南場、半荘戦の後半、対局も佳境へ入り、各々は、自身の目指すべき位置を定める場。――瀬野円依は現在トップを行く千里山の大将である。
――南一局、親円依、ドラ表示牌「{⑥}」――
故にこの親番、目指すことはただひとつ、――自身のさらなる飛躍だ。
(――東三局に東二局、姉帯豊音の更なる力は見切った。打ち筋も、その気配も!)
――円依手牌――
{二三三九⑥⑧⑨24599東} {1}(ツモ)
(さて、さてさてさて……わかりきっていたことではあるけど、やっぱり字牌があんまりこないな。――大星淡が集めているし、この卓には、槓材と称してひとつの牌を全部ガメていく奴も居る)
牌が偏りにくい、というのは、若干の感触の中に感じる。
多少支配によってそれもブレているとは言え、豊音はそれを鳴き一つで戻してくるし、淡に関しては、あわや四暗刻という位置にまで向かっていた。
しかしそれも、この局では通用しない。
この親番は、円依が持つ残り三つの親番にして、そのひとつなのだ。
(そして――)
円依/打{5}
「ポン!」 {5横5赤5}
豊音もまた、動く。これにより、円依は卓の状況を克明に、認識することができるのだ。
(こうすることで宮守には湯水の如き中張牌が行くようになる。そして字牌は大星の元へ行く、――この位置順でずれた大星のツモは咲のモノ――無駄ヅモが咲に行く!)
円依/ツモ{九}・打{東}
咲/自摸切り西
(咲が字牌をつかめば、大星への牽制にもなる、西が一枚切れた、後一枚は――)
豊音/打{西}
(――ここから出てくる!)
鳴きは、ない。もとよりたった一つの西だったのであろう、手出しに寄り、淡の元からも西は払われた。――対局は続く。
数巡、静かなものだった。音はただ打牌の快音、存在は、透明なままの四者。動きはない、それを不気味と取るか、神秘ととるか――円依はそれを、神秘ととった。
(――出来た)
――円依手牌――
{二三三九九
単純なことだ、豊音は赤口による速攻を狙う。淡の手牌は字牌に偏り、一九牌はノータッチとなる。となれば、そこを利用し手を作ることができる。
――豊音の親番は南三局、円依と咲はこの四者の中で特に警戒スべき人物だ。となれば、それを流すため、速攻に長けた赤口はどうしたって必要になってくる。
故に、豊音がここで、赤口を使わない理由はない。淡に関しては、そもそもチカラを使用しないという概念が存在しない。だからこそ、
(――この手は、こうして誰よりも速く、出来上がる!)
「リーチ!」
円依/打{三}
咲はそれをちらりと一瞥し、自身のツモへ。豊音は楽しそうな笑みこそ浮かべているものの、少しばかり思案げに手牌の牌を揺らしている。淡に関しては、不満たっぷりというう様子で円依を見ていた。
――それから、
「ツモ! 6000オール!」
円依のツモは、形をなした。
――瞬間、どこからか感じる、違和感のようなものに、円依は目を細めながら。
「…………」
その近くから、円依を見る瞳が一組。果たしてそれを、言葉という範疇で呼ぶべきであったか、――世界のすべてを持ってしても、判断はつかないであろう――――
・千里山『125700』(+18000)
↑
・風越 『86600』(-6000)
・宮守 『91200』(-6000)
・白糸台『96500』(-6000)
――南一局一本場、親円依、ドラ表示牌「{2}」――
(――なんだ? 何がオカシイ?)
円依は和了した、この半荘んにおいて、完全なトップにたった。――収支でいえば、淡がまだ上にいるものの、それもこの南場で仕留めればいい。
簡単なことだ、誰にだって可能だろう、無理のないことだろう。
しかし、どうだ、そのはずなのに――
(何を! 何を私は恐れてるのさ!)
怖い。
どうしようもなく、怖い。
(――手牌はいい、連続和了にも十分だろう、これなら、私を止めるものはいない、そのはずなのに、その、はずなのに――!)
――円依手牌――
{一三四①②③33356東南} {東}(ツモ)
盤石、絶対。何の言葉を要しても、それは十二分に表せる。そこに円依という少女がいる限り、この体勢は、まったくもってゆるぎのない、はずなのだ。
それだというのに、だというのに。
円依/打{一}
(何が……オカシイ!)
分からない。
わかりようがない、円依が持つ視点は一視点、円依という立場でしか、この卓上を俯瞰できない。
咲はどうだ? 豊音はどうだ? 淡はどうだ?
分からない、解るはずもない。――どれだけ警戒しようとも、円依が彼女たちの本質を知ることは、不可能でしかない。
だからこそ、それは円依の背へ忍び寄るのだ。
「――ポン」 {横南南南}
(――しまっ!)
気がついた時には、遅かった。
無意味と言わざるをえないのだろう、それは、円依にとっても、他の二人、豊音と淡にとっても、
――その恐怖は、意識の及ぶところにはない。
当たり前だ。
その恐怖は人の感じられるものではない、人が“感じさせる”ものではない。そこにあるのは人ではないのだ。
ならば何か、魔物? そんな表現、単なる比喩にすぎないではないか。
それは、本物ではない。
魔王? 大魔王? いいや、違う。
「カン!」 {
手が、奮われる。その少女が、そこにいる。
それは、単なるバケモノのそれではない。――円依のような、人の形をしたバケモノは、きっと英雄と呼ばれ、畏敬の念で呼ばれるのだろう。
しかし、彼女は違う。
彼女には、そんな呼び名はない。
そんなもの、必要はない。
「ツモ、――嶺上開花」
そこにあるのは、一人の少女でしか、ないのだから。
「――900、1700です」
――咲手牌――
{二三四五六55999} {七}(ツモ) {
峰に宿る華咲かす、一人の少女が動き出す。――静かな沈黙、そして確かな胎動を伴って――――――――
・風越 『90100』(+3200+300)
↑
・宮守 『90300』(-800-100)
・白糸台『95600』(-800-100)
・千里山『124000』(-800-100)
――そして続く南二局。咲の動向を恐れた円依が、淡に対して速攻を支援、たったの千点という、安い点のやり取りが成される事となる。
それを見守るは、親、宮永咲。少女の顔には――小さな笑みが宿されていた。それ以上のものは、そこに覗くことは、だれ一人としてできなかった。
――南三局、親豊音、ドラ表示牌「{8}」――
「――カン」 {九九九横九}
二巡目、誰も止めようのない状況から、咲の闘牌ははじまった。この親番、咲の下家である豊音は連荘を狙い、和了を目指さざるをえない。
そこには九萬のようなヤオチュー牌は足かせだ。しかも、六―七という両面塔子に、この九萬は恐ろしく煩わしい。
それが、この槓、この結果。
円依は豊音を恨めしく思いながらも、しかし表情に出すのをいま一歩の部分でこらえた。堪えざるを得なかったのだ。
(――咲のカンは役を作らないカン、しかもこの巡目)
咲/打{⑧}
(手を進めるにしても、まだこれだけじゃ完成しない、だとするなら、このカンはまだ核心に迫るものじゃあ、ない)
端的に決める円依の思考、しかしそれも、やがてかき消さざるを得なくなる。
そう、
(――な、そう、か。……本来このカンは私の支配によってぶれた流れを正常に引き戻すもの、……だけど、正常な流れに戻ったとして、“非常”に対応していた他家の手や流れは止まってしまう!)
円依の支配を、結果的に咲は“書き換えた”のだ。本来円依の支配により、それぞれの手はブレざるを得なかった。
しかし、それも数局まえまでのこと。――ことここにいたっては、インターハイ決勝戦、その大将にまで上り詰める少女たちに、それは通用しなくなってくる。
顕著なのは淡と豊音だ。彼女たちは自身の打ち方を“支配”の中に適応させて――淡は七対子を狙うことで、豊音は赤口を多用することで――正常に戻しつつあったのだ。
それが、再び歪められた。
マイナスによって転じたプラスは、結局のところマイナスの中でのプラスなのだ。当然プラスはマイナスによって再びマイナスへ還元されるが、その時に、プラスはネジ曲がり、形を失い、消し去られるのだ。
(本来であれば、私の支配は、咲のカンで正常に正されるはずだった。それを、咲はカンにより“他家の流れ”すら見だすことにより、正常な流れを――破壊したんだ!)
あとに残されるのは、自身のチカラを粉砕された、豊音と、淡と、そして円依に、――自身のチカラを満足の行くまま振るう、宮永咲。
円依は、咲のたった一つの“カン”により、自身の作り上げた姿の像を、完膚なきまでに叩き壊された。
なにもないのだ、そこにはもう、何もない。
ふと、円依は自分が感じた恐怖の正体を知る。
咲の手が、卓上を行く、乱され崩され消し去られた、三者の河の、――上を行く。あとには何も残らない、残すことは、許されない。
円依は感じる。
これは恐怖だ、何事にも変えられない、絶対的な恐れの姿だ。
「――カン」 {北裏裏北}
手が震えるのを、円依は感じた。体の奥から、言葉にならない悲鳴染みた叫びが漏れだしそうになってくる。
この場が、この瞬間が、一人の少女に作られたのだということすら忘れ、感情のままに全てを叩き壊す衝動に駆られる。
「もいっこ、カン」 {2裏裏2}
感情が、爆発し、それを留められなくなって、――人はそれをどうしようもなく、恐れて思う。無理もない、それは、自分の中に、制御できない魔物が居るということなのだから。
円依はそれを知っている。
自分の感情を制御できない、制御してもしきれない。そんな情動を知っている。
――それは、喪失。何かを喪うことへの恐怖。それを円依は、喪ったという事実によって、知っている。
「ツモ。自風北。三槓子。嶺上開花。……2000、4000」
咲の声はどこまでも平坦だ。
そこには、平伏された獣がいる。――どれほどの情動を抱え込んだのだろうか、今にでも暴れだしそうなほどの闘志と闘気、それにふたをすることにより、咲は感情にそれを加えないで居るのだ。
加えてしまったら、それで終いだ。
――彼女の魂に、だれもがひれ伏し崩れ落ちる。故に咲はそれを晒さない。誰よりも頂点を欲し、しかし誰よりも消極である。それは、否が応にも、人に感情を想起させるのだ――
「――前半戦、
咲の声が言う。
咲の声が嗤う。
「だからこそ、皆さんの本気と相対する者として、全力で持ってして――」
咲がそこに、いて語る。
その瞳には、稲妻と、炎と、人を食らう感情全て、チカラと呼べるすべてのものが、宿されていた。
「全部」
――ゴッ!!
「倒します」
その場に居るすべてのモノが。
否、それを見ていたあらゆる人々が――観客が、選手が、人類が。
それを恐怖と、思うのだ。
――オーラス、親淡、ドラ表示牌「{
(――私の親番を蹴った嶺上開花、そしてこの満貫和了、咲は二度にわたって“手習し”をした。こちらとの距離感を図っているんだ)
喪うということは、どうしよもなく恐ろしいことだ。
あったものがいつの間にかなくなっている、それはつまり、自分の中に激烈な変質を与えるということにほかならない。
(だとすれば、この半荘、この最後のオーラスに咲は勝利を狙ってくる。だとしたら、考えられる方法はひとつだけ)
人は誰かの死を持って喪失を知る時、もっとも覚える感情は悲しみではない。――恐怖だ。失ってしまったことによる、それを補填せざるを得ない恐怖、補填の効かないはずである無二の人物を喪った時にいつしかそれが“補填されている”事実に覚える恐怖。
それが人の喪失に対する恐怖だ。
喪うことが恐ろしいのではない、喪ったことを“認めて”しまうのが怖いのだ。忘れていってしまうことが、そうして
(ようは、南一局での私と同じ、――牌を偏らせる事により、来る牌を槓材に引き寄せさせる!)
咲は、それを円依に与えた。
――無論、咲自身がそれを望んだわけではない、ただ、咲にはそれほどの“チカラ”があるのだ。人のみでありながら、人の根幹にすら心震わせるほどの、圧倒的な存在とチカラを、宮永咲は持っているのだ。
それは例えば、魔物と呼ばれるような、絶対的強者のチカラではない。
――それは例えば、人間と呼ばれるような、そんな強者に真っ向から立ち向かうもののチカラではない。
「――カン」 {一裏裏一}
それは例えば、牌に愛された子と呼ばれるような、祝福されたチカラではない。
ましてや、言葉で例えられるようなものでは、決してない。
(――同じだ、私のしたことと、でも、それだけに、――違いすぎる、結果が! 行動のもたらす最後の結果が、私と咲じゃ、違いすぎる……!)
それは――そう。
言葉という範疇では収まらない、言葉が彼女に追いつかないのではない、そもそも彼女は、そうやって表して“留める”という概念から、突き出しているのだ。
あるのは、ただ一つだけ、たったひとつの明確な答え。
そう、
そこに居るのは、宮永咲。何のことはない、ただ一人の――少女だけ。
――千里山控え室。
モニター越しに、カメラが横へ滑る牌を追う。
咲の手牌が一瞬ぶれて、やがてモニター内に帰結する。
少女たちは――円依の勝利を信じて待つ、千里山の少女たちは、
その表情を、目一杯の驚愕に変えていた。
だれもがそうだ。
宮守でも、白糸台でも、ともに戦う風越ですら――それは、それほどまでに、信じられない光景なのだ。
――咲手牌――
{九九九①①①⑨⑨⑨1} {九}(ツモ) {一裏裏一}
『――もいっこ、カン』 {九裏裏九}
躊躇いなく、牌がそこに示される。
咲は、宮永咲は止まらない。
――咲/ツモ{①}
「――まだ引くんかいな、こいつは……!」
セーラの絶叫にもにた声。止まらない、かの少女は、自身のツモを、疑うこと無く手牌で叩く。
『もう一つ、カン!』 {①裏裏①}
「なんて奴――!」
泉の顔が、悔しげに歪む、知っている。泉は彼女を知っている。
咲/ツモ{⑨}
『最後の――――カン』 {⑨裏裏⑨}
止まらない。
止まるという状況が、その場所にはありえない。
咲のツモ、爆発的なチカラを生んだ。風が、圧迫が、あらゆる存在が、彼女の手先から、振り払われる袂へと流れた。
掴んだ牌は、叩かれる。卓へ大きく、音を鳴らして。
――静寂が、生まれた。
『――――ツモ』
それは、果たして、勝利であった。
『清老頭――四暗刻単騎――――四槓子――――――――嶺上開花』
契機は――咲にのみ許された。止められた時は、彼女にだけそのカギをたくした。
『――8000、16000です』
♪
対局を見守る観戦室、そこに用意された幾つもの席を埋め尽くしてもなお余りある、数百数千にも及ぶ観客の渦。
彼ら、彼女らは、咲の和了――点数申告を契機として、爆発を生んだ。
歓声である。
『前半戦――決着ゥ――――ッッ!』
福与恒子のマイク越しの声は、こと歓声にかき消されてしまった。否、そこにありながらにして、歓声と同一化したのだ。
観客はその対局に興奮を浮かべた。当然のことだ、そこにあるのは圧倒的とも言える闘牌、それを演出したのは、最強という期待に応えた少女なのだから。
観客たちにとって、彼らが感じた恐怖というのは、最強という、少女に向けた畏敬の念だ。――感極まった者達の、咆哮ですらある。
『割れんばかりの歓声が、インターハイの会場を包んでいます! 無理もない、まったくもって無理もない! 何故ならばここに、ひとつの伝説が作られたのですから!』
――三倍役満、もしダブル以上の役満が採用されていれば、それ一つで他家を飛ばし兼ねない圧倒的役。
しかもそれを、嶺上開花という、数千局に一度、出るか出ないかという役で成し遂げたのだから、無理もない。
『やってのけたのは、風越女子大将にして前年度
瀬野円依は、大星淡は、姉帯豊音は、よく戦った。
しかし、彼女たちに果たして“次”はあるだろうか。
『――後半戦、宮永選手は準決勝のように、大きく攻勢に出ることが予想されます、そうなれば他校の選手は、彼女に対する対応が必要となります。――しかし、大将戦という場では、それはあまりにも難しいでしょう』
それでも“次”はやってくる。
――モニター越しに、咲が立ち上がる。卓に倒れ伏す、三者に礼をすると、その場を離れた、その姿が、その場から消えていった。
それでも、残った余韻は、いつまでもモニターに表されるのであった――
・風越 『131100』(+32000)
↑
・宮守 『78300』(-8000)
・白糸台『78600』(-16000)
・千里山『112000』(-8000)
・点数表
一位風越 :131100(+13400)
二位千里山:112000(-200)
三位白糸台:78600(-2000)
四位宮守 :78300(-11200)
咲さんのこと皆魔王とかなんとかいうけど、咲さんはあくまで宮永咲さんだから!
それ以上でもそれ以下でもねーから!
今年の更新はここまででしょうか、来年もよろしくお願いします。