咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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『星は刃の光に導かれ』最終決戦Ⅲ

 想定外の衝撃、順調であったはずの情景に、一点の曇りがまじり、やがて暗雲立ち込めて、円依をかき消し払ってしまう。

 ――なんとか、乱れた息を整えて、自身の調子を一定に戻す。

 

(――やられた。完全に想定外だった。……よくよく考えりゃそりゃそうだ、私が宮守の大将を利用できるつもりでも――咲はその上を行く、対戦回数で言えば、咲のほうが上なんだ)

 

 特に宮永咲というその少女は、そういった事を感覚と勝負勘だけでやってのけることがある。――というよりも、彼女の強さは、円依の場合に読みというプロセスが必要なそれをを正面からなんの迷いも戸惑いもなくやってのけることなのだ。

 あれをする少し前、円依が感じていた脅威が、実際の牙となって襲いかかる。――予測していなかった、など敗北の言い訳にすぎない。

 

(でも、それは同じはず。言い聞かせじゃなく、実際として、咲だって、私の事を完全に認識しているはずはないんだ。それに、咲がそういう手を取ってくるのなら、私にも、取れる手が――ある)

 

 意識が、暗く深い底へと沈んでいく。しかし円依の感情に迷いはない、それもそのはず、円依はどこともしれぬ闇の中へと、意識を降下させている。

 

 しかし、円依が降下させている場所は、円依の本質、そのものなのだ。

 

 そう、円依という少女が持つオカルト――過程の排除、最悪の過程――その本質なのだ。

 

 

 ――東二局、親咲、ドラ表示牌「{東}」――

 

 

 横から削らせる形とはいえ、咲は円依から点棒を奪うことに成功した。最初のスタートダッシュ、それを半ばで、咲は切り崩したのだ。

 

(――その結果が、これ、か)

 

 しかし、その反発としてか、咲はある感触を感じていた。

 

(いつもだったらくっきり見えてる槓材が、靄がかかってるみたいだよ。それに、バラバラに成ってて、ちょっとずらしただけじゃ、元に戻りそうにはない)

 

 これは、円依のチカラだろう。

 久々に感じることではあるのだが、円依は他家に対しても、自身と同じ支配を講じることができる。ツモが思ったとおりにならず、いわゆる裏目というものを、少しばかり引きやすくなるのだ。

 

(――昔と比べると、少し支配が弱い気がするよ、でも、その分ツモが“ブレる”ようになったってことだ、昔みたいに、何でもかんでも悪い風にしていいわけじゃ、ないみたい)

 

 とはいえそれは、さほど強い支配ではない、それに欠点も多い。支配されていることに、そしてその支配の内容に気づかれてしまえば、それに合わせて打牌をすれば、現在通常としている、“あの”円依のように、異様な捨て牌からの和了が、可能となってしまうのだ。

 

 端的に言うのなら、左右にわかれた道の片方が正解である、という嘘を毎回教えられているようなモノだ。嘘であるのだから、正解だと教えられた道とは正反対の道を毎回選べば、必ず正解してしまう、それが円依のチカラなのである。

 

(インターミドルでも、それを攻略されたせいで大失態、チカラの制御を覚えて、使わなくなってたはずなのに、――心境の変化って、やつなのかな)

 

 ――四年前の話だ。

 少しだけ、懐かしさに浸るような、それでいて、咲はその懐かしさを、なんとも言えない心持ちで、否定しようと思うのだ。

 その時は咲もまだ、先鋒として活躍していた、姉の応援に来ていただけだったが、それも合わせて、あの時のことは、よく覚えているのだ。

 

(――確かに、あの頃の支配とは、今の支配は強さが違う。――でも、私を前に、それをしようっていうんだから……いい度胸ってやつかな)

 

 ――咲手牌――

 {二二三六九九⑥⑦⑧57北北} {北}(ツモ)

 

 

(――いいよ、真っ向から、相手して上げる。私の、前傾姿勢で!)

 

 

 ――数巡、打牌が続く。

 

 咲/打{5}

 

(――ただ和了るだけであれば、七対子を狙ったほうが絶対にいい。槓材が乱れて、対子のツモが多い分、ここからなら七対子をまっすぐ目指すことができる)

 

 咲/打{六}

 

(でも、ただの七対子じゃ、和了るには安すぎる、……現状、リーチをかけて隙を晒すつもりはない。だったら、私は私の打ち方を貫く!)

 

 咲/ツモ{中}

 

(――ここ!)

 

 咲/打{⑥}

 

 ゆっくりと、各者思い思いの手が作られてゆく、豊音も、淡も、その表情は芳しくない。――無理もない事だ。円依の支配は、知らぬ者からしてみれば至極厄介なもの、加えて厄介なことに、咲ですら円依のチカラを既知していなければ感知できないほどの微弱な支配だ。

 ――たとえ咲と淡、豊音が感知という技能において、同一を誇ろうと、このチカラの本質を初見で見ぬくことは不可能に等しい。

 

 咲/ツモ{中}

 

(……先輩は、白糸台と宮守を、“これ”で蹴落とすつもりなのかな…………いや、この人達は本物の強い人達だ、多分、この局と、次の局あたりで見ぬいて対応してくるだろうな――だとすれば、狙いはこの状況での和了……? ――させないよ)

 

 打牌。――打牌。――――打牌。

 手が進み、手が変わりゆく、円依の支配がある以上、単なる手役では済まされない、変化だ、さらなる変化が手牌にあるのだ。

 

 ――そして。

 

(……聴牌)

 

 ――咲手牌――

 {二二三九九⑦⑧⑨北北北中中} {一}(ツモ)

 

(けど、北に槓材はなし――鳴かないと、これは聴牌できないよ)

 

 恐らく、それもまたブレだろう。

 円依のツモは、咲の予想を超えて、以前とは比べ物にならないほど弱体化していた。そして、それがそれ故に、手を進めることができないで居る。なんとまぁ、皮肉なことか。

 

(……先輩の狙いはこの東二局――“私の親番”を自分の和了で流すことだとおもう。だとしたら、この聴牌を維持して、この対局で和了する……この手は、曲げない)

 

 北は誰かの打牌で出る可能性がある。このまま流れれば、北を自摸るのは姉帯豊音のはずだ。

 

(けど、嶺上牌は{七萬}、{八萬}を引いてこないとカンは出来ない……か)

 

 それでも構わない、ここまで引けないのなら、それはそれ、そこまでだ。円依の支配下、そこでこのまま和了を決める。

 

 そう決めて、手を進めるのだが――

 

 自摸切り。

 

 自摸切り。

 

 再三の自摸切り。

 

 ――何度か牌をみるものの、やがてそれも失くなって、結局は、盲牌のみで打牌を終えるようになってしまった。――それほどまでに、自摸れない。

 最初から出和了りは期待していないとはいえ、果たしてそれならどこにある?

 いや、そもそも――

 

(……ん、これも違う。…………どうしようか、なんとなくだけど、この手牌は晒したくない気がする。でもそうなると切れる牌は……)

 

 ちらりと、円依は淡の元へと目を向ける。

 

 ――淡捨て牌――

 {4⑥2三82}

 {⑦東赤五西④8}

 {②4東6八}

 

 そのままそれをツモへと持って行き――打牌、最終まで、咲はそれを自摸ることは出来ずにいたのだ。

 

 

 結果、

 

「テンパイ」

 

「ノーテンだよー」

 

「……ノーテン」

 

「テンパイです」

 

 

 ――円依手牌――

 {八八八九九③④赤⑤567中中}

 

(――待ち待ち!? しかも、両方同じシャボ待ちなんて……!)

 

 咲の視線が驚愕に変わる。

 無理からぬ事だ、円依にテンパイの気配はあれど、そこに放銃する気配はついぞなかった。それがここに来て、このような形で明らかになるなど――

 

 ――咲の驚愕、円依の嘆息、それが交差するように卓を駆ける。これらが同一のものから来るということは、誰の目から見ても、明らかだった。

 

 

 ――東二局流れ一本場、親咲、ドラ表示牌「{8}」――

 

 

『――と、いうことではないでしょうか』

 

 千里山控え室、豊音への放銃により、いちどは騒然となっていた控え室も、現在は平静を取り戻している。解説を務める健夜の説明――円依の支配に対するものだ――に現在は、関心のしきりといった所だ。

 

 この支配、見ぬいたのは実際に対戦の経験がある、泉と浩子の両名のみだったのだ。――正確に言えば、喉元にでかかっていたのを、泉と浩子、そして健夜の解説に先を越された、といった所だが。

 

『なんかずっこいですね。……でも、こういうのってバレると千里山が不利になる気がするんですけど』

 

『それはないでしょう、風越の宮永選手は間違いなく気がついていますし、他の二校の選手も、恐らく既に気がついているはずです』

 

『解るもんなんですか?』

 

『瀬野選手の捨て牌は特徴的ですから、ピンと来るものがあるんじゃないでしょうか。――捨て牌が、同じくらい異様になってますからね』

 

 なるほど、と納得する。

 確かに竜華やセーラであれば、あと一局も打ち続けていればその変化に気がついただろう。

 

「今の半荘、宮永さんが振り込んでくれればよかったんですけど」

 

 浩子の嘆息混じりの声が、千里山の代弁であるように広がっていく。

 無理もない話ではあるが――しかしそれはないだろう、と豊富な経験を持つセーラ、そして実際に咲と対戦した経験のある泉が声をあわせて否定する。

 

「……あーいうのは、そういう振込になりうる形の牌は、そもそも引いてこないねん」

 

「口惜しい話しいですけど、そういうところにも、違いっちゅうか、勝負強さがでるんですよ」

 

 あぁ、とセーラとモニター越しの円依、両者を見比べて他の面々は頷いた。セーラもそういった勝負強さが売りの雀士であるし、円依は咲と対等に並びうるオカルト雀士、そういうことはたしかに多い。

 とはいえ円依には第二回戦の“あれ”のような理不尽もあるのだが。

 

「まぁなんにせよ、ここが勝負所やとおもいます。宮永が、少しイライラしてるみたいですよ」

 

 泉が流し目混じりに、少しばかりの笑みを零した。

 対局に、動きが見えたのだ。

 

 ――対局室。

 

(――テンパイできない!)

 

 流れが来ない、と言うべきだろうか、咲の手牌は一向に進まない。

 感情にしこりが残る。――怒りと呼ぶべきだろうか、焦燥と呼ぶべきだろうか、咲という少女の中に、感情という楔が突き刺さる。

 それは痛みには成り得ない。しかし、そこにそれが“ある”ということは、否が応にも認識される。つまり、それがどうしても気になって仕方がない。;

 

 無視をするべきだ。

 

 するべきだ。――するべきなのだ。

 

 だというのに、それなのに、まったくもってそれは咲に残り続ける。

 

(槓材が、遠い。――嶺上開花が、私の花が…………そんなの、私が絶対に許さない!)

 

 無理もない、咲のチカラはそういった“ひとつの形”が暴力に近い圧倒的なモノに変質したが故の強さなのだ。ひとつのピースでは、単なる強者にしかならない。

 それが、

 

 それが、ひとつの形になることで、咲は強さという一つの結果になるのだ。

 

(これ以上は、この支配を続ける訳にはいかない。さっきもそうだ、この支配、もっとも妨害を受けるのは、私なんだ)

 

 理屈は知らない、円依はこちらの手を止めた。

 だというのなら――

 

(これはこの場で、崩させてもらうよ!)

 

 

「ポン!」 {横一一一}

 

 

 牌が、卓上を滑って流れ、軽やかなステップとともに停止する。

 咲の手が、花を追う蝶のように舞う。振るって凪がれて、顕にされる。

 

 役のない鳴き、咲の手に役牌はない、――この手を鳴いたことにより、咲は和了り目を失ったことになる。しかしこれこそが流れを正常のものへと押し戻す“異物”にして他ならない。

 マイナスにマイナスをかけることにより、プラスへと転じてゆくように、これもまた、崩れた流れを、崩れた鳴きで無理やり叩いて戻してしまうのだ。

 

 ――――それが、蜘蛛の罠だとも気づかずに。

 

 

「――リーチ!」

 

 

 動いたのは、円依――ではなかった。

 大星淡。円依とともに、Aブロックから和了ってきた白糸台の大将。

 

(――な、あ、)

 

 

 知っている。淡のリーチは一発率が百パーセントだ。なにせ淡は待ちが純カラになっていない限りずらしても和了る(・・・・・・・・)。この場合は、それもそう。

 淡の待ちは字牌単騎待ち。それは誰かを惑わすためのものではなく。

 

 

「――ツモ、6100。――12100ッ!」

 

 

 淡が、和了るためのもの。

 そしてそれは、正常な流れの中でのみ、成されるものなのだ。

 

 ――淡手牌――

 {11(ドラ)(ドラ)東東南南西西北白白} {北}(ツモ)

 

・白糸台『93100』(+24000+300)

 ↑

・千里山『115800』(-6000-100)

・風越 『103200』(-12000-100)

・宮守 『87900』(-6000-100)

 

(――前局、大星さんは国士を狙っていた。今回の手牌もそれに近いものがある。けど、そうじゃない。これは――姉帯さんと同じだ。――――はめられたんだ! 私は、大星さんと、もっとも対戦経験のある人に――!)

 

 その少女はこの一局と前の一局、多大な存在感を放っていた。それは咲も知っている。しかしそれは、表になることはなかった。

 露出することが、無かったのだ。

 

 故に、咲は惑わされた。咲のチカラをブレさせることにより。

 

 

 戸惑い故の策略が、――瀬野円依による、刃の導きが、星を夜空に瞬かせるのだ。




咲が油断していた、って感じですが、それでも振込はありませんね。
原作てるてるもそうですが、強い人は振込のイメージがなかなか浮かびません。

大将戦、前半は五回で終了、後半はもうちょっと長くなりそうですね。
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