咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『春風』決勝副将戦Ⅰ

 流れ行く人の波、一様に衣を纏った少女たち、人の群れはさざなみを呼び、心地よい程度の雑音が、海に流れる蒼白の音色を思わせる。

 春風が地を撫でた。一番風と呼ぶにはあまりにも心地よい、暖かさをそのまま頬へと伝わせるような風。人々はそれを受け、楽しげに言葉を交わしていた。

 

 全く同じ様相、本来であれば見られてもおかしくない多少の着崩しは、この春初めの頃合いには似つかわしくない。慣れの無さ故か、そういった自分なりのアレンジが見られることはない。

 一律の制服。今この場を端的に表してしまえば、ひとつの学校の登校風景である。

 

 年月は四月の初め、時期を表すならば、春の風凪ぐ入学式である。桜の季節は少し遅く、未だ当たりに花の香りはなけれども、少しばかりの陽気をはらんだ春の始まりは、人を優しく包んでいた。

 

 そこは東京という名を冠していても、何というでもない住宅街、緑の見えない灰色の街というほどのものではないにしろ、人の行き交う情景としては、十二分に波と呼ぶまでのほどであった。

 特に気にするでもない光景。

 さしておかしくはないし、さして珍しいものではない。

 

 それでも、その少女にとってはそれが都会という場所を表しているような気がした。

 

 奈良の奥、人のいない田舎の中。さらには長野という山中の田舎で過ごしてきた、少女からしてみれば、それは目新しいものだった。

 

 そこは府中市、白糸台高校の前――原村和は、かつて学友と共にしたた先から姿を消して、ここ、東京の都市へとやってきたのだった――

 

 

 ♪

 

 

 中堅戦も終わり、昼過ぎて午後も斜陽に近づこうかという頃、副将戦は静かにスタートしようとしていた。

 ここまで、均衡に近い小康状態が、中堅戦での風越大勝により、大きく動いた。

 

 トップを行く風越女子は現在十二万の点数を保持し、副将戦へと臨む。現在副将としてオーダーされている四名の選手はそれぞれ堅実な打ち手。

 若干Bブロックからの進出者二校に、不可思議な揺らぎが見える程度か。

 とはいえそれは、対局した当人にしか知れないことではあるのだが――

 

 そんなオカルトの申し子、Bブロックからの決勝進出者、南浦数絵は入り口手前、そこで一人の少女と向かい合っていた。

 

 二条泉、現在二位を行く千里山女子の一年副将。

 

「――よろしくお願いします」

 

 常態からして剣呑な目つきをそのままに、顔を隠すまでに礼を取る。端的に見れば、敵としての礼節を顕にした態度。

 自分の勝利を疑わない、しかし何の油断もない目は、澄み切った水晶のように、どこまでも泉を照らす。

 

 ――面白いな。

 ふと泉は、そんな風に思った。この目線、勝利を求めるそれは、泉にとって快い。身近なものであるからだ。

 当然、それに真っ向から受けて立つように、全く同じ目線を返し、両者は肩を並べて対局室へと入室した。

 

 

 既に、卓の側に立つ、二人の少女。それぞれ泉と原村和、数絵と臼沢塞、因縁ただならぬ対決を繰り広げてきた、二人の少女が今、四ツ巴の闘いへと挑む。

 

 

 かくして、東家泉、南家和、西家数絵、北家塞と席が決まった。――四者の思いを載せた副将戦が、今始まる。

 

 

 ――東一局、親泉、ドラ表示牌「8」――

 

 

「ポン」 西西「西」

 

 開始早々、動いたのは数絵であった。

 泉が配牌直後に放った第一打、オタ風の西を、自身の自風牌として晒したのだ。――特急券である。

 更に二巡、三巡を待たずに泉と和も動いた。

 それに合わせ、塞は早々に諦めの姿勢を見せる、この局、焦点はこの三名に絞られた。

 

(――南浦の鳴きはクソ鳴きに近い。特急券だけを頼りに、流そうとしてるんやな。普通やったらあんま意味ないけど、東場を早々に終わらせたいなら、これも妥当か)

 

 面白いのは、オカルト打ちである数絵の打ち筋は、どちらかと言えば自身のオカルト観に沿ったものではあるが、打牌選択はデジタルに近い。

 麻雀を始める上で、そういった地力を持つ下地があったのだ。県予選決勝でのアナウンスで、彼女がとあるプロの孫であることが紹介されていた。恐らくそこが彼女の下地になっているはずだ。

 

(そして、ウチと和は純粋な速攻、速さは、さて――どうや?」

 

「チー!」 「4」35(赤)

 

 これで、聴牌。上家、臼沢塞からの鳴き、これで三―四―五の牌をふたつ、鳴いたことになる。

 三色がほぼ濃厚となり、更には赤一、――決して直撃を嫌う高い手ではないが、まったくのゴミ手というわけではない。

 無論、和了れないことには何の意味もないのだが。

 

(一向聴、待ちは一枚見えの両面待ちを想定したいとこやけど――)

 

 ――泉手牌――

 三三四東東白白 白(ツモ) 

 

(この聴牌、東を鳴ければええんやけど、生牌やし、この打牌で、それが出てくるとは思えない……いや、思いたくない)

 

 泉/打三

 

 三―四―五の三色を匂わせた状況から、この三萬打牌は他家をほどよく揺さぶることだろう。

 オリを選択するには、和、数絵ともに二副露、けして容易いものではない。

 

 対応して――

 

 和/打⑨

 

(現物手出し、っちゅうことはオリ?)

 

 続く打牌も九筒、そうして同時に、手牌の端へと牌を加えた。

 

(――らしいなぁ。南浦もオタ北対子落とし、どっちも死にものぐるいで攻めてるわけや無かったんかいな)

 

 まぁ、どうせ和はそうだろうとは踏んでいたが、しかし、出和了りが望めないのなら、後は自分が積もればいい。

 幸いここに邪魔が入るとすれば宮守女子。しかし捨て牌からは七対子の気配が強烈だ。異様な捨て牌、円依であるならともかく、通常ならば七対子と考えるのが妥当――ここで、もし振り込んでも満貫を越えることはない。

 

 ならば故、攻めるのだ。

 

 白糸台や風越女子は攻めることが出来ない。共に最下位故にこれ以上の失点が許されない白糸台と、トップであるゆえに、失点が許されない風越。

 しかし、千里山は事情が違う。セーラは稼ぎ合いに競り負けたとはいえ、十分な貯金をのこした。それは風越には届かないが、下位の二校とは多少なりとも差が残っている。

 

 結果、多少の無茶が効く状況で、泉はトップを目指す必要がある。故に許される攻め、それを考慮した上で、この東発、泉は果敢にも勝負を仕掛けるのだ。

 

(――ッ!)

 

 そして、ツモ。山から少し牌を持ち上げ、確かめるように盲牌をすると、驚いたように泉は目を少し開いた。

 それから仕方がない、という風に、嘆息をしてそれを手元で叩く。

 

「ツモ! 1300オール!」

 

(安目――けど、子の三翻なら十分、やな)

 

 そうして、副将戦最初の和了がここに決まった。

 泉の和了。感覚を確かめるようにして、それは成された。

 

(よし、和了れた。――ことここに来て地獄モードとか、洒落にならへんからなぁ)

 

 思考。そして一本場、泉の親番が続く、しかし――

 

 

「ロン、2300です」

 

 

 電光石火、瞬く暇すら訪れない、一瞬の封殺。――原村和が、意気込んで手を作り始めた泉から直撃をもぎ取っていったのだ。

 

(――な、まだ六巡目やん。打点低いからって無警戒やったウチもウチやけど……やっぱデジタルモンスターは伊達やない――か)

 

 インターミドルからして、準決勝からして、和の正確なデジタル打ちは、泉のそれを超えている。

 機会のような正確無比の打ち筋は、泉の持つ駆け引きに、踊らされることも大いに有り得るが、直線を、全く同じ手で進めたならば、間違いなく泉は和に届かない。

 

(ウチが和に強さで勝てないのなら、それ以外の場所で勝つ。――ようはゲームメイクや。最終目標として、ウチがトップで終了。全体の点数移動は最小限にして、ラスをトップの風越に引かせる――!)

 

 泉の打ち筋に打点はない。特に速度を競り合う和という存在が居る時、できるのは小康状態で対局を終えること、つまり耐え切ることだ。

 要するに、実力が圧倒的に足りない。泉はあいも変わらず、挑む側の存在だ。

 

 だが、その泉が勝負を挑むのであれば、そのステージを自由に作り変えるだけの舞台とする。

 

 無論、容易いことではない。思惑通りの対局など、そもそも運という要素が絡む麻雀に、持ち込み用のないことだ。

 それでも泉は決めたのだ。それを目標とし、そのためにこの半荘を進めていく、と。――それが偶然に偶然の極まった結果であろうと、なかろうと。

 

 それが泉の勝負だと、決めたのだ。

 

 

 ――東二局、親和、ドラ表示牌「二」――

 

 

 和の親番、三巡目からの中張牌切り出しに、相当の速度を読み取った泉はそうそうにオリを選択、回し打ちからの平和二向聴にまでは持ち込むものの、リーチ時点でベタオリを開始した。

 

(ここで攻めたらアカン。原村は今最下位やし、速度が欲しいはず、まずはとりあえず――直撃狙いや)

 

 本来であれば、ツモを最善と考えてのリーチであろう、和の打牌。しかしここで和は何がしかの迷彩をかけている可能性がある。特に最初の中張牌、七筒。ここがどうも臭うのだ。

 加えて、途中、幾つかの牌でかぶせているものの、三索と四索――配牌から抱えていた両面塔子を落としている。恐らくは面子オーバー、そして和はこれを利用した“無駄のない”手を作り上げたのだ。

 

「ロン、2900」

 

 振り込んだのはトップを行く南浦数絵、恐らくは和の捨て牌を見ての打牌だったのだろう。無理もない。

 

 ――和捨て牌――

 北九⑦1二3

 八白4五(リーチ)③

 

 三巡目の切り出しから、七筒の周辺は既に面子として完成していることが想定される。特に速度を匂わせる手は、往々に不要な牌は明確に、そして絞られてくる。――完成しているのなら、捨てざるを得ない。

 しかし、この手は違った。

 

 ――和手牌――

 一二三五六七九九⑦⑧678 ⑨(和了り牌)

 

 出和了りを想定した聴牌。しかし見様によっては、これが原村和の打牌であるのか――思わず疑問にすら思える程の手だ。

 現に、原村和の打ち筋を知る、南浦数絵は驚愕に目を見開いている。

 これはそう、まさしく“駆け引き”と呼ぶべき領分なのだ。インターネット型デジタル雀士、計算の申し子、原村和の見せる“変則手”。無駄がないだけに、異様である。

 

(まぁ、無理もない。トップを削るっちゅう考えと、勝利を得るという“計算”を原村は行った。結果がこの和了。なんのこたぁない。原村は、自分の計算に、条件付けを持ち込んだんや)

 

 しかし泉は、それをきっちり理解していた。

 準決勝での違和感、それをしっかり理解しているためだ。――原村和は、価値に来ている。この副将戦、これまでに失った点棒を、取り返すために。

 

(当然、当然やな――面白いやん。せやったら、ウチがその鼻っ柱、叩いたる。これでも、勝負にはそれなりの自身があるねん)

 

 そっと手牌を倒して笑んだ。二条泉は次なる対局へと向かう――

 

 ――泉手牌―ー

 二五六⑥⑥⑥44北北 ⑧⑧「⑧」

 

 

 ――一本場――

 

 

 この局、行動を起こしたのは塞と和。一段目の折り返し時点で、既に聴牌気配を見せた両者が、果敢に自身の攻めを展開する。

 結果この局は両者のまくりあいと化し、泉と数絵はオリを選択。最終的には、

 

「ロン、5800は、6100です」

 

 和、和了。

 順当な出和了りを、まくりあいの対決者、臼沢塞からもぎ取った。

 そして、

 

 

 ――二本場――

 

 

(これで、場はぎょーさん温まった。出和了りもあってか、風越も十分射程圏内。アンタの仕事は終いや原村――)

 

 ここまで、他家を平らにする意味も込め、原村和には一切手を触れずに来た。無論打点が安いのは承知の上、高いのであれば、十分に止められるよう手を打ってきた。

 それでも、それはここでおしまい。泉の展望に、自身の和了による連荘ストップが浮かぶ。そう、ここまでは、全て自身の想像通りの展開だ。

 

 ――しかし、

 

(ぐ、ぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ)

 

 ――泉手牌――

 二六八④⑨1369南西白發 南(ツモ)

 

(こんな時に、手が悪すぎる――――!)

 

 最悪といっていい手牌。両面塔子も、役牌も、何もない。対子ですらオタ風の一つのみ、これではどう言ったって、手を作ることすら出来ないだろう。

 

(いや、それでも、こんなんやからこそ、できる手があるはずや! まずは無理でも、七対子あたりから、手を進めていく――!)

 

 考え様によっては、この手だって決して悪いだけではない。

 豊富にバラけた手牌は、守りという面では変幻自在の効果を発揮することだろう。

 

 故に、泉は手を選ぶ。さらに前へと進むために。

 

 泉/打西

 

 しかし――

 

 

(さ、最悪すぎる――――!)

 

 

 少しだけ巡目の進んだ先、己の手牌、そして捨て牌を、交互に並べて思考の中でだけ頭を抱える。顔は、外面は、いくらたとうがキメ顔のまま、堂々たる振る舞いを残している。

 しかし――

 

 ――泉捨て牌――

 西⑨白④白②

 ③9⑤(赤)⑤(赤)

 

 自身の最適に、しかしツモが悪すぎた。

 七対子を考えながら、しかし二度の対子見逃し、更にはそれが役牌に赤ドラと来ているのだから、泉は嘆息を漏らす他無い。

 

 それでも、この手に有効性が、無いわけではないのだ。

 

(――この捨て牌、他家には染め手に見えとるやろな、それもメンチン――跳満以上に、間違いない)

 

 実際は裏目に裏目を重ねたゴミ手であるが、それでもこの捨て牌は危ういバランスを保った捨て牌だ。

 つまり、ステルスである。それも、本来迷彩としてかける染め手へのごまかしではなく、実際の染め手としての――威嚇として。

 

 これにより、他家は間違いなく泉を警戒するはずだ。跳満を避けるために、ベタオリという可能性も十分に有り得る。

 

(そう考えれば、最悪原村の聴牌さえ崩せれば――)

 

 思考の結論として、泉はそれに行き着いた。しかし半ば中途の状態で、瞬く間に状況が変革していった。

 そう、

 

 

「リーチ」

 

 

 和/打五(赤)

 

 

 かくいう、原村和が牌を“曲げた”のだ。

 退く気はない、という、意思表示であることは間違いなく、しかも、その打牌は超弩級の危険牌。現在泉の縄張りである、萬子の赤、五萬だったのだ。

 

(な――)

 

 一瞬だけ、泉の思考がフリーズする。描いていたキャンパスが砕け散り、残されたのは泉と言う一人の少女だけ。

 打牌――現物の字牌。そこまで泉の思考は及んだ。しかしそれまでだった。残された泉自身の脳裏には、それら全てを占める感覚として、ある一点が浮かび上がっていた。

 

(原村の手、どんだけ高いんや――――ッッ!)

 

 そう、原村和が攻めを選んだその一手。その手牌が、十四合わせて倒される瞬間を、泉は脳裏に、浮かべてしまっていたのだ――

 

 

 ♪

 

 

「貴方が原村さん?」

 

 白糸台に進学した和が、そうやって声をかけられたのは、4月中旬の昼休み、学友たちが、それぞれの用事で和との同席が望めなくなってしまったために、一人昼食をとっていた時の事だった。

 

 外は桜の花びらが舞い、和は一人、花見と洒落こみながら、校舎の外に設置された長椅子に腰掛けて昼食を食べていた。

 静かな時間の流れを、逆らうように、一人の少女が沈黙を破ったのだ。

 

 箸を加えながら和は振り向く。そうしてふと、驚いたように目を見開いた。

 

(――綺麗な人)

 

 第一印象は、そんなモノ。しかし直ぐにそれが、自分の知っているものだと気が付き、改める。――凄い人だ、と。

 

 

「はじめまして。私は宮永照。隣、いいかな?」

 

 

 少女は――宮永照は、たった一人の少女である原村和に、そんな気軽な様子で声をかけたのだ。

 

「え? あ、はい」

 

 思わず、答えていた。わけもわからないまま、ただ問題はないという結論だけが先行してのこと、和の思考は、目の前の大物に未だ追いついてはいなかった。

 

「……? 大丈夫? 顔色がすぐれないようだけど」

 

 隣に座って、心配そうに声がけをする照。――それで、ようやく和は思考が現在の状況に追いついた。

 それでも慌てたように、箸を在らぬ方向へ踊らせながら、和は照に問いかける。

 

「え? あ、いえあの、先輩。ど、どうして私に話しかけたんですか?」

 

 平生の口調である、敬語をあまり維持できていないような、感情の混雑具合に辟易しながらも、和は呼吸を荒げて酸素を取り込む。

 まずは思考だ。思考を回さねば。――思考のストップは、どうやら呼吸を忘れ去るまでに至っていたらしい、息がつまるような思いであった。

 

「あまり焦りすぎないほうがいいよ、ほら」

 

 かくいう宮永照はといえば、なんともぼうっとした、チカラのない視点移動でもって、そっと和の頭をなでくりまわす。

 姉が、妹にするような仕草であった。

 

「ほふぇぇ……」

 

 慣れているのだろうか、若干のぎこちなさは残るものの、それは恐らく撫で方を確かめているため――ブランクを取り戻しているためだろう。

 気がつけば、骨抜きにされていた、原村和。正気に変えたのは、たっぷり一分間頭を撫でられた後だった。

 

「ってぇ、なにしてるんですか!」

 

「……? 落ち着くように、頭を撫でているだけだけど」

 

 至極当然のように、照はきょとんと首を傾げた。まさしく自然体。天然とはかくも話しの通じないものなのか――

 和の顔に、一筋の汗が流れる。

 ことここにきて、白糸台の超大物が、自分に話しかけてきたという驚天動地のイベントを和はすっかり気にすることはなくなっていた。

 

 結果として、照の行動は正解だった、というわけだ。

 

「それで……一体何のようでしょう、先輩」

 

 改まって――嘆息混じりではあったものの――和は照に問いかける。ことは次第によっては大事とも言えるのだ。

 なんとなく、予想はついているのだけれど。

 

「ん、インターミドルの個人戦で活躍した、原村和という人が、ウチに入学したらしいから、菫に勧誘してこいって」

 

「少しぶっちゃけすぎだと思います」

 

 ずけずけと物をいう人だ、わざわざいう必要もない情報をそっくりそのまま説明してしまうのは、あからさまにしてはあからさま過ぎる。

 どうにも、距離感がつかめない。――これならまだ、妹のほうが――――

 

 と、そこで和は意図的に思考を撃ち切った。あの事は、もう過ぎたことだ。自分は負けた、あの人が勝った、それ以上の意味は無い。

 

「……申し訳ありませんが、私は麻雀部に入るつもりはありません。もう、引退しましたので」

 

 そう、引退した。――正確に言えば、現実の牌を握るつもりはもう無い。長野の自宅に置かれた麻雀卓も、思い出とともに、そのままそっくりおいてきた。

 だから、もう、牌を握るつもりはない。

 

「……そんなに、友達と離れ離れになるのは、いや?」

 

「――ッ!?」

 

 ズバリ、と、音すら聞こえてくるような、照の言葉。――稲妻が、和の意識に直撃したかのようだった。

 照がなぜ、和の事情を知っている? 少なくとも、和は誰にも、自分がなぜ白糸台へ来たのか、麻雀を握ることをやめたことも含めて、話した覚えはない。

 それなのに、なぜ照は、和の核心に触れている?

 

「――私の鏡は、人の素質を見抜くチカラがある。時にはその、性質も」

 

 一瞬。和は照のいう言葉の意味が理解できなかった。――オカルトだ。少なくとも、そういった事に一切興味を抱かなかった、和ですら、宮永照と、その妹、宮永咲のオカルトは熟知している。夏の終わりに、知ったことだ。

 知識として知っていれば、納得し難いことではあっても、和は瞬時に理解した。そこまで頭は硬くないつもりだ。

 

「私は昔から、そういった人の本質に多く触れてきた。パターンとして、一人でこんな場所に居る、寂しそうにしている人の“たち”位解る」

 

「そう、ですか……」

 

 理解できる物言いではなかった。しかし、それが結果として和の性質を言い当てたのだというのなら、納得することも、けしてやぶさかではない。

 少なくとも、照の次の言葉を聞いて、和は少しだけ考えて頷くことに、異論はなかった。

 

 

「そこで、提案。私と……麻雀を打ってみない?」

 

 

 そうやって照は、懐からあるものを取り出した。

 

 ――それが携帯ゲーム機であることには、一瞬してから気がついた。

 

 

 ♪

 

 

 ――リーチをかけた、直後の思考。どうやら自分は、かつてのことに意識を向けていたようだ。それは長野での親友、片岡優希と別れたことで、――自分の手で守ろうとしたものを、守れなかったために、牌をおいた時の事だった。

 

 ――かつて、薄れてゆくそれを、ただ見ていることしか出来なかった自分。もう一度手にした友好というそれは、しかして再び和の手から失われた。

 自分のせいだ、自分のせいだ。――なんど、己を罵ったことか、和にはわからない。

 

 それでも今、自分はこうしてここにいる。戻ってきたのだ、とそう実感しているのだ。――宮永照との出会いが、そのきっかけだった。

 あの少女との再開が、契機になった。

 

 そしてそのための、この決勝だ。――勝って、少しでも点を稼いで大将につなぐ。次は淡だ。――あの時、絶対的な強者は円依一人だった。ならば、それが二人に増えれば――潰し合いになれば――淡とて、勝てないわけではないのだ。

 

 故に、まずは前に出る。

 

 

「ツモ! 4200オール!」

 

 

 己が全身を、前に傾けて――――

 

 

 ――三本場、ドラ表示牌「3」――

 

 

 ――和手牌――

 七八九①②②③③23556

 

 この三本場、既に和は他家に劣らないほどの打点を稼いでいた。そこまで手の早い配牌というわけでもなく、ここで選んだのは純粋な手なり、技工を凝らさない小康の闘牌だった。

 当然和了のために鳴きを見せる事も厭わないが、ヤオチュー牌の絡んだ、三色の芽も薄い平和手では、受けを広く取ることが精一杯だ。

 

 ――和捨て牌――

 白9八一8西

 2北

 

 故に――

 

「リーチ!」

 

 塞/打2

 

 ――臼沢塞のリーチ、場が変質した。これまでおおよそ和のペースで続けられていた半荘が大きく揺れ動く、その一瞬だ。とはいえ和がそれを一考することはありえないのだが。

 とかく、その打牌、それぞれが対応を見せる。

 

 泉/打3

 

(押してくる――!?)

 

 ド直球危険牌、泉の打牌は間違いなく攻め気を持ったもの、この状況、ただでさえ手牌の進まない環境で、これ以上の無茶はできない。相手は高い手なのだろうが、和はただの平和ノミ一向聴だ。期待値をとっても、敵うわけがない。

 この打牌の瞬間、和のベタオリが決定したのだった――

 

 ――実況室。

 

「これでリーチをかけた臼沢選手以外の全員がベタオリ、状況が動きましたね」

 

「え? 二条選手もですか?」

 

 小鍛治健夜の何気ない一言に、実況、福与恒子は思い切り首を傾げた。今の泉の打牌は手を一向聴へと進めた打牌、しかもドラの暗刻という絶対的状況、手放すようには見えなかった。

 二索が三枚切れとはいえ、あの状況での三索打牌も、また違和感ではあるのだが。

 

 泉の手牌はこうだ、

 

 ――泉手牌――

 一一三九九③④⑤4(ドラ)4(ドラ)4(ドラ)東東東

 

「いえ、三索切りはそれが安牌であるという前提で切ったためで、別にシャンテン数を進めたわけではありません、狙いは恐らく親のベタオリを誘発するためかと」

 

 泉の手にはドラの暗刻が有り、かくいうドラは一枚切れで、泉の視点からは四枚全てが見えている。つまり壁になっているのだ。

 加えて、この三索、和がリーチ二巡前に切った安牌であり、現在和の手には二索と三索が一枚ずつある。

 

「原村選手の手は遅くはありましたが受け入れは非情に大きかった、その形として二―三―三という並びが可能になるわけです。二条選手はこれを読んでいたのでしょう。手はいいが、遅い――と」

 

「読めるもんなんですか?」

 

「恐らくは」

 

 更には塞の打牌が二索であったことから、“和の手牌に二索と三索の両面塔子があると推定するなら”三索は完全な安牌へと化ける。六索が一枚も見えていない状況とはいえ、辺張、単騎待ちは完全に消えた。

 故に、泉の押しはあくまでも幻にすぎない。

 

「……あれ? 前にどこかでこんな打ち方を見たことがあるような…………」

 

「チームメイトですから、それなりの感情があるのではないでしょうか」

 

「…………? あ、おおっとぉ! ここで南浦選手、最後の七索を自摸ったぁ! 当然出さない! これで、臼沢選手の待ちは全て他家に確保されてしまいました――!」

 

 ――千里山控え室。

 

「あはは、なんか照れるな」

 

 モニター上、塞の四―七索待ち一人聴牌が晒され、流局が確定した状況。――円依は思わず頬を掻いていた。

 

「泉も随分アクロバティックしよるようになったなぁ」

 

 セーラの嘆息。これまで、泉という少女を半年近く見てきた先輩の言だ。泉のデジタル打ちは、機会のようであったそれから、勝負師の打ち筋という、全く異次元の段階へと昇華したのだ。

 

「フナQがやるんならともかく、泉がやると違和感あるなぁ」

 

「ちょ、それどーいう意味ですか先輩!」

 

 怜のぼやきのような一言に、浩子がカァーッと反応し、そこから漏れだした笑みが、千里山の控え室を騒がした。

 

「まぁ、それだけ影響受ける人がいるんとちゃう? やっぱ、泉は円依みたいなんが隣に居るのが一番伸びると思うわ」

 

「いえいえー」

 

 ――モニター越し、自身が作ったこの状況、流れ四本場供託一本、この状況から、泉は自身の手牌を和了へと持ち込もうとしている。

 その手牌は、決していいとはいえないが悪いとも言えない平凡なもの。故に、速度でも、高さでも押し負ける可能性がある。――それでも、泉の目線は笑みに富んだもの。この状況で、自身の和了を疑っていないのだ。

 

「泉は、純粋な強さで一年生からレギュラーをとる、本物の天才や。オレでも出来んかったことをするっていうんやったら、それはオレ以上っちゅうことになる」

 

 関西最強の高校、千里山を引っ張る二枚看板、前年度江口セーラを超えうる人材。それが二条泉だ。純粋な実力は、その安定感もあってか、二年前の江口セーラを超えている。

 しかし、しかしだ。

 

「その分ちょっとぼっち気味なんやな。レギュラーになったときのやっかみ、酷かった見たいやし」

 

 それ故に、隣に並ぶものがいない。それはつまり、言い訳の効かない強者がいないということだ。泉と対等に渡り合えるのは、全て二年以上の上級生。

 つまり自分より必ず上手の相手なのだ。

 そうなると、泉は自身の負けに理由を付けられるようになる。それゆえに、そういった理由付けが泉の自尊心というものを作り上げかねない。

 

「それを守るのがお前や、円依。――大将戦、全部お前に任せる。少なくとも、ここにいる全員、そう思っとる」

 

 真正面から――セーラは円依に声をかけた。

 ――そんな泉の自尊心を粉々に砕く存在、それが瀬野円依。圧倒的に強いというただそれだけの事実でもって、泉は円依へ、競争心を抱くのだ。自尊心よりもまず先に。

 

「それが今の強さになる。――泉の勝負強さも、少しずつ、板についてきた」

 

 頷いて、ぽつりと漏らした円依の言葉。独り言はそのまま誰に届くわけでもなくモニター越し――二条泉の元へと、滑りこんでいったのだった。

 

 

『ツモ!』

 

 

 それは単なる小さな手、しかし泉が自身で作り上げた状況の勝利。これが、二条泉の強さなのだと、円依は胸を張って思うのだ――




色々有りました、これからも色々あります。
本作の目標は年度末までの完結、できれば頑張りたいところ。

点数表。
一位千里山:111200
二位風越:109900
三位白糸台:100500
四位宮守:78400
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