長かったようで、短かった東場、そして宮永咲の親番は終わりを告げた。激闘、そう言っても良いだろう。けれども、まだ対局は終わったわけではない。
(――点棒、たくさん、けずられちゃったよー)
姉帯豊音は少しだけ寂しそうに、自身の点棒を表示するパネルへと意識を向けて、一つだけ息をつく。――宮永咲の暴圧は、豊音だけでなくあらゆる者たちに爪痕を残した。
咲の牙城は崩した。咲の土台は潰えた。しかし宮永咲は今だ健在。化け物じみた雀力はそのままに、その点棒すら、未だ絶対的な一位を維持している。
咲の牙城を崩すべく、おそらくは円依の策であろう国士気配に乗っかって、行動こそしたものの、現状豊音は一度も和了れていない。
聴牌も殆どできず、ここまで来てしまっている。
(負けたくない、勝ちたい、っていうのは、多分当たり前。でも、それだけじゃない)
自分の手の届かないところに麻雀が置かれている。どこともしれない場所に麻雀がある。決勝卓という最高の舞台に自分はいるのに、麻雀はそこにはない。自分がそこに加われていないのだ。
だからこそ、それをどうしようもなく惜しくおもう。
これが最後だというのに、これこそが有終であるというのに。
(なんだかそれって、すごくもったいない気がするよ――)
きっと、たった半年という、短い期間であれ、豊音はとても大きな経験をしたのだ。その集大成を残す機会を与えられたのだ。
だからこそ、豊音はそれが惜しくなる。
だからこそ、豊音はそれを目一杯、もうたくさんだというほど楽しみたいとおもう。
(最後だからって、惜しむ気持ちは何度ももった。――でも、最後を楽しむ気持ちは、今しか持てない、持っていられない。だから)
――寂しげな豊音の顔つきが、一瞬にして変貌してゆく。
うつむきだった態勢を、全力で前傾に傾けて、鋭く卓上を睨みつける。――その手が動くのを、豊音は一切差し止めなかった。
――さぁ、
「――南入だよっ!」
――だから、今は前に進むのだ。
楽しんで前に、進むのだ。
――南一局、親豊音、ドラ表示牌「{五}」――
(高くはなりそうだけど、あまり時間はかけていられない配牌ってところかな? それだったら得意分野だよー)
――豊音手牌――
{二四赤五九③赤⑤3458中中白} {⑥}(ツモ)
(通りませ――通りませ、ここは私が、通るんですよ――!)
豊音/打{九}
思い描くは勝利の牌譜、――優勝を飾るのだと、仲間たちと語ったその最終工程。
「――チー!」 {横六四赤五}
豊音/打{3}
――一つ。豊音元へ篝火が灯る。それは豊音のもとにある“友”の姿だ。
一人ぼっちでそだった少女が、思い馳せた先にある、人が人とつながりゆく世界。少女の憧れは、ひとつのテレビの奥だった。遠く、手を伸ばしても届かない世界だった。
そんな世界に、豊音は一人でなく、そこにいる。
ふと、誘い出されるように導かれ、仲間たちと出会い、豊音は広く、どこまでも広がり続ける無限の世界を知った。
「――ポン!」 {中横中中}
――さらにひとつ、豊音を照らす篝火が増える。人の暖かさのようだと、側にある豊音はふと感じ取る。
麻雀をして、仲間たちと大会を勝ち抜くたびに、仲間たちのことをもっともっと知るたびに、世界はどこまでも、どこまでもその広さをまして行った。
そんな世界に豊音は翻弄されながらも、感慨というものを深めていった。
世界がこれほどまでに広いのならば、そんな広い世界の“モニターの向こう側”にいる人々は、どれほどまでにすごいのだろう。
――そんな存在に自分がなってしまうのは、どれだけすごいことなのだろう。
「チー!」 {横645}
そうして、豊音はずっと考えていた。それでも答えが出なかったから、がむしゃらに戦って、ここまで上り詰めてきた。
「これを――ポォン!」 {白白横白}
気がつけば、そんな場所に自分はいる。無限の世界を知った自分が、無限の中にこうしているのだ。
どれだけ嬉しいことだろう。どれだけ喜ばしいことだろう。
楽しい。
世界は、こんなにも楽しいことで、たくさんだ。
「ぼっちじゃ――ないよォ!」
――あぁ、まだ、まだ足りない。もっと、もっと世界を、知りたい。
「――ツモ! 4000オールゥ!」
・宮守 『74300』(+12000)
↑
・千里山『82000』(-4000)
・風越 『172800』(-4000)
・白糸台『70900』(-4000)
終わらせたくない。
こんなに楽しい時間を。
それでも、対局は続く、豊音の思いすらもないまぜにして、あらゆる物を食らいながら。
――対局は、続く。
――南一局一本場、親豊音、ドラ表示牌「6」――
楽しそうな麻雀をする。――満面の笑みで点棒を受け取る姉帯豊音を、そんなふうに淡は見ていた。それは羨ましいという感情と、負けたくないという感情が同一になっているようだった。
――円依のこと、咲のこと。
この半荘は、人の思いが山のように積み重なっている。自分はきっとそのひとりであり、それを束ねる一人なのだろう。
白糸台。――三連覇を狙う、全国最強の高校として、そしてそれを受け取る、チーム虎姫最後の一人として、自分は今、ここにいるのだろう。
一人の少女として、仲間たちと願うのは、モニターの向こう、誰もが夢見る場所にある自分。懸想しつづけた思いの果ては、かくして少女を作るのだ。強くありたい、頂点でありたい。
そんな少女のそばにも、気が付けば、仲間と呼べるものたちがいた。激闘の果ては。手のひらに乗せる幸せが待っていた。
(……これで、イーシャンテンっ!)
大会で勝ち抜いて幾たび。もっとも増えたのは信頼と呼ぶべきものだった。あたりに散らばった鎖が、少しずつ絡まっていくのだ。
それは、少女の視界を少しずつ 否が応でも与えられた好意に、少しずつ高まって行く熱意狭めていった。少女はそれにほんの少し、ほんの少しと引きずられていったのだ。
そうしてみれば、一人であったはずの世界には、モノクロであったはずの視界には、目にいたいほどの色彩と、欠け難い仲間たちとが、そこにあるのだ。
――ただひとりが彼女の出発点だった。頂点というゴールを観想し、がむしゃらに歩み続けた少女は、結局小さな手のひら程度の、仲間という暖かさに帰着した。
(これで、テンパイだ!)
姉帯豊音は、一人であるが故、仲間を知り、その暖かさを元手に歩み、頂点を目指した。
大星淡は、一人で歩み始めたがために、頂点を目指した。そんな少女をもっとも救ったのは、仲間という存在だった。
そんな少女たちの最後の猛追。姉帯豊音は淡と並んだ、両者はただがむしゃらに前を歩んで――そして。
「ツモ」
・千里山『94300』(+12000+300)
↑
・白糸台『67800』(-3000-100)
・風越 『169700』(-3000-100)
・宮守 『68200』(-6000-100)
後方からの刃、瀬野円依に打ち抜かれ、翼を喪った。
――墜落ながらの視界には、それが移っていた。
限界高度ぎりぎりに咲き乱れ、天蓋すら穿たんというほどの花畑。そしてそれを、真っ正面から貫かんとする白装束の刃。
赤く染まった刀身からさらされた、月光下のなんたる美しいことか。
そうして、
大星淡。姉帯豊音両名は、翼をもがれることとなる。残された最後の意地だけを胸に、再起を誓うのだ。
残された、ただ一度の機会にのぞむのだ。
♪
――ねぇ、泉。
ようやく、ここまできた。
今、宮永咲は目前にいる。宮守と白糸台は打ち落とした。残されたのは、最後の敵、風越と、その大将たる、咲ただひとり。
――どうしても叶えたいものがあって、それに自分にとってかけがえのにものを賭ける必要があったとき、泉はいったいどんなものを賭ける?
親番、最後の親番だ。
はやる気持ちを抑えて、何度も息を整える。解っている。ここまでの支配で大きく疲れが溜まっていることを。それでもなお、次を仕掛ける必要があることを。
――私は命。命を賭けて――――咲を倒す。
これから行うことは、円依の人生最大級の無茶だ。――円依の人生の中で、円依はに逃避の選択肢を選び続けてきた。
自分が弱かったから、何も帰られないから。
しかしそれも今は違う。園城寺怜とのであい。二条泉との交流。そして宮永咲との闘い。
円依は見違えるほど強くなった。
だからこそ、それを選び取ることができるのだ。
(――泉)
それがどれほど、親友に心配をかけることとなっても、円依はそれを願い続ける。
勝利を、どこまでも全てを尽くし合った勝利を、そう願うのだ。
ただ一つの、謝罪を併せて。
(――ごめん。無茶は、これっきりで、終わりにするから)
円依は、自身のチカラ、その出力を、完全に“壊した”。
壊して、しまった。
豊音、淡、最後の猛攻。
どちらも崖っぷちからの攻勢です。とはいえ、それもここで終了。
ここからは、円依の命がけの闘牌が始まります。しばしお待ちを。