長かった半荘が、終わろうとしている。
熱く、どこまでも燃え盛るような暑さを持ち続けた、ひとつの夏が、終わろうとしている。少女たちの目指した最高の舞台、それが今、幕を引こうとしている。
――それを許されたのは、四名の少女たち。
こと、ここにあるのはある両名、大星淡、姉帯豊音。彼女たちは、窮地に立たされていた。最後の際に、立っていた。
――故に、思う。
この勝負、勝つのは自分だ。
そのために、絶対に、負けられない。この瞬間、負ける訳にはいかない――と。
――南三局、親淡、ドラ表示牌「{2}」――
(最後――でも、その最後は、決して寂しいだけじゃない。だからこそ、ここで使う“私の最大”を、ここで使う)
――豊音手牌――
{一一二九⑧⑨⑨⑨14799} {西}(ツモ)
(六曜がひとつ、全なる凶事の日。――『仏滅』。あらゆる災禍を引き寄せるチカラ。封されたものを、今、使うよ)
――豊音/打4
(――円依の支配が、戻りつつある。――今だったらいける、か)
――淡手牌――
{一二三⑥⑨9東東西白發發中} {1}(ツモ)
(テル、スミレ、タカミ先輩。ノドカ。――見ててね、これが私の“勝利”になるから!)
――淡/打{⑥}
白糸台、そして宮守、どちらも窮地に立たされた状況での最後のあがき、最終の粘りだ。――ここで求められるのは役満の直撃、もしくはツモアガリ。
数百、数千という対極の中で、一度でも引き寄せれば至上の幸運と呼ぶべき、麻雀の究極到達点。
あまりにも、最低条件と呼ぶには、狭すぎる門である。しかしなお、かの少女たちはそれを引き寄せた。彼女たちの勝利の意志がそれをこの瞬間、この対局に引き寄せたのだ。
「――ポン!」 {横一一一}
――淡/ツモ{九}
――少しずつ、二者の手が完成へと近づいてゆく。
その思いが、形となって、卓の上へ顕現しつつある。
彼女たちが浮かべるのは、笑みだ。――自身の持つ、絶対的な確信を浮かべた、絶対的な笑みだ。
手を伸ばす、勝利のために。
打牌が、一つ、二つと卓を踊る。
どこまでも、どこまでも、永遠であるかのように対局が進む。
――――タン。――タン。タン。タン。タ、タ、タ――
卓上に刻まれる牌のリズムが、少しずつ加速してゆく。止まらず、劣らず、ただ速度と化し、そのすべてを彫りつけてゆく。
そうして、
それが、
――結晶となる。
(――後少し――――後少しだ!)
――豊音手牌――
{九⑧⑨⑨⑨11799} {9}(ツモ) {横一一一}
豊音/打{7}
(和了る。和了る、絶対に! 絶対にこれを――!)
――淡手牌――
{一二九⑨19東東西白發發中} {①}(ツモ)
淡/打{二}
宮永咲は感触していた。淡と豊音、両名の莫大な気配、円依の妨害により感じ取ることの出来なかったそれが、この瞬間には、そこにあるということを、感触していた。
この半荘は、彼女たちにとって最後の半荘、そして彼女が“手を伸ばす先”に勝利があるのだ。その、最も大切なピースが、そこにあるのだ。
それを先は、その手に平に握っている。――感覚が伝える、次の瞬間、自分は勝利している、と。
――咲手牌――
{二三四4566888北北北}
(――次のツモ、北をツモって嶺上開花で和了る、そうすれば、白糸台と宮守は――これで終わりだ!)
咲の手のひらに、槓材は宿る。
手を伸ばすまでもない、咲は既に、最後のゴールを手のひらに収めようとしている。――降りてくる一つの鍵を、握り締めるだけでいい。
――淡と豊音、両者が望んだものがそこにはある。
――それを目指すのは、けっしてこの二人だけではない。
――咲が、淡が、そして豊音が――手を伸ばし、手に収め、請い願う。己が勝利を――恋、焦がれる。
淡の、打牌。
――淡/自摸切り{⑧}
淡自身が手を伸ばし、自身の手の平に、それを収めようとする。懸命に、手を振るう。
――その瞬間に、活目するものがいた。
――自身の瞳に、光を宿す、者がいた。
――誰もが望んだその牌は、その決着の終焉は、かくして、そのものの手により。
「――――――――ポォンッッ!!」 {⑧⑧横⑧}
はじけ飛んだ!
瀬野円依、開眼す。
沈黙は、放たれた。自身の無茶、自閉の世界から再び卓上に舞い戻った一人の雀士が、爆発的な勢いで手を振るう。
――あっという間に、牌は卓の端へ激突した。
それで、すべての流れが変わる。
――――それが、この局のすべてを変える。
――淡/ツモ{北}・打{東}
――咲/自摸切り{5}
――豊音/ツモ{九}・打{⑧}
瀬野円依は、そこにいる。
ただの沈黙を続ける人形ではない、敵をその短剣でえぐる、一人の人間として。
(――ここに来て、――――起きてきた! でもそれは、最後の戦いへの参加条件を満たしたに過ぎない)
咲は、皆目する。あらゆる全てを、目の当たりにする。
その上で、宣言するのだ。
(この局は、これでおしまいだ――!)
――咲/ツモ{8}
スッと、その手が牌へと伸びる。いくつも掴んで、なぎ倒す。
「――カン」
躊躇うことは、なかった。
もとより、そんなつもりは、毛頭なかった。
「――ツモ、リンシャンツモ、800、1600」
――咲手牌――
{二三四4566北北北} {3}(ツモ) {8裏裏8}
・風越 『168900』(+3200)
↑
・宮守 『55400』(-800)
・千里山『121500』(-800)
・白糸台『54200』(-1600)
――あっと、淡、豊音、二人の口から言葉が漏れた。
終わったのだと、自分は負けたのだと、驚くほど早く、両者はそっと、理解した。
――淡はそっと、手牌を伏せた。
熱くなる目頭を必死に抑えて、それを、周りに悟られないよう、椅子にもたれこんで天井を見上げる。――そこにあるのは、黒に塗りつぶされかけた星々だ。
滲む目先は、不思議とそれを、綺麗だと映した。
――それでもまだ、淡は泣かなかった。まだ、最後の時ではないと、知っていたから。
――豊音は、自身が涙を流していることに、ふと気がついた。
それからは、大変だ。流れる涙を何度も拭って、口元から、嗚咽を漏らさないよう必死に務めた。ふせられた目先にある点数表示板は、滲んで確かめることすら出来なかった。
――そんな豊音は、そっと牌を卓上の空白に押し込める。もうその牌に、自分が触れることはないのだと、感じながら。たった一度きり、許された勝利に、別れを告げながら。
――かくして、白糸台。宮守。両校のインターハイは終わりを告げた。
トップ、風越との点差は十万点以上、これではトップどころか、二位の千里山にすら届かない。点棒は、これ以上増えても自身の結果を変えることはない。
後は、残る二校の闘いを、ただ自身の矜持とともに見守るだけ。
――そう、残る対局は、これが最後だ。
千里山女子と、風越女子、大将、瀬野円依と宮永咲、その対局が、残されるのみとなった。
次回、大将戦終了!
結果的にではありますが、円依と咲の一騎打ちと相成りました!
我ながら、凄まじく絶妙な点棒移動してるな、としみじみ。