副将戦、後半。長かった闘いも、残す半荘は後八回。残された活路はあまりにも小さい。しかしそれを活かす己のチカラはあまりにも強大だ。
トップから最下位にかけての点差はほぼ一万点。勝者と敗者、その差は、あまりにも小さな物とかしていた。
東発起親、東家に収まるのは南浦数絵。
(最後のトップ、何としてでも、とりかえさせてもらいましょう……)
南家は千里山、トップを守らんとする二条泉だ。
(――惑わされるような麻雀を打たない、それで、私やって十分勝てるはずなんや)
西家、最後の半荘に挑むは、臼沢塞。
(さぁて、大変だけど、まずは勝たないとねぇ……)
そして、オーラスを務めるのは原村和、勝利へ向け、自身の闘牌をたぐり寄せる。
(――――――――勝ちます)
見るものは、彼女たちに二つの姿を見るだろう。一つは女神、あらゆる物を“かざし尽くす”絶対的な光の存在。一つは――修羅。あらゆる物を打ち崩す、絶対保つ最強の暴虐。
それは、雀卓という、戦場の舞台にはあまりにも小さい一つの箱庭で、無限に満ちた麻雀という舞台を容易て、闘牌という戦の中を駆け抜けるのだ。
ひとつの盃は、ひとつの勝者。たったひとりに許された、絶対の証。手を伸ばすのは、果たして――
♪
東場、ここで最初に動いたのは二条泉、小気味の良い鳴きでもって、高め二翻の手を安目でツモ和了、東一局を終える。
(――東場は流す。見た感じ、東場で暴れられるのは原村以外の三人、原村には、この半荘戦、不動のトップを保ってもらう――!)
しかし、次局、泉の親番。
「ツモ、1000、2000です」
かくいう原村和からの和了。卓上が再び動き出す。
――この東場、序盤は東三局まではそれぞれ泉、和、数絵の順に高速和了が続く、それぞれ安い手で親をくいながし、早々に東場を終えようとしていた。
正確には、原村和のみは正着故の速攻であったわけだが――とかく。
副将戦後半、終幕へと向けた最初の一局は、静かな清流といった印象。だれもが、広がった波紋を拡げるのではなく流されるような、決定的なチカラは未だくすぶり続けていた。
(やられた、とは言わへん……さぁ、勝負や、原村…………!)
淀みゆくチカラの胎動。不自然に広がってゆく流れのそこで、それを最初に爆発させるのはどこか。
――東四局、後半戦も折り返しへといたろうとしていた。
♪
「…………ツモ、です」
長く続いた何度目かの東風戦、時間も忘れるほど集中していた対局の終わりは、そんな和の宣言でもって終了した。
昼休みという限られた時間であったがために、東風戦という短いスパンでの対局であったが、和が勝利を得たのはこの一回、授業開始間際最後の対局のみであった。
というのも、宮永照は強かった。現実のような連続和了も、高速和了もないのだが、とにかく強かった。デジタルという面からみても、勝負強さという面からみても、ひたすら和の上を言っていた。
強さの秘訣を、対局最中に問いかけてみると。
「慣れ、かな」
という答えが帰ってきた。
それなりにやりこんでいるのだろう、このゲーム、対局を続けることでネット麻雀のような昇段が可能なのだが、どうやら最高位に宮永照はついているらしい。
ちなみに携帯ゲーム機は二つ用意されていた。ダウンロードでソフト一本でもいいだろうに、態々ソフトまでつけて。――片方は後輩から借りてきたものらしい、こちらも段位は最高位だ。
AIにもバランスを持たせるために、ある程度の偏りある思考ルーチンがある。それを熟知している宮永照が、本気でこのゲームをやれば、通常であれば勝てるものはなかなかいない。
それでもなんとか勝利をもぎ取った数戦目、どんな相手だろうと自分を貫く、そんな打ち方が、照のデジタルを打ち破った瞬間だった。
「……やっぱり、強い。多分このゲーム機で何度もやっていれば、その内全然勝てなくなるだろうね」
「そうですね、次は負けません」
今回は負けた、だが次は、極々自然な挙子動作で紡いだそんな言葉に、照が耳聡く反応を見せた。軽く手を上に振り上げて、体を張りながら伸ばすと、そのまま和に向き直る。
ベンチは三人がけ程度の広さである。端と端に座っていた二人の距離が、急に詰まって接近をはじめる。
「……っ」
真っ直ぐな瞳だと、和は思った。迷いのない瞳、どこまでも澄み切った――真摯で真面目な少しだけずれた天然混じりの瞳。
「楽しかった? 麻雀」
聞かれることは、なんとなくわかっていた。だから、それが放される直前、和は思わず顔を逸らしていた。
聞かれるまでもない、和の顔は雄弁に肯定の意を語っているのだ。
「よかった。やっぱりあなたは、何も捨ててはいなかったんだね」
当たり前の確認を、少しだけの安堵で迎えるように、照はそうやって和へ零した。そうしてから、沈黙が生まれる。
――授業開始まではまだ数分ある、移動を見積もっても、余裕は十分と言えた。
少しだけ、会話が広がっていくには十分だ。
切り出したのは、やはり宮永照だった。気まずく頬を染める和に対して、ぽつり、ぽつり、雨音を屋外から漏らすように、言葉を少しずつこぼし始めた。
「宮永咲は……私の妹」
そこで出てきたのは、和にしてみれば思わぬ言葉だっただろう。宮永咲、たとえ対局する相手を考慮しない、和ですらそれは知っている。
優勝を求めインターミドルに挑んだ和が、最終的には直接敗れ去った相手。
「そうだったんですか」
とはいえ、和もそれに対して反応は見せなかった。――宮永照のことは知っていた。父から話題として聞いていた。宮永という姓に、絶対的な麻雀の強さから、なんとなくそうなのだろうなとは思っていた。
興味がないだろうと思っていたのだろう、すこしだけ驚いた風にしながら、照はそうかと答えを返して、そして続ける。
私は――――いちどだけそう告げて少しだけ、間を置きながら。人称を繰り返す。
「私は、咲を倒したいと思ってる」
端的な言葉だった。しかし、それ以上のものがそこにはあった。言葉ではなく、チカラとして、チカラではなく、圧迫として。
宣言として、宣誓として、誓約として、照は和にそう告げたのだ。
「――そのために、私は白糸台の麻雀部を育てた。私の照魔鏡は人のチカラを見抜く鏡、それを使えば、人の気づかない才能だって、見ぬくことができる」
イワンとしていることは、なんとなくわかった。照の来る前の白糸台は、県代表クラスの中堅校だった。東京という強豪集う舞台には、いささか力不足が否めない。
現在の白糸台は、全国へその名をしらしめる、三連覇を目指す超強豪校、それは、照によって作られたのだ。
当たり前といえば、当たり前だが。
「三年目、最後の年。――咲がまた私と同じ舞台にたつ瞬間」
照は言うのだ、語るのだ、豪語するのだ。おのが思いを、おのが心の正体を。
「そのために、力を貸して欲しい。私達と、麻雀を打って欲しい。貴方は、ひとつの形とはいえ、私を超えたのに違いはない」
「……いえ、私は、まだ先輩には届かないと思います。それに、もう牌を握るつもりは……」
「――でも、楽しかったよね?」
遮るように、見透かすように、照はそんな言葉を和へかぶせた。――綺麗事ではない。――甘言でもない。極々単純な人の言葉、思うがままに、純粋を誇る言葉。
宮永照が原村和へ直線的に、ぶつけた言葉だ。
「……っ」
和はそれを、反応せざるを得ない。否定もせず肯定もせず、ただそれに対して応えることしかできない。
照はそれを知っている。宮永照は他人の心底を見抜く天才だ。照魔鏡というそのチカラが、麻雀部を咲と闘うためのチームに育てるための経験が、照をそうやって創りあげてきた。
そして、今、和もまた、照によって心の内を晒されている。
照と和は沈黙していた。反応を待つ照、黙りこくる和。――その静寂は、いかほどの間、彼女たちを巣食っていただろう。
気がつけば、照は立ち上がり、時計を一度確認していた。
もう、授業が始まろうというのだろう、和はそんな照の姿を、ぼうっと黙って見上げていた。
意識が、ひとつの少女に釘付けされる。
宮永照は――澄まし顔の凍てつくつららは、透き通る肌に淡い白の光りを宿していた。氷上で、演技を終えたスケーターの様に、威風堂々、覇者として立ち尽くす、少女は和に振り返る。
意識がはっきりと今この瞬間の照に向き直った和の前に、照の手が差し出される。
「麻雀、楽しいよね? ――楽しいことから目を背けるのは、辛いことから目を背けるよりもずっと大変、それをあなたは、知っているはず」
照の声が、鐘を打つ雨音のように、鋭く弾けては、消えていく。どこまでも真っ直ぐな声音は、心のそこからのものだった。
「……そうやって、目を背けているままでいいの? 楽しむことを諦めたままでいいの?」
「……わ、私は――!」
「――麻雀は楽しいものだって、それをもっと楽しむために、勝つっていうことは、とても大事なことなんだ」
差し伸べられたては、吊り下げられた糸のよう。そこには既に何人もの先客がいて、手を差し伸べられた人たちは共に底へ捕まることを選んだのだ。
蜘蛛を救ったことにより、天国へ行く蜘蛛の糸を下げられたガンタダは、共に登るものを拒まんでしまった。けれど、この手にすがるものは違う。
きっと、救われるのだろう。
きっと、照は救ってくれるのだろう、その手は、照が伸ばして居るのだから、もっともその手をつかみやすい場所には、宮永照そのひとが立っているのだから。
「だから、一緒に麻雀、楽しもう?」
麻雀を、楽しむ。――楽しんで、勝つ。
和は、それを聞いた時、既に照の手をとっていた。迷いなく、躊躇いもなく。己の行動に結論が至った。即断即決、それが和の信条だ。
そうして和は声を張り上げた。心の奥に溜まりきった、淀みのようなものを吐き出すために、そうしてそれを、己の心で受け止めるために。
「わ、私は! 勝ちたい1 宮永さん――先輩の、妹に! だから、勝てるように、麻雀を、打ちたい、です!」
照は、そんな和の言葉に笑みを返した。――よく言った。和の宣言を全肯定し、心のそこから、褒めているかのように……
♪
(――あぁ、どうやら少し、昔のことを思い出し過ぎていたみたいですね)
気がつけば、和は既にそこにいた。
全国高校生麻雀選手権。インターハイが最終決戦。団体戦決勝の副将戦後半――その東四局、おのが後半戦最初の親番だ。
既に、卓上では配牌が終えられていた。第一打も思考のまとまりを待ってすでに終えられている。理牌により、その手が一向聴の好配牌であることは直ぐにしれた。
和の思考は既に自身の思いから分離している。意識の切り替え――照が考案し、和自身が実行する技法。今の和は一種のトランス状態に居るといえる。
それは思考と感情を切り離すことで、思考で現在を別の状況に見立て、感情をそこに置き制御を取る――行なっている和自身ですら、イメージ以上のものは出来ない、照が唱える謎理論だ。
しかし、その結果はこの半荘戦、和の大量リードという形で大きく結果を見せている。現在、収穫の失敗、不作により尭深が失った点棒は、ほぼ和が取替している。
後は、そこからさらに距離を伸ばして、この半荘を勝ち抜くだけだ。
(私の麻雀は勝利のための麻雀。――さぁ)
次ツモ。一気に手を進める。
そう、
「リーチ」
(勝つための麻雀を、始めましょうか)
卓上は、未だ河の流れすら正確につかめない。故に、和のはなった第一打。高速でのその一つは――そして。
「――ツモ」
原村和の、勝利を呼ぶのだ。
(誰にも、追いつかせない。このまま、勝って勝って、勝ち抜いていく)
決めたのだ。準決勝を終えた時から。
――インターハイで、“咲やあの少女に出会った時”から――――
(その先にあるのは、きっと楽しいと思う感情だから、――そうですよね“おねえさん”)
和は、今。勝つために麻雀を打っている。
このインターハイ、大きなことはいくつもあった。阿知賀女子との再開や、咲達との再開もそのひとつ、そしてその集大成が、ここ、インターハイ決勝なのだ。
――一本場、今度は和は高速で動いた。役牌を鳴き、一気に手を進めると、そして。
「ロン、2300」
泉からの直撃。たった八巡目のことだった。――おそらくは、南場でのこともあるのだろう、重苦しい染め手を作り上げていた泉のおこぼれ。
それを、低空にて射抜くかのように、和は和了を、決めるのだった。
そして、二本場。ドラ表示牌は「3」
和の手が止まる。この二連続和了、どちらも指して高くはない。
ここできた配牌はさしていいものではなかった。――速度を目指せば、恐らくは喰い一通で即上がりも可能な手。
和のスべきことはこのまま半荘んを終えること、ならば少しでも点を稼ぐためには、ここでは速攻が有効――なのだが。
(前半戦、私は東場では活躍できた。それは前半戦収支を見ても、明らかに明白。――今の私は間違いなくツイている。でも、南場では一度も和了れなかった。南場で和了ったのは風越、宮守。そして理解不能な打ち筋をとった千里山。彼女たちが、また私の南場を食いつぶすのなら――)
和はここで、勝負のための思考へ切り替える。
自分が勝利を得るために、最善となる打ち方。それは逃げ切りではなく、守りを重視したものでなければならない。特に南場は自分が和了れない可能性がある以上、とくに東場はその準備に当てなければならないのだ。
――前半での勝利が、後半につながるとは限らない。序盤、幸先の良い上りをしても、南場にはいって急速に和了ができなくなりラスを退く、麻雀でならばよくある光景だ。
そしてそんな偏りは、連続して劣ることがままにある。
今の和は、そういったツキの向き不向き、それらを全て計算に入れた上での打ち方が可能だ。
オカルトへの対応は、準決勝での一筒を計算に入れた打ち方のように、その場その場で行なっていけるのだ。
故に、和は思考する。
(私はここで――あなた達に引導を渡す……!)
第一打、理牌も負えずに迎える手。和はそれの、数少ない数牌に手をかけた。
和/打五(赤)
単なるひとつの打点はいらない。
今、必要なのは勝利、そう、勝利なのだ――
対する泉。この半荘、早々に流すつもりが、和の和了により雲行きが怪しくなってきた。これ以上和に和了を続けさせては、他家に付け入る隙を与えかねない。
特に自分は和にデジタルの練度で負けるし、東場での速攻も、ゴミ手をツモ和了が精々だ。
(原村は染め手、風越のは東場で無茶はできへんやろ、特急券もないみたいやし。問題は――宮守、早そうな手……)
ここで泉は幾つかの手が取れる、現行の方式は手なりでの聴牌だ。両面塔子の多いこの手では行儀の良い麻雀しか出来ず、精々悩むとしても塔子外しだ。
そして、
塞/打7
ドラ側、塞の打牌が、泉の意識に矛にもにた棘として貫き刺さる。
警戒すべきは宮守だ。原村和も高い手を作っているようではあるが、それは恐らく未だ河の一段目にすぎない現在では意味を成さない手だ。
故に敵は臼沢塞唯一人。そしてその塞が放つ、四度目の中張牌。
無視できるものでは、ない。
(これは、鳴ける牌、喰いタンで安くなるけど、和了れないこともない。けど、鳴く勝ちはまず、ないわなぁ)
現状、塞の手には打点が感じられない。ドラは二枚、和が手出しで出しているのだし、上家の数絵はそれに何度か興味を見せている。
恐らくは、ドラ含みか、対子程度のものだろう。
“まずドラはない”その選択でいうのなら、この中張牌の数は逆に手の安さを晒しているようなものだ。
ヤオチューの数牌も何枚か切っているわけだし、チャンタ系も少し薄い。
となれば、自然とこの手は安くなる。そして最もセオリー通りに待ちを選ぶなら、
(待ちは五索七索の六索嵌張! ドラは、そう引けんやろ!)
――そう、塞の手は、安い。
安く、リーチをかけてやっと一翻の手を、塞はリーチをかけず形聴にとった。これで、彼女はツモの如何によっては、和の手を流せるということになる。
当然だ、そして。
(ただそれだけで終わらせてやる、ワケがないよね)
一瞬の直感。リーチをかけずに聴牌した最大の理由。
――塞/ツモ4(ドラ)
両面への、変化である。
(打点はない、でも、そんなゴミ手のようなこの手でも――)
「リーチ!」
(一瞬で、高くする方法はある!)
「――一発ツモ、ドラ一。――2200、4200!」
(――キミたちが私と同じように勝利を欲するように、私は、この手で、勝ちが、欲しい!)
塞の手が、契機となった。
この瞬間副将戦はあっという間に南場を迎える。
そこは、南浦数絵のホームグラウンド。
第二回戦、準決勝と屈辱を喫し、この決勝戦でも奮わないものの、南場での支配は健在だ。現に、前半戦では南場にはいって、数絵は一度トップを取り返している。
そして、
この南場――それが最後であるために、各々の思いは大きい。
それは、数絵の風すらもかき消して――静寂な、無に近い白の空間を、作るに至った――
まぁなんだかんだ言って、次回で副将戦も終了です。
もう大将戦だっていうんだから、不思議なもんです。
点数表
一位宮守:102300
二位白糸台:99700
三位千里山:99200
四位風越:98800