旅の御伴は虎猫がいい 作:小竜
試験会場
<ジン side>
ピリリリリッ。
携帯電話・ビートル07型から着信音が鳴る。
オレが携帯電話を取り出すと液晶には「ドブネズミ」という名前が浮かび上がっていた。
「随分と珍しい野郎から電話だな」
電話に出れば、めんどくさい絡みがあるのは明らかだ。シカトが一番だなぁとわかりつつも、無視した後の方が面倒だと思い至る。
「……なんだ?」
「もしもーし、ジンさんですかぁ?」
人をおちょくるかのような、パリストンの明るい声が耳障りだ。
パリストン。ハンター協会の副会長であり、会長直々に指名された十二支んという集団の「子」でもある男だ。
「お前からオレあてにかけてきたんだろうが」
「いやあ、もしかしたら間違いってこともあるじゃないですか。一応の確認ですよ。そういえば例の遺跡の修復の件を聞きましたよ。あそこまで完璧に修復するなんて、流石ですねえ。今度、ボクにもやり方教えてくださいよ」
「さっさと要件をいえや。じゃねえと切るぞ」
予測内の無駄話なのだが、放っておくといつまでも本題にたどり着かない。
「やだなぁ。まだ全然話してないじゃないですか」
「どうでもいい話をオメーとするほど、暇じゃねえんだよ」
「いやあ、冷たいなあ。久しぶりに大好きなジンさんと喋れるんだし、あれこれ話しましょうよ」
電話越しでも、いけ好かない笑み浮かべるパリストンが容易に想像できる。
全部の会話に突っ込んでいると、会話が荒れるだけで進まないので、こういう時は返事をしないに限る。
「そういえば」パリストンの声がわずかに冷たくなる。「娘さんと息子さんが、ハンター試験受けるらしいですね」
「そうだな」
「偶然にもボクの知り合いも受けることになってましてねぇ。せっかくだから耳に入れておこうかなと。まあまあ血の気の多い子達ですから、ちょっと心配でもあるんですが」
「んで?」
「もし良かったら、お子さんたちに手を出さないよう言っておきましょうか?」パリストンがふふふと笑い、「もしかしたら、ジンさんのお子さんたちを殺しちゃうかもしれませんし」
まあどうせ、パリストンからの連絡なんて、その程度の話だとは思っていたが。
「試してみろよ。ただ、そいつらに言っとけ。やるからには本気で挑めってな。チャンスは何回もねえ。いつでも殺れると思ってるとな、すぐに抜かれるぜ?」
俺はリンとゴンのことを脳裏に浮かべ、
「うちの2人は、伸びしろがデケーからな」
それから数秒間の沈黙が続き、
「そうですか。お互い受かるといいですね」
パリストンはそう言い残し、電話を一方的に切った。
わざわざこのタイミングで電話をしてくるあたり、宣戦布告をして楽しんでいるといったところか。パリストンの野郎め。相変わらず、いい性格をしてやがる。
数日前まで一緒にいたリンのことを思い出す。
いつだって子供みたいに心を弾ませながら、雪月花を振り回して絵を描くリン。
目を閉じれば、アイツの笑い声が聞こえてくる気がする。
天を仰ぎ、ただ一つの思いを口にする。雲一つない清涼感あふれる空がある。
「どんな寄り道したっていいからよ、お前の人生を楽しめよ」
俺の願いは、広がる大空へと吸い込まれていく。
☆ ☆ ☆
魔獣の森に住んでいる凶狸狐に連れられて、私らはザバン市の定食屋前にたどり着いていた。
「ずいぶんと普通な定食屋みたいだけど ♥ ここが試験会場なのかい?」
「あ、ああ、そうさ。間違いない」
凶狸狐は魔獣だが、便利な変身能力を持っているらしく、今は男に化けている。
ヒソカとの戦いが終わったあと、どういうわけか凶狸狐が現れて、土下座された。そして懇願するのである。試験会場まで案内するから、もうこれ以上は勘弁してくれとかなんとか。
最初は魔獣が私らを騙そうとしてるのかと思ったが、小鹿が肉食獣を前に絶望したかのような瞳が、嘘じゃないと物語っていた。
しかし、そんなに怖いことしたかなあ?
「まあ、ここまできて嘘ってことはないだろうしねえ ♣」
トランプを人差し指に乗せて遊んでいるヒソカが一瞥すると、凶狸狐は身体をぶるっと震わせた。
「なんだか美味しそうな匂い。私、お腹減っちゃったなあ。ここで何か食べられたりもする?」
私が凶狸狐へと向き直ると、手で顔を隠して身体をガタガタと震わせた。小さな声で「お、俺は食べないで。美味しくないから」とか言っている。
いやいや、さすがに魔獣は食べないでしょ。こいつは私をなんだと思ってるんだ?
凶狸狐に連れられ、店の中に入ると注文を聞かれる。
「ステーキ定食を、弱火でじっくり」
そう店主に伝えると、店の奥へと通された。
私は椅子へとダッシュして、メニューを高速で手にとった。
部屋の中には鉄板があって、肉を焼くことができる。そしてメニューには、なんと白い米まである。思えば、ここ数日間はろくなものを食べてなかった。久しぶりのまともなご飯に、涙が出るほど感動した。
仕事は終えたと言わんばかりに、そそくさと凶狸狐は部屋を出ていく。そして最後に、
「お願いだから今回で合格して、魔獣の森には二度と来ないでくれ。もうお前らのことは案内したくないからな」
なんて捨て台詞を残して凶狸狐はいなくなった。
「なんなのかしら、そんなに怯えなくてもいいじゃないねえ」
「本当だよねえ ♠」
ヒソカと私が珍しく同調する横で、マイコーが「あんだけ森を荒らされれば、勘弁してくれって思うよそりゃ」と呟いていた。
☆ ☆ ☆
先の見えない半円形の地下道に到着して、受験番号「45」のナンバープレートを貰ってから1日ぐらいが経過した。
到着した頃には40人くらいしか受験生がいなかったが、徐々に増えていき、今では当初の10倍ぐらいの人数に膨れ上がっている。
「随分と埃っぽいし、男臭くなってきたわねえ」
私は黒いケースを床に置き、壁に背をあずけて休憩していた。
人間観察をしてみる。受験生は男がほとんどだった。
ハンターは先行きの見えない仕事だ。そんな不安定な職業を目指すのは、男の方が多いのかもしれない。もっとも、女性もちらほらは見かけるのだが。
「ねえ、マイコー。試験はまだ始まらないのかしらね?」
私の腕の中にいるマイコーに話しかけるが、反応がなかった。見ればスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているではないか。
私はマイコーをジッと眺めてみる。
ふかふかの手触り、柔らかそうな肉球。
人差し指で肉球をそっと触れてみる。プニプニプニ。おおおっ、これはとろけそうな柔らかさ。いつも触る機会はあるけれど、改めて集中してプニる時はまた別格だ。ああっ、いつまでもプニりたい。プニプニプニプニ……。
寝始めると、私がどんなに触っても起きないマイコーは、今日も私に弄ばれるのであった。
「それは、あんたの飼い猫かい?」
急に声をかけられ、私はハッとする。
プニるのに夢中で、まったく気付かなかったが、気の良さそうな笑顔の男が側に立っていた。
「よっ、オレはトンパ」小太りの男は気安く手を伸ばしてくる。「よろしくなっ」
あまりの馴れ馴れしさに毒気を抜かれて、思わず握手で返してしまう。
「その猫、随分と大人しいね。可愛いなあ」
気安くマイコーに手を伸ばしてくるトンパだが。
「あ、それはやめた方がいいわ」
私の制止の声よりも速く、腕の中から重みが消えた。トンパの手は空を切る。私ですら目で追えず、掻き消えたように思えた。
「なんだオマエは? オイラに気安く触れるな。引っ掻くぞ?」
マイコーはトンパの肩に立ち、右手から爪を向き出しにして首筋へと当てていた。トンパの顔色が、可哀想なぐらい青白くなっていく。
「マイコー、ほらおいで」
私が腕を開くと、トンパを一瞥して「ふんっ」と呟いてから、マイコーは飛びついてきた。
「リン、オイラまだ眠いから……」
「はいはい。寝てていいわよ」
「おやすみ……」
マイコーは何事もなかったかのように、スヤスヤと眠り始めるのだった。
「ごめんね……、トンパさん、だっけ? マイコーってば寝てる時に私以外が触ろうとすると、機嫌が悪くなるのよ」
「あ、ああ、こっちこそ悪かったよ」
トンパは首筋を何度か触っている。繋がっているのを確認しているのだろう。やがて安堵のため息を漏らしていた。
「それで、私に何か用事でもあるの?」
「いやあ、新顔が来たらオレは挨拶するようにしてるんだよ」
「ハンター試験が初めてだって、わかるの?」
「まーね。何しろオレは十歳の頃から三十五回もテストを受けてるからさ。試験のベテランってわけさ。わからないことがあれば、なんでも教えてあげるよ」
胸を張ってトンパは言う。
というと、つまりは四十五歳なのか。そんだけ受験を繰り返しても受からないのは、ある意味才能なのか、試験が難しいということなのか。
おしゃべりおじさんを前にして、ヒマつぶしにはなるかなあ、と質問を投げかけてみる。
「せっかくだから、どんな人がいるか教えてよ」
「じゃあ色々と紹介してやるよ。まずはアイツだな」
トンパの示した先に、ターバンを頭に巻きつけた男が居る。
「103番。蛇使いバーボン。あいつは執念深いから敵に回すと色々厄介だぜ」
いかつい顔立ちに、後ろで髪をまとめた男を示して、
「76番。武闘家チェリー。体術において右に出るものはなし」
そこからも255番、384番と続けて、次々に個人情報を提供してくれるトンパの声に、私は耳を傾ける。なるほど、どいつもこいつも一癖ありそうな奴ばっかりだ。
周囲を見回していると、ふと目を引く人物がいた。
狐のお面をかぶった受験生。
ゆとりのある服を着ており、体型がはっきりとはわからない。背は小さくて、なんとなく私よりも年下かな?
狐面は、こちらを見ていた。いや、正確にはお面で視線はわからないのだが……。
私が視線を送ると、狐面の人は顔を背けたのである。だから見られていたと、解釈した。
狐面は人混みの中へと姿を消してしまう。
「と、常連はそんなとこだな。だけど、今年は新人にも活きのいいのがいるぜ。まずは197番リズっていう女だな」
トンパの視線に連れられて見た先には、フリルのついたドレスを来た少女がいた。色合いは見るものを吸い込みそうな暗闇そのもの。なぜか這いつくばった男を椅子にして、優雅に腰をかけている。
その側に大の字になって寝ている人がいた。薔薇が咲き誇るような赤々とした髪。短いズボンをはいた女性が、猛獣のようなイビキを放っていた。寝ながらもその右手には、大きなツボを持っている。
「あの酒を飲んで潰れているのが198番レノン。そして……199番サクラ」
穏やかでありながら、雅な雰囲気を併せ持つ女性がいた。ジャポンという島国の民族衣装 ――着物を身にまとっている。腰元まで届く流麗な髪はどこか透明感があり、同性である私ですらも目が離せなかった。
眺めていると、視線に気づいたらしいサクラと目が合う。
そして微笑みかけてきた。
私は不意に心が波立った。
細い目尻には優しさが溢れているように思える。しかし、その瞳の奥底には危険なものが秘められている。そんな気がした。
「やつらはトリニティ3姉妹というらしい。さっき少し話してきたが……、あのサクラって女……」
トンパが喉をゴクリと鳴らした。
「ええ、そうね。トンパさんの言うとおり、あれは危険――」
「めちゃくちゃ綺麗なんだ」
私は思わず、ずっこけそうになる。
夢見心地のトンパを前にして、やっぱり男って奴はほんわかした雰囲気がいいのね、と内心で呟く。
ジンもやっぱり、サクラみたいな女が好みだったりするのかな。そういえば、絵を描くのはよく褒められたけど、容姿については一回もない。別に世の中の男にどう思われようと構わない。でも、ジンには褒めてもらいたい。
もしかして私ってば女子力が足りない? サクラみたいな女が世間受けする?
ジンも誉めるなら、サクラみたいな女?
あれ、なんかちょっとイライラしてきたわね?
「まあ、こんなところかな」
イライラした私に、トンパが気づく素振りもない。
「おっと、そうだ。お近づきの印だ。これでも飲みな――」
トンパが缶ジュースを取り出した直後である。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
野太い悲鳴が私の耳に刺さった。ざわざわと人の群れが揺れて、誰もが巻き込まれたくないと距離を置く。おかげで見えやすくなった先には、両腕を切り取られた男が地べたで転がりまわっていた。
そして人の腕をあっさりと切り裂く問題児がいた。
騒ぎの元凶。まさかとは思ったが案の定だった。
「あーら不思議、腕が消えちゃった ♠」
変態奇術師のヒソカである。
っていうか、あいつは何しているんだ? 人がイライラしている時に、問題を起こしてっ!
ただでさえ、男クサイ空間なのに、血の匂いまで混じったら、どうなるかわかるでしょうがっ!
なんだか感情がごちゃごちゃだ。でもとりあえずこの矛先は、発散せねばどうにもならない。
「ちっ、危ない奴が今年も来やがった。あいつとは関わらないほうが――」
トンパをその場に置き去りにして、私は一直線にヒソカへと駆ける。
「いけないねえ ♦ 人にぶつかったら謝らなく――」「ぶつかったぐらいで血を撒き散らすなっ!」「げふっ!?」
私はヒソカの後頭部にドロップキックを叩き込む。ヒソカは吹っ飛んで、数回地べたを転げた。
ゆっくりと立ち上がったヒソカへ、私は怒りの足音と共に歩み寄る。周囲の野次馬どもが後ずさって、道を開けてくれた。
「あんた、バカなのよね? そうなのよね?」
ヒソカの胸倉を掴んで、ガクガクと頭を前後に揺さぶってやった。
「リンってば容赦ないなあ ♥」
「っていうか、少しは避けようとしなさいよっ! 私が突っ込んできたの、わかってたでしょ?」
「いやあ、この前リンに殴られてからねえ、その時のことを思い出すとゾクゾクとしちゃうんだよ ♥ だから思い切って食らってみたんだ ♣ やっぱりいいねえ♥」
なんという理由で攻撃を食らうのか。真性の変態である、変態そのものである。だが、イライラを受け止めてくれて、少しスッキリしたのも事実なわけで。
「ああもうっ、鼻血が出てきたじゃないっ! ちょっとやりすぎたわよ、悪かったわよっ」
ティッシュで拭ってあげようとして、持ち合わせがないことに気づく。
「ちょっと、誰かティッシュ持ってない?」
周囲の人垣はといえば、関わり合いたくないと、距離を置くばかり。
チキンな男たちめっ、と内心で舌打ち一つ。
そんな時、一人の少年が人垣をかきわけて進み出てきた。
硬そうな黒髪は少しはねていて、どことなく野生の香りを匂わす少年。
その背後では、彼の仲間だろうか、サングラスをかけた男と金髪の美男子が「おい、やめとけゴンっ」と騒いでいる。
この少年は……、もしかして……。
私の全ての意識が少年へと奪われる。他の音は聞こえず、目に入らない。
「お姉さん、これ使ってよ」
少年は瞳にどこまでも純粋な輝きを宿していた。
私はこの眼を見たことがある。私が大好きなあの人と一緒だから。
きっとこの子が、ジンの手紙に書かれていた少年。
「あなた、名前は?」
咄嗟に言葉に出来たのは、感謝じゃなくて、名前を聞くということ。
「オレはゴン。ゴン=フリークスだよっ!」
ついに私がゴンと出会ったことを、腕の中で眠るマイコーはまだ知らない。
読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
今日はお休みゆえ更新出来ました。
ゴンよりもトンパさんが目立つ話になりました。
まあ、試験会場でのトンパさんの説明は御約束ということで。
次回はゴンとキルアとの絡みですね。レオリオ兄貴とクラピカは、まだモブキャラ扱い。残念です……。
それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。