旅の御伴は虎猫がいい   作:小竜

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おじいちゃん登場

 

 森の中に少し開けた空間があって、そこにある建物が二次試験会場だった。150人ぐらいの受験生が建物に入れず、途方にくれていた。

 ゴンを背中から下ろす。

 

「リン、本当にありがとうね」

「身体は大丈夫なの?」

「かなり動けるようになったみたい」

 

 ゴンが走ったり跳んだり、竿を振ってみたりして、身体の調子を確かめている。

 

「そういえば気になってたんだけど、それって本物の釣り竿? 魚を釣るのに使ったりしてるの?」

 ゴンの持ってる釣り竿は、リールとウキがない。糸と錘と針だけのシンプルな形式。川底に近いところにいる魚を狙うタイプのものだ。

 

「ちゃんと魚釣り用だよ。オニオウヤマメって知ってる? 大きいと50kgぐらいになるんだけど、この釣具はそのオニオウヤマメ用だね」

「50kgって、とんでもないサイズね……。それにしたって、その錘は目立ちすぎない? 魚に逃げられちゃいそうだけど」

 

 この錘は果たして錘と呼べるのだろうか? むしろただの鉄球だろう。

 

「これは、オレが考えて付けてみたんだ。ハンター試験で釣り竿をなんかに使えないかなって思って」

 

 50kgを相手にする竿と糸だとすれば、重量感のありそうな鉄球でも耐えられだろうし、自在に飛ばせるのだろう。しなやかな竿の動きから放たれた鉄球を想像してみる。

 

 人に直撃したら大惨事になりそうだ。

 間違っても当たらないようにしよう。

 

 

 

 周囲を見回すと、トリニティ三姉妹がいた。明らかな敵意をレノンが見せてくるが、とりあえず無視を決め込んでおく。あいつらから攻撃してくることは、今のところないだろう。理由はヒソカがいるから。殺し合いが始まれば、ヒソカが喜々として参加するだろう。それは避けたいはず。

 ヒソカが殺し合いの抑止力になるとは、なんとも皮肉な話だ。

 やがて2次試験が始まって、料理を作ることになったのだが。

 

 

 結果だけ言うならば、全員不合格!

 

 

 えええっ! 嘘でしょ! こんなところでゲームオーバーなのっ!? ああもう、スシをネタバレしたあのハゲのせいだっ!

 とりあえずヒソカに頼んで、あのハゲを三枚におろしてもらおう。それで米の上に乗っけて、ハゲズシの出来上がりだっ!

 受験生たちの怒りも尋常じゃない。軽い暴動が起きている。

 そんな暴動を最終的に沈めたのは、ハンター協会のマークがかかれている飛行船だった。

 

「合格者0は、ちと厳しすぎやせんか?」

 

 飛行船からしわがれた、でもよく透る声が降ってきた。

 空から人が落下してくる。

 地上まで50mぐらいはあるのに、着地したその人は、何事もなかったように歩き始める。

 髪を後ろに束ね、思わず触ってみたくなる長いヒゲを顎に蓄えている。一見するとただの老人だが、樹齢何百年の大木のエネルギーを凝縮したような人だと、私は知っていた。

 

「おじいちゃん?」

 

 私が思わず放った言葉に、周囲の人間がざわついた。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 おじいちゃんが提案した追加の二次試験を終えて、合格者は42人まで減っていた。

 もちろん私も合格者の一人である。

 展望室から見える景色。飛行船が星屑の海を優雅に進んでいく。

 飛行船には、本当は最終試験で姿を見せる予定だったおじいちゃんも同行していた。次の目的地は、明日の朝8時に到着らしく、それまでは自由時間とのこと。

 

 

 雫のような汗を、額にびっしりと浮かべる私。

 涼しい顔をしているおじいちゃん。

 私は裸足になり、おじいちゃんとのゲームに興じていた。

 

「それっ」

「ほいっとな」

 

 私は獣みたく、おじいちゃんの持つボールへと全身で飛びかかった。おじいちゃんは私の頭に手を添え、容易に飛び越えてくる。

 勢いのまま私は左手をついて、くるりと身体を前回りで半回転。体勢を立て直す。背後におじいちゃんの気配。私は振り向く勢いにのせて左の回し蹴りを放つ。おじいちゃんは上半身のバックスウェーだけで避けようとする。ボールはおじいちゃんの頭の上にある。

 

 おじいちゃんはニヤリと笑った。余裕をかましているその顔を、驚きにかえてくれるっ!

 

 回し蹴りは囮だ。動きのリズムをかえて、回し蹴りを途中でピタリと止める。そして立派なヒゲを、私は瞬時に左足の五指でぐわしと掴まえた。

 目を丸くするおじいちゃん。私は掴んだヒゲごと左足を床に叩きつける。ヒゲに頭は引きずられ、頭に身体がついてくる。おじいちゃんの全身が前につんのめった。

 

 ボールが宙へ浮いた。私の足はヒゲを決して離さない。

 

 私は左手を獲物を狙う蛇のようにニョキッと伸ばす。これは取れるはずっ!

 だが、おじいちゃんは右足裏にボールを器用に乗せた。顔を地面に這わせながら。

 

 顔を軸にして海老反りの姿勢……、人間ってそんな格好で動けるんだっけ?

 

 私の左手は空を切る。

 私はリズムを早くして交互に、右手を、左手を、素早くボールへと伸ばす。だが、おじいちゃんは海老反り状態のまま、両足の裏でボールを行き来させて弄ぶ。

 私の両手からボールは逃げ続けた。触れられない。ボール自体が生きているみたいだった。

 

「ほっほっほっ。髭を引っ張るとは随分と足ぐせが悪くなったのう」

「足ぐせがっ! 悪いのはっ! そっちの方でしょっ!」

 

 しばらくゲームは続けられたが、結局のところまったくボールに触れられず。

 私は息を切らして座り込んだ。

 

「銅賞、といったところかの」

「いやいや、全然ダメでしょ。相変わらず、おじいちゃんってば上手すぎるのよっ」

 文句を言いながらも、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 

 ジンと一緒にあちこちを回っている時、稀にハンター協会へ寄ることがあった。そうすると近くの森まで連れていってくれて、遊び相手になってくれるおじいちゃん。ジンとおじいちゃんは一緒になって色んな遊び――ボールとり、木登り、おにごっこ、隠れんぼ、その他あれやこれや――を教えてくれたのだ。どれも一筋縄じゃいかなくて、夢中になるものばっかりだ。

 勝ったり、負けたりと楽しい日々。もっとも、どの遊びもハンデはもらっていたけれど。

 

「今日は両手両足を使っとるからな。それだけでも大したものじゃよ」

「そうは言うけど、全然本気じゃないでしょ?」

「それがわかるのも、また成長じゃよ」

 

 ボールを人差し指に乗せたおじいちゃんが、快活な笑みを浮かべた。

 

「ホント、先が長いわー」

 

 私は床に身体を投げ出して、大の字になった。床がヒンヤリして心地よかった。

 ああでも、こんなに遊んだのは久しぶりかもしれない。本気で挑んでも勝てないおじいちゃんという存在。ジンに次いで、やっぱりすごいと思える人である。

 

「っていうか、おじいちゃんってハンター協会の会長だったのね。すごい人だと思ってはいたけど?」

「お主もワシを会長と呼ぶか?」

 

 うーん、と私が首を捻る。心の中で呼び方を反芻してみる。会長……? ネテロさん? なんだかシックリとこないなあ。

 

「おじいちゃんは、おじいちゃんってとこかしらね」

「ほっほっほ、それで良い良い」おじいちゃんが蓄えたヒゲを撫でている。「それじゃあ今日はこのぐらいにしとくかの?」

「えええっ! もう終わりなのっ?」

 

 思わぬ一言に、私はがばっと起き上がる。

 

「ちょっと会わねばならん奴がおってな」

「そっかー、会長ともなると忙しいのね」

 

 私は汗でびっしょりだった。そういえばマイコーも埃っぽいって言ってたし。

 

 あれ? そういえばマイコーはどこいった?

 

 袖なしのロングジャケットを手に取り、キャスケット帽を浅くかぶる。雪月花のケースを右肩に担いだ。

「マイコーっ! シャワー浴びに行くわよっ!」

 

 返事は……、どこからも返ってこない。飛行船を見に行ったのか、どこかの隅で寝入っているのか。仕方ないから探しにいくとしよう。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 <マイコー side>

 

「リンは少し前に向こうに行っちまったぞい。追いかけんでええのか?」

「何言ってやがる。オイラがじいちゃんに用事があるってわかってたんだろ?」

 

 壁の影からオイラは姿を現して、ネテロの前に立った。

 オイラはリンが歩いて行った方を眺める。飛行船の中には、ネテロがいる。あの3姉妹も軽々に行動には移れないだろう。

 

「リンが参加してることは知ってたんだろ?」

「まあ、ワシってば一応会長やってるからのう。参加名簿を見て、気づいとったわい」

 

 ネテロは左指から右指へ、ボールを放物線の軌道で移動させる。

 

「ジンに聞いてたんじゃないのか?」

「あやつがいちいち言ってくる男か? ワシ相談もせずに、ぶち込んできおったよ。いやあ、リンめ、だいぶ育っておったな。あれは良いハンターになるぞ」

 

 ネテロの目尻のシワが深くなっていく。孫の成長を喜ぶ爺さんのような笑みだった。

 

「本当に、いいのか?」

 

 オイラはうつむき、ポツリと言葉を漏らす。

 

「ほっ? なにがじゃ?」

「リンは……」ネテロの顔を真っ向から見つめる。「ハンターを目指していいのか?」

 

 三姉妹と出会い、改めてわかったこと。この世界の生と死は紙一重なのだ。

 今回はどうにか生き延びたが、一歩間違えていれば……。そう思うと背筋が寒くなる。

 

「今までと同じように、ジンの側で生きたほうがええかのう?」

「だってよ、あいつはジンと一緒にいて楽しそうだった。一番安全で、幸せいっぱいなのがジンの側だ。今までそれで上手くいったじゃないかっ! それを変える必要はないだろっ」

 

 オイラは声を荒らげていた。行きどころがない感情を、じいちゃんにぶつけていた。

 

 

 

 

「今まではそれで良かったが……、あやつは、少しずつ心を育てねばならん」

 

 ネテロは片膝をついてしゃがみこむ。穏やかに言葉を紡いでいく。

 

「身体能力に関してリンは育っておった。身体を鍛えるのに場所は選ばぬ。じゃが、心はそうはいかん」

 

 オイラは唇を噛み締め、言葉の一つ一つを受け止めていく。

 

「物事が起きた時に、どう感じて、どう動くのか。反省して次回に活かしていく。そんな小さな積み重ねでしか、心は育たぬのよ」

 

 ネテロは一度、目を閉じる。

 

「ジンに憧れるのはよい。じゃが偏りすぎると、リンの心は歪んでしまう。そんなリンが、ジンを失ったらどうなると思う?」

 

 

 

 

 オイラは心をぶん殴られたような衝撃を覚えた。

 いや、わかってはいた。でも、どこかでその事実を改めて突きつけられると、ショックも大きい。

 リンはどこかまだ精神的に幼く、ジンに依存しかけている。

 ジンが自ら念能力を教えない要因は、そこにあるのではないか。

 念というやつは、心に影響する力だ。まだ安定しない精神のリンでは、心の成長の妨げになる可能性がある。それに強くなりすぎることで、理解できなくなる想いもある。

 

 心を伴わない暴力。

 レノンやリズは、心に釣り合わない力を、先に手に入れてしまったのではないか。

 リンがそうなってはいけない。

 なぜならばリンが暴走することは、世界を揺るがす事態になるからだ。

 

 

 リンには奥深くに沈められ、本人すら触れられない、忘却させられた『記憶』がある。

 だが、リンが生きてきた道を形成する上で、なかったことには出来ない記憶だ。その過程を排除すればリンは、いまのリンじゃなくなってしまう。

 

 

 リンの中に、自分で認知できない傷跡があるのだ。

 

 

 オイラは、そんなリンを護るためだけに生きている。

 優しい世界で、リンが何一つ困らずに過ごせればいい。そう思っていた。

 だが、不変などありえない。立ち止まっていても、時は流れ続けていく。

 もしも、リンが今のままで、ジンが死んでしまったら?

 開いてはならないパンドラの箱。その中身が最悪の形で放たれる。

 そうなればオイラたちは選ばなきゃいけない。

 

 

 

 

 

 リンを殺して世界を生かすか。

 世界を殺してリンを生かすか。

 

 

 

 

 

 だが、リンの心が成長することで、箱の中に希望が見えるようになれば……。

「危険だから、誰にも触れられないところに隠すという方法もあったが、ジンはそうしなかった。なぜなら奴はリンとお主を信じてるからじゃ。心が成長して、いつか直面する未来を乗り越えてくれるとな」

「オイラのことも?」

 

 オイラは耳をぴくりと動かす。

「色んな人々に触れ、悩むといい。間違ったこと道をゆけば、目を覚まさせてやれ。楽しいことがあれば一緒に喜ぶがいい。それはお主にしか出来ぬことよ」

 

 ネテロがオイラの頭に優しく手をおいた。

 オイラは知っている。あいつが小さな頃に、毎日のように心を涙で濡らしていたことを。

 だが、知りすぎてオイラは臆病になっていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、ありがとうございます。

釣り竿設定については完全オリジナルです。
今後、うまくできたら原作でいつの間にか消えていた釣り竿を使えたらなあと思ったり。
私の方でも、気づいたら釣り竿ないやん!ってことのないようにしたいと思います。


次回 受験生たちの娯楽


また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/
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