「宮永咲の、弱点?」
「そう、あの子を攻略しうる弱点」
それは後半戦が始まる直前、対局と対局の間にある休憩時間においてのことだった。
会話するのは泉と円居。卓に向かっていた椅子を回転させて、後ろに立つ泉と円依は向い合って言葉を交わしていた。――怪訝そうな泉の顔が、一層不思議を増していく。
「あるんかいな、そんなの」
「ないよ、少なくとも麻雀の強さに関しては、あの子の強さに隙はない」
当然だ。咲の強さに理由はない、咲が先である限り、絶対的な勝利をもたらす、その結果に、隙などという他者に都合のいい余地は残されていない。
「……無敵やん、そんなの」
「当然でしょ? 相手はインターミドルという限られた場所の中とはいえ、公式戦無敗、インターハイですら、マイナスをとったことは一度もない」
「ミニマムすこやん、やな」
「さすがに、小鍛治プロだってインターハイ時代には放銃の一つもしてるさ。……咲はまだ、してないけどね」
そんな相手に、果たして弱点などあるものだろうか。――これは宮永照にも言えることだ。彼女の速度は“天敵”とされる園城寺怜の速攻ですら、照を四ツ巴の舞台に引きずり下ろすだけの力しかない。
故に咲は恐怖とされるのだ。速度に関しても、配牌テンパイは当たり前、余程の偶然がない限り、その手が和了できないことはない。
「それでも――円依は宮永に、弱点ある、いうんかいな」
「――あるよ、咲には、咲だからこそ持ちうる弱点が。一つだけ、あるんだよ」
――東四局二本場、親咲、ドラ表示牌「{4}」――
親番、咲の打牌からこの局はスタートする。無論、咲は揚々と眼前を進む卓の支配者だ。その打牌には、思考の沈黙こそアレ、それが明白な迷いとなることはあり得ない。
ましてや、その手は迷うことも考えることも、彼女にとっては必要の無い手。打牌は当然鋭いものとなる。
――咲に足りないのは、経験。それが咲の弱点になりうるんだ。
隣立つ咲の下家。姉帯豊音は淀みの無い手つきで理牌を終える。みてみれば彼女の手牌は、シンプルなタンヤオの形だった。
宮永咲には未だ追いつけずにいる。どれだけ和了りやすい手牌であれ、和了れないのであればゴミ屑でしかない。
それでも豊音は迷わない。知っているからだ。ゴミの山には、時折誰も知らない宝が埋まっているということを。
――いやいや、宮永は中一んときから全国最強で、全国トップクラスの風越二枚看板すら参加してる長野県予選でも、全国出場をつかんでる。……経験十分のバケモンやん。
瀬野円依は静かな動作で、音も立てずに牌を動かすと、それをちらりと眺めるだけ眺めて打牌を選択する。
それが特異な打牌であることは、容易にしれた。
静寂に満ちた打牌音は、コツン、――何かを小突くような音だけが響いた。
――そうその通り、でも、だからこそ解らないことだってある。咲が最強であるがために絶対に経験できない、強者故の隙。そう、それは――
大星淡は、自身の奥にとどまった、億劫の群をつかんで捨てる。大きな深呼吸は、緊張の現れにも、未来への不満にも見えた。
ここまできたのだ、淡は行動を迷わない。常だってそうだった。迷いなど必要ないほど、淡は殊更強かった。
築かれた自信。このインターハイで一度は粉々にされたそれも、今は淡の元にある。その打牌が、威勢のいい快音と共に響きわたる。
その時だった、卓は、急激に時勢の加速を見せる。
――どんな相手にも、たった一人で挑めてしまう。つまり、共闘の経験がないことこそが、咲の弱点。
「――ポンッ!」 {四横四四}
豊音が動く、刹那が爆発し、形を崩す。加速が、牌の滑りまでもなめらかにする。――これで、赤口の発動条件は整った。
――共闘? 確かに宮永や宮永姉なんかはそーいうのするイメージないけど。でみ、共闘されたことならあるんちゃうの?
――無い。共闘は、したこともされたこともない。……考えてもみてごらんよ。咲は今までどんな舞台で戦ってきた?
さらに打牌は豊音から円依、円依から淡、そして、淡から――咲へ。それぞれ打牌は迷わない、配牌の時点で、それは規定されていた。
――打牌。――――打牌。
牌の転がるような音。
――え? インターミドルの個人戦と、インハイの大将戦。……あぁ、確かにどっちも共闘はないわ。ミドルはレベル低いし、大将戦なんてもっての他やもんな。
――そう、それに、人間って何事も実際に経験しないことには理解ができない動物なんだよ。絶対に自分は引っかからないつもりでも、いつの間にか詐欺にあっていたり、とかね。
淡の打牌が警戒に裁かれる。四者、同卓するものたちの中で、もっとも打牌までに思考を滲ませないのは、間違いなく淡であった。
焦燥する瞳の揺れを大言するかのように、そこにあるものを、果てしなくがむしゃらに追いかけるかのように。
止まらない。そも、停止という行動を、思考の全域から抜け落としてしまったかのように、淡は省みるということをしなかった。
それがそこにあるのだから、止まれるはずはない。
――息が苦しい。胸を圧迫する過多な酸素が、淡を胸奥から食い破って現出してくるかのような。心臓の鼓動と同期しているのだろう。感情の激動にさいなまれ、狭苦しくなった考察回路の半ばで、そんなことを淡は考えた。
その一瞬が、いつの間にか淡を動かしていた。――意識が定かですらない。それほどまでに淡の思考は、焼き切れてしまいそうなほど回転していた。
――だからこそ、咲はそれに気づかない。独壇場のぶつかり合いしか知らない咲は、巧妙に隠された、“結果的な共闘”に、……ね。
円依は手に加えた牌をそっと手に取り、目元までそっと寄せる。これだ、このときだ。――この瞬間を待ちわびていたのだ。
万感の思いを乗せて放った打牌は、思いの外、響くと言うことはなかった。
いよいよ持って咲の独り舞台は終わりを告げる。
(――ここからは、私が駆け上がるだけ、咲。あなたをここで、越えさせてもらう!)
――切迫した状況、咲は勝利を確信していた。
姉帯豊音の赤口では咲の速度に追いつけない。瀬野円依が持つ異様の手牌は咲に届くことはない。あとはただ勝ち抜くのみ。
――円依捨て牌――
{22239南
⑥⑦}
(――国士、確かに白糸台の人と宮守の人の存在を考えれば、私に追いつくにはそれしかない。……でも、それは“そうでない可能性”をあわせても、少し安直ですよ、先輩)
咲の手牌は、このツモで完成する。――たとえどれだけ槓材が散らされようと、それを判別できないわけではない。咲はそれを、集めうるのだ。
――咲手牌――
{六六六②⑧⑧⑧444889} {8}(ツモ)
(――この手であれば、“どんなずらしをされようと”数巡のうちに私はカンができる。これで決着、全部、終わり――!)
咲は手牌から浮いた九索をためらいなく切り出す、それは円依の安牌だ、嶺上牌でないということを考えても、切らないという道理はない。
だから、切った。ためらう事無く。事実それを和了とするものは誰もいなかった。当然だ、豊音は喰い断、これでは和了れない。円依にとっては、それは絶対に和了れない牌。
そして、大星淡は。
――淡捨て牌――
{西一⑦東白6
九}
そして――
「ポン!」 {33横3」}
豊音はそれを果敢に追いすがる。円依の打牌をするどく喰いとると、手を進める打牌をした。――それが、更に咲を狂わせる。
咲/ツモ{南}
疑わない、疑いようもない。
気づかない、気づき用がない。
だから、止まるということは、ありえないのだ。
円依が万感の思いを込めて放った“罠”を、豊音が自身の感覚だけを信じて晒したずらした手を、淡が気づき、故に愚直に目指した一つの手を。
人という、知恵を許された存在が、至ることのできるただひとつの場所に。
――――――――気づくことは、ありえないのだ。
咲/打{南}
「――ロン」
開かれた、
――淡手牌――
{一九①⑨19東西北北白發中} {南}(和了牌)
「――32600」
・白糸台『176800』(+32000+600)
↑
・風越 『74900』(-32000-600)
♪
咲は麻雀における連携ということには、とことん疎い。それを突くべく円依が案じた策。それこそがこの、暗黙の連携である。
淡にたいして、円依の支配は有効に作用する。結果、国士無双であれば、それを和了する事は難しくない。
円依はそれを淡に気づかせ、国士を和了ることを考えた。円依の闘牌は――円依が単騎掛けで咲に挑んだ局を除いて――国士を偽装したものであった。それにより、円依自身が咲を狙っているという植え付けまでも、円依はして見せたのだ。
淡は当初それに気が付きはしなかった。無理もない、無言の共闘など、全く持って無謀の極みなのだから。
それでも円依は国士の可能性に淡が気が付くと考えた。――咲の使用する大明槓責任払い。それにより――そうでなくとも、淡のミスにより、咲に振り込むと、円依は考えたのだ。
結果それは見事的中、淡は一度の振り込みの末、槓をさせないという考えから、国士に至った。
豊音もまた、咲を直接狙う、円依の支援という形で、赤口を使い自身に中張牌を引き寄せたのだ。それにより、円依へ向かうヤオチュー牌を増やすために。
そして円依の国士偽装には、それ以上の意味があった。
裏目裏目を引く円依の支配。無論それは円依にも有効である。そして円依はそれを逆手に取ったのだ。
さらには、円依のチカラは咲の探知を妨げる意図もあった。円依の支配によりバラバラに散らばった槓材の探知にリソースを割かねばならず。さらには咲のチカラは無意識によるもの。そういた変化の察知にはとことん弱い。
国士を無理に目指せば、その裏目、中張牌をより多く引き寄せるのだ。そしてさらには、咲自身、国士を避けるために、槓材は全て中張牌を使用していた。これこそが、咲の不覚を招くとも知らずに。
――かくして、咲包囲網は完成する。
この東場、咲の独壇場を回想して思う。
(……咲、確かに私は勝ちにこだわった打ち方をしてきた。私自身を警戒する事は何もおかしなことじゃない。――でもね、私の本質は、そこにはないんだよ)
そして、かつての記憶、共に語った過去として、色あせない記憶として、瞼の裏にそれを描いた。
だが、それもすぐに、消えてなくなる。
今あるのは千里山での記憶、かつて仲間たちと交わした、言葉の数々。
宮永咲は、きっと瀬野円依を追いかけて、ここまできたのだ。そして円依と闘って、ぶつかり合って、ここにいる。
かつて、円依が何者よりも、自分自身を苦しめていたのを、知っていたから。これはきっと、その延長であり、終演なのだ。
円依が抱いてきたコンプレックスも、それにより壊れてしまったことも、差し伸べられた手を、振り払ってしまったことも。
それを、乗り越え、円依がもう一度、立ち上がったことも。
――今はまだ、少しの補助も必要だけど、円依はもう、一人でいられる。自分の存在を、真っ向から認められるのだ。
それを、円依は心の中で吐露する。咲に語って、聞かせるように。
(――私の本質は、虚勢。何も残っていない伽藍の自分を、精一杯の威嚇で彩った、そんな私が、瀬野円依っていう、女の子なんだよ)
そうしてふと、咲と少しだけ目があった。きっと、咲もそれを理解しているのだろう、吹き抜けた風は優しく、浮かび上がった笑みは、慈愛に満ちているのだから。
(――さぁ、決着をつけよう、“円依”)
咲は目の前にいる、千里山女子の大将を一年にしてつとめる少女に、心の中で声をかける。それがつながりとなり、咲と円依を包んでいるのだと確信しながら。
両者は思考を同一させていた。
目の前に、その相手がいる。――咲はもう、どこにもない場所にはいない。人ですらないかのような、そんな面もちにすらさせた宮永咲はもういない。
そこにいるのは、一介の雀士たる少女。
二人の少女がそこにる。
宮永咲。
瀬野円依。
ぶつかり合って、しのぎを削って、――――伝説を作る、少女が二人、そこにいる。
こーいった形になりました。
リーチすればよかったかもしれませんが、咲がリーチするビジョンは見えずとも、咲が振り込むビジョンは見えたんですよね。
というわけで南入です。次回、両名猛攻、といったところで。