咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『湖上決戦』最終決戦Ⅰ

 それは――遠い、昔の記憶。

 

「ツモ! 嶺上開花は800、1500です」

 

「あー……またやられた」

 

「危なかったです、前局、あれが一発だったかと思うと」

 

「……一発は、そうそうでないよ」

 

「……知ってますか? 嶺上開花と一発ツモの確率って、実は同一なんですよ?」

 

「そりゃあ、一枚引いて、それが当たるか、どうかの確率は……一緒、だけど」

 

「だから出来ますって、もっと大明槓しましょうよ、先輩」

 

「それで勝てるなら、ね」

 

「……もう」

 

 楽しい記憶だった。自分にとってその一瞬が、今の自分を形成する礎の一つになっているくらいには。先輩と後輩、雀士と雀士。あの人と、自分の間柄を形容する言葉はゴマンとある。

 けれど、そんな記憶の中の彼女と、今それを思い出し、懐かしんでいる自分の間らを示すなら、きっとこんな言葉で呼ぶべきなのだろう。

 

「――次は負けないよ、咲」

 

「私だって、負けませんよ、円依先輩」

 

 

 ――ライバル、と。

 

 

 ♪

 

 

 インターハイ決勝も、ついに最終戦、残る大将戦が最終結果として残されるのみとなった。風越に、千里山。互いに持ち点は十一万点、点差はおよそ五千点。

 残された半荘は二回。それで全てが決まるのだ。否が応なしに、誰の待ったも聞かずに、決まる。

 

 そんな最後の対局を飾る一人の雀士が今、ここにいた。

 

 風越女子大将、宮永咲。

 しかし彼女は対局室へと向かわず、どこともしれぬ廊下で一人、佇んでいた。

 

 そんな時、彼女の背後から影がさす。振り向けば、先程まで副将戦を戦っていた知人が、ジト目でこちらを睨んでいるのだ。

 

 

「――咲さん」

 

 

 ためらいもなく少女――原村和は咲に声をかけた。遠慮のない声音とともに、ずずいと咲へ詰め寄った。

 

「こっちは白糸台の控え室です。なぜこんな場所にいるんですか?」

 

 おねえさん――照への挨拶、というわけではないだろう。それは先日、風越準決勝が終わったあとに済まされている。その時は和も共にいたのだから確実だ。

 

「えっと……その、ま」

 

「ま?」

 

 少しだけ気恥ずかしげに咲は愛想笑いを浮かべる。言い訳をするような表情だ。ろくなことではないだろうと、和はなんとなく感じ取っていた。

 

「ま、迷っちゃって」

 

 ――ハァ。

 気がつけば、そんな嘆息が和から漏れていた。怒気を感じ取ったのだろうか、咲がビクリと肩を震わせる。小動物のようだ、中身はそんな可愛げのあるものではないが――和は咲の手を取ると、その手を引っ張って見を翻す。

 

「あ、和さん!」

 

 慌てたように声を上げると、和はジト目の呆れ気味だった表情をツンとした物に変え、

 

「あなたが決勝卓に来てくれないとうちの大将が拗ねるんです。ですから早く戻ってください」

 

 と言葉を吟じた。それが咲の感情を震わせるに至ったのだろう、クスリと可笑しそうに咲は笑った。

 

「……まぁとにかく、早く対局室へ行きましょう、あまり時間もありませんから」

 

「う、うん」

 

 和に押され、咲の体が前へグイグイと進んでいく。相変わらず、どこか強いところ“曲がらないところ”があるのだと、咲は感心して思う。そんな強いところが、咲にとっては憧れであったりもするのだ。

 

「そういえば、あの子は元気にしていましたか?」

 

「あ、うん。元気印。今日も暇だからって観戦に来ているみたいだよ」

 

 ――このインターハイが始まる数日前に、咲とともに現れた和の旧友に対して会話の糸を伸ばしつつ、二人は先を急ぐ。

 

「そうですか、では大将戦の前にそっちにも挨拶に行っておきましょう。さすがに、優勝した身で、チームから身を外すのは空気が読めていませんからね」

 

 何気ない様子で和が語ると、後ろで小さな怒気が生まれる。和は軽く振り返り、闘志満々という睨みをきかせる咲へくすりと笑いかけると、すぐさま和は飛び出した。

 

「え? ……うわぁ!」

 

 手を引かれる宮永咲は、勢いを増した和に引きずられ、体のバランスを著しく傾けながら、それでもなんとかそれを立て直し、走る和に追いすがるのだった――

 

 

 ♪

 

 

 大将戦、最後の半荘二回が始まる。

 

 姉帯豊音、大星淡、二者の姿はすでに対局室にて顕とされていた。

 場所ギメは、両者をそれぞれ仮の西、北と定めていた。

 

 ――淡は既に卓へとついて、始まりの瞬間を今か今かと待ち続けている。豊音はといえば、自身が座る椅子に手をかけて、なんとも言えない表情で天井に視線を向けている。

 

「――座らないんですか?」

 

 どこか挑発的な口調で、淡は豊音に軽く問いかける。

 

「もうすぐここで私達の優勝が決まるんだなって思うと、なかなか感慨深いものがあるんだよー」

 

 それに対する豊音の答えも、真っ向から淡に対するものだった。それぞれの表情が、楽しそうな笑みへと変わる。淡はかるく、へーと漏らした。“わかっているじゃないか”豊音にむかって、そう語っているかのように。

 

「……ッ! 来るか」

 

「――来る、ねー」

 

 ひとしきりにらみ合いを続けただろうか――一応の時間が過ぎた後、豊音と淡は、その視線を一点へと集中させる。そこは対局室の出入り口――インターハイの決勝と、それ以外を区切る最もたる場所。

 

 そこには、一人の少女が佇んでいた。

 

 あまり手入れのサれていない長髪は、しかしまったく野暮な様子を持たせない。車椅子、という特殊ないでたちでありながら、彼女の姿は、老練の熟達者を思わせた。

 ――鋭い、真っ直ぐなもの。

 

 鋭利な刃と形容するべきだろうか。人を殺すにはたやすく、化物を穿つには少し足りない。そんな刃を、彼女はその瞳に宿していた。

 

 しかし、豊音も淡も、それが単なる刃でないことを知っている。その刃は単なる平坦でありながら、どこまでも直線的に“穿つ”チカラを持っている。

 そしてそれを、他者にそうと思わせないチカラも持っている。

 

 それこそがこの少女の本質だ。化物を討滅しうる器を持ちながら、――化物と同等の規格外をその身に有してなお、それを自身の鞘に秘する存在。それが、目前の人間。

 

 

 ――瀬野、円依だ。

 

 

「っしょっと」

 

 対局室、段差手前にたどり着いた円依は、手早い動きで松葉杖を取り出すと、体を車椅子ごと反転させる。待っているのだ、最後の一人の入場を。

 

「今日はよろしくお願いします。お二方」

 

 背を向けたまま、何の気なしに円依は言った。

 淡も豊音も、答えない。――わかっている、これからここに現れる存在の事を、彼女たちはよくわかっているのだ。

 

「久しぶり……いや、この場ではハジメマシテ、か」

 

 松葉杖に寄りかかりながら、円依が合わせて立ち上がる。そこから漏れだす言葉は、幾年ぶりの再開をよろこんで、そしてその物の成長に、一つの答えを占めるものである。

 

 

「――宮永――咲!」

 

 

 対局の始まりは、四者の邂逅である。

 東家、千里山女子、瀬野円依。

 南家、風越女子、宮永咲。

 西家、宮守女子、姉帯豊音。

 北家、白糸台高校、大星淡。

 

 だれもが、優勝を目前にし、勝利をひとつとして疑わない、最後の一人にふさわしい雀士であった。

 勝負を決めるのは、精神と、チカラ。

 

 こと精神という舞台において、彼女たちが背負うものは同一。勝利への絶対の自信。ならば、ここにあり、競わせることを許されたのは、少女たちのチカラのみ。

 ――四者、四様。様々な思いがぶつかり合って、それでもなお純粋な、チカラとチカラのぶつかり合い。

 

 そこにあるのは、果たして誰か。

 勝者というたった一つの枠組みは、かくして幕を開けるのだった――

 

 

 ♪

 

 

 東発、親の円依が狙うのは連荘によるスタートダッシュ。現状咲がこの場で何をしてくるのかわからない状況。――第二回戦のようなプラスマイナスゼロか、はたまた準決勝のような圧倒的な闘牌か。

 どちらにせよ、咲がここに責めてくるのであれば後者、そうせないのなら前者か、もしくは様子見。そのどちらかと考えるべきだろう。

 

(できれば私も様子見に徹したいけど、さすがに四回しかない親を、捨てるわけには行かないからね)

 

 ここが東発故の悲しいところ、円依は手牌を何度か確かめながら、打牌を進める。

 

(――まぁ、こんなものか)

 

 聴牌である。

 

 ――円依手牌――

 {二三三八八八⑤⑤赤⑤2288} {2}(ツモ)

 

 円依/打{()}

 

 そして――

 

「リーチ!」

 

 先制。

 この場の誰よりも速く、まずはリーチによって手を宣言させる。振り落とされた点棒は、手際よく、自身の居場所に居座った。それぞれが、いかようにも反応を見せる。

 

 

 ――咲手牌――

 {一一一二三九九九⑧⑨111} {2}(ツモ)

 

「……、」

 

 咲/打⑧

 

 生牌の⑧をノータイム――ツモの流れからそのままに切り出す。ここまでいちども卓へと出てない牌、他家には、果たしてどう映っているだろう。それを考慮した上での、この一打、本来の狙いは――

 

 

 ――豊音手牌――

 {七八九②③④④⑦⑨356} {9}(ツモ)

 

(あはは、これは……)

 

 

 ――円依捨て牌――

 {五五五北北北}

 {444777}

 {横三}

 

(捨て牌、四暗刻とか……この人マジやばいよー。鳴いたら役なしだから、ここは攻められないよねー。まぁ“宮永さんが生牌を切った”んだ、この九筒は二枚切れだし、ほぼ通るはず――)

 

 豊音/打{⑨}

 

 豊音の読み通り、この打牌は円依の当たり牌ではない、地獄単騎以外では和了れない、そう読んだが故の打牌。淡であれば、それが思う壺だと呼んで、この九筒は絶対に切らなかったであろうが――

 とかく、これは通った。豊音のよみが、見当違いであることを除いては――

 

 

 ――淡手牌――

 {六六③③東東西西白白發中中}

 

(あ、あわわわわ、やばいよやばいよ、千里山の捨て牌が二回戦の時みたいにすっごいキモい。しかも全然読めないし……! あーもう、東南西北、どこでもいいから来てくれれば上がれるのにい!)

 

 十巡目に聴牌し、もっともツモれる可能性の高い、發でダマを気取っているのに、現状それを上がれる気配が全くしない。

 またもや千里山に止められているのかと思えば、そんな気配もそこにはない。

 だとすれば、このツモで、安牌を引き寄せなければ自分は死ぬ、ここまで誰も当たっていない以上、激突するのは間違いなく自分だ。淡はそれを知っている。

 

 そして――ツモ。

 

 淡/ツモ{⑧}

 

(よっし現物! 一発避ければ、多分大丈夫なはず!)

 

 淡/打{⑧}

 

(――あれ? だとしたらなんで風越は生牌を切ったの? 風越の生牌ってつまり、槓材のはず(・・・・・)なのに)

 

 

(ってことはもしかして、あの八筒は“鳴かせたかった”の? じゃあ、じゃあ)

 

 淡の思考、豊音の思考が同一に一致する。

 混乱する頭の中を、二人が同時に取りまとめた時、すでにそれは、答え合わせに等しい状況での、ことだった――

 

 

「ツモ! 3900オール」

 

 

 ――円依手牌――

 {二三八八八⑤⑤赤⑤22288} {一}(ツモ)

 

・千里山『112200』(+3900ALL)

 ↑

・風越 『117700』(-3900)

・宮守 『00』(-3900)

・白糸台『00』(-3900)

 

(――そう、先輩の狙いは出和了りじゃなくてツモ和了。そもそもあの手は対子、刻子手。実際には三暗刻までありえた――いや、私がそんな事はさせないけれど、四暗刻まで当然のようにありえた手を、先輩はそこに落とし込んだ。お陰で、対応策が限られちゃったけど……ね)

 

 ――あそこで八筒を鳴かれていれば、この一局、和了っていたのは咲だった。

 四暗刻を狙っていれば。もっと露骨にそれを防いだだろうが、――そこは円依もよくわかっている。こちらの狙いが、手の内を晒さずに、相手の様子を見極める、その一点に尽きるということに、気がついているのだ。

 

 故に、打てる手はこれひとつ。円依が疑問に思ったかどうかもわからない、生牌の⑧切り。結果として、淡がその八筒を引いてきたのは想定外で在ったが、とかく。

 

(さて、簡単にはこっちの思い通りにさせてくれない……か、想定の最悪どころか、大星さんの八筒ツモで、それ以上のものになっちゃった)

 

 手を作り上げ、肉薄しようという状況で、逃げられた。――これほど悔しいことはない。それでも、咲の顔にはやわらかな笑みが浮かんでいた。

 無理もない、こんな場だ。

 無理もない、こんな相手だ。

 

 インターハイ決勝。最後の最後に許された、最高の舞台。――どこよりも強い高校があつまって、どこよりも素晴らしい対局が行われる、そんな舞台。

 

 咲は、その幕引きを許されているのだ。これほどまでに、嬉しいと思うことはあるだろうか。ましてやその相手が、かつて別れたあの時から、待ち焦がれた相手なのだとすれば――

 

「きゅふっ」

 

 こっそり漏れた笑みは、そんな可愛げな声を伴って、卓へと転がりでていく。

 戦場は、未だ芽吹いたばかり、対局は、未だその姿を――晒してしかいないのだ。




本当は次回の最後までやるつもりでした。
でも、文書いてたらすごく区切りが良くなっちゃったのでここで切りました。お陰で文字数に余裕が出来たためか、次回は(個人的に)とんでもないのが出来ました。

今回から点数の移動を可視化してみました。いかがでしょう。ちなみに咲さんの最後のあれは白いセールスマン的なイメージもあります。
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