『千里山伝説』
夢に囚われたまどろみの中は、人を甘美な欲の中へと誘ってゆく。そうまでして背徳を貫かなったとして、夢はどうにも、人を虜にしてしまう。
されども、それを
――などと、
「……円依、そろそろ起きんとあかんよー?」
――などと、思ってはみるものの。
「なぁ、円依、円依――!」
結局それは、まどろみの中で見ているものなのだから、まったくもって度し難い。我ながら何たることだと、罵りたくなるのも無理は無い。
「みんな揃ってるんやし、遅れるわけにイカンやろー!」
沈黙、沈黙。夢心地に苛まれ、円依は現在沈黙中――
「……ええかげんにせんかい!」
――結局そんな睡眠の時間は、泉の轟めいた爆音によって、掻き消されるのだった。
♪
「――じゃーん! 瀬野家特性、超すごいカメラです! お値段六桁!」
ようやく起きだした円依は、灼熱の炎天下の元、一列に並んだ千里山レギュラーメンバーの仲間たちに、えらくごついカメラを晒した。
「おぉー」
セーラと怜、平時のボケポジション二名が、勢いのあるのだかないのだか分からない拍手を返した。この中では最も機械類に強いであろう、浩子が目を輝かせてそれに食いついた。
「おー、本物やないか、初めて見たわ」
「お母さんのを借りてきました、もっと褒めていいですよー」
わざわざ豊満な胸を張り、虎の威を借りた狐の如き態度で、高慢さながらに笑みを漏らした。
「いやいや、なんでそんな自慢気なんや」
「すごいなー」
「……清水谷先輩も、何普通に褒めてるんですか」
泉もジト目が、鋭いツッコミとともにボケの両名に突き刺さる。天然物と
「ま、ええやないか」
「はよ、はよ撮ろ」
すでに自身のポジションを確保したセーラと怜が、笑み満面に急かしてきた。泉と浩子がしょうがない、というふうに嘆息を交わし合い、それに続く。
――記念撮影の、始まりだ。
――夏の終わりも近づいてきたある日のこと。
千里山の面々は長野の避暑地であるところの瀬野家別荘へ遊びに来ていた。円依の里帰りに便乗する形で、夏の思い出作りに、と六名あわせて訪れたのだ。
今はその思い出を記念として形に残すため、円依の家にあるカメラを使い、写真を取ろうとしているのだ。
――怜と竜華は全面、ともに椅子に座って肩を寄せ合っている。――セーラはその後方で、両者に抱きつく形で中央に割って入った。浩子はその隣で至極平然と達、泉と円依はその反対だ。
それぞれ、泉はシャンとして立ち、円依もまた、少し体重を預ける形ではあるものの、
あれから、円依はまず松葉杖の使用をやめた。少しずつ、一人で出歩くようになった。
泉を伝って、竜華達仲間にも、自分の過去を少しだけ明かした。形として結果になっているものだけでは、あるのだが。
そうして円依は彼女たちに受け入れられて、ここにいる。
写真はタイマーを押してセーラが撮った。
千里山は、彼女が引っ張り、作り上げていた、という面が大きかったためだろう。
「いっくでー!」
――六名が、思い思いのポーズを取る。そうして、カウントダウンの始まりだ。
「10!」
すました顔で、何の曇もない、前を見据えたその顔で。
「9!」
――これからも、少女達の人生は続いていく。
「8!」
――今は楽しい、けれど、未来はそうではないかもしれない。
「7!」
――それでも少女たちに憂いはなかった。
「6!」
――一度の不幸であれ、それはきっと次の幸福によって、終わるのだから。
「5!」
――あらゆるものには終わりがあって、そして始まりがある。
「4!」
――たとえ、一度それが終わってしまっても、それは次の始まりへの起点となるのだ。
「3!」
――少女たちはそれを知っている。
「2!」
――だから、少女たちは生きていく、
「1!」
――自分だけが持つ、今を誰よりも、大切にしながら。
「0!」
光が、木漏れ日に漏れた。
陰りを晴らした顔に、めいいっぱいのほころびを浮かべて、少女たちの、軌跡がうまれた。
それこそが、伝説。
――笑い合う、少女たちの、過ごした証。
永遠に思えた時は今、終わりを告げる。新たな始まりへ向け、その歩を進ませ始める。
――千里山の伝説は、各して、光に満ちた日差しを浴びて、終劇を迎えるのだった。
『咲―saki- 千里山伝説』
――FIN――
かくして、千里山伝説、無事完結にございます。
ここまでおよみいただき、まこと感謝のきわみにございます。
この終わりはあらたな始まり、円依たちの物語がこれからもつづいていくように、私も全力で次をめざしたいとおもいます。
そのさきで、またいつか、私たちの道が交差しますよう、願っています。
それでは、またどこかで。