『竜華とセーラ』/『怜シフト』
『竜華とセーラ』
麻雀卓には四人の少女が就いていた。
場にひたすら自摸切りが続いていた。軽快にかけるような、物々しくたたきつけられるような、なんとも言えない牌の協奏曲。
場が固まっていると言えた。同時に場が成熟しているとも言えた。
そこはひとつの火薬庫だった。
いつ爆発するかとも知れず、いつ完成するかとも知れず。
ただ、その時を待っていた。
どれだけ待っている時間が長く感じようと、過ぎ去ってしまえばそれは一瞬になる。そう、爆発は、瞬間的に訪れた。
「ツモォ! 4000、8000!」
豪快かつ一方的な、少女の和了り宣言。少女――清水谷竜華はそれを、勝利宣言と同義とした。
この勝負は既にオーラス。
全員が大物手を張り、逃げ切ろうとするトップのセーラを追いかける状況だった。
結局そこから一歩抜けだしたのは、この竜華だったのだ。
「あぁー、負けた!」
思わず、といった様子で円依が大きく背もたれに体を預ける。
「うむむ……まくられてもーた」
「ウチの実力やねー!」
少しだけ得意げなのか、嬉しそうに胸を張る竜華、たわわに実った果実が、大げさにその力を誇示した。
別所。
「むむっ!」
「……どうしたんです?」
「私の竜華センサーに反応が……これは、まだ上がるんか!」
「何の話ですか……」
怜の表情は大分残念な感じになっていた、と後に泉は語った。
閑話休題。
元に話を戻して。
「やっぱ竜華はつよいなぁ」
セーラはそんなふうに感嘆混じりに竜華へぼんやりとした死線を投げる。大きく体を伸ばすと、椅子のバネを利用して起き上がる。
「円依もそう思うやろ」
対するように、円依は体を椅子の背もたれに投げ出したまま、ぼんやりとした目でセーラを見つめ返す。
「そうですね……やっぱり清水谷先輩と打ってるときついなぁって思うことがいっぱいありますもの、江口先輩しかり」
戦っていてどうしても勝てない、そうでなくとも勝つのが難しいだろうと自覚させられることがある。
強敵、上位者。自分が負けるとは円依は露とも思ってはいないが、それと認めるには十分なほどの相手。
これが怜の場合は少し話が違ってくる。怜の場合は単純に負けたくないというライバル心が先に来る。
竜華やセーラを抑えエースに座る怜には、むしろそういった感情が沸くのだ。これは単に距離感の違いとも言える。
泉も負けたくないというタイプの相手であった。
「ありがとうね、ウチもそう言ってくれると嬉しいわ」
「まぁそらそうやな、竜華は千里山では三位やけど、円依との対戦成績は誰よりもええからな」
そうなのか、と同席していた二年の部員がセーラに確かめるように問いかけてくる。セーラはせやで、と笑いながら頷くと、どこに隠していたのか、タブレットを取り出して三人に見せる。
それはレギュラー同士の対戦成績だ。
トップは円依、二位に怜、三位に竜華が付け、四位がセーラだ。
二位が怜なのは単純にこの成績表がトップ率のみを参考にしているからだ。全員が卓についているならともかく、今回のようにレギュラーではない部員も卓に入ることは多い。
三位に竜華が付けているのは恐らく相性の問題だ。大物手、豪快な打ち方を得意とするセーラは、安定性、速度ではどうしても怜、竜華の二人にかなわないことが多い。
今回の成績は竜華が一位、二位にセーラが付け、円依は三位だ。
コレにより竜華と怜の差が十分の一パーセントまで縮まっている。
円依は相変わらずのトップ率だ。
「竜華は安定しとるからな、ウチでもあの成績維持は無理やわ」
千里山の部長、清水谷竜華の最もたる強さは単純だ、彼女の成績は四月の初旬から五月の今に至るまで“一度も変動したことがない”むしろ、微々たるものながらその成績を伸ばし続けている。
セーラですら成績は平均順位は2.3位だが±0.1程度のズレがある。常時2.3を維持し、2.2位台まで手を伸ばそうというのは、竜華だけの特徴なのだ。
円依は2.5位、加えて±が0.5単位で存在するブレっぷりである。
竜華のさらなる強みは彼女が臨機応変な対応にも特化していることだ。どのような相手に対しても最善を打とうとする精神力。時には大胆さを垣間見せる胆力。そしてそれらをうまく操るための火力。どれをとっても一級品だ。
「――純粋に、強いっていうのは清水谷先輩の事を、いうんでしょうね」
円依が、締めくくるようにそういった。
そして、頷くようにそれぞれが、満足気な表情を浮かべながら、次の対局へと向かっていった。
やる気に満ちた表情、強敵と対峙したものの、挑戦的な貌だった。
♪
『怜シフト』
怜が倒れた。
それは突然のことであったが、部内は騒然とするにとどまった。報告を聞いた監督が、部員たちをすぐさま一喝して見せたからだ。
セーラ達レギュラーメンバーはすぐにでもその場所へと駆けつけたかったものの、それは監督に差し止められた。
竜華が既に看病をしているし、あまり練習を疎かにされてはたまらない。怜が寝ているのは保健室なわけだから、向かおうと思えばいつでも向かえるのだが、監督は仕切りに待てとメンバー達に促した。
何か考えがあるのか、いつものカリスマあふれる監督にしては随分となだめるような物腰ではあったが。
気になる、気になる。とそわそわした様子のセーラを含めて、全員が監督の様子をオカシイと感じながらも、そこに答えを持ち出すことが出来なかった。
彼女たちはそれぞれ違和感を胸に落としながらも、意識を部活へと向けた。
時間を刻む時計の針は、それでもなお彼らに重りを載せ続けた。
原因は部活動終了の数十分前に判明した。
監督がセーラ達に練習を終わらせて怜の元へ行けと、半ば命令と取れる口調で告げたのだ。
「もうすぐゴールデンウィーク後半や、校内合宿もある。連絡せなあかんこと、あるんやないか?」
とは監督の談。
どうやら部活を放棄させるよりも少し時間を置かせて部活の一貫として文句のない形で監督はセーラ達を送り出したかったらしい。
元気のいいセーラの声が部内に響いた。
それに、だれかが怪訝な視線を送ることもない。どうやら時計の針は、感情の楔として部員たちにつなぎとめられていたらしい。
「お……じゃなくて監督、ありがとうございます」
浩子が代表として頭を下げる。監督は何でもない様子で軽く笑って視線を逸らした。泉はさて、と一つ息を吐きながら円依を視る。
「で、この荷物、どうしましょう」
「ちょっ……荷物って! 荷物って!」
ジト目気味の泉に、勢いづいていた円依が思わずずっこける。風を切る音とともに、円依は何度かたたらを踏んだ。
泉はそれを何気ない動作で受け止めながら、気づいたように言葉を続ける。
「荷物なら、運ばないと行けませんよね」
ニコリといつも以上に爽やかな笑みを浮かべる。しかし円依の視界にはそれは全然爽やかには思えなかった。
むしろ少し粘っこかった。
「なら俺が運ぼかー? 体力には自信があるで?」
「い、いえ! 運びます、運ぶなら私がやります、円依は私のものになるんです!」
バッと両腕を拡げて、泉がセーラへと抗議する。当然この時円依はバランスを崩すわけだが、さすがに二度も倒れることはなかった。
もとよりある程度バランスを正されていたのだろう、松葉杖を元の状態で差し込めば、すぐに立ち直った。
精々離された時に、「おうっ!?」と声をもらした程度だ。
「随分と随分な言い方だねぇ泉ぃ!」
そして、円依の鋭い瞳が泉へと向けられた。しかもそれは何かを隠すようにふせられた顔から向けられるものであったから、余計に深く、余計に鋭く感じられた。
「え? あの、何か変なコトいった?」
「……あーもう、とりあえず乳繰り合うのは後にして、まずは園城寺先輩の所へ行きますよ」
ぐいっと、唐突に後ろをとった浩子が泉の制服をむんずとつかむ。首を閉められる形になった泉は目を白黒させながら視線をあっちこっちへやっていた。
「はーい」と円依がその後をおい、松葉杖を漕ぎ始めた。
「はようかえってこいなー」
監督ののんびりとした声が、麻雀部全体を伝わって、セーラたちの元へ消えていった。
♪
怜シフト。
セーラ達、ひいてはその中心として、浩子と竜華が時に伝えたかったことの本題がそれだ。主たる目的として、怜は千里山のエースであるが体が弱く、長期の練習には耐えられない。それを解決するための方法がこの怜シフトだ。
全員が部活に打ち込んでいるというのに、一人だけ蚊帳の外というのは明らかに不憫だっというのも、理由にはある。
ありがとうと、怜は行った。
皆は優しく笑いあった。
「それじゃあ、うちは監督に報告してきますね」
「あ、俺も行くわ、もう部活も終わってるはずやし、泉と円依もはようかえりや?」
少し時間が経ちすぎていたのだろう、外の太陽は若干の陰りを見せていた。今はさほど気にすることでもないだろうが、もしかしたら一雨降るかもしれない。
今まで快晴が続いていたわけだから、傘を持っている人間は少ないだろう。
「それじゃあ気をつけて帰りや? 怜は……」
「もうちょっとゆっくりしてから行くわ、竜華、できれば校門で待ててくれる?」
「それでええか?」
「うん」
浩子とセーラは既にそこにはいない。
ついで泉も、一つ頭を下げてからその場を離れていった。竜華もさほど心配の色は見られず円依が立ち上がるのと同時に席を空けた。
とはいえ、松葉杖をついての移動である円依と竜華では歩幅もスピードも変わってくる。結果的に円依は、最後に残される形で怜の居るベッド側に残った。
「――なぁ、円依」
そんな時だった。引きとめるように怜の声が響いた。
円依は松葉杖によりかかり、体を丸めたような態勢のまま足を止める。振り返ることはしなかった。
「……なんですか? “園城寺さん”」
円依は、少し考えてそう答えた。
千里山女子の先輩後輩としてではなく、千里山病院に通う友人同士として、怜へ言葉をかけたのだ。
「……ウチって、みんなにとって迷惑やないかな」
率直な問いかけだった。
たった一つの居場所の中でのみ共有される友人としての立場、それは怜にとっても円依にとってもとてもありがたい関係だった。
円依は何も答えない。
ただ、怜のすべての言葉を待つ。
「エースになって、ただの友人から、頼りにされるチームメイトに私の立場は変わったように思える。竜華もセーラもウチの親友や、ウチの面倒を見てくれて、どんな時でも友だちでいてくれた」
けど、けど、と何度もうわ言のように怜は繰り返す。
円依は、何度自分が振り返りそうになったか、知れなかった。――今振り返っては、二人の関係はその場限りではなくなる、大切な友人同士、かばい合う者同士の関係に変わってしまう。
「けどな……エースになってからウチのことへの負担が、著しく周りに増えた気がするねん。練習量も今まで以上になったし、無茶をすることも増えてきた。……それが、竜華達の負担になってないかって、ずっと思ってしまうんや」
円依は大きく息を飲み込んだ。
決意を決めた、円依の言葉は既に自分の中で決まっていた。瀬野円依が、園城寺怜に、ずっと求め続けてきた感情。
それが、円依にとってのこの場における本心でもあるのだ。
「……なぁ、円依、ウチはみんなのために、何ができるんやろか」
「強く、在ってください」
即答だった。
言葉はずっと決まっていた。言葉を吐き出す衝動を、ずっと抑えていた。そして言葉が溢れたその時、円依はそれを押しとどめる方法を知らなかった。
「千里山の誰よりも強く、誰からも尊敬されるほどに、強者出会ってください。すべてを任せて全部を任せて帰って来られるくらい、強く居てください。何もかも、目の前にある敵をすべてなぎ払えてしまうくらい、強く、――強く在って、ください」
「……あ、………………ふふ、はは」
ちょっとの沈黙を、怜は含ませながら、やがてそれを笑みへと変化させた。
「――ありがとーな、ちょっと、楽になったわ」
そうやって笑った怜の笑み。
円依にとってもそれはとてもありがたく、また代えがたいものだった。
「――じゃあ、私もコレで」
もう、そこに円依は必要ないだろう。怜も少しすればベットを抜け出し竜華の元へ向かうだろう。
泉は待っていてくれるだろうか。
待っていてくれれば、それは嬉しい。とても…………そう、とてもだ。
というわけで今回からガールズラブ搭載。
実際このくらいならどうなんでしょう。何にも来ないことにはとりあえずこのままですが。
泉は多分デレ仕様です。ツンはないけど。