咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『夜の帳』

 夜、暗がりは人を遠ざけ、また、家々の明かりも、少しずつ闇夜に溶けて消えていく、丑三つ時というほどではないが、今日と明日その境目にある夜の時間。

 何かのパーティー会場かと見紛うほどの豪邸――龍門渕家――の一室は、未だその明かりを灯っていた。

 

 どちらかと言えばかっちりとした、綺麗な書斎を思わせる一室は、しかし龍門渕に住まう一人の少女のものである。

 洋風の古城を思わせる、風雅で優美な室内だ。しかしところどころにレースがあしらわれ、少女らしい置物も、いくつか散見されている。

 

 しかし、異質であるのは部屋の片隅に、四つの椅子と合わせて置かれた麻雀卓と、その向かいにあるデスクであろう。

 大きな箱型のパソコンは、どちらかと言えば型の古さを感じさせるが、入っているOSは現行のモノから一世代前のものである。

 少女の手つきは手馴れているものの、それ以上ではなく、あまりパソコンの性能には頓着しない太刀なのだろう。

 

 ――ふと、その一室に戸を叩く音が響いた。少女はふと顔を上げ、どうぞ、と軽く応える。この時間、そして自身が要件を告げた相手は一人だけ。容易に想像がつく少女の顔を思い浮かべて、部屋の主は空いた扉に声をかけた。

 

「一」

 

 端的に、ただ名を呼んで、部屋の主――龍門渕透華は笑みを浮かべる。穏やかなそれは、家族に向けた親愛に満ちたものだ。

 当然それを受けたメイド服姿の少女――国広一は、同じように親しげな声を漏らした。

 

「紅茶をお持ちしました、透華お嬢様」

 

「ふふ、ありがとね」

 

 どこか芝居がかった小さな声に、夜の帳を感じた透華は、内緒話をするように笑いながら差し出された紅茶を受け取った。

 それから一は透華のすぐ側によると、体を椅子ごと反転させる、透華のパソコンへと意識を移した。

 

「それで、見つかった?」

 

「……候補は二人ほど、といったところかしら」

 

 前提を飛ばした会話。――無理もない、一も透華も、既にこの夜いちど顔を合わせて、要件を伝えたあとなのである。

 曰く、ネット麻雀界を騒がせた伝説のアカウント、『のどっち』が再び本格的に麻雀を始めた……と。

 

 ことの詳細は去年の夏、ネット麻雀でのプレイヤー『のどっち』が急に対局の頻度を落としたのだ。日に五から十、多い時では三十近い半荘をこなし、毎日ネット麻雀に顔を出していたプレイヤーが、急に隔日でのプレイ、しかも日に二度、三度半荘をこなせば多い方という数にまで数を減らした。

 そしてその半荘のほとんどが、かつてのデジタル神とすら称された、『のどっち』らしくない、ブレの大きいものだった。

 

 同じ正統派デジタルの流れを組む、透華や一はネット麻雀でもそれなりに名の知れたプレイヤーだ。当然、その頂点に近い『のどっち』は、両者共通の話題でもある。

 結果として、二人は『のどっち』に、“何かが”あったのではないかと、考えるに至ったのだ。

 

 そして、そこに来ての復帰である。『のどっち』の対局スパンが以前と同一のものになったのだ。若干時間が遅くなり、平均は減ったものの、これは環境の変化があったのだろうから、当然といえる程度のものだ。

 それに『のどっち』はこの小康期間の間に、大きく打ち方を変えていた。

 

「なんだか、勝ちにこだわっているような打ち方ですわね」

 

 とは、当時『のどっち』を直接相手取った、透華自身の弁である。

 具体的には、攻めとオリの判断で、攻めを選択することが多くなった。更には逆転の必要な場面で、手役を好み、まくってくることも珍しくはない。

 二位麻雀を心情としていた『のどっち』が、急に一位麻雀へと打ち方を変えた。

 

「――今も、そうなの?」

 

 モニターを覗き込みながら、一は透華に問いかける。――龍門渕家のメイドとして奔走する一のプレイ時間は、皆が寝静まった深夜となることが多い。

 『のどっち』は透華と同じような時間帯であるから、一が『のどっち』と卓を共にすることはない。人が少ない最上級卓でのプレイであるから、時間帯が合えば対局の機会は多いのだが。

 

「えぇ、そうですわね。やはりのどっちは、中期的スパンでの成績を考慮する打ち方を選んでいるようですわ」

 

「中期的スパン? っていうと、ええと」

 

 一が透華の談に考えこんで、そしてふと、あぁ、そうだと手を叩いた。透華もそれを予測して、合わせるように言葉を放す。

 

 

「――大会」

 

 

「……ですわね」

 

 頷いて、笑みを深めると、紅茶を少し口に含む。ちょうどいい暖かさ、二年ほどの付き合いで、一はそれを熟知している。

 

「大会のような、一定期間、もしくは一定の対局で結果を残すような打ち方。麻雀は、トップを取らなければ良い成績は取れませんからね」

 

「長期的に見れば、いい成績っていうのは実力に寄るものだけど、中期的となると、どんな強い人でも負けることはあるからね」

 

 それをなくすための打ち方、それが今の『のどっち』であると、二人は意識を統一させる。

 

 つまり、今の『のどっち』は、二位で居るよりもトップを取ろうとし、尚且つ三位を最低でも取って、成績の維持を目指す。

 

「根本が変わっているわけでは無さそうですが……現実に即した打ち方を意識しているようですわね」

 

 ネット麻雀ではなく、現実での麻雀を意識した打ち方。

 

「……で、本人探し、か」

 

「のどっちの打ち方の変化、見ていて面白いと思いません? それに、私は今ののどっちの方が、なんだか好ましいのですわ」

 

 モニターに向けていた視線を、紅茶の紅に染まった水面へと向けて、投下は続ける。

 

「かつてのようなデジタルを損なわない合理的な打ち方に、勝負への駆け引きというスパイス……正直、かつてののどっちよりも、いまののどっちの方が、卓を共にしていて――恐ろしいですわ」

 

 いつの日かののどっちは、卓を共にしていて、その成績故の意識は向くものの、しかしそれ以上はない。負けるときは負け、勝つときは勝つ、たしかに異様なほど強さが目立つが、それだけ。

 決まりきった順位を当然の様に得る、たしかにそれは強く、尊敬を抱くにたるものであったが、故に、一人の雀士として、時にスタンドプレーに奔る気性を持つ透華は、物足りない物を感じていたのだ。

 

「ボクは、純粋に強かった、昔のほうがいい気がするけどね」

 

「……えぇ、まぁ。――ですが、面白いと思いません? かつてデジタルの神とすら称されたのどっちが、今は……そう、鬼、――鬼神とも呼ぶべき強さ変質するに至った。――その強さが」

 

 故に、探るのだと。

 ――いや、見返すのだと。

 

 別にのどっちが誰であるかを見極めようというのではない。モニターの先に実在の人物を思い浮かべるのは、ネット上のエチケットに反する。

 透華たちがしようとしているのは、デジタル雀士の強さ、それを探ろうというのだ。――これは、かの『のどっち』が、全国の舞台――インターハイに姿を見せる可能性があるためだ。

 

 ――もとより、単なる会話の一つでしか無かった『のどっち』を、実際に確かめようという動きにまで事が進んだのは、会話を楽しむ一と透華に、龍門渕の超敏腕執事――ハギヨシが一言物を申したためだ。

 

 曰く、『のどっち』は学生である、と。

 

 無理からぬ話だった。透華と同一の時間帯に姿を表し、同一の時間帯に姿をくらます。その動きは確かに学生ができる動き方だ。

 加えて時折対局の頻度を極端に落とす期間がある。いわゆるテスト期間に当たる時期だ。そして、夏の長期休暇、去年の一時期、『のどっち』は完全に姿を消していた。

 

 そこからハギヨシが導き出した答えはこうだ。

 『のどっち』は中学3年、もしくは高校3年である。これはその夏を境に姿をくらましたことが、環境の変化に寄るものだと、考えたためだ。

 もしくは心境の変化――例えば、友人などと別れ、遠くの学校へ通うこととなった。――これは、自然と友人が別れ行く、高校という舞台では考えられない。それに、高校の舞台に、それほどのデジタル打ちと言えば、二年の辻垣内智葉だが、彼女にも打ち筋が存在した。デジタルの極致とは言いがたい。

 

 結果、『のどっち』は中学3年の生徒であり、やもすれば今年、インターハイの舞台へ現れるかもしれない、という考えに至ったのだ。

 そのために、インターミドルのデジタル派を、『のどっち』である可能性を考慮した上で、確かめようというのが今回の透華達の行動である。

 

「それで……二人だっけ」

 

「えぇ、インターミドルであの宮永さんに最後まで食らいついていた、二条泉と、――原村和」

 

 ほほう、と一の口が楽しそうに口笛を鳴らす。一つ下たしか透華は、どちらとも対局の経験があったはずだ。

 二条泉は透華がインターミドルに進んだ当時北大阪では荒川憩と並ぶ代表であったし、原村和とは、そもそも同県である。

 二年前は、どちらにも勝利したのであるが――

 

「それでそれで、どっちがどっち?」

 

「見た感じでは、原村和の方がちかいですわね。主に宮永さんへの対応の仕方なんかで判断しますに」

 

 宮永咲。インターミドル最強の中学生、インターハイでのチャンピオン、宮永照の妹にして、その照曰く“宿敵”。

 三年前の全中ではその宮永照が妹に敗れ、宮永咲が全中で優勝している。

 

 そしてこの三年目のインターミドルでも優勝し、三連覇を成し遂げた絶対覇者。その宮永咲に対して、泉と和は、それぞれ別の打ち方を見せた。

 

「これが牌譜ですわ」

 

 マウスを弄って、透華は幾つかの牌譜を並べる。それぞれ泉と和の咲との直接対決における牌譜と、そうでない牌譜。

 

「二条さんは……鳴きが多くなってるね、役のない鳴きも見られる。喰い三色とか、ネットの中みたい」

 

「まぁ和了れていませんけれど。でも見るからに順子場を作ろうとしているようですわね、宮永さんのカンを封じるために」

 

 つまり、対応しようとしている。宮永咲の打ち方に。対するように、原村和にはどちらも大した違いは見られない。恐らくは、誤差で済まされる程度のもの。

 

「で、この場合原村さんの方がのどっちに近いの?」

 

「摩訶不思議な打ち方に対応しようとする……オカルトは確率を一定にしかねませんから、有効ではありますが、デジタルとして見るならば、ブレているとも言えますわ」

 

 自分の打ち方を曲げているのだと、透華は言う。なるほど確かに、オカルトに対して対応策を持ち出すモノは多いが、その殆どはデジタルというよりもアナログに近い。

 二条泉に関しては、そういったアナログも、また計算の内という事だろう。一も、亜空間殺法を駆使する龍門渕の仲間、井上純などを相手にすれば、それにある程度対応した打ち方をする。

 智紀などはその典型だろう、対戦相手をデータとして対局に持ち込む、そんな打ち方を彼女は好んでいた。

 

「となると――そののどっちと、ボク達はいきなり県予選でぶつかることになるわけだ」

 

 考えこむように、一が言う。

 しかし、それに透華は、割りこむように言葉を連ねた。

 

 

「いいえ、原村は東京ですわ――白糸台高校、全国最強の高校に、彼女の名が有りました」

 

 

 突然の事に、一の目が大きく見開かれる。

 何度かそうして言葉を飲み干す内に、透華はパソコンを操作して、別の牌譜を取り出す。

 

「プロとの親善試合を公式で行う場合、原則として牌譜の公開が義務付けられています。白糸台のそれによれば――ほら」

 

 順を追ってスクロールする。

 宮永照――大星淡――弘世菫――渋谷尭深、そして、原村和。

 

 上から数えて5つ目の位置に、その名が記されていた。――更には、生粋のデジタルと呼ぶべき打ち筋とともに。

 

「二条さんは、北大阪の高校、多分千里山――となると、インターハイ、全国の舞台で、僕達なこの二人と、卓を共にする可能性があるわけだ」

 

 一はそうやって、楽しげに笑った。

 

 

 ――それは、初夏の事、暑い夏の忘れられない闘いが、始まりを告げる、少しだけ前の、刹那の夜だった。




もしかして:次話が最長?
気がつけば一万文字越えて、さらにぶくぶくと膨れ上がりそうなところをカット、四話におさめてサクサク大将戦に行きたかったのに……

というわけで今回はのどっち関連の話でした。成績自体はあんまり変わらないけど、やっぱり勝ちに来る方が怖いよね、という話。
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