。上家、セーラが切り離した第一打。即座に牌を倒して晒す。

 眉を動かしたのは、胡桃と久だ。

 

(狙ったわけじゃ……無いわよね)

 

 セーラに連荘の狙いはないだろう。故にこの一打。考えの読めない部分はあるものの、恐らく和了りへ向かうためのもの。

 

 胡桃も恐らくそう考えているのだろうか、少し考えて、中張牌を切り出した。久も、また。

 

(こっちの感じとしては、あんまり押して行きたくない手よねぇ……)

 

 ――久手牌――

 四七七⑥⑥⑨357西白中(ドラ)中(ドラ)

 

 ――ドラの役牌、とはいえ手堅い面子の並ぶ卓である。そうそうこぼれ出ることはないだろう。手役としても、ほとんど牌が並んでいない状況は、あまり好ましいとはいえない。

 

 しかし――

 

 久/ツモ⑨

 

(……あら?)

 

 ここで、久は抜群のツモを見せる。対子を重ね、七対子の二向聴とした直後のツモ、更には西をツモ、一向聴へと手を進める。

 絶好とも言える形に、笑みを噛み殺しながら、待ち構えるように久は右手を牌の端へと寄せた。

 

 そして、一段目の切り返し際のこと。

 

(ドラを重ねた……か)

 

 久/ツモ中(ドラ)

 

 対々和への移行も考えられる、絶好のツモ、もしかしたら、四暗刻までという考えも無理は無い、絶好ツモ。

 

(そう考えると、それを取らないことは悪手……か。なら、考えましょう。このツモの意味は? なんでこのタイミングで、私にこのツモをさせるのか……)

 

 久は少しだけ考えて、そして選択を選びとる。……自摸切り、暗刻としたドラの中を、この場に来て手放したのだ。

 

 ――反応は様々、押しの気配を見せるセーラと尭深は、訝しげにしながらも自摸切り、胡桃は迷うこと無く中を打牌――ベタオリであった。

 

(白糸台の手牌は恐らく役牌バックか喰い三色の形になっているはずね、和了れるとしたら、それしか考えられないものね)

 

 それから数巡回して、七対子を聴牌、リーチをかけず、出和了りを考慮した上での、――様子見。

 その間、久は思考を尭深の捨て牌へと向けていた。

 

 ――尭深捨て牌――

 93南七⑥5

 東⑧

 

 加えて、軽く胡桃の捨て牌にまで目を通す。白の対子が異様に意識を引き寄せる。思考が対子落としに、意味を見出しているのだ。

 

(役牌バックだとすれば、現物である東と、暗刻の所在が知れいている白は無い。となるとあるのは一枚切れのドラ表示牌――發。おそらくは一枚切れ故に、序盤での打牌を期待してのこと――でも役牌の在処が白日の下へ晒された以上、それが現れないのはほぼ確実)

 

 ――下の三色は生きている。和了だけを考えるなら、役牌バックか、これを鳴くことを考えるのが得策だろう。

 ……そして、

 

 尭深/打②

 

 打牌、再び現れた一―二―三の三色ライン。

 それに久は意識を寄せながら、考える。

 

(――多分、ここで發を“掴まなかった”ものがここの勝者ね、レースに挑むのは白糸台と……千里山)

 

 すでに自身は聴牌している。

 恐らく久も、そしてこの打牌で、尭深自身も。――久にとっての勝利は、發を押し付けることで、たとえ尭深に和了られても打点を下げ、できうることなら自分が和了るという、圧倒的に明快なもの。

 

 ツモにかける手の力が、震えのようなものを久へと伝える。――危機感だろうか。それとも――――

 

 久の手が、空中を軽く舞う。それはさながら高々と振り上げられた指揮棒であり。始まりの時を告げる指揮棒は、すぐさま久の勝利を否定した。

 自摸切り、幸い現物である。

 

 そうしていると、セーラがなにがしかの反応を見せる。

 続くセーラのツモに、セーラの顔が大きく苦々しいものへと変わる。――引いたのだ。当然、出せるわけがない。

 何度か自摸り、牌の上方へと運んだそれを、からからと揺らしてにらみ合いをする。しかしそれを諦めると、手牌の中から四枚目の字牌を切り出すのだった。

 セーラはこの瞬間、降りたのだ、この勝負を、放棄せざるを得なかったのだ。

 

 結果、残されたのは、尭深と久。

 セーラが掴まされた以上、やもしれば、流れは既に近くまで来ているのかもしれない。そうなれば、より一層ここで“オリる”という選択肢は見つからない。――そして。

 

 久のツモ、閃光にもにた青白い炎の群れが、火の粉を撒き散らし、大きな火花をチラシながら卓上をかけてゆく。

 剣を引き抜き、人達の元へ斬り伏せる、そんな居合じみたツモの形が、ひとつの結果を呼び覚ます。

 

「――ツモ。2200、4200」

 

 久が、満貫手を和了、尭深の連荘は、二本場にて終了するのだった。

 

 

 ――南一局、親久、ドラ表示牌「⑨」――

 

 

 最高級の状況だ。最大級のチャンスだ。

 流れを自分のものにしたままに、自分の親番を運んできたのだ。ここでそれを行かせれば、前半、突き放された点棒も、すぐさま懐へと舞い戻ることだろう。

 ――故に。

 

(もう、残された半荘は、残り少ない。――ここで一気に、突き放す……!)

 

 意思は確かだ。

 少なくとも、配牌を始めたその時は、意思にまみれ久はそこにいた。

 

 ――しかし、その顔に、だんだんと陰りが見え始めてきた。

 

(ここで……)

 

 笑みが無表情の極みへと変質し、

 

(一気に……)

 

 勢い任せに振りぬいた手は、墜落するように力を失い、

 

(突き……放…………)

 

 そして、右手で鎮痛そうに額を多い、引きつった笑みを久は浮かべた。

 

「……ん? どうしたんや?」

 

 対面からの声がけ、セーラのものである。気にした様子はないものの、かるく感触を確かめるように問いかけてくる。

 

「い、いえ……なんでもないわ」

 

 それに久は、額に合わせたてを軽く振って、己の健在を示す程度のことしか出来なかった。

 無理もない、久の視点は下向きに、下向きに沈んでいっている。――思わず感じたのは、目眩と呼ぶべきものだった。

 

(……どうしろってのよ―――――――――ッ!)

 

 ――久手牌――

 一三五②⑤⑧199西西北北 8(ツモ)

 

 典型的な、ゴミ手という他に無い手牌。重なった対子はすべてオタ風にヤオチュー牌。無論それでは役にはならず、国士という方面では、この手牌は無様という他にない。ツモも、国士の流れを示してくれない。

 手牌は最悪――よくあることだ。しかし何も、こんなところで……

 

(……はぁ、っもう、相変わらずメンタル弱いわね…………)

 

 ―ー二年前、全国まで進んだ久は、あまりの緊張に多大な失点をおかし、風越第二回戦敗退の要因を作り上げた。

 一年前、個人戦というたった一人の場所で戦って、序盤は勢いを出せずにいた。結局辻垣内智葉に拮抗しても、順位はそこまで上ということはなかった。

 

 そんな事から、自分のメンタルについて、久はよくわかっているつもりだ。だが、今回はそれに対して慣れを抱いている。大丈夫だと何度も自分に言い聞かせ勝ちうる状況を作ってきている。

 それでも、これはさすがに心に響く。高校生活最後の親番、公式戦で出せる最後にして最大の全力。――だというのに。

 

(……………………いえ、そうよね。こんなの“何でもない”わ)

 

 一つだけ、心の隅に引っかかるように、久は言葉を釣り上げた。――それは目前に座るセーラに返した一言だ。

 

(これが最後の半荘だとか、私の闘いの終着点だとか――そんなことはどうでもいい! そう、どうでもいい。そんな物、終わってから考えればいい!)

 

 緊張は、ある。

 ピリピリと体中を駆け巡り、心拍数を急激に上昇させるそれを、久は深呼吸一つとともに切り替える。

 だらりと手を下げ、こもりにこもったチカラの重圧を、一気に地面へと振り落とす。

 

 そして、右手を勢い良く振り上げた。

 繁華街を襲う怪獣のような、力任せのツモでもって、久は二巡目のツモへと手を伸ばす――

 

(この手に、意味が無いなんて思わない。いま、私がスべきこと――!)

 

 久/ツモ二・打⑧

 

 青白く燃え上がる炎が火の粉を撒き散らし、卓上の河へと勢い良く滑りだす。手に勢い以上のチカラが宿る。

 

(来た――)

 

 久/ツモ北・打⑤

 

 それは、きっと自分自身なのだと、漏れだした光と手先に残るしびれのような感情を握りつぶすように確かめながら、思考する。

 

(来た――ッ)

 

 久/ツモ1・打②

 

 そして――――

 

(――――来たッッ!)

 

 久/ツモ西

 

 チャンタ、自摸り三暗聴牌。

 

(……リーチ、いえここは――)

 

 それを久は牌を曲げずに、それを切り出す。

 

 久/打8

 

「――ポン」 88「8」

 

 ここで尭深が、動いた。久の鳴いた牌に呼応して、手牌を倒す。

 そして――

 

(ナイスアシスト――)

 

 

「ツモ! 4000オール!」

 

 

 一瞬のことだった。続く、久のツモ、引いたのは、和了り牌。

 それぞれの表情が、動揺に湧いた――

 

 ――風越控え室。

 

「……先輩、なかなかすごいことするなぁ――」

 

 和了した風越、その控え室はといえば、静まり返り、華菜の声が嫌に大きく響いていた。

 同意するように数絵が頷く。

 

「あの手をリーチしない、というのは間違いなく悪手でしょうね、ツモ和了しなければ安い手を、オリという選択肢で威嚇しない、というのは――」

 

「それも一種の悪待ち……みたい。上埜さんはああいう時、一番最適な選択をするのが得意なの」

 

 美穂子が少しだけ誇らしげな笑みで、久の事をそう語る。

 

「あの人らしい、という言葉があそこまで似合うのは、あの人か、咲さんぐらいなものですね」

 

 そうしてまとめた数絵の言葉に、咲が少しだけむっとして、皆が笑にどっと湧いた。

 ――画面の向こうは、一本場。久の連荘である。前局の和了により、風越はトップを征く千里山から逆転、若干のリードではあるものの、トップへと立っている。とはいえそれはまだまだ余談の許されない状況だ。

 

 しかし、だれもそれを気に留めるものはいない。知っているのだ。こうして強さを発揮する、上埜久は誰にも負けない。

 

 勝って自分たちの元へと、帰ってくるのだと――――

 

 

 ――南一局一本場、親久、ドラ表示牌「西」――

 

 

(――行きましょうか)

 

 久の手から、牌が零れて溢れ出る。

 

 ――最初は、とても小さなスタートだった。少女は不思議な青い瞳を持った少女とともに、高校生雀士としての生活をスタートさせた。

 

 久/打西

 

 ――少しすると、仲間の輪が広がっていた。少女は人を惹きつける魅力を持っていたから、自然と人は彼女の元へと集まって、少しの小さなグループを作るようになっていた。

 

 久/打⑨

 

 ――それから、少女の実力が少しずつ回りへ明らかにされ始めた。最初に出会った青い瞳の少女とともに、部活の先輩とも関わることが多くなった。その時は先輩が背負っているモノなど、何も知ることすら無かった。

 

 久/打8

 

 ――先輩たちが引退し、少しだけ部の中が広くなった。寂しいのだな、と気がついたのは、その環状に折り合いのついた後だった。

 

 久/打一

 

 ――二度目の春を少女は知った。後輩が増え、少しだけ意地を張ることが多くなった。背を向けて前を奔ることが背負うことだとは、その時は全く知ることもなかった。

 

 久/打②

 

 ――自分の背中を追う、少女の元から離れるように、久はひたすら強さを求めた。追われ、目指すものとして、少女は強さだけに目を向けていた。その背に幾つもの重みを載せていることにも気づかずに。

 

 久/打①

 

 ――最上級生になった。気がつけば、自分が背負っている重みは、想像を絶するほどにまで達していた。

 

 久/打東

 

 ――それが人の背負える重みなのかと、少女はずっと首を傾げ続けた。責任や信頼といった重責は、少女の中で絶えず成長を続けていた。

 

 久/打4

 

 ――それでも、少女は進み続ける。

 

「――リーチ!」

 

 久/打七

 

 ――気がつけば、少女の回りには沢山の人がいた。青い瞳の少女、猫のような少女、冷たく鋭い風のような少女、華のような、少女。

 

 久/打8

 

 ――彼女たちが、少女の側にいた。誰もが笑って寄り添ってくれた。

 

(……さぁ――――)

 

 ――それはきっと少女を支えることであり、少女が支えることなのだと、人の支える重みを、分かち合うことなのだと。

 

 ――一人の少女が背負える重みは小さけれども、少女たちが、支えあうチカラは本物だ。そしてそれは、絶えず真実であり続ける。

 少女が、そこにあり続ける、証として。

 

(私の歩んできた道が、私の願ってきた青春が、今の私の糧となるなら――)

 

 久の手が、力強く牌を掴んだ。それを引き寄せる勢いだけで卓上が、荒れ狂う嵐のように風を巻き起こす。

 セーラがそれを真正面から受け止めて、胡桃と尭深は、耐えるように顔を伏せた。

 

(――来て見せなさい! 私の! 勝利よ!)

 

 いちどだけ、たったのいちどだけ、久は牌の表面を手のひらでなぞった。それからそれをガッと、勢い良く情報へ射出させる。

 

 くるくると廻るそれを、久は横でから叩いてつかみ――

 

 

「ツモ! 6100オール!」

 

 

 卓へと、晒した。

 

(今の私は、皆が作ってくれた。道の先を行っている。皆が創りあげてくれた私という存在が、何の気負いもなく、ただ前を征く)

 

 色々な物を背負ってきた、色々なものを置き去りにしてきた、その先に、自分がいる。そして、

 

(それでもこの瞬間だけは、私は何もない、私で居られる1 ただ強く、ただ勝利を求める私でいられる! そうよね、私がここにいる意味は、この半荘で、私が見出すべきものは――とっくの昔に、手に入れているものなんだから!)

 

 あぁ、そうだ――

 

 ――久の叩いた牌の勢いが、明らかな熱を伴って煙を起こす。気がつけば、それは砂埃のように、久の顔を覆い隠して、その強い瞳だけを衆目の元へと晒していた。

 

 ――そうだ。今は、今この瞬間は。

 

 

(――あまりにも、楽しくて仕方ない!)

 

 

 久の顔が、卓の向かいへと現れた。

 そして半荘は、更に先へと進展を見せる――




久は原作よりも強くなってます。場数や経験が段違いなので、当然ですけれど。
具体的には洋恵とのちょっとの格が埋まってる感じで。

点数表。
一位風越女子:131500
二位千里山:105800
三位宮守:84900
四位白糸台:77800
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